ねこぼーろ名義でボカロPとして活動した経歴を持つ、ビート・メイカー/シンガーのササノマリイが、TVアニメ『ヴァニタスの手記』のオープニング曲と同作にインスパイアされた6曲を収録するミニ・アルバム『空と虚』をリリース。音楽制作に対する“しがらみが取れた”と晴れやかに語るササノに、アレンジ構築や音作りのこだわりを聞いた。
Text:Mizuki Sikano
インタビュー前編はこちら:
僕が聴いて心動いた音楽は人に伝えるべきって思う
ー歌メロはオクターブで女性も出せる絶妙なキーですね。
ササノ 女性も歌いやすいキーを意識していたことはあります。一時期、男性が女性みたいに歌う女声が流行したんですが、僕はそれにあこがれて一度声をぶっ壊していて(笑)。
ーそれがきっかけでボカロPに?
ササノ もともと歌うことに自信が無かったので、歌ものを出せる!という気持ちで。キーに関しては自分のいいなと思うキーで歌っているので、それが女性向きなのかもしれない。あと僕はある一定の音高を超えると途端に出なくなるので、それを避けているのもありますね。
ーオケの躍動感やキャッチーさもボカロ曲の影響?
ササノ 常に人に聴いてもらいたいって感情が制作意欲の原点というだけで、テクニック的にはそこまで意識していないですね。ほかのアーティストのスタイルが直接的なルーツかなと。僕が聴いて心動いた音楽たちは、間違い無く人に伝えるべき音楽って考えてるから、僕が作って、みんなにも聴いてもらいたいんです。
ー例えばどんな音楽ですか?
ササノ ゲーム音楽が多いのですが、TVアニメ『東京アンダーグラウンド』のエンディングで、新居昭乃さんの「覚醒都市」ですね。あれに衝撃を受けて、一番最初のコードの入りが丸い音で好きだったんですよ。当時はエレピの存在も知らず、何の楽器か判別が付かないけど、柔らかくて重なり方が気持ち良かったんですよね。部分転調もあって、サビまで期待を煽るようなダークなコード進行で、明るくも暗くもない退廃的な感じ。新居昭乃さんの歌い上げないスタイルも奇麗で、それをまねしたいと思ったのが鍵盤を弾き始めたきっかけです。サビでだいぶつぶれたドラムが入ってくることで、視界がガッと開く……このニュアンスを自分も作ってみたい!って。
ー「空と虚」に対しても、ローファイなサウンド・エフェクトなどを筆頭に似たようなニュアンスを感じます。
ササノ サビ前にスパッと切れる音、ピッチ・シフトやローファイ加工した音がすごく好きなんですよね。今はしていないけれど、以前はマスター・トラックにアンプ・シミュレーターを挿していました。切り張りしたサンプルが丸くつぶれる感じが好き過ぎるんでしょうね。
「空と虚」 ABLETON Liveアレンジメント・ビュー
XLN AUDIO RC-20など20個以上のプラグインで加工
ーピアノを始めとする上モノ、スネア、ハイハットなどさまざまなパートで積極的な加工がなされている印象です。
ササノ プラグインで加工していて、XLN AUDIO RC-20というエフェクトが便利でよく使います。ノイズ、ディストーションなど幾つかパラメーターがあるのですが、FLUXというパラメーターで入力音に対しどの程度影響させるかを決めて、揺らぎの度合いを変えられる。FLUXをちょっと高くして、WOBBLEを小さくすると、音の入りに“テンッ”ってテープ再生みたいなちょっとピッチがゆがむ音が入るんですよ。それがお気に入りです。「空と虚」のイントロのピアノはSPECTRASONICS Keyscapeで、そこにRC-20をかけて、2つにトラックを分けたうちの1つに、NATIVE INSTRUMENTS Kore 2に入っているアンプ・シミュレーターを通しています。その後、コンプとかEQとか20個ぐらいのプラグインを設定したラックを通しています。アナログ機材っぽくするためにEQカーブを保存しているので、サンプルに合わせてちょっと修正して使うんです。
ーイントロのピアノのために、プラグインを20個以上も挿しているということですね。
ササノ Liveではプラグイン・チェインをラックで保存できるので、それを曲を作るたびに無限に増やしていっていますね。エンジニアにはクリアな音もある方がいいし、そんな組まなくて良いと思うよって言われるんですけど。このラックを割とどのトラックにも挿しているんですよ。イントロのピアノはそれを挿した上に、マルチエフェクトのZYNAPTIQ Wormholeでビット・クラッシュさせています。クリーチャー・ボイスを作るために購入したのですが、音を壊してモジュレーションをかけた音が作りやすいです。
ーほかのパートの音もソフト音源ですか?
ササノ 「空と虚」のピアノはどれもKeyscapeで、アコーディオンはUVI Gypsy Jazzy、Aメロとサビのベース音源はSPECTRASONICS Trilianの異なるプリセットを使っています。Trilianを太く響かせるためにはWAVES Renaissance Bassを強めにかけて、テープ・シミュレーターのNOMAD FACTORY Magnetic IIを使っています。あとはPLUGIN ALLIANCE SPL Vitalizer MK2-Tも低域パートの存在感を出すのに重宝していますね。
ーSPL Vitalizer MK2-Tはベース以外にも使うのでしょうか?
ササノ ステレオ・イメージをコントロールする目的で、さまざまなパートに使っています。シンセ・リードを太く響かせるためにも使ったりしますね。
ー収録曲はどれもよく聴くと、音の間を縫うように逆再生音を配置しているのが独特です。
ササノ 昔から逆再生させるのが好きで、本当はずっと流した曲とか作りたいぐらい(笑)。でも、それはさすがにアウトかなと思うので、効果的なところのみで我慢しています。Liveがそこら辺をエディットしやすいので、ハイハットの刻みも1、2個だけ逆再生にしたりします。
ーそのハイハットなどドラムはMIDI打ち込みですか?
ササノ XLN AUDIO Addictive DrumsなどでMIDI打ち込みすることもあれば、サンプルを切り張りすることも多いです。サンプルはコレクション目的も含めて、だいぶ買い漁っていて、外付けのでかいハード・ディスクの中にパンパンになるくらいには買っています。例えば「Solitude」のスネアは、ピッチを下げてフィルターをかけたりした幾つかのサンプルに、加工の少ない抜けのいいスネアを重ねているんです。僕の好きな音も流しながら、きちんと聴いている側が何の音か分かるような処理を心掛けました。
今後ソロで作る音楽ではハードウェアの楽器を生かしたい
ーササノさんは、元ぼくのりりっくのぼうよみのたなかさんやギタリストIchika Nitoさんと、バンドDiosも組まれていますね。一方でボカロも作られていたりと活動が多岐にわたっていると感じます。
ササノ それぞれふさわしい形で音楽を作ったら、分かれていったんですね。バンドはメンバー、ソロは自分、ボカロは歌の雰囲気との兼ね合いなど考えることが違う感じです。例えば最近スマートフォン向けゲームの『プロジェクトセカイ カラフルステージ』内のユニット、25時、ナイトコードで。に提供した楽曲「カナデトモスソラ」は、ボカロが歌ってもキャストの皆さまが歌ってもしっかりと彼女たちのものとして成り立つように作ろうと意識していました。人間が歌ったときに不自然にならないように、とか。
ーねこぼーろでボカロはもう作らないのですか?
ササノ いや、ねこぼーろでも出したいですね。僕の中でボカロは大事な趣味で原点でもある存在なので。でもやりたいこと、やらなきゃならないこともたくさんあるから、いつかまた。
ー今後ソロでやっていきたいことは?
ササノ サンプラーのBOSS SP-303、TEENAGE ENGINEERINGのシンセOP-1やポケット型リズム・マシンPocket Operatorなど、ガジェット系のハードウェアの楽器を制作に生かしたいです。『空と虚』ができて、自分にあったいろいろなしがらみが取れた感覚があるから、これからは、もっと楽しく人に届けられるんじゃないかなって思います。
インタビュー前編では、“自分の好きな音作りをしようと思った”と振り返る最新作『空と虚』の音作りへの気付きを語っていただきました。
Release
『空と虚』
ササノマリイ
AICL-4088
Musician:ササノマリイ
Producer:ササノマリイ
Engineer:照内紀雄
Studio:プライベート