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6月に4thアルバム『物語のように』をリリースした坂本慎太郎(写真左)。前作『できれば愛を』のリリース後、ソロとなってから初めてのライブ活動も行っていたが、パンデミックが発生。世界が一変する中で制作されることとなった今作は、これまでの作品に比べどこか曲調に明るさを感じる、素晴らしいポップ・アルバムとなっている。前作同様、Peace Musicでレコーディング。エンジニアの中村宗一郎氏(写真右)は、坂本と20年以上、制作を共にする旧知の間柄だ。前編では2人へのインタビューに加え、坂本がレコーディングで使った楽器も掲載。ぜひとも刮目していただきたい。
Text:Satoshi Torii Photo:Hiroki Obara
曲のテンポは後から決まる
ー『物語のように』は6年ぶりのアルバムです。前作までと比べるとリリースまでの期間が空いていますね。
坂本 ライブ活動を始めたのが大きくて、ライブ用にリハーサルをしたり、呼ばれたライブに出たりしているうちにあっという間に時間が経っちゃって。そしたらパンデミックになって、気がついたら6年くらい経っていたという感じです。
ー2020年には『好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ』など、シングルを4曲発表しています。今作と並行して制作していたのでしょうか?
坂本 曲がたまったらアルバムを出したかったんですけど、なかなか納得のいくものができなかったんです。ずっとデモ・テープを作っていて、アルバムを作るにはまだ先になりそうだったんで、歌詞ができた曲を先に小出しにしていきました。
ーデモはアレンジなども出来上がった、完成形に近い状態なのでしょうか?
坂本 ドラムの基本的なパターンとベース・ラインは僕がデモ・テープの段階で作っています。ギターのダビングとかいろんな楽器のアレンジとかは曖昧なんですけど、基本のリズムだけはかっちり作って、それをバンドで練習して録る。スタジオに入る前にある程度考えているんですが、レコーディングが始まってから思いつくことも多いですね。
ーデモの録音にはどのような機材を?
坂本 16trのデジタルMTRです。
ーDAWでの制作は行わないのでしょうか?
坂本 コロナが流行しはじめたときにMacを新しくして、ついにコンピューターで、APPLE Logicとかでやろうとオーディオ・インターフェースを買うところまではやったんですけど、その後何もしていないですね。家でラジオのナレーションを録ることができるようになっただけで。やっぱり曲作り……作詞作曲の方に力を入れたほうが良いと思っていて。録音まですると、そこがおろそかになりそうな気がしました。録音とかは中村さんに頼めばいいことですから。
中村 DAWがゲーム感覚で楽しくなって、そこに割く時間が制作の9割くらいになっちゃったりして。おろそかになるじゃないけど、作詞作曲がつまんなくなっちゃう。映画を見たり本を読んだりインプットする時間もなくなって、DAWの作業がただ面白くなってのめり込んじゃう人が多いような気がするんです。
坂本 やりだすと楽しくなって、ハマっちゃいそうですよね。でもやっぱり、ギター1本で弾いて歌っても良い曲を作っておけば、アレンジが変わったり録音のテイクとかバージョンが違っても、良いものになるとは思っています。
ー確かに、昨今は何もないところからまずDAWを立ち上げて作る、という方も多いです。
坂本 テンポをまず決めるんでしょ? 僕の場合、ギターを弾いて歌うところから始めるので、何回も歌っているうちにどのテンポが合うかっていうのを考えるから、先にテンポがあるという形はやったことがないですね。気持ちの良い速さっていうのは何となく決まってくる。そういう作り方がハマる音楽もあると思うけど、昔ながらのバンド演奏というか、伝統的なやつは伝統的な作り方で(笑)。ほとんどの曲でクリックを使っていないから、リズムも揺れ揺れです。打ち込みに慣れている人が聴いたらすごく気持ち悪いかもしれないけど、そこが良いと思ってやっています。
エレキギターの格好良さを出したかった
ーデモの段階で出来上がっているというベース・ラインも、リフのようでありメロディのようであり、坂本さんならではの特徴だと感じています。
坂本 ベースはボーカルとセットで考えているんです。ボーカルのアクセントとの兼ね合いとか、歌のないところでは弾いて歌のあるときには抜くとか、リズムがボーカルと一緒に絡むように考えています。
ー1曲目の「それは違法でした」は、リズム・ボックスの音色から曲が始まっていますね。
坂本 あれは家で、デモ・テープを作って録音したまんまなんですよ。たぶんMAESTRO Rhythm Kingで、いろいろ重ねた気もするんですけど、どうやったのかを忘れちゃってそのまま全部使っています。
中村 良いものができているんだからデモのままでいいという判断です。やり直してデモを超えるのはなかなか難しい。ただの骨組みとかだったら録り直すかもしれないけど、聴いて完成って感じのものだったらそれでね。整えばいいというものでもないですから。
ー今作を聴いて、どの楽曲からもエレキギターのフレーズの多彩さが際立っているように感じました。
坂本 ソロになってエレキギターの比重が減っていたところがあって。ベースやスティール・ギターの方に興味がいったりとか、比重が大きくなっている部分があったんですけど、今回は自分が格好良いと思うエレキギターの感じを出そうかなっていうのはちょっと思いました。
ー「君には時間がある」「悲しい用事」の2曲はサーフ・ロック的な趣で、ギターのリバーブも印象的です。
坂本 もともとそういうのが好きで、今までも部分的には出していたんですけど、今回はちょっと多いかもしれないですね。
中村 エレキギターのリバーブは、ギター・アンプのYAMAHA YTA-25内蔵のスプリング・リバーブもよく使いました。ボリュームを下げてリバーブを上げると、フワーっとしたリバーブ音だけが鳴るんです。昔のアンプですが割と安く入手できるので、ここに来るバンドみんなに薦めています。あとスティール・ギターのスプリング・リバーブには、AKG BX25を今回初めて使いました。スプリング・リバーブって“ピチョン”みたいな音のイメージじゃないですか。BX25は、プレート・リバーブのようなすごく奇麗な音が出て面白かったですね。
坂本 奇麗な広がりで、それでいて嫌な感じじゃない。
中村 すごくたっぷりかかっても、嫌な感じがあまりしないです。同じシリーズのBX5を持っていて、そちらはもっとスプリング・リバーブっぽい音なのでイメージと全然違いました。
Release
『物語のように』
坂本慎太郎
zelone records:zel-026
※CDはアルバム全収録曲のインスト・バージョンが付いた2枚組
Musician:坂本慎太郎(vo、g、b、k)、AYA(b、vo、k)、菅沼雄太(ds、perc)、西内徹(sax、fl)、KEN KEN(Ken2d Special、Urban Volcano Sounds)(tb)
Producer:坂本慎太郎
Engineer:中村宗一郎
Studio:Peace Music