the engy『On weekdays』インタビュー【後編】〜プライベート・スタジオ機材&制作手法を公開

the engy『On weekdays』インタビュー【後編】〜プライベート・スタジオ機材&制作手法を公開

山路洸至(vo、g、prog/イラスト左上)、濱田周作(b/同右上)、境井祐人(ds/同右下)、藤田恭輔(g、cho、k/同左下)から成るthe engy(ジ・エンギー)。京都を活動拠点とし、バックグラウンドにロックを感じさせつつもR&Bやファンク、ダンス・ミュージックをアグレッシブに取り入れた作風で注目を集めている。7月にビクターからリリースされたメジャー1stフル・アルバム『On weekdays』について、制作のキー・マンである山路と藤田に取材し、アルバムの工程をひも解いていくとしよう。

Text:Tsuji. Taichi

 

インタビュー前編はこちら:

 

生ドラムをマルチサンプリングし、MIDIでビートを構築

デモができた後はバンドでスタジオに入るのですか?

山路 これまでは東京のIkomanさんのスタジオでセッションすることが多かったんですけど、コロナで行きにくくなってしまったので、関西に居ながらクオリティを下げずに制作する方法を考えました。で、奈良の祖母の家に組んだシステムを使って、メンバーとともにレコーディングしたんです。みんなで合わせてみないと分からない部分についてはリハーサル・スタジオでチェックしましたが、大半はデモに各自の演奏をダビングしてマッチするかどうかを確かめながら構築していくような作業でしたね。

 

奈良のスタジオもStudio One環境なのでしょうか?

山路 はい。併せてアウトボードやベース・アンプ・ヘッドを置いていて、HERITAGE AUDIO HA73EQ EliteやEDEN WTP600、SPL Vitalizer SX2、KLARK TEKNIK EQP-KTなどをよく使っています。4つとも、当初はキックの音色を作るために購入したと言っても過言ではないんです。キックの音源はJOMOX Mbase 11を愛用していて、それをさまざまに加工する……エンジニアリングの知識に乏しいので、面白そうな使い方をジャスト・アイディアで試す感じですね。

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アウトボード群。ラック内の一番上にはFMR AUDIO RNC1773、その下にHAWK HR-202があり、以下4台はMbase 11の加工をはじめ“スタメン”として愛用中の機種。ラインナップは上からHERITAGE AUDIO HA73EQ Elite、EDEN WTP600、SPL Vitalizer SX2、KLARK TEKNIK EQP-KT

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エレクトロニックなキック音色は、キック専用アナログ音源JOMOX Mbase 11で作り出す

例えば、どのような処理を行うのですか?

山路 Mbase 11には、倍音を増幅するHarmonicsというパラメーターが備わっているんですが、上げていくとキックの周波数の中ほどにある“圧の部分”みたいなものが弱くなってしまいがちで。だから、圧を保ちつつ倍音を増やしたいときにはWTP600の真空管ひずみを使うんです。ENHANCEというツマミを上げていくと4~6kHz辺りと100Hzから下が少し持ち上がるので、抜けと座りの両方が良くなります。アルバムの「Funny ghost」のキックは、Mbase 11をこれら4台のアウトボードに通して作りましたね。

 

Mbase 11の音は、バンドのアンサンブルへどのようにして取り入れるのでしょう?

山路 方法はいろいろですが、基本的にはサンプラーにインポートしてMIDIでトリガーしています。実は今回、ドラムを打ち込みで作ったんですよ。生ドラムに聴こえるのは自前のマルチサンプルで……。

 

自分たちでドラムのマルチサンプリングを?

山路 はい。僕らはいつもスタジオ246というリハーサル・スタジオを使っているんですが、その246が運営しているGABUというライブ・ハウスがあって、そこでIkomanさんにマルチサンプリングしてもらいました。自分でマイキングするのも好きですが、結果が大事だと思うので、プロのIkomanさんを頼ることにして。その後、サンプルを処理してからMPC LiveやStudio OneのImpact XTに入れて打ち込んでいきました。ドラムの境井がMPC Liveを演奏することもあれば、彼が自宅のROLAND V-Drumsで作ったMIDIを使うこともあったりと、トリガーの仕方はさまざまでした。

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歌録りなどに使っているマイク。左からJZ MICROPHONES V11、ROSWELL PRO AUDIO Mini K87、SHURE SM7B

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山路がデモ制作などを行う大阪の自宅スタジオ。Studio Oneを核とし、MIDIキーボードはNOVATION Launchkey 37、ヘッドフォンはBEYERDYNAMIC DT770 Pro。写真右の棚にはELEKTRON CyclesやNOVATION Launch Control XL MK2などを置く

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ローファイな音作りに特化したIBANEZ LF7。音に質感や温かみを加えられるそうで、山路はデジタル音源への“におい付け”にも愛用

まるでダンス・ミュージックの制作のようですね。

山路 ダンス・ミュージック的なノリっていうのは、基本的に必ず入れていきたいんです。で、そうすると、たとえ生ドラムをたたいて録っても結局はサンプルを後から重ねたり、サンプルに置き換えたりといったプロセスが発生します。であれば、最初からドラマーのタイム感を反映したMIDIを用意して、そこに“これ”という音色をはめ込んでいくようなやり方でも大差は無いのかなと。あと自分たちとしては、その方がやりやすかったんです。

 

どこかサカナクションなどをほうふつさせるようなDAWベースのバンド・プロダクションだと感じます。

山路 コロナで身動きが取りづらい中でも、人間っぽいグルーブや生の質感を出したかったので、それを現在の状況下でいかに実現するかを考えた末の選択でした。

 

ライブでは実演奏のドラムに置き換えるのですよね?

山路 そうですね。ライブ・サウンドに関しては、現場での熱量みたいなものをプラスしてやっと完成する部分があると思うので、やっぱり生のドラムは必須です。

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藤田恭輔の愛用のアナログ・シンセSEQUENTIAL Mopho SE

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LFO付きフェイザーのMOOG MF-103も愛用の一台

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ギターに使用されたELECTRO-HARMONIXのハーモニック・オクターブ・ジェネレーターH.O.G.。その効果は「朝になれば」の最後で空間いっぱいに広がるドローン・サウンドに顕著だという。「オクターブ上や5度上の音を生成できて、フィルターなども付いています。音に味や色合いを加えられるし、これじゃないと出せないキャラクターがあるんですよ」と藤田

マスタリング・エンジニアに合わせて、プリマスターのバランスを調整した

今回のアルバムのミックスはIkomanさんが?

山路 はい。僕が宅録環境でミックス直前までの音をまとめることになったので、Ikomanさんも僕の中にあるイメージを実現するという部分に重きを置いて音作りしてくださいました。“それそれ!”というド真ん中の仕上がりにしてもらえたと思います。あと今回、マスタリングをクリス・アセンズさんにお願いしたんですよ。ロバート・グラスパーやケンドリック・ラマー、ブリング・ミー・ザ・ホライズンなど数多くのアーティストを手掛けている方で、“こうしてほしかった”というマスタリングをしてくれるエンジニアにやっと出会えました。彼の音作りの傾向をIkomanさんと一緒に研究して、それを見越した上でのプリマスターを送ったんです。

 

マスタリング後、どういう部分が良くなりましたか?

山路 低域がとてもリッチになりました。ふくよかで、どっしりとしていて。なおかつ上の方の輪郭も心地良く、下の量感に引っ張られない明りょうな中高域がしっかりと感じられるんです。望み通りの音にしていただけました。

 

藤田さんはアルバムの仕上がりについて、どのように感じていますか?

藤田 今回はコンセプト・アルバムで、“最後の曲からまた1曲目に戻る”みたいなテーマがあったんです。そういうふうにリピートで聴ける点でも、うまく表現できたのではないかなと思っています。バンドらしい曲もあればインタールードも収録しているので、そういうのも含めアルバムとして完成度の高い仕上がりになったなと。

 

バンドとしての今後の展望を教えてください。

山路 ひとまず僕の頭の中で描いていたことはやり切った感があるので、今度はよりメンバーとでなければできないことに挑戦していきたいです。アルバムの「Love is Gravity」とかは、せーので作った部分が大きいんですよ。そんなふうに“アイディアの段階からバンドで作る”というやり方にも積極的に取り組んでいきたいですね。

 

インタビュー前編では、 エレクトロニクスを導入することになったきっかけや、デモ制作の環境について伺いました。

 

Release

『On weekdays』
the engy
ビクター/CONNEXTONE:VICL-65517

Musician:山路洸至(vo、g、prog)、濱田周作(b)、境井祐人(ds、prog)、藤田恭輔(g、cho、k)
Producer:the engy
Engineer:Ikoman、山路洸至
Studio:プライベート、GABU

 

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