矢野顕子の最新作『音楽はおくりもの』は、バンド・メンバーとして小原礼(b)、佐橋佳幸(g)、林立夫(ds)、メイン・エンジニアに飯尾芳史氏を迎えた10曲入り。日本国内のスタジオを拠点に制作されたが、アルバムの端緒となった楽曲「愛を告げる小鳥」に関しては、録音の大半がリモートで行われたという。矢野自身もAPPLE iPadやAVID Pro Toolsなどを使いホーム・レコーディングに臨んだそうなので、まずはその部分から尋ねてみたい。NYはマンハッタンの自宅でビデオ・チャット越しに答えてもらった。
Text:辻太一
自分で気軽に扱えるマイクを買ったんです
ー「愛を告げる小鳥」でリモート・レコーディングを行ったのは、やはりコロナ対策のためだったのでしょうか?
矢野 私は住まいがマンハッタンなので出国できなくなりましたし、コンサートをキャンセルしなくてはならなかったりとか、いろいろあって。レコーディングも“日本でみんなそろって”というのができなくなってしまったから、リモートでやるしか方法が無かったんです。
ーそのリモート・レコーディングは、どのような手順で進めたのでしょう?
矢野 まずは、飯尾さんが私のピアノと歌を元にリズム隊を打ち込んで、送ってくれたんです。それを聴きながらiPadやiPhoneでピアノとか仮の歌を録って、送り返して。そこに今度は林さんのドラムが入り、小原さん、佐橋さんという順にそれぞれの楽器がダビングされていきました。
ー打ち込みのリズムを聴きながらピアノを弾く場合とバンドで演奏するときとでは、フレーズに違いが出てきたりするものですか?
矢野 いえ、同じです。打ち込みと言っても、実際の演奏とかけ離れたものではなく適切なパターンでしたから、何も無いよりうんと弾きやすくて。それに、ガイドのリズムを聴きながらの方が“自分”を出しやすいんです。まっさらなところからだと、どうしてもタイム・キープに意識が働いてしまうので、コンピューターライズドされたリズムであっても聴きながらの方がもっと良いものが出てくると思います。でもiPadとかで録っていたから、それを皆さんの鑑賞に耐える状態へ持っていくのに飯尾さんは大変だったはずです。だから今後のためにということで、ちゃんとした録音機器をそろえることにしたんですね。
ーどのようなツールを導入したのでしょう?
矢野 ふふふ。さぁ~、機材リストでも見ながらでないと詳しくは分からないんですけど、いろいろ買ったんですよ。まずはコンピューターを新しくして、Pro Toolsを買ったでしょ。それにオーディオ・インターフェース。あとは今のサウンドに乗りやすい音のマイクを買って。“みんなが使っている機材”みたいな感じでしょうか? だって私が普段使っているのはBRAUNERのVM1で、100m先の犬の鳴き声まで全部拾っちゃうような良過ぎるマイクだから、自分で気軽に使えるものが欲しくて。
リモート・レコーディングの雰囲気を伝える「愛を告げる小鳥」MV
アルバム制作の発端となった「愛を告げる小鳥」は、リモート・レコーディングで制作された一曲。YouTubeなどで視聴できるミュージック・ビデオは、その雰囲気を伝えるものとあって必見だ。矢野がマンハッタンの自宅で奏でるのはBECHSTEINのグランド・ピアノ。そしてHAMMONDのビンテージ・オルガンB-3。歌入れはBRAUNERのコンデンサー・マイクVM1で行われた。
矢野顕子のホーム・レコーディング・セット
- コンピューター:APPLE MacBook Pro
- DAWソフト:AVID Pro Tools
- オーディオI/O:FOCUSRITE Scarlett Solo Studio
- マイク:BRAUNER VM1、FOCUSRITE CM25
- iOS関連:APPLE iPad、iPhone
インタビュー後編(会員限定)では、マンハッタンの自宅で初めて挑戦したというホーム・レコーディングについて、自宅環境ならではの裏話を語っていただきました。
Release
『音楽はおくりもの』
矢野顕子
SPEEDSTAR/ビクター:VICL-65453(通常版CD)、VIZL-1833(初回盤CD+ライブBlu-ray)、VIJL-60245(レコード/1LP)
Musician:矢野顕子(p、vo、org)、小原礼(b)、佐橋佳幸(g)、林立夫(ds)、MISIA(cho)
Producer:矢野顕子
Engineer:飯尾芳史、西村昂洋、矢野顕子
Studio:モウリアートワークス、ビクター、プライベート