ねこぼーろ名義でボカロPとして活動した経歴を持つ、ビート・メイカー/シンガーのササノマリイが、TVアニメ『ヴァニタスの手記』のオープニング曲と同作にインスパイアされた6曲を収録するミニ・アルバム『空と虚』をリリース。音楽制作に対する“しがらみが取れた”と晴れやかに語るササノに、アレンジ構築や音作りのこだわりを聞いた。
Text:Mizuki Sikano
サンプルが途中で切れたときの無音になる質感が好き
ーササノさんはねこぼーろ名義でボカロPとして活動を開始して、現在ソロ活動をされていますが、そもそもトラック・メイクを始めたのはいつからですか?
ササノ 高校2年生のときにCAKEWALK Music Creator 2で作曲ごっこみたいなのを始めたのが最初です。高校3年生でIMAGE-LINE FL Studioを使い始めましたが、専門学校に入った際に使っていたMacに当時は対応していなくて。それからABLETON Liveに変えて10年以上使っています。
ーでは、ねこぼーろ名義で作っていたボカロ曲もLiveで制作したもの?
ササノ ほとんどLiveですね。僕はMIDIで打ち込んだものをいったんオーディオに書き出して、それからプラグイン・エフェクトをかけて制作します。オーディオ変換を即座にできるのとピッチ・シフトが簡単な点はかなり魅力なんです。
ーササノさんのオーディオ・サンプルを走馬灯のように流れ込ませる音楽は、「空と虚」が流れる『ヴァニタスの手記』のオープニング映像とも親和性が高いなと感じます。
ササノ サンプリングの質感が好きなんですよね。例えば、ピアノが弾かれていたのにパッと消えたり、ライド・シンバルが途中で切れて無音になったりするのが好きです。あと、作曲で毎度映像を意識しているのも理由かもしれない。
ー『空と虚』の7曲はTVアニメ『ヴァニタスの手記』の世界観とリンクしているとのことですね。
ササノ はい。これまではリリースした曲をアルバムとしてまとめていたので、自主制作を除いて、こういったコンセプト・アルバムを作るのは初めてのことでした。アルバム制作が決まり、コンセプトに悩んでいるところに『ヴァニタスの手記』オープニングの話が来たんですよ。好きな漫画だったこともあり、すごくうれしかったですね。
ーアニメの世界観にインスピレーションを受けることはこれまでもありましたか?
ササノ 明確にその作品だと分からないようにしてましたけど、あります。宣言するのは初めてです。実は今回、歌詞の出来にこれまでで一番満足していて。今まではテーマの幅が広く、僕が明確に物を言わない表現が好きだったから、サビでも流れるような歌詞を書いていたんです。でもアニメの影響を強く受けることで“多くの人に伝わりやすい歌詞にする”という課題にきちんと向き合えた実感があります。
ーストーリーに影響されたからですか?
ササノ 全部です。今まで自分の好きな言葉を並べるから大変だったけど、作品から大きく外れない言葉を紡いでいくのが進めやすかったんです。アニメのイメージ・ソングは避けたくて、知る人がピンと来る程度にしています。
ー音のイメージにも影響はありましたか?
ササノ めちゃくちゃあります。漫画を読んでシーンに合う音を考えました。でも、せっかくミニ・アルバムにするなら、いろいろな曲調を入れたい。「空と虚」で僕を知る人は、結構キャッチーなものから入ってくるじゃないですか。でも僕の曲にはダウナーなものもあるから、作品を手に取る人がどれかに引っかかってくれるといいなと思います。一方で、ミックスや曲作りのプロセスは、「雪花の庭」「メラメリ」「Solitude」は、結構昔のやり方で好きな感じを勢いのまま作った気がしています。
ーササノさんは2018年の「MUIMI」で洋楽志向なアレンジとサウンド・メイキングをしていたのが印象的です。『空と虚』の音は、それ以前のボカロ曲のアレンジと「MUIMI」以降のサウンドが合わさってできたような音楽だと感じますが、そういった狙いはありましたか?
ササノ ありましたね。僕は電子音を含めたバラード・ロック、チル、トリップホップ、エレクトロニカとかを作ってきたけど、すごく自分の好きなものが狭いと感じていたんです。どれも同じような曲になってしまうところもあって、「MUIMI」を出す前にいわゆるスランプにハマったんですよ。だからスタッフとも相談して、自分が好きだけど技術的に追い付けなかったジャンルに挑戦してみたんですよね。そのときはエンジニアの方がやってくれたミックスと自分の方法との間にギャップを感じていたけれど、その後自分で正解を求めてミックスしたら、ジャンルごとのミックスがあるんだなって初めて気付きました。
ー具体的にはどんな気付きがあったのですか?
ササノ それまではどの曲にも生ドラムのスコーン!というリム・ショットを入れていたけど、それで音が濁るって感覚が無かったなと。僕は音数が多ければ多いほど好きだから、「MUIMI」で最低限のパートで構築すること自体が大きな挑戦で、怖かったんですよ。自分がやる意味あるかなって。でも出したら思ったより“ササノマリイらしい”って言ってもらえて、自分の耳が育った良い経験でした。
大きいハコのスピーカーで出して、そん色無い音が作れた
ーミックスを視野に入れたアレンジの構築において、ご自身で成長を感じられているのですね。
ササノ 昔は良い意味でも悪い意味でも独自だったし、周りのやり方を踏襲しなかった。ラジオとかで流れたときにインディーズ感があって、ほかの人と明らかに違う音だったんです。それが良く働くときも、悪く働くときもあって悔しかった。だから『空と虚』では、ほかの人たちの音も作れる上で、自分の好きな音作りをしようと思ったんです。
ークラブとかで流すような機会も?
ササノ ありました。クラブで流れたときの、第一印象で受け取れるパーツって限られていますよね。イアフォンでミックスしていたから、多様なリスニング環境を考慮できていなかったと思います。ボカロP時代から僕は音をつぶすのが好きで、ギターのカッティングとピアノのコードがかぶって、ネット上のコメントで“何の音か分からない”って言われることが多かったんですよ。僕はコード弾きが好きで音楽をやってるのに、伝わらなきゃ意味がないなって……あとキックが弱かったり。大きいハコの大きいスピーカーで出しても、そん色の無い音が作りたかったです。それは振り返ってみて『空と虚』で一番できたかなって思います。
ーネット上のコメントを音作りに反映させるのですね。
ササノ 特にボカロ曲を作っていたときに、ニコニコ動画ではボカロPも聴いてくれるから、曲に対するアドバイスをもらえるんです。曲作りが分かる人には音作りのことを指摘されるし、分からない人は“イントロ長い”“サビどこ”とか感覚的に指摘してくれる。その両方を聴いて成長してきた気がします。
ーササノさんの曲は歌い上げないのにオケが盛り上がっているので、曲全体がとてもエモーショナルですよね。このコントラストはボカロP時代の曲にも通じる表現かと思うのですが、ご自身ではいかがですか?
ササノ 意識している部分もありますが、単純にその組み合わせが好きなんだと思います。ボカロを作る人によっては叫んでくれるように打ち込み調整している人も居るんですが……僕は静かに歌う感じが好きなのでそのまま。だから、ボカロはオーディオ化してANTARES Auto-Tuneでピッチを書き直します。
ー『空と虚』のササノさんのボーカルにも、Auto-Tuneがかかっていますよね。
ササノ 僕CAPSULEのAuto-Tuneの声がすっごく好きで。ピッチ・シフトをし過ぎると、ある種の音質劣化のような現象が起こるじゃないですか。あの不自然さをエフェクトとして使いたいんです。あとボカロ曲の制作キャリアが長いからかもしれないけれど、完ぺきにハマったピッチがいいんですよね。歌メロを考えるときには、初音ミクのラララの12音階サンプルをサンプラーでキーボードに並べて打ち込めるようにしています。キーボードで打ち込んでから自宅の防音ブースの中で歌録りしますね。マイクのASTON MICROPHONES Aston Originとオーディオ・インターフェースはSTEINBERG UR-RT2を使います。
インタビュー後編(会員限定)では、 アニメ『ヴァニタスの手記』オープニング曲「空と虚」のDAWプロジェクト画面のほか、20個以上のプラグインを使用したというその一部を紹介します。
Release
『空と虚』
ササノマリイ
AICL-4088
Musician:ササノマリイ
Producer:ササノマリイ
Engineer:照内紀雄
Studio:プライベート