ビッケブランカ『FATE』インタビュー【前編】プライベート・スタジオと使用機材

ビッケブランカ『FATE』インタビュー【前編】プライベート・スタジオと使用機材

シンガー・ソングライターのビッケブランカが4thアルバム『FATE』をリリースした。国内のアーティストにとって永遠の課題と言える“洋楽ポップスの先進的サウンドとJポップを絶妙なバランスで混ぜること”に対する、彼の強い意志を感じるダンス・ミュージック12曲を収録する。プライベート・スタジオであるElephant Studioの機材紹介も交えつつ、『FATE』の音作りを語ってもらった。

Text:Mizuki Sikano Photo:Chika Suzuki

INTEL Core I9-9900搭載の自作パソコンでゲームも音楽制作もサクサクできます

スタジオに早速気になるものを発見しました。このデスクの脇にある黒くて大きい箱は何ですか?

ビッケブランカ これは自作パソコンです! 2年前に作ったんですけど、チップはINTEL Core I9-9900が入っていて、CPU負荷が分かるようにディスプレイに温度が表示されるんですよ。64GBのRAMメモリを搭載しているのでゲームも音楽制作もサクサクできます。

 

マウスを2個用意しているんですね。……そして、ものすごくナチュラルに戦闘ゲームを始めましたね(笑)。

ビッケブランカ マウスはゲーム/制作用で分けてるんですよね。これはRIOT GAMES『VALORANT』っていう今人気なゲームで……(狙いを定めて連打)ナイス・ショット!! いいね、集中してる! そして、(「蒼天のヴァンパイア」の)IMAGE-LINE FL Studio 20プロジェクトを再生して、すぐ打ち込みを始められるっていうね。ほら、ちゃんとマウスも持ち替えているでしょ!

 

シンプルに切り替えが速いですね。パソコンを自作しようと思ったきっかけは、音楽制作ですか?

ビッケブランカ そこは……ぼやっとさせていますね。ちなみに僕のノート·パソコンはゲーミング用のRAZER Razer Blade 15です。冷却機能に優れていて、この処理能力の速さは音楽制作ソフトの起動にも合っています。

f:id:rittor_snrec:20210830182807j:plain

プライベート・スタジオ=Elephant Studio。ルーム・チューニングは「一般的な家で聴く感覚を残したいのでデッドにしていない」という。音の反射を防ぐために天井や壁には布がかけられ、床にはカーペットが敷かれている

メインDAWはFL Studio 20を使っているのですね。

ビッケブランカ そう、もともとAVID Pro Toolsを使っていたんですけど“FL Studio 20はダンス・ミュージックを作りやすい”といううわさを聞いたから乗り換えたんですよ。今では、歌録りを何回もやり直したいときはPro Toolsで、伴奏やオケを作るときはFL Studio 20を使います。

 

FL Studio 20はどなたか好きなトラック・メイカーが使っていたりしますか?

ビッケブランカ そう! アヴィーチー、アラン・ウォーカー、僕の好きな2人が使っている! 以前、FL Studio 20は操作に慣れなくて2回乗り換えに失敗しているんです。だから前作『Devil』はPro Toolsで作って、今回3度目のチャレンジでやっとマスターして『FATE』を作れました。

 

『Devil』にはバンド・ベースの楽曲が多く入っていましたが、そもそも打ち込みを始めたきっかけは何ですか?

ビッケブランカ デビュー当時、最初に出会ったディレクターから“お前は性格的にレコーディングでいろいろ口出すだろうから、せめてエンジニアと同じソフトPro Toolsを使えるようになれ”って言われて、まずDAWを手にしたんですよ。その後、生楽器のレコーディングをする中で、人間のグルーブの奇跡を大事にしつつも、もっとスクエアで無機質なサウンドが欲しいってときがあったんです。それを人に頼んだら“打ち込んだ方が速くない?”って言われて、そこから打ち込みをするようになりました。

 

過去のアルバムを順番に聴いてみると、着実に電子音の割合が増えていっていますね。

ビッケブランカ アレンジもトラック・メイクも、繰り返すとどんどんできるようになっていくんですよ。あとは日常的に聴く音楽がハウス、テック・ハウス、テクノとかになってきていて……その音を聴いていると日本の音楽がだんだん丸くてトゲの無い音に聴こえてくるんですよね。ミックスの処理も中域の歌ばっかりが出ているだけみたいな。そういう曲を良いスピーカーで聴くと“モコモコ”して爽快感が無いなって思うんです。それと同時に、最近国内でどんどん人気になってきているKポップを聴くと、隣国とは思えないレベルになっているじゃないですか。僕はTWICEが好きでよく聴くんですけど、韓国とか中国のポップスの方がJポップよりも“音が良い”ですよね。自分でも世界標準の良い音を作りたいって追求した結果、必然的に打ち込みへ傾倒していったのかなって思います。

f:id:rittor_snrec:20210830182904j:plain

デスクにはディスプレイが2台、IMAGE-LINE FL Studio 20のプロジェクトが開いている。モニターは聴き慣れているというYAMAHA HS5で、パッシブ・タイプのモニター・コントローラーHERITAGE AUDIO Baby RAMは彼のお気に入り機材の一つ。チャンネル・ストリップRUPERT NEVE DESIGNS Shelford Channelや、コンプのEMPIRICAL LABS Distressor EL8もセット。オーディオI/OはPRISM SOUND Lyra1で「コイツのおかげで常にいい音を聴けている」と語る

洋楽ポップスっぽいアレンジを入れたJポップを作るのとは違い、『FATE』は洋楽ポップスとJポップの絶妙なバランスを本気で探りに行っている音がします。

ビッケブランカ それはすごく気を付けています。ポイントは歌です。サウンドだけは世界中の誰と並んでも恥ずかしくない世界標準を目指しつつ、メロディと歌詞はちゃんとJポップであろうという努力をしています。

 

「蒼天のヴァンパイア」の歌が消える部分=ドロップのシンセ・リードの置き方が“歌の代わり”のようで、ユニークな存在感を放っていると思います。

ビッケブランカ そこは、僕の中でギリギリJポップにしようというメンタルが残っているタイミングなんですよ。世界標準のシンセ・リードは、もっとステレオ・ワイドに響かせますよね。ボーカルもちょっと左右に広がっているけれど、僕はJポップの要素を残すためにモノラルで中央にガッチリと配置します。その後に入ってくるシンセ・リードも真ん中に置いた結果、このようになった感じです。M/S処理にはFL StudioのFruity Stereo Shaperを使っています。まぁ、本当は広げたいとも思ったけど、そうすると歌も少し広げないと不自然になるし、広げるとJポップ感が薄れるから。

 

そういった配慮があったのですね。また『FATE』収録曲はほとんどが日本詞ですが、「Divided」は唯一英詞ですね。

ビッケブランカ あれは逆に海外のバラードをやろうとしました。日本人はバラードを歌うとき、基本的に声を柔らかくしちゃうんですけど、アメリカだと声がバキバキなんですよ。コンプをギリギリまでかけるし、ショート/ロング・ディレイやリバーブもかけて、作り込んだ音で歌っている。その発想は日本にはあまり無いですよね。バラードだからといって暗かったり、地味にしないところを目指して作りました。

 

またクレジットによると、「FATE」と「夢醒めSunset」はLAの音楽プロデューサー、ジョシュ・カンビー氏がミックスを担当していますね。

ビッケブランカ 僕はミックスに常に新鮮さを求めているから、海外アーティストとのコラボは積極的にしたいんですよ。ジョシュには“LAの海で聴きたくなるような音に仕上げて”ってお願いしました。「FATE」はミックスが良過ぎたために、リード曲にするしかなかった(笑)。どうやってミックスしたか分からないけど、とにかく良い音で満足しています。

 

渡辺省二郎さんが録音した素材を、ジョシュ・カンビーがミックスするという組み合わせも斬新です。

ビッケブランカ どんな化学反応が起きるんだろうと思ったら、やっぱりすごいことになった。省二郎さんにはデビューからミックスをやってもらって絶対的な信頼感もある中で、今回は録りだけをお願いするという贅沢な選択をしました。省二郎さんの録り音は奇麗過ぎるくらいで、ミックスであの楽器の生き生きした表情をどうやって出してるんだろうって思う……全く解明できない謎です。

 

 

インタビュー後編(会員限定)では、楽曲「蒼天のヴァンパイア」で使用したプラグイン・シンセ/プラグインの詳細や、マイブームだという音楽制作モバイル・セットの中身も公開!

 

Release

『FATE』
ビッケブランカ
(エイベックス)

Musician:山池純矢(vo、all)、カジヒデキ(b)、設楽博臣(g)、佐野康夫(ds)、他
Producer:山池純矢、本間昭光、横山裕章
Engineer:山池純矢、渡辺省二郎、平塚亮太、ジョシュ・カンビー、神戸円、采原史明
Studio:Elephant、POWER BOX、Endhits

 

関連記事

www.snrec.jp

www.snrec.jp