坂本慎太郎『物語のように』インタビュー【後編】〜音はレコーディングの段階で作り込む

坂本慎太郎『物語のように』インタビュー【後編】〜音はレコーディングの段階で作り込む

坂本慎太郎(写真左)と中村宗一郎(写真右)へのインタビュー後編。『物語のように』の音作りや録音機材について伺った。これまで数多くの作品でミックス、マスタリングを手掛けてきた中村の話も必見だ。

Text:Satoshi Torii Photo:Hiroki Obara

インタビュー前編はこちら:

NEVE 33609でこれまでにないまとまり感を得た

「まだ平気?」や「ある日のこと」には前作までにも登場した、ピッチを上げた声も出てきますね。

坂本 単純に好きだから入れています。ただ今回は少なめにしました。“またこれか”みたいになりますからね。

中村 あの声はいつもEVENTIDE H3000で作るんですけど、今回はプラグインだったか……。こだわりはなくて、思った音になりさえすれば何を使っても構わないんです。

 

ボーカルについては、リバーブなどのエフェクトがこれまでより抑えられているように思います。何かミックスに意図するところはあるのでしょうか?

中村 特にリクエストがなかったので(笑)。でも、リバーブが少ない歌はギラっとしていて格好良いし、ボーカルが飛び出したりするところも面白いです。

坂本 ミックスはいつも、ある程度まで中村さんに“とりあえず良い感じにしてください”と言っていて。作ってくれたところから、リクエストがあれば直してもらっています。

中村 さっきのDAWの話じゃないですけど、最近はまず録るじゃないですか。録っておけばとりあえず大丈夫って、後でミックスで加工して変えていくパターンがほとんどなのかなと。でもこちらのバンドは、音を作って録音するんですよ。

坂本 レコーディングは大方ドラムの音色を決める作業なんです。ドラムがうまく録れればほぼOKですから。中村さんと菅沼君が、曲のイメージに合わせたチューニング、キット選び、マイキングとかをやってくれています。それを聴きながら“もうちょっとこういう音に”というやり取りをしているから、ミックスはバランスが取れていればそれでいいんです。

 

菅沼さんの存在も大きいのですね。

中村 マイクを複数立てているんですけど、結局使っていない曲も何曲かあって。いろいろオン、オフしながら、菅沼君が“あ、これが良いです”と言うのが1本しかオンになっていないこともありました(笑)。

坂本 ダビングとか歌入れをするときも、最初に録ったドラムを元にして音を作っていくので、ミックスのときにドラムの音が大きく変わることはないですね。

中村 楽器を重ねていくと埋もれたりはするので少し前に出そうとかは多少あるんですけど、ミックスで音色がガラッと変わることは全然なくて。楽器選びとかアンプのヘッド選びとかで工夫をして、出来上がりの音を録音の段階で作るんです。プラグインは、EQとかコンプを音量で上げたくないときには使いますけど、音が違うとなったら外しています。

 

では録り音の部分に関して、インプット周りにはどのような機材を採用していますか?

中村 ミキサーのAMEK Bigが壊れてしまったので、アウトボードをそろえました。BRENT AVERILL 3405とか、昔のNEVEモデリングのプリアンプを使っています。これまでよりボーカルの太さが出ました。

坂本 何もしなくてもそのままでいけましたね。

中村 歌っていてグッとくる感じがあったでしょ? 頑張って出そうとしなくても前に出てくるんですよ。

 

ベースの低音も太さがありながら重過ぎず、フレーズが聴き取れるくらい前に出ている印象です。

中村 基本的には今までとそんなに変わっていないけれど、重くし過ぎないっていうのはありました。

坂本 あとベースのピックアップを変えています。バイオリン・ベースのGIBSON EBを使っていて、オリジナルは低音の低いところがすごく出ていたんですけど、その部分がなくなって引き締まった感じはあります。

中村 マスター・トラックに、NEVE 33609を通したのも大きかったです。低音がモチッとするというか、かなり効果がありましたね。菅沼君もすごく喜んでくれて。

坂本 楽器同士のつながりが出ましたよね。

 

低音以外にも効果があったと。

中村 サックスが終わったら次はギターとか、演奏している人に対して順番にライトが当たっていくようになったかな。経験したことがないまとまり感で、びっくりしました。

中村が運営するスタジオ、Peace Musicのコントロール・ルーム。中央にあるアナログ・ミキサーのAMEK Bigは、一度壊れたものの現在は修理済みだが、最近は稼働していないそうだ。DAWはAVID Pro Toolsで、オーディオ・インターフェースはUNIVERSAL AUDIO Apollo 16を使っている。モニター・スピーカーは、内側にあるFOCAL Solo6を主に使用。窓からは、隣のレコーディング・ブースの模様を確認できる

中村が運営するスタジオ、Peace Musicのコントロール・ルーム。中央にあるアナログ・ミキサーのAMEK Bigは、一度壊れたものの現在は修理済みだが、最近は稼働していないそうだ。DAWはAVID Pro Toolsで、オーディオ・インターフェースはUNIVERSAL AUDIO Apollo 16を使っている。モニター・スピーカーは、内側にあるFOCAL Solo6を主に使用。窓からは、隣のレコーディング・ブースの模様を確認できる

コントロール・ルームにあるアウトボード・ラック。左側の最上段にあるApollo 16の下にあるのがBRENT AVERILL 3405と1272。ミキサーのBigに変わって、プリアンプとして使いはじめたとのこと。特にボーカルやコーラスなど、ボーカル・レコーディングに重宝したそうだ。右側の中央にあるのがマスター・トラックに通したというNEVE 33609

コントロール・ルームにあるアウトボード・ラック。左側の最上段にあるApollo 16の下にあるのがBRENT AVERILL 3405と1272。ミキサーのBigに変わって、プリアンプとして使いはじめたとのこと。特にボーカルやコーラスなど、ボーカル・レコーディングに重宝したそうだ。右側の中央にあるのがマスター・トラックに通したというNEVE 33609

コントロール・ルームのコーナーには、SUPROやPEAVEYなどのギター・アンプを置いた小部屋を用意。ギターをつないでドアを閉めると、コントロール・ルームに居ながらギターを録音することが可能だ。マイクはSHURE SM57が立てられている

コントロール・ルームのコーナーには、SUPROやPEAVEYなどのギター・アンプを置いた小部屋を用意。ギターをつないでドアを閉めると、コントロール・ルームに居ながらギターを録音することが可能だ。マイクはSHURE SM57が立てられている

Peace Musicのレコーディング・ブース。1960年代製のROGERSのドラム・セットや、FENDER Rhodes Mark I Stage Piano 73もあった

Peace Musicのレコーディング・ブース。1960年代製のROGERSのドラム・セットや、FENDER Rhodes Mark I Stage Piano 73もあった

ギター・アンプのFENDER Twin Reverbは、ブースの奥の小部屋に配置。こちらもコントロール・ルームから演奏して鳴らせる仕様となっている

ギター・アンプのFENDER Twin Reverbは、ブースの奥の小部屋に配置。こちらもコントロール・ルームから演奏して鳴らせる仕様となっている
中村が所有する1960年代製のFENDER Jaguar
FENDER Stratocaster。これら中村のギターもレコーディングで使用されている
中村が所有する1960年代製のFENDER Jaguar(写真左)とFENDER Stratocaster。これら中村のギターもレコーディングで使用されている

マイクは左から、ドラムのエアとして使ったRCA 44BX、主にボーカル用のNEUMANN U87、ドラムのトップに立てたAKG C414×2、スネアなどのD190E、キックなどのSENNHEISER MD421

マイクは左から、ドラムのエアとして使ったRCA 44BX、主にボーカル用のNEUMANN U87、ドラムのトップに立てたAKG C414×2、スネアなどのD190E、キックなどのSENNHEISER MD421

聴こえなかった楽器の絡みに気づくインスト盤

中村さんから見て、前作までの坂本さんの作品と今作で何か異なる部分はありますか?

中村 ちょっと腰高ではありますよね。でもそれは明るめにしたいという思いもあって。ここ数年ある、40Hz以下をグッと出しているようなミックスが、映画の予告編みたいな音であまり好きじゃないんです。ヒップホップやテクノといった低域重視の音楽を作っている人たちには大事だと思うんですが、バンドでしょ?って。もっと上の方の聴こえやすい帯域……圧がウワッとならないところのベースの方が聴きやすいんじゃないかという感じはしています。

 

中村さんはマスタリングも行っていますが、昨今の再生環境の変化などは意識していますか?

中村 レコードだと完全に別ですが、配信とかCDとかはあまり考えないようになりました。媒体によっても違うし、再生環境も人それぞれだから、一体誰のためにやっているんだろうと。アナログでも、昔はオープンリールとレコードで仕上がりが違うみたいなことを言っていたと思うんです。だからやっぱりCDが最高(笑)。ほぼ思った通りの音ですからね。

 

今作にも前作までと同様、CDにはインスト盤が付属しています。

坂本 1stの『幻とのつきあい方』を作ったときに付けてみたら、すごく評判が良くて続けているのと、ちょっとでもCDを買う意味というか。インストはサブスクには上げないので、CDでしか聴けないものを付ける。ファン・サービスですね。

中村 だけど自分たちで聴いてもちょっと面白い。こういう音があったね、ということに気づきます。

坂本 歌がないことで楽器の絡み合いというか、聴こえにくかった音が聴こえてこんな音が入っているんだ、みたいなことが分かって楽しいかなと思っています。

 

ミックスは変えているのでしょうか?

中村 基本は指定されたチャンネルをミュートするだけです。リミックス的にやっちゃったら意味合いが変わってくるので、そのままの方が。ボーカルがいなくなって風通しが良くなった面白さがあるし、変える必要も別にないです。

 

今後の活動としてはまたライブを?

坂本 特に増やそうという気はないですけど、面白くできそうであればやりたいかなと。同じメンバーでいろいろなところで一緒にライブをやって、バンド感みたいなのは出ているのかなって思います。アルバムの曲もやるつもりです。

 

インタビュー前編では、 坂本がレコーディングで使用したギターやMAESTROのリズム・ボックスなど、所有する機材を中心に紹介。デモ録音の手法についても詳しく伺いました。

Release

『物語のように』
坂本慎太郎
zelone records:zel-026
※CDはアルバム全収録曲のインスト・バージョンが付いた2枚組

Musician:坂本慎太郎(vo、g、b、k)、AYA(b、vo、k)、菅沼雄太(ds、perc)、西内徹(sax、fl)、KEN KEN(Ken2d Special、Urban Volcano Sounds)(tb)
Producer:坂本慎太郎
Engineer:中村宗一郎
Studio:Peace Music

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