高級機材のサウンド・クオリティをロープライスで提供するメーカーとして定評を得てきた、シカゴに本拠地を構えるBLACK LION AUDIO。シカゴはクラシック音楽からジャズ、ブルースまでの多彩な音楽文化を語る上で欠かせない場所であり、数多くのオーディオ・メーカーが誕生した場所でもあります。今回はそのシカゴ生まれのマイク・プリアンプ、Eighteenをレビューしていきます。
同一の帯域を同時にブースト/カット可能なEQを搭載
Eighteenには、ビンテージ・チャンネル・ストリップへのオマージュと敬意が込められています。古き良き時代のサウンドを無理なく表現できる、パッシブEQ搭載のモノラル・プリアンプです。製品の顔であるフロント・パネルを見ると、どうしてもUREI 1176に見えてしまいます。パネルの質感、色味、ツマミの形状、2Uというサイズ……それらが執筆者の年代の人にとって、1176以外の何者でもないからでしょう。
入出力にはCINEMAG製のトランスを使用。CINEMAGは本国アメリカではJENSENと知名度を二分する、人気のトランス・メーカーです。パッシブEQに採用されたインダクターもCINEMAG製で、これはEighteenのために特注されたもの。さらに、BLACK LION AUDIOが長年の経験を経て作り上げたビンテージ・スタイルのカスタマイズド・ディスクリートOPアンプ=BLA1831を2基搭載しています。本来のパッシブEQは電源を必要としない回路を採用するためカットのみが可能で、信号レベルに損失が生じます。そのレベル低下を補うため、Eighteenには前段/後段にOPアンプが配置されているのです。
フロント・パネルのツマミを見ていきましょう。左側に4dBステップで−7dBから35dBのINPUT/OUTPUTがあります。一般的なマイクプリはアウトプットに0dBの表示があるのですが、Eighteenにはありません。右隣の上下2段計8つのツマミはパッシブEQのセクションです。読者の皆さんも、プラグインでPULTEC Passive EQなどを目にしたことがあるでしょう。このEQの大きな特徴は、同一の帯域を同時にブースト/カットできることです。低域に関してはシェルビングになっていて、ブーストとカットのカーブにはそれぞれ異なる特徴があります。したがって同じポイントを同じ量ブーストとカットをしても相殺されてしまうことはなく、それによるディップ・ポイントが生じ、パッシブEQならではのサウンドが得られるのです。電子的な増幅素子でのブーストで生じるひずみやノイズが少ないのも特徴だと思います。
EQセクションの右側にはVUメーターを挟んで7つのスイッチが並んでいます。マイク/ライン・レベルの切り替えやEQのオン/オフのほか、位相の切り替え、48Vファンタム電源、80Hzのハイパス・フィルターと10kHzのローパス・フィルター、そしてミュートのオン/オフをコントロールすることができます。
ナチュラル・コンプレッションが音に躍動感を与える
それでは実際に使用していきましょう。まずはNEUMANN U89Iをワイド・カーディオイドにして、ボーカルで試してみました。中低域に太さがあるナチュラルなサウンドです。若干地味に感じる部分もありますが、EQで色付けすれば全く問題ありません。恐らく、シカゴならではの倍音が豊富なボーカリストがデフォルトになっているのかな?なんて思いました。
続いてベースに使用してみます。ファットで奥行きを感じ、非常に好印象です。詳細は後で述べますが、ナチュラル・コンプレッションが素晴らしく、プレイヤーはとても演奏しやすいと感じていたそうです。
最後にアコースティック・ギターをリボン・マイクのROYER LABS R-121を使って試してみました。これも想像以上に好印象。ピアニッシモのニュアンスからフォルティッシモのストロークまでナチュラルに表現してくれます。こちらも、ナチュラル・コンプレッションの効果を上手に使えば素晴らしいサウンドになることは間違い無いようです。
サウンドは全体的に非常にリッチで、奥行き感があり、さらに非常にSN比が良くクリアな印象を受けました。また、明らかにナチュラル・コンプレッションがかかるのが分かります。これがボーカルやギター、ベースなどに躍動感を与え、非常にワクワクするサウンドを生み出すのです。個人的にはアナログのテープ・コンプレッションのように感じました。これこそがEighteenの持ち味で、素晴らしい部分です。ただしそのかかり具合は使い手次第なので、ツマミをいじるのが苦手な方には不向きとも言えるかもしれません。筆者にとってはこの上無い幸せを感じられるプリアンプだということは言うまでもないのですが。
EQに関しても同様で、感性のみが頼りになると言っていいと思いました。特定の周波数ポイントを補正する、というだけでなく、ブーストとカットを組み合わせることで生まれる独自のサウンドが魅力です。プラグインのようにEQポイントやカーブが目で確かめられるわけではないので、やはりツマミをいじり倒すしかないわけですね。ナチュラルなサウンドに補正するというよりは、サウンドを思うように作り込むためのEQだと言えるでしょう。
Eighteenはとてもユニークな製品です。オーディオ機材というよりも楽器アンプに近い部分があります。すべては使い方次第で、感性のみがツマミの調整を左右するのです。個人的にも非常に魅力的ですし、弊社のスタジオにもあったらいいなと感じさせる非常に気になるチャンネル・ストリップでした。
橋本まさし
【Profile】スタジオ・サウンド・ダリの代表を務めるレコーディング・エンジニア。bird、エレファントカシマシ、ケツメイシ、大黒摩季、MISIA、土岐麻子、MONDO GROSSOなどの録音やミックスに携わる。
BLACK LION AUDIO Eighteen
オープン・プライス
(市場予想価格:121,000円前後)
SPECIFICATIONS
▪最大ゲイン:65dB ▪高調波ひずみ率:0.0056%@−6Bu、 0.1589%@+62dBu ▪EQ:2バンド・パッシブ、80Hzハイパス、10kHzローパス ▪動作電圧:115/230V ▪外形寸法:438(W)×88(H)×250(D)mm ▪重量:8kg