インタビュー後編では、無観客配信ライブ『How Do You Crash It?』のステージで使われたMOOG Moog Oneをはじめとするシンセの話題から、新しいプライベート・スタジオでの録音第1号となった新曲「How Crash?」の制作についてたっぷりとお届けする。
Text:iori matsumoto Hair&Makeup:Nami Matsunaga(GLUECHU)
インタビュー前編はこちら:
ギターに勝てるのはMOOGとHAMMOND
ー今回のステージでの楽器ですが、まず正面にはYAMAHA Montage 7が置かれていました。
小室 Montage 7はソフト・シンセのコントローラー用です。
ー「I am」では、木根さんがクリーンのギターを弾いているのに、ひずんだギターの音が聴こえてきたので不思議に思ったら、小室さんがそのセットで弾いていらっしゃった。
小室 はい、そうですね。ひずみ系で弾けるギターのサポートがずっと必要だったんですが、ここ数年で僕が出せるようになったので。そういう意味ではギタリストも要らないんじゃないかとなったんです。ディストーション・ギターは不可欠だったんですけど、30周年のころから僕でも何とかできるようになった。
ー現代のソフト音源の音が良くなったこともありますが、鍵盤で弾いているのにギターっぽく感じられました。
小室 僕もある程度ギターは弾けるし、globeのときも全曲ギターを弾いていたこともありましたしね。
ー木根さんはクリーン職人ですからね。
小室 うん、だからひずみの方ね。僕は、普通こうだよなという音域とか音色とか、コードの押さえ方とか。ドラムも全部そうですね。ベースだけは弾けないけれど、あとは大体できる。
ー右手にはMOOG Moog Oneが置かれていました。『RHYTHM RED』(1990年)のころにMOOG Memorymoogを使われていたのをほうふつさせますね。
小室 今回Moog Oneは使い倒していました。何でも付いているから、相当駆使できますね。例えば、Memorymoogはアルペジエイターが付いていなかったし。よくできていますね。積み重ねていっても、ただ積み重なる感じの和音じゃなく、うまくできている。1音でも、左右の手で4音くらい押さえてもバランスがすごくいい。なんであんな奇麗な音になるのか分からないですが。といって、単音にしても弱くなるとかはないし。もう1年以上使っていますけど、まだ全然奥まで行けてない……レイヤーが多いので。
ーMOOGらしい存在感のある音は、個人的には小室さんがMemorymoogを弾く姿を見て教わったと思っていますが、それに通じるものはありますか?
小室 もちろんあります。そんなにシンセに詳しい人でなくても、良い音と思ってもらえる。“なんか良いですね、これ”って。簡単に言えばギターに勝つことができるシンセ。ギタリストに“なかなかやるじゃん”と言わせることができるシンセですね。圧倒させるような楽器のプレイヤーも一目置くシンセ。
ーどんどんコンピューターの中の音源になってきている現代の中では、確かに存在感がありますね。
小室 絶対消えないでほしいですよね。僕はプログレッシブ・ロックから入っているので、あのころはHAMMMONDオルガンとMOOG Minimoogだけがギターに張り合える楽器だった。キーボード・プレイヤーはどれだけギターに負けないようにするかに命懸けていたところもありましたね。そのDNAみたいなものは今でも受け継いでいる感じがする。
ー一方で、左手側のACCESS Virusシリーズはずっと使っていらっしゃいます。
小室 そうですね。コンパクトにまとまっているので、ひと目ですべてのことが分かるという意味ではよくできているのかなと思います。
一度として同じフレーズとか弾かないですしね
ー今回の配信ライブでは、このときはこのパートを弾くというのは決まっているのでしょうか?
小室 何となく決めておいたんですけど。
ー“何となく”ということは、その場の判断で違うものを弾くこともあるのですか?
小室 当然そうですね。その辺は、僕の空きスペースというか。上に何を乗せようが2人から“それは無いよ”と言われたことは、一度も無いんです。急にアルペジエイターで乗せたりとかしても。
ー宇都宮さんも木根さんも、そこは小室さんに任せるし、その驚きも含めてファンに見せたいのでは?
小室 時々は“違うんじゃないの?”って思うこともあったかもしれませんけどね(笑)。
ーシーケンスが走っている音楽は、多くは“決まっている”ものじゃないですか? ポップス/ロックのキーボーディストも、アンサンブルの中で決まった役割を求められることが多い。でも、小室さんのように、シーケンスの上で自由に演奏する方は稀有じゃないかと思います。
小室 そうですね。こんな適当な人は居ないと思います(笑)。こんな自由奔放な人は居ないと思いますね。ソロのピアニストだったら居ると思いますけど。
ーでも、だからこそ、小室さんにあこがれる人が多いんだと思いますし、リスナー目線でも、小室さんが自由に演奏するのを見たいというのはあります。
小室 確かにそれはあるかもしれないですね。一度として同じフレーズとか弾かないですしね。テレビ番組でも、サウンド・チェック、カメリハ、本番で3回とも違うことをやるから、カメラマンが困る(笑)。“サビ前にはこのシンセを弾くんだな”って思っていても行かない、ということが幾らでもあるんです(笑)。居ないの?、そこに、って。普通のバンドだとサビ前にドラムのフィルに寄るとかあるけれど、TMの場合、サビ前は誰にしようか?みたいなところもあるから。宇都宮君はずっと映していたし、木根さんはあまり変わらないしなとか(笑)。じゃあ、僕なのかなと思うと、そこに居ない(笑)。荒いですよね。荒いという意味ではロック・バンドなのかもしれない。
ーロック・バンド的な自由さですね。
小室 自由過ぎて。飽きっぽいというのもあってね。音に。アレンジもそうですけど。アレンジ数も増えるし、どうしても変えたくなっちゃう。
作曲時点のリフまで削ぎ落としても曲は成立する
ー『How Do You Crash It? one』で披露された曲では、「We love the EARTH」が原曲からアレンジが大きく変わり、EDMや現代のハウスを射程に入れたサウンドになっていました。
小室 これは意識して変えましたね。パンデミックを踏まえて、地球の愛し方もやたら明るい形の愛し方じゃないかなと。ちょっとマイナー系にしたり。そこはコンセプチュアルな部分ですね。
ー大胆にアレンジが変わっていても、曲の元の構成は生きていましたね。
小室 全体としては、総合演出担当からは“あまり変えないで”と言われました。ファンのどうしても聴きたいフレーズがあるからと。
ー期待されているものと、新しいもの……そのせめぎ合いはありますよね。
小室 せめぎ合いなんだけど、全然無視しちゃいますけどね(笑)。ある曲では、シンセ・リードのお決まりのフレーズを弾いていなかったり。
ー今回、新曲「How Crash?」が披露されましたが、コロナ禍に見舞われた皆さんの心境を代弁するような内容だと感じました。
小室 歌詞は珍しく時間がかかりましたかね。書き始めてからはすぐでしたけど、コロナ禍の中で、たかだかミュージシャンが声を挙げてもというところもあるので。“密にならないようにしよう”という曲ができるわけでもないし。本来音楽はみんな一緒に、Get Togetherなわけだから、“離れましょう”はあり得ないし。全部逆のことですからね。本来音楽があるべき役目というのから。エンジョイするのがおかしいとか、コミュニケーションだったりとか、あらゆることでやってはいけないことの真逆だから、難しいですよね。だから、何となく誰も言ってないところを言えているんじゃないかという気はしています。
ー一方で、「How Crash」のサウンドは、耳にした瞬間に、“これはTM NETWORKだ!”と思ったんです
小室 (笑)。それはなんでだろうな……。もちろんウツのボーカルが入っているということでそうなっているというのはあると思います。
ー木根さんのアコギもしかりで。
小室 さっきの話じゃないですけど、この曲もアコギとピアノと歌でやろうと思えばやれますね。シーケンスが走っていないとこの曲にならないという感じじゃない。たぶん、ベーシックは手弾きでコードやリフを作りながらやっているから、その時点の、ほかの音が何も無い段階で曲のイメージができている。だから、そこまでは削ぎ落としても大丈夫ということだと思うんです。そのコード・ワークやリフなりの構成とリズムを弾くと、一応その曲にはなるっていうところだと思います。
ーただ、小室さんがピアノでリフをキープする姿はあまり思い浮かんできませんね。
小室 そうですね。ピアノだけ弾いていたら、とんでもなく変わりますよ。
アナログ盤で『スリラー』の手弾きに気が付いた
ーこのスタジオのリビングには、立派なオーディオ・セットが置かれていますが、これは?
小室 今後、いろいろなミュージシャンがここに来てくれるときに、アナログ・レコードの良さが再確認できるということで、LUXMANのセットとFOCALのスピーカーを紹介していただいたんです。これからの楽しみとして、アナログをもう一回買い直す。久々に、ベタですけど、あるところでマイケル(ジャクソン)の『スリラー』を聴いたときに、なんて打ち込みじゃなかったんだろうと。どの曲も手弾きが多くて、データじゃない。TOTOのスティーヴ・ポーカロ(k)が曲を提供していたり、演奏していたり(「ヒューマン・ネイチャー」)。それを、アナログであらためて聴くことで気が付いて。
ーTM NETWORKで言えば、例えば『GORILLA』(1986年)とかは、生っぽい音ですよね。
小室 それはありますよね。ちょうど(『GORILLA』収録の)「Come on Let’s Dance」にブラス・セクションを取り入れていたころ、久保田利伸君がデビューしたんですけど、久保田君から“僕たち、ファンクをやってる仲間だね!”と言われて。全然違うんだけどなと思いつつ(笑)。案の定その次のTMは『Self Control』だから、ああ違うのかとなっていった。
ー今回のスタジオは卓の無いスタイルですが?
小室 そうですね。ここしばらくは、仮にコンソールのあるスタジオでやっていても、“え?使わないの?”みたいな。ハイブリッド車どころか、ガソリンでも走れるのに全くそれを使わない。そんな状態が10年くらい続いていたんじゃないですかね。一応は卓置いてあります、みたいな感じで。自分でミックスまでやりたいというときに、フェーダーを使って簡単にまとめられたらいいなと思うときもあるけれど。
ーミックスは外部のスタジオやエンジニアに委ねるような形が増えそうですか?
小室 ここの専属エンジニアも居ますが、その先にはミックスを専門としている人が居ますから。でも、僕のミックスはたぶん、海外の著名なミキサーにかなうわけではないけれど、その人たちにリクエストするために自分でいじっていったり。“こんな感じでやってほしい”という、すごく出来の良いラフ・ミックスみたいな。“これよりは絶対良くなるよね”という。脅しじゃないですけど(笑)。僕自身、SSLコンソールのあるスタジオで、100曲は行っていないけど、50〜60くらいは頭から終わりまで一人でミックスをした曲があるので。
ーそれでもボーカルを想定したブースはありますね。
小室 そうですね。ここでの録音第1号は「How Crash?」の宇都宮君です。それは良かったなと思います。TMを初めての録音で使えて。原点と言ったらいいかな。
インタビュー前編では、 配信ライブ『How Do You Crash It?』で示したTM NETWORKの姿について語っていただきました。
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発行:リットーミュージック