ポップス・フィールドで類を見ない活躍を見せるチェリスト、徳澤青弦。2011年から、ピアニストの林正樹とのデュオでライブ活動をしてきたが、結成10年目にして初のアルバム『Drift』を完成させた。千葉のレンガ造りのスタジオ、Why nuts?の豊穣な響きを含めて録られた本作は、エンジニアリングを奥田泰次氏が担当している。また、同じ2011年から、4年ごとに上演される小林賢太郎舞台作品『うるう』にて、舞台上で演奏してきた徳澤。そのサウンドトラックも、奥田氏の録音によって今年リリースされた。同じ演奏者、エンジニアでも異なる色合いを持つこの2作品について、徳澤と奥田氏に聞いていく。
Interview:iori matsumoto Text:Kanako Iida Photo:Ryo Mitamura(@Why nuts?)
ピアノとチェロの編成だからこそできる空間
うまみを増幅できる空間でやっていきたかった
ー徳澤さんと林正樹さんは約10年デュオでライブ活動されてきましたが、このタイミングでレコーディングしようとなったきっかけは何かあったのでしょうか?
徳澤 5年ほど前からアルバムを作ろうという話は上がっていたのですが、一緒にやっていけるレーベルが見つからなかったんです。今回FLAUにお願いすると決まってからはとんとん拍子でした。
ー2011年の初ライブでは練馬区立美術館のロビーで演奏していましたが、活動する中で演奏する場所も意識していましたか?
徳澤 ライブ・ハウスだと音の広がりが少ないところが多いですし、生ピアノとチェロでは吸音する必要も無い。ピアノとチェロの編成だからこそできる空間、うまみを増幅できる空間でやっていきたかったというのはありますね。
ー今回、レンガ造りのWhy nuts?で録音を行ったのもそのような意図がある?
徳澤 もちろんです。今回は林君が使いたいピアノがある場所の候補を挙げて、あんなに響きが良いところは無いということでWhy nuts?になりました。
奥田 林さんが今回主に使っていたのはSTEINWAYのコンサート・グランドですね。Why nuts?にはÉRARD、GROTRIAN STEINWEG Model 223、FAZIOLI F-278などピアノが7台くらいあって、林さんも全部試奏したと思うので、青弦さんとやるに当たってWhy nuts?のこの楽器がいいというのがあったのかなと思います。
徳澤 練馬区立美術館で演奏したときもBÖSENDORFERの100年前くらいのピアノでしたし、ちょっと枯れた音というのを考えていたのかもしれないですね。
ー奥田さんは、これまでWhy nuts?で録音する機会はあったのですか?
奥田 Why nuts?に置いてあるピアノのオーナーで調律師の狩野真さんとのつながりで行くようになって、クラシック・ピアノの録音や、バンドものでも使いました。メイン・ホールが120㎡、天井高が9mある体育館のような部屋で、都内のスタジオではできないようなウェットな響きが得られるんです。しかも面白いことに、初期反射が遠いからか、オンマイクにするとかなりクリアに録れるんですよね。マイクの置き方によって使い分けられるんです。
ー『Drift』は、余韻を含めた音像に仕上がっている曲も多いですが、反対にオンマイク中心のときは明確に聴こえるのは、そういう特性があるからなんですね。
奥田 マルチで回してはいますけど、リバーブの後がけもしていないですし、本当にナチュラルな、録音したまま2chに落としたような感じの音にしています。ミックスもほぼフェーダー・バランスだけです。
ーマイキングはどのように行いましたか?
奥田 ピアノとのアンサンブルと部屋の響きをとらえたかったので、チェロの低音はCHANDLER LIMITED Redd Microphoneで狙い、双指向性のリボン・マイクAEA R44CXEも使って楽器のオンと部屋の音の両方を収めました。チェロのオフマイクは、初期反射が奇麗に録れるようにROYER LABS SF-24を立てたのですが、これはアンビエンス・マイクとの接着剤的な役割ですね。ピアノは中にSAMAR AUDIO DESIGN VL37を2本と、ボディの際のところにSENNHEISER MKH800を2本立てました。
ー響きの収音にはどんなマイクを?
奥田 THE AUDIOの球体ステレオ・マイク、BS-3Dのみですね。BS-3Dは特定の音域が特徴的に伸びるわけでもないので、聴いたままの感じで録ることができます。ピアノの低音の量感や上がかなりボリューム的に大きいという印象があったので、ピアノの音があまりずれない場所を選びましたね。
ーマイクプリには何を使いましたか?
奥田 PUEBLO AUDIO JR-4やFOCUSRITE Red 1を持ち込んで使いました。モニターはPROAC Studio 100。僕の持ち出し用モニターの一つです。
ー徳澤さんはいろいろなエンジニアの方と収録されていらっしゃいますが、『Drift』に関しては奥田さんの録る音をどう感じました?
徳澤 奥田さんがWhy nuts?を熟知しているので、とても良かったです。スタジオを決める前から、音楽的に今回の目的に合ったとらえ方をしてくれる人ということで奥田さんにお願いしようと思っていました。
ーカバー以外の収録曲はデュオのために書き下ろした?
徳澤 最終的にはほぼこのアルバムのための曲です。表題曲の「Drift」は、ほかが柔らかい曲ばかりで、でもこのコンビってそれだけではないよなと思って作りました。ただ単に聴きやすいアルバムにしたいわけではなかったので。
ー徳澤さんと林さんは、もともとの出自は違いますが、目指している音楽の指向性として共通したものがあるように感じます。
徳澤 ありますね。具体的に話したことは無いですけど、なんとなく二人とも道が見えているような、不思議なコンビです。林君のルーツはジャズだと思うんですけど、デュオを始めたときからジャズをやりたいというのは無くて。僕の中ではクラシックを弾く林君を見たいというのもあって、その結果がこのアルバムです。ミニマル的というか、ポストクラシカルの中でも淡々と繰り返すような音楽にしてもよかったですけど、そうはならなかったですね。ファッション・ミュージックでいることができない二人というか。
賢太郎さんが音楽をリスペクトしてくれている
大事に汲み上げてくれる人があってこその音楽
ー小林賢太郎さんが作・演出・出演を手掛ける舞台作品『うるう』は、タイトル通りうるう年に上演されていて、毎回徳澤さんも舞台で演奏しています。初演から3シーズン目/9年目にしてサウンドトラックが出ることになりました。
徳澤 これまで、サウンドトラックを作るのは無理だなと思っていました。というのも、舞台作品と切り離したサウンドトラックだけで面白いものになるのかというのがとても心配だったんです。だけど、賢太郎さんが“サントラ聴きたいな”って言ったから、じゃあ作りますと(笑)。
ーそもそも、『うるう』の舞台上で演奏することになったのはなぜですか?
徳澤 賢太郎さんと最初にやったのも、ラーメンズの公演(『鯨』2001年)でチェリストが突然現れてバッハを弾くというものでしたからね。その後、ラーメンズや彼の演劇作品でも音楽を作っていますが、今回もバッハを弾いたときの延長です。賢太郎さんは総合エンターテインメントが好きで、何かと何かをコラボレーションさせるような発想を根のほうに持っている人で。『うるう』は、僕とこれまで培ったものも含め、ずっと温めてきた一つの大きなテーマだったのだと思います。
ー『うるうの音』にも収録されているパッヘルベルの「カノン」や童謡「待ちぼうけ」は劇中で使うことが先に決まっていたのですか?
徳澤 作品自体が絵本や童謡を扱うテーマだったので、打ち合わせる中で決まっていった選曲です。
ー『うるう』も今年で3シーズン目になり、作品の構成がブラッシュアップされているのと合わせて、音楽的な部分でも完成の域に近付いている印象がありました。
徳澤 当初は少し即興部分を残していこうという考えがあったんですが、もうこれ以外無いというものを作ろうというふうに変わっていきましたね。そのときの空気で作る音は意図的に無くしていきました。
ー4年ごとに作品の強度が高くなっている気がします。
徳澤 そうですね。賢太郎さんがそういう性格なんです。そこで無理やりこっちが即興でやっても、やっぱり全然太刀打ちできない。こちらも綿密に作っていかないと面白いものにならないんだなということに気付く演目でしたね。
ー『うるうの音』のレコーディングはどちらで行ったのでしょうか?
奥田 Higashi-Azabu Studioです。密度が高い、気密性があるような音がするスタジオですね。
ー舞台作品を上演するホールのようなイメージの響きを狙っていたところもあるのですか?
徳澤 ホールのような響きが欲しいところもあったし、もう少しそば鳴りの形にしたいところもありました。
ー舞台ではルーパーを使って和音を鳴らしていましたが、『うるうの音』のレコーディングでは?
徳澤 さすがにオーバーダブでやりました。ライブ感は少し欠けるかもしれないですが、そこはちょっと切り離して。
ーマイキングは『Drift』とはまた違っているのですか?
奥田 チェロだけなので、モノラルを中心に作るよりは、ステレオ・イメージでやった方がいいかなと考えました。一応中央にモノラル用のNEUMANN TLM170Rも置きましたが、結局ほぼ使わなかったです。基本的にはステレオ・マイクで構成していて、近い所にVL37を2本と、上の方にMKH 800 P48を2本立てました。空間の響きはBS-3Dで録っています。『うるうの音』は音量感がかなり大事な作品で、それによってアルバムとしての印象がすごく変わると思ったので、青弦さんにはミックスにも立ち会ってもらって、その後で全曲の音量の指示をもらいました。青弦さんでないと分からない領域だなと。
徳澤 『Drift』も『うるうの音』も、マスタリングまで奥田さんにやってもらっています。
奥田 もちろんほかの人に任せる面白さも知っているし、必要なときは今でもやっているのですが、今回は必要無いかなという話を青弦さんとしました。
ー先ほど音だけ聴いて面白いのか心配だったとおっしゃっていましたが、サウンドトラックは往々にしてそういうものも多いですよね?
徳澤 でも、海外ではイメージ・アルバムと呼んでも差し支えないほど作り込んでいるサウンドトラックがちゃんと評価されているし、僕もそういう作品は聴いていても良いなと思って。僕の作るサントラは今回で6枚目になりますが、なるべくそこは気を付けたいと思っています。とはいえ、変に着色したくなかったので、長くした方が楽曲として成立する曲も短いまま伸ばさずに終わらせていたりします。
ー舞台での演奏は、楽音であるのと同時に作品の一部でもありますよね。
徳澤 そうですね。逆に言うと僕はそんなに器用な人間ではないので、どれだけ賢太郎さんが音楽のことをリスペクトしてくれているか、という結果だと思います。これが完全に芝居の方が出来上がった段階で僕が音楽を作ってもそんなにいいものにはならなかったと思いますね。『うるうの音』は、ちゃんと大事に汲み上げてくれる人があってこその音楽なんです。
ー奥田さんから見て徳澤青弦さんのやっている音楽やそこに向かう姿勢についてどう感じていますか?
奥田 演奏家でも作曲家でもあり、いろんな音楽をやっていて、表現者としての多様性がありますね。仕事としてこなすだけで終わらないタイプだし、そういうところがいろんなアーティストに誘われたりする要因かなと思います。時代の背景に合わせて変化していくところがすごく純粋と言うか、真摯ですね。
『Drift』
徳澤青弦×林正樹
FLAU:FLAU85
- Elect
- Einstein Effect
- Iambic 9 Poetry
- In the Early Morning
- The South Downs
- Quarter
- Drift
- Soramame
- Keichitsu
- Utsuroi
- Venus in Furs
Musicians:徳澤青弦(vc)、林正樹(p)
Producer:徳澤青弦、林正樹
Engineer:奥田泰次
Studio:Why nuts?、MSR
『うるうの音』
徳澤青弦
ポニーキャニオン:PCCR.00694
- うるう序曲
- グランダールボとフクロウ
- うるうの森
- あんたがたどこさ
- ひとりぼっち
- ヨイチの自己認識
- いつもひとつ足りない、いつもひとり余る
- 全人類素描
- 豆知識
- 楽しい山野草
- しつこい日々
- コヨミさん
- 雨、それぞれの思い
- 実り
- まちぼうけ
- 森の朝
- おばけのうるう
- 告白組曲 I. 父の研究
- 告白組曲 II. 年月の辻褄合わせ
- 告白組曲 III. 第一回国勢調査
- 告白組曲 IV. 第三の理解者
- 告白組曲 V. ごまかした順応
- 告白組曲 VI. 老いた呉村先生
- 告白組曲 VII. 旅に出た
- 告白組曲 VIII. 激しい時代の移り変わり
- 告白組曲 IX. 閉じる心
- 別れ
- うるうのテーマ~春夏秋冬
- 再会
- マジルの足音(ボーナストラック)
- グランダールボの声(ボーナストラック)
- アルブーストの声(ボーナストラック)
- 跳ぶマカ(ボーナストラック)
※ボーナストラックはCDのみ収録
Musicians:徳澤青弦(vc)
Producer:徳澤青弦
Engineer:奥田泰次
Studio:Higashi-Azabu、MSR
小林賢太郎演劇作品 『うるう』
ポニーキャニオン:PCXE-50958(Blu-ray)/PCBE-12512(DVD)
8月5日発売