バンドMONO NO AWAREのメンバーのうち、八丈島出身の玉置周啓(写真奥)と加藤成順(同手前)が2016年に結成したアコースティック・ユニット=MIZ。これまで飲食店や美容院など“人々が日常生活を送る場所”でライブ活動を行ってきた彼ら。この4月にリリースされたデビュー・アルバム『Ninh Binh Brother’s Homestay』は、2人の歌声とアコースティック・ギターから成るアンサンブルに環境音が溶け合う、まさに日常の一部を切り取ったかのような作品だ。何かを強烈に訴えかけてくるわけでは決してないのに、柔らかく奥行きに富んだサウンドのせいか、自然と心に染み入る感覚がたのしい。レコーディングは、エンジニア奥田泰次氏らとともにベトナムのニンビンで敢行。旅の軌跡は玉置のブログに詳しいが、本稿では制作にフォーカスした話をお届けしよう。
Text:Tsuji, Taichi
“昔の日本の姿”のイメージが
ベトナムにはあるような気がする
ーライブ・ハウス以外の場所で活動してきたのは、何かコンセプトがあってのことだったのですか?
玉置 一つは現実的な問題からです。MIZを始めた2016年は、MONO NO AWAREがまだライブ・ハウスによってはノルマを払って出演していたころで。その状況から脱しつつはあったのですが、MIZでライブ・ハウスに出るのはちょっとハードルが高いなと。気楽な感じでやっているユニットなので、ノルマを払ってまたイチからスタートするという道は、経済的にも精神的にも選択できませんでした。もう一つの理由は音楽性です。MIZはキングス・オブ・コンビニエンスというアコースティック・ユニットをモデルにしているのですが、彼らの音楽を初めて聴いたとき、なぜかスイスへ旅行したときの風景を思い出したんです。音数の少ない音楽なので、音と音のすき間や空気感などが人の気分を感傷的にさせたり、ちょっと昔のことを思い出させたりするのかなと。それで僕らも音数の少ない音楽をやり始めたのですが、ライブ・ハウスっていうのは、ある部分では記憶の中に残っている情景と音楽との結び付きを遮断する場所でもあると思うから、音響の良さなどを求めてステージに立つよりは、周囲に雑音が幾らあってもいいから人が普段通りに生活しているところでやりたくて。それが僕らの音楽に向いているだろうと思ったんです。
ーアルバムのレコーディングをベトナムで行ったのは、どうしてだったのでしょう?
玉置 前提として“環境音を入れて録りたい”という思いがあったんです。当初は長野県が候補に挙がりましたが、レコーディングを1月に予定していたので、外の音を入れつつ録るには寒過ぎるだろうとなって。ちょうどそのころ、エンジニアの奥田さんから“北海道と沖縄では、窓を開けて録ると音が変わる”っていう話を聞いたんです。土地の空気感が音に反映される、みたいな趣旨だったんですが、もしそれが本当ならと思い“前にベトナムを旅したとき、自分がまだ生まれていなかったころの日本の情景があるような気がしたんです”と話してみました。そうしたら“ベトナムにしようか”と言われ、話がすんなりまとまって。
ーブログには“ひいばあちゃんの家を思い出す”と書いていましたね。
玉置 大事なのはそこでした。コンクリートでできたボロボロの井戸や苔むしてうっそうとした感じ、じめっとした気候などが、僕の中では“古い日本の姿”というイメージで。ベトナムでは、そういうものがほとんどそのまま、国の最先端の街として成立している感じなんです。
ー首都ハノイのことですよね?
玉置 はい。ホーチミンはもっと東京に近い感じだから。ただ、そのハノイに到着して、予約済みのゲストハウスの住所まで行ったところ、全く違う名前のホテルが建っていて……マネージャーがゲストハウスの番号へ電話するも“オーナーが逮捕されたから泊まれない”と言われてしまい、その夜は急きょ別のところに宿泊したんです。
加藤 でもハノイではモーター・バイクが大量に走っていたから、“これじゃあ環境音がノイズになってしまう”と思っていました。だから結果的には良かったんじゃないかと。
ー次の日にニンビンへ移動したのですよね?
加藤 はい。湖のそばが良かったので、Google Mapで探し回ってニンビンに決めました。
ー録音場所となったのは、アルバムのタイトルにもなっているニンビン・ブラザーズ・ホームステイです。
玉置 民宿のような施設で、一つの建物の中に4つくらいの客室があるんです。その一室に泊まって、室内のリビングをライブ・ルーム、寝室をコントロール・ルーム代わりにしてレコーディングを進めました。
加藤 ほかの宿泊客も居ましたが、借りた部屋が結構大きくて、ギター・アンプを使うわけでもなかったから、苦情が出ることはありませんでしたね。
ZOOMのポータブル・レコーダーを使い
演奏と環境音を同録することにこだわった
ー録音のセッティングは、どのようなものでしたか?
加藤 それぞれのボーカルとアコギにマイクを立てつつ、バルコニーの方にも1本設置して、外の音と僕らの演奏を同時に録ってもらいました。バルコニーのマイクは、環境音と演奏がバランス良く入る絶妙な位置にセットされていたと思います。また、曲によって窓を半開きにしてみたり閉じてみたり、はたまた布団で吸音してみるなど、あの部屋の中でできる工夫をしてバリエーションを出したんです。
ーマイクで拾った音は、ノート・パソコンのDAWに録ったのですか?
加藤 いや、パソコンじゃなくてZOOMのポータブル・レコーダーだったと思います。奥田さんもいろいろとチャレンジしていたようで、そのレコーダーをはじめ、幾つかの機材を新調して臨んでくれたみたいで。現場でのモチベーションも高く、非常に協力的でした。
玉置 でも意見のすれ違いもあって。僕らがSoundCloudなどにアップしていたデモ音源は、歌にもギターにもリバーブをたっぷりかけて、かなり遠いところで鳴っているような音にしていたんです。それが自分たちの音楽にとって結構大事なのかなと思っていたんですが、奥田さんから“リバーブとかは一切かけない方がいいと思うよ”と言われ“え!?”みたいな(笑)。それに奥田さんは、環境音を後で足すことにも積極的ではなかった。演奏と環境音を同録するのだから、録音後にリバーブをかけたり、特定の音の質感を変化させるようなことに抵抗があったのかもしれません。“できるだけ音量と定位だけで音作りしたい”と言われ、僕らとしては“どうなるんだろう”と不安でもありましたね。
加藤 ただ、正直に言うとリバーブに頼り過ぎていた部分もあったので、ギターのドライ音だけできちんと聴けるものにすべく、アレンジの練り直しができたのは良かった。それに「舟」と「バイクを飛ばして」の2曲は、最終的に環境音を後で足すことにもなったし。
玉置 「舟」には、どうしても水辺のぱちゃぱちゃという音を入れたかったんですよ。でも演奏と同録するためには屋内でのセッティングを大幅に変更する必要があって、音質もかなり変化してしまうため、ほかの曲との統一感を欠く要因にもなり得る。ただ、どうしても入れたかったので奥田さんに相談してみたところ、水辺の音を個別に録ってミックスのときに重ねてくれたんです。
加藤 録音を進めていくうちに、バリエーションとして“後から足す”というのがアリになったのかもしれません。
玉置 やってみたら意外と良かったそうで。そういう寛容さに助けられましたね。「バイクを飛ばして」には、ハノイの街の音を録って入れてくれたし。そもそも僕はハノイに情緒を感じていたので、それを分かって音作りをしてくれた奥田さんに感謝しています。
プレイバック環境はミニマムだったけど
奥田さんには“見えて”いたのかもしれない
ースタジオでのセッションならモニター・スピーカーで録り音の是非を判断できるわけですが、限られた装備の中、どのようにジャッジしていたのでしょう?
玉置 鋭い!
加藤 小さなデスクトップ・スピーカーでプレイバックを聴いていたので、僕は不安でしたね。いつまでたっても“これで大丈夫なのかな?”と。
玉置 それに奥田さんが、めちゃくちゃ小さい音でしか鳴らしてくれないんですよ(笑)。“MIZの曲は大音量で聴かれるものじゃないだろうし、あまり大きな音でチェックしても意味が無いよ”って。だから“分かりました”と言って、本当に蚊の鳴くような音量で聴いていた……なので1つしか無いヘッドフォンが奪い合いになることもありましたね。
加藤 でも奥田さんは“いける”って確信していたんだと思うな。彼には空気感なども読めていた。僕らはそれまでリバーブをかけまくっていたからギャップを感じていただけで。
玉置 そうそう。なんか空間が埋まっていないような気がするけど大丈夫か?みたいな。埋まっていなくてもいいんだけど、あまりにスカスカ過ぎて危ないんじゃないかって。だからベトナム滞在中は、奥田さんにしか見えていない状態だったと思います(笑)。
ー委ねるところがかなり大きかったのですね。
玉置 クリックを使わずに録っていたんですが、リズムのヨレとか声がうわずってしまった個所も、奥田さんはあまり気にしていないようでした。もしかしたら“見えている”っていうよりは、気にするポイントが僕らとは全然違ったのかもしれません。だから“ここまで満たしていれば、うまい/へたは楽曲のクオリティを左右しないだろう”という部分を自分たちで見極めて、踏ん切りを付けるような感じでした。
加藤 “荒さも良さだ”って、奥田さんはよく言うしね。それにテイクを重ね過ぎると走りがちになったり、演奏が硬くなってしまうから、録り直すのにも限界があるというか。
玉置 それは痛感しましたね。1テイク目が大抵一番良い。
ー奥田さんが本誌でもたびたび語ってきた“音のムード”が良い状態なのかもしれません。
玉置 それです! “ムード”って、よくおっしゃいますよね。最初は“何なんだろう?”と思っていたんですが、ミックス・チェックのときに納得しました……そういうことだったのか、って。帰国後しばらくしてから、奥田さんのスタジオへ行って初めて2ミックスを聴いたんですよ。
加藤 現地で聴いたプレイバックよりも空気感が随分と立体的になっていて、そこが一番びっくりしましたね。本当に、演奏が空気に包まれている感じで。
玉置 一つ一つの音の角が取れて、全体的にふくよかな音になったと思います。コード・ストロークが少しモタついている部分なども“モタついてはいるけど、それも味”っていうふうな確信のある音になった印象です。
ー晴れた休日の午後にぼんやりとしながら聴く。そういうシーンが思い浮かぶ、緩やかなサウンドになりましたね。
玉置 部屋の窓を開けてもらって、外の人の声や風の音と一緒に聴いてらうのが良いかなと。既に環境音が入っているので結構むちゃくちゃな話なんですが(笑)、そういう聴き方も個人的には心地良いと思いますね。
『Ninh Binh Brother's Homestay』
MIZ
SPACE SHOWER:PECF-3252
1. Afternoon in Ninh Binh
2. 春
3. 君に会った日は
4. パレード
5. 空砲
6. 夏がきたら
7. 夏のおわり
8. パジャマでハイウェイ
9. 舟
10. バイクを飛ばして
Musicians:玉置周啓(vo、g)、加藤成順(cho、g)
Producer:MIZ
Engineer:奥田泰次
Location:ニンビン・ブラザーズ・ホームステイ