中村佳穂のサウンド制作の要として、『AINOU』などの諸作で手腕を振るってきた荒木正比呂(syn、prog/左写真)。そして『NIA』の共同プロデュースで重要な役割を果たした西田修大(g、b、prog/右写真)。この2人にアルバムの作編曲や音作りを振り返ってもらった。
Text:Tsuji. Taichi
インタビュー前編はこちら:
“歌詞を早めに……”と頼む理由
ー『NIA』の制作では、コロナ禍という状況により、面と向かってセッションする機会が限られていたようですね。
西田 リモートでのやり取りも多かったので、3人のDAWをBITWIG Bitwig Studioに統一し、Dropboxへアップしたプロジェクト・ファイルに各自がアイディアをメモしていけるような仕組みを採りました。でも、実際に会って演奏しながらでないとメロディがピタッと来ないとか、曲のイメージをつかめないというのがあったから、並行して定期的に合宿をやっていたんです。3人のうち、誰かの家に集まって制作するという。例えば「さよならクレール」は、荒木さんの家で追い込みをした曲です。当初はコード進行やリズム、展開などが今とは全く違ったんです。
荒木 あの曲は5年ほど前に原型ができていて、シンセのフレーズやベーシックのリズム、歌もあったんですが、形にならないままで。だから合宿でキリをつけることにして、西田君が新しくAメロを作ってくれたり、僕も新しいアイディアを出したり、佳穂ちゃんがそれを汲んで歌い直してくれたり即興したり……いわば“対決”しながら詰めていきました。
西田 “誰のメロディが良いか選手権”のようにして。
荒木 仮詞を当てたりしながらやっていましたね。
西田 ちなみに、僕らは佳穂ちゃんに“できるだけ歌詞を早く入れてほしい”とお願いすることが多くて。擬音語みたいなので歌っているときは良くても、詞を入れるとサウンド的に成立しなくなる場合があるからで、それを見越しての言葉選びなどに彼女自身、すごく尽力したはずです。
荒木 歌詞の内容だけを優先させると、トラックにうまく乗らないことがあるんです。その点、特に「ブラ~~~~~」とかはビートのノリをすごく意識していたと思うし、サウンド目線で言葉を選んでいたんじゃないかと感じます。
ー合宿での曲作りは、スピーカーからリズム・トラックを鳴らしつつ合奏するような形だったのでしょうか?
西田 そういうのも少しはあったと思いますが、“歌とシンセとギターだけ”みたいな感じで作ることが多かったかもしれません。で、良いフレーズが出てきたら“今の録ろう”って言ってDAWに録音する。やっているうちに“セッションしてアレンジすること”と“DAWに録ること”の境目が無くなりつつあった気がします。荒木さんがシンセを弾いて録って、良い部分を選んで配置していくというのもあったと思うし、演奏のみの録り音に対して打ち込みのビートを当てるようなこともあったはずで、作り方的にはDAWと仲良くやっていたと思います。
ー歌や演奏に長けた人たちが集まって、なぜDAWベースのプロダクションになったのでしょう?
西田 それは、きっと荒木さんからの影響が大きいです。彼がBitwig Studioの使い方を教えてくれて、教えてもらって実践するというのを繰り返していたら、僕も基本的なことはできるようになって。荒木さんが疲れたら僕がオペレートして、また荒木さんに交代して……という体制だったので、思い付いたものを片っ端から残していくような感じでした。今までは、ある程度フレーズなりを固めてから“さあ録音しましょう”とか、あるいは“しっかりトラックを構築するぞ”みたいな意識でDAWに向かっていましたが、今回は全く違って。まずはみんなでメモを残し、それを発展させて、最終的に荒木さんがまとめるような流れだったと思います。
ーでは、ラフに録った音が本チャンに残っているケースもあるのですか?
荒木 あります。「KAPO✌」のマンドリンとか。
西田 あの曲は、3人で山へピクニックに行ったとき作り始めたもので。帰って来て、最初のマンドリンのリフを録ったんです。録音中に佳穂ちゃんがお皿を洗っていたので、その“カシャカシャ”という音が普通に入っているんですよ。
荒木 冒頭の部分ですね(00:08~辺り)。あとは、お箸で湯沸かしポットをたたいた音や、ヘッドフォン・ケースにゴムのオモチャを入れて鳴らした音とかも入っています。
西田 確かマンドリンは、録ったものを2音半くらい上げて使っているんだよね?
ー弾き直さずDAWでピッチを変えたのが面白いですね。
荒木 その手法は、いろいろな曲でやっています。音が少し粗くなるんです。Bitwig Studioのストレッチ機能にはフォルマントとピッチを独立していじれるモードがあって、「Q日」では伊吹(文裕)君のドラムに使い、フォルマント値を固定したままピッチを下げている。だから、ああいうサンプリングしたような質感なんです。
西田 Bitwig Studioのストレッチ機能は幾つかのアルゴリズムを持っていて、ビートに適するもの、メロディに向いたもの、低負荷ながら音質劣化が目立ちやすいElastique Eco、その逆のElastique Proなど、特性がはっきりとしているんです。Elastique Proは奇麗に調整できるけれど質感の面白さを取ってElastique Ecoにしようとか、素材はメロディなのにビート用のアルゴリズムで変えた方が面白いよねとか、そういう処理が随所に散りばめられていると思います。もともとは荒木さんが使っていた手法で、僕も『NIA』の制作中によくやるようになりました。
荒木 ほかの音に混ぜたとき、トラックに立体感が出やすいんですよ。同じような質感ばかりだとつまらないから。
声の周波数特性を見越したトラック作り
ー立体感と言えば、「KAPO✌」や「さよならクレール」の打楽器類はステレオ感を意識した配置だと思います。
荒木 ミックスしてくださったエンジニアの奥田(泰次)さんは結構、左右を使う人だと思うし、僕らも“このくらいのステレオ感にしてください”というのを割と細かく伝えました。浮かせてください、なじませないでください、とも。なじませると、ビートの特性上、リズムが前に進んでいかないとか、そういう場合もあるからです。
西田 例えば4拍目の16分裏にツカ!みたいな音が入っていて、それがなじんでいると平たく聴こえてしまい、ビートの推進力が出なかったりする。もしくは止まらない、ストップ感が出ない、とか。ミックスでは、そういう細かい部分をものすごく丁寧に扱ってもらいました。
ードラムについては「さよならクレール」などで聴ける、生なのか電子音なのかあいまいな音色が印象的です。
荒木 「さよならクレール」は石若(駿)君に演奏してもらい、録音した後、僕らの方でテイク選びや構成の入れ替えを行いました。あと、アウトロまでのキックにはサンプルをレイヤーしています。PRESONUS Studio Oneでキックの録り音をMIDIに変換し、それをBitwig Studioに移してサンプルのトリガーに使いました。石若君のドラムは、キックにしても粒がそろっているのでMIDI変換しやすかったです。
ー生ドラムの録り音にあまり空気感が無いのも、サンプルとの融和が成功している理由かもしれません。
荒木 そこはこだわりました。佳穂ちゃんの声は、キャラ的に中域の方へ集中していて、芯が強い音なんです。その反面、オケによってはきゅうくつに聴こえることもあるので、トラックの重心を下の方に作って、上は声の抜けに譲った方がよいと思っていて。歌や曲のムードが損なわれませんしね。サンプル・キックのレイヤーは、その意味で必要なことでした。
Bass VIによる打ち込みのようなリフ
ー「さよならクレール」のベースは打ち込みですよね?
西田 僕が弾いています。FENDER Bass VIという楽器を使いました。当初、あの曲のベースはサンダーキャットに弾いてほしくて、それを前提に荒木さんがデモを打ち込んでいたのですが、来日が難しくなり相談の機会を逸して。運指的に相当キツいフレーズだったこともあり、僕が弾くことにしたんです……こんなの弾けるわけないだろ! そもそも俺はベーシストじゃねぇぞ!って文句を言いながら(笑)。
荒木 すごい文句を言ってくるな、って思っていました。
ーまさかエレキベースだったとは。フレーズ以上に、音色がそうは聴こえませんでした。
荒木 その印象は狙ったと思います。PLUGIN ALLIANCE Ampeg B-15NやXFER RECORDS OTTとかをかけて。ベース・ソロには、DEVIOUS MACHINES Infiltratorでディレイのような効果も加えています。
西田 僕たちは、曲作りの段階からミックスを並行してやっているような感じなのかもしれません。素材をそろえてからエンジニアの方に渡すというよりは、曲を作っている間も荒木さんがミックス的な作業をしているし、奥田さんもそれを共有した上で音作りしてくれるので、作編曲とミックスがあまり離れていないように思います。
ーあたかもダンス・ミュージックのトラック・メイカーのようなスタイルですね。バンドとして奏でられる音楽が、レコーディングでは生音も電子音も、制作の各工程も越境しているところに現代性を感じます。
荒木 聴き返してみて思ったのは、最近の人気漫画みたいなアルバムだなと。情報量が多いし、脇役もそれぞれキャラクターが立っていて、展開が多く濃密でギミックにあふれているんだけど、サクッと聴けてしまうという……まさに『チェンソーマン』や『呪術廻戦』みたいなアルバムだと感じています。
西田 気持ち良くサクッと聴けるけど、この音を作るのに何時間もかけたな~という部分以上に、“これを省くのに時間を使ったな”ってところが印象深いですね。何度も聴けるように情報量は豊かにしておきつつ、情報の洪水になって疲れさせないようにするためのさじ加減にも注力できたと思っています。むしろそこが、みんな頑張った部分だなと。
インタビュー前編(会員限定)では、 中村本人に『NIA』の制作までの過程、ボーカルの制作手法について話を伺いました。
Release
『NIA』
中村佳穂
SPACE SHOWER MUSIC:DDCB-14078(通常盤)
Musician:中村佳穂(vo、p)、荒木正比呂(syn、prog)、西田修大(g、mandolin、b、prog)、君島大空(g)、越智俊介(b)、石若駿(ds)、伊吹文裕(ds)、宮川剛(ds)、宮川純(org)、林田順平(vc)、伊藤彩(vln)、須原杏(vln)、大嶋世菜(vln)、名倉主(vln)、大辻ひろの(viola)、角谷奈緒子(viola)、高杉健人(contrabass)、池田若菜(fl)、高井天音(tb)、佐瀬悠輔(tp)、李 泰成(vo、cho)、ermhoi(cho)、北川昌寛(cho)、ピアノ男(cho)、下村よう子(cho)、にしもとひろこ(cho)、イガキアキコ(cho)
Producer:中村佳穂、西田修大、荒木正比呂
Engineer:奥田泰次、荒木正比呂、西田修大
Studio:Higashi-Azabu(MSR)、Tanta、DUTCHMAMA、W/M basement、FREEDOM STUDIO INFINITY