田辺恵二が使う Studio One 2 第3回

第3回
オーディオ・エディット機能の
便利な使い方について

ここ最近新鋭のDAWが続々登場して、ついこの間まで新参者のStudio One 2(以下S1)がもはやスタンダード化している感じもしますが、皆さんまだ迷っていますか? でしたらS1の世界に来てみませんか?ということで今回はより突っ込んだ筆者なりの使い方を幾つかご紹介しましょう。

MIDIベースのオケにマッチさせるオーディオ・ベンド機能

現在のDAWであればもはやオーディオとMIDIのエディットを同一線上で行うことは簡単になりました。ただその操作性はまちまちで取っ付きにくいのもあったりします。その点S1のオーディオ・エディットは整理されていてシンプルな操作で扱うことができます。

S1のオーディオ・エディットは大きく分けるとスライス、タイム・ストレッチ、オーディオ・ベンドの3種類ですが、今回ご紹介するのは、自由に演奏して録音したオーディオをMIDIベースのオケに合わせるのに便利なオーディオ・ベンドです。

▲オーディオ・ベンド処理が施されたドラム・トラックの波形。縦線がマーカーで、マーカー間の波形を延ばしたり(赤色)、縮めたり(緑色)してエディットする ▲オーディオ・ベンド処理が施されたドラム・トラックの波形。縦線がマーカーで、マーカー間の波形を延ばしたり(赤色)、縮めたり(緑色)してエディットする

ベンドとは任意の場所にマーカーを付けて、そのマーカー間をタイム・ストレッチできるという機能。やり方は、エディット・ウィンドウの真ん中のベンド・マーカーをオンにして、ベンド・ツールを選択します。そして波形のところにカーソルを持っていけばマーカーを移動したり、マーカー間をストレッチさせることができます。

筆者がこの機能をフルに使って制作した作品があります。去年の作品ですが、木村カエラのカバー・アルバム『ROCK』の中に収録されている「Two Of Hearts」という、Charaプロデュース、筆者共同プロデュースの楽曲。この作品で筆者は、共同アレンジ、マニピュレート、レコーディングと何でも屋的役割でした。その作業中に、Charaがフィーリングでたたいたドラムを録音し、前述のベンドでタイムを修正しMIDIと合わせました。そしてNATIVE INSTRUMENTS Kontaktのライブラリーからドラム・パーツを選び、それぞれチューニングを施し、Charaのドラムから作ったループとミックスしたのです。このような作業もほぼ10分程度で完了。そしてタイム・ストレッチをした後の音質の良さも特筆すべき点に挙げておきます。いくら伸び縮みが簡単でも肝心の音質が良くなければ元も子もないですからね。

「Two Of Hearts」の2番サビが終わった後にCharaのフェイクが登場します。よく聴くとあのANTARES Auto-Tuneの“ケロケロ・ボイス”。ただ、かかっている場所とそうでない場所があるのです。普通に考えれば、オートメーションを使ってプラグインのバイパス切り替えをすれば良いのですが、かける場所が決まっている場合、S1においては“イベントFX”という機能を使って特定のリージョンにプラグインをかけることができます。

▲リージョン自体にプラグインをインサートする機能がイベントFX(黄枠)。上部のインスペクター(赤枠)ボタンで表示させ、インサートするプラグインの選択などを設定し、有効化/無効化/レンダーを選択する ▲リージョン自体にプラグインをインサートする機能がイベントFX(黄枠)。上部のインスペクター(赤枠)ボタンで表示させ、インサートするプラグインの選択などを設定し、有効化/無効化/レンダーを選択する

これを使えばいちいちオートメーションを使わなくても、かけたいリージョンを切り出して左のイベントFXの有効化をオンにすれば、後は通常のプラグインを使う要領と同じで、右側のブラウザからドラッグ&ドロップするか、プルダウンして選択かのどちらかで使用可能。この結果がOKならレンダー・ボタンを押してファイル化できます。

多数のイベントFXを使ってCPU負荷が大きくなってしまったときにファイル化しておけば、その負荷を軽減できます。ただその結果が気に入らない場合には、復元と言ってすぐに編集状態に戻ることも可能です。このイベントFXは、CM音楽作成時に有効かもしれません。たくさんの素材が同じトラックにある場合など、瞬間的にリバーブが欲しい、ディレイで飛ばしたいなどの要求にも素早く対応できる機能です。ありそうでなかった機能ですね。

ダイレクト・ノート・アクセス機能でオリジナルの素材を生成可能

S1とCELEMONY Melodyneとの親和性の良さは何回か触れましたが、「Two Of Hearts」ではそのメリットを生かした使い方をしています。前述のドラム・エディットはタイム・ストレッチを使ったものでしたが、Charaが弾いたエレクトリック・ベースの素材をMelodyneのダイレクト・ノート・アクセス(DNA)の機能を使って新たなフレーズにエディットしてオケに合うように変えて使用しました。

▲Melodyneに搭載されたダイレクト・ノート・アクセス機能は、和音を分析してエディットできるもの。その逆も可能で、単体をコピペして和音を作り、オリジナルのフレーズを生成することができる。ここでも単音のベースをエディットし、和音処理をした個所がある ▲Melodyneに搭載されたダイレクト・ノート・アクセス機能は、和音を分析してエディットできるもの。その逆も可能で、単体をコピペして和音を作り、オリジナルのフレーズを生成することができる。ここでも単音のベースをエディットし、和音処理をした個所がある

DNAとは、モノフォニックのみエディット可能なピッチ修正プラグインが多い中、Melodyneに数年前から搭載された和音を解析/エディットできる機能のことです。これによって和音の移動/伸張を繰り返すことができ、ノートをコピー&ペーストして付け加えることも可能。全くのオリジナルの素材を作り出すことができるのです! 全く適当に弾いた素材もMIDIノートを動かすかのように打ち込みができます。もちろんソロで聴くと厳しいかもしれませんが、ほかの楽器と混ざったときに良さが発揮されます。ただエディットはほどほどに!という感じで!

木村カエラの「Two Of Hearts」のトラック全容ですが、上から赤系のリージョンがオーディオ・トラック、中央のカラー部分がオートメーション・トラック、その下の青系がMIDIトラックです。

▲木村カエラの「Two Of Hearts」におけるトラック画面の全体像。上からオーディオ(赤)、オートメーション、MIDIトラック(青)と、色とレイアウトで分かりやすく配置させており、作業効率アップの要因の一つとなっている ▲木村カエラの「Two Of Hearts」におけるトラック画面の全体像。上からオーディオ(赤)、オートメーション、MIDIトラック(青)と、色とレイアウトで分かりやすく配置させており、作業効率アップの要因の一つとなっている

トラック数で言えばかつてのスタジオでスタンダードだったMTR、SONY PCM-3348の48トラックに収まるような感じ。筆者はその前機種のPCM-3324、つまり24トラックのレコーダー時代から仕事をしていたので、トラック数を越えて2台のマシンを使うのは避けたい世代。なるべく最大でも48トラックに収まるよう訓練された結果のスッキリ感です。そしてトラックの内容は、オーディオ以外すべてソフト・シンセを使用しています。よく“ソフト・シンセは音が軽い”と言われますが、確かにそのまま使えばそうかもしれません。しかしS1のような高音質のDAWであれば、最近の高品質エフェクトの良さを最大限発揮でき、音も軽くはなりません。あと余談ですが、このようにカテゴリー順にレイアウトすれば見やすいと思います。これ意外に作業効率を上げるのに重要です。いちいちリージョンをクリックして音を鳴らして確認しなくても、整理できていれば一目りょう然ですしね。シンプルなS1ならではの視認性の良さということでしょう。

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以上、今回はよりクリエイティブなS1の使用例をご紹介しました。地味ながらも確実にプロの制作環境に耐える機能、軽快さを兼ね備えたS1の良さが、今の筆者の作曲/編曲/レコーディングにジャストフィットなDAWだと言えるのです。今さらではありますが、S1にはフリーとは言いながらオーディオ/MIDIトラック無制限のバージョンもあるので、お気軽にそのバージョンから試して順々にアップグレードを繰り返していくといいかもしれませんね。まずはS1の世界の一歩踏み入れてみてください! 次回はさらなるテクニックを紹介していきますので、お楽しみに!