BITWIGが手掛けるDAWソフト=Bitwig Studio。モジュラーの発想を取り入れたユニークな制作環境で、先ごろバージョン3.2に進化を遂げました。その使い手としても知られるのが、コンポーザーの荒木正比呂。なんでも、手持ちのソフト・シンセの可能性を劇的に広げるツールが備わっているそうです。本稿では、荒木本人がデモ曲に沿って“Bitwig Studio×ソフト・シンセ”のクリエイティブな音作りを伝授します。
荒木氏のプロジェクト・ファイルをダウンロード!
本稿の教材として制作されたデモ曲のプロジェクト・ファイルを無償ダウンロードいただけます。Bitwig Studioのデモ版で開いてみましょう! 各フォルダー・トラックを展開し、それぞれのトラック・ヘッダーのアイコン(鍵盤などの絵)をクリックすると、記事内で紹介したモジュレーション・デバイスが使われているのが分かります(画面参照)。サード・パーティ製シンセの音はオーディオ化されていますが、モジュレーション・デバイス自体は残っているので、お手持ちの音源で試してみてはいかがでしょうか。
※楽曲とプロジェクトの権利はすべて荒木正比呂氏のものです。また、鑑賞および使用については個人の範囲内とし、インターネットなどを介した第三者との共有はご遠慮ください
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Modulation System機能が音作りの鍵
Bitwig Studioは非常に直感的で、遊びの要素が強いDAWソフトです。僕は毎日、制作のメイン・ツールとして愛用しています。以前はSTEINBERG Cubaseをメインに使っていましたが、クリップのループ再生&アンサンブルが行いやすいDAWも使ってみたいと思い、一度はABLETON Liveを購入。しかし既にユーザーが多かったので、より新しいものを試してみたくなり、Bitwig Studioを買うに至りました。また波形編集の操作性がCubaseに近いと感じたこと、ブラウズ機能の便利さ、音の質感の良さ、Liveの開発メンバーがスピンオフして作った点なども選択の理由です。
Bitwig StudioではModulation Systemという機能を活用することで、標準搭載シンセはもちろん、サード・パーティ製シンセの可能性を広げることもできます。このModulation Systemとは、モジュレーターをシンセから切り離して単体のツールとして扱えるような機能です。例えば、LFOやエンベロープ・ジェネレーターは、通常はシンセの中に入っていますよね? しかしBitwig Studioでは“独立したデバイス”になっているため、好きなシンセの好きなパラメーターに素早くアサインできるのです①。先述の通りサード・パーティ製シンセにも対応していますし、目的のパラメーターにドラッグ&ドロップするだけでアサイン完了。さらにはシンセだけでなく、オーディオ/MIDIエフェクトなどにも使えます。それでは具体的なテクニックを見ていきましょう。
シンセ単体では不可能!? 超・複雑系モジュレーション
【Listen 00:00~00:45】
LFOとステップ・シーケンサーを多用
僕が愛用しているモジュレーター・デバイスは“Classic LFO”と“Steps”です。Classic LFOは名前の通りプレーンなLFOで、Stepsはステップ・シーケンサーです。主にこの2つしか使っていないと言っても過言ではありませんが、なかなか奥が深いので、まずは両者を用いた“複雑なモジュレーション術”から見ていきます。シンセ単体でモジュレーションを組むよりも、柔軟に凝った音作りができると思います。
デモ曲の00:00~00:45に登場するフレーズを聴いてみてください。LOOPMASTERS のサンプル・プレイバック型シンセKhordsを使用していて、00:10辺りまでが素の音、以降がClassic LFOとStepsでモジュレーションをかけた音です。モジュレーションの数は全8系統。Khordsを鳴らしつつ、面白そうなパラメーターを見付けたら次々にモジュレーターをアサインします。何か難しいことを考えているわけではなく感覚的にやっていきます。
音程変化や音色を“部分的”にチェンジ
面内で各モジュレーターに🅐~🅗の記号を振っておいたので、1つずつ解説していきましょう②。🅐StepsをKhordsのグライド・タイムにアサインし、部分的にタイムを伸ばすことで一部の音程変化を緩やかにしてみました。効果が分かりやすいのは00:15辺り。4小節ループの4小節目アタマにかかっていて“ウニョン”とした印象になっていると思います。
🅑Khordsには、内蔵サンプルのタイム・ストレッチを調整するSTRETCHというセクションがあり、その中のSPEEDノブでストレッチの伸縮具合を設定できます。このSPEEDにStepsをアサインし、サンプルを部分的に伸ばしてみましょう。00:16辺りにグリッチ・ノイズのような変化が加わっており、これがSteps→SPEEDのモジュレーションによる効果です。ついでにアンプ・エンベロープのリリース・タイムを0にして、余韻をカットしておきました。
🅒StepsをKhords内蔵リバーブのAMOUNT(リバーブの量)にアサインし、1小節だけリバーブがかかるようにしています。00:16や00:27辺りが分かりやすいでしょう。
🅓Classic LFOの波形をRampにして、KhordsのフィルターのPRE-DRIVEにアサインしました。00:34辺りから聴こえ始めるのがPRE-DRIVEによるひずみで、Classic LFOにより1小節単位でオン/オフを繰り返しています。
🅔別のClassic LFOをPRE-DRIVEにアサインし、00:40以降、4小節ほどかけてひずみを徐々に強めています。
🅕Classic LFOでサイン系の波形を選択し、Khordsのフィルター・カットオフとFORMANT(タイム・ストレッチで変化するフォルマントを補正するためのパラメーター)をモジュレーション。00:11以降、少しうねうねした印象になるのは、この効果です。
🅖うねうね感に飽きないよう、別のClassic LFOのRamp波形で🅕のLFOの周期(Phase)を1小節単位で加速させています。1小節かけて加速して、元に戻ってまた1小節かけて加速する……という動きです。
🅗しかし、1小節ごとに加速するとしつこい印象だったので、Stepsを🅖のClassic LFOのかかり具合(Amount)にアサインして、2小節ごとの加速に変えています。
以上のようなモジュレーションを組んだ上でKhordsのプリセットを適当に切り替えてみると、また面白い偶然に巡り会えます。Bitwig Studioの標準搭載シンセは、ほぼすべてのプリセットにこうした工夫がなされているので、ぜひモジュレーション部をのぞいてみてください。
モジュレーションをリアルタイムに変えてゆけ!
【Listen 00:45~01:08】
“Select-4”なる便利な切り替えツール
続いては、シンセのフィルター・カットオフに2種類のStepsとClassic LFOでモジュレーションをかける音作りです。ただし全部を同時にかけるのではなく、Select-4というモジュレーター・デバイスを使用し、各モジュレーションを切り替えて使うのがキモとなります。
使用するシンセは、アナログ・モデリングとウェーブテーブルの両エンジンを備えるARTURIA Pigments 2。デモ曲の00:45辺りから登場するフレーズを鳴らしています。では早速、モジュレーションの内容を見ていきましょう③。
🅐シャッフル系のパターンを組んだStepsです。
🅑異なるパターンのStepsです。
🅒Classic LFOです。
これらをPigments 2のフィルター・カットオフにアサインするわけですが、かかり具合はひとまず0にしておきます。
🅓ノコギリ波のClassic LFO。
🅒のClassic LFOの周期にアサインして、1小節かけて加速させています。
🅔先述のSelect-4です。選択した4つのモジュレーションを切り替えたりモーフィングさせるためのデバイスで、切り替え~モーフィングには左側に配置された縦型のクロス・フェーダーを使います。
LFOとステップ・シーケンスを行き来する
Select-4の使用手順は、右側の矢印アイコンのうち一番上のものをクリックしてから、🅐のStepsのかかり具合を最大に。同様に、上から2番目の矢印をクリックした後、🅑のStepsのかかり具合をマックスに……と順番にやっていく要領です。それから、クロス・フェーダーを例えば一番上の矢印に合わせると🅐のStepsだけがPigments 2 のカットオフにかかり、上から2番目の矢印との間に合わせれば🅐と🅑のStepsが混ざった効果を得られます。
というわけで、クロス・フェーダーにオートメーションを描いて🅐~🅓の間を動かしてみましょう。デモ曲では00:34~00:45にかけて🅒のClassic LFOが強まっていき、以降01:08辺りまでは2種類のStepsと🅒のClassic LFOを切り替えてモジュレーションを変化させています。
ちなみに、デモ曲ではPigments 2のオシレーター2の音量にオートメーションを描いています。音量ノブを右クリックするとオートメーション・メニューが出現し、それを選択すればオートメーション・レーンが現れるので、あとはマウスで描いていくだけ。こういったオートメーションの設定のしやすさもBitwig Studioの特徴だと思います。
Column by 編集部:
そもそも“モジュレーション”って?
モジュレーションとは、あるシンセ・モジュールもしくはパラメーターで別のパラメーターを動かすような手法のことです。例えばLFO(低周波を発するモジュール)でオシレーターのピッチを動かすと、LFOの音波の周期に合わせて、音の高さが“うい~ん、うい~ん”などという感じに上下します(図を参照)。これはLFOでオシレーター・ピッチにモジュレーションをかけている状態で、LFOをピッチにアサインする、などとも表現されます。また、この場合LFOをモジュレーターまたはモジュレーション・ソース(=モジュレーションをかける側)、オシレーター・ピッチをキャリアもしくはデスティネーション(=かけられる側)と呼びます。
ピッチを上下させたかったら、ピッチ・ノブをマウスで上げ下げすればいいんじゃないの?と言われそうですが、曲を再生するたびにやるのは骨が折れますよね。その点、LFOに任せれば再現性も担保されますし、同様にLFOでフィルターのカットオフを動かしたり、エンベロープ・ジェネレーターでレゾナンスにモジュレーションをかけるなどすれば、動きのある複雑な音色が手を動かさずとも得られるわけです。
ノート・オンのたびにシンセを切り替えるマジック
【Listen 01:08~01:31】
ラウンド・ロビン機能を活用
今度は6つのサード・パーティ製シンセを使用し、MIDIノート・オンのたびに(つまり1音鳴らすごとに)シンセを切り替えるという技を紹介します。デモ曲の01:08~01:31を聴いてみましょう。さまざまな音色が入れ替わり立ち替わり現れるのが分かりますね? 至って普通のコードを鳴らしているだけなのに、マジカルな雰囲気を得られたりする点でも面白い手法だと思います。
まずはInstrument Selectorというデバイスを呼び出して、シンセをアサインしていきます④。
🅐Pigments 2です。ベル系のコロコロした音です。
🅑XFER RECORDS Serumです。いかにもEDMっぽい音をロードしています。
🅒FAW SubLab。Bitwig StudioのArpeggiatorをアサインしていて、さらにInstrument LayerというBitwig Studio搭載デバイスでトイ・ピアノをレイヤー。
🅓再びPigments 2。シンプルなリード系の音です。
🅔REVEAL SOUND Spire。ウォブル系のベース音色にBitwig StudioのFilterをかけています。さらにモジュレーター・デバイスのADSRをFilterのカットオフにアサインし、ノート・オンしてから徐々に開くよう設定。リバース・エフェクトのように聴こえると思います。
🅕またまたPigments 2。ワイルドなシンセ・リード音です。
これらの質感をサチュレーターやEQで整えたら、あとはInstrument SelectorのModeセクションからRound-robinを選択するだけで、ノート・オンのたびに次々とシンセが切り替わっていきます⑤。
TOPIC by 編集部:
新たなモジュラー環境“The Grid”
バージョン3から新たに標準搭載されたThe Gridは、シンセ・フリークも垂ぜんのツール! エディット画面上で複数のモジュールをパッチし、自分だけのサウンドが作り出せるという環境です。それはまさにモジュラー・シンセさながら。現在のモジュールの総数は160で、それらを使用したPoly GridやFX Gridなるデバイスも用意されています。本稿のデモ曲の最後にあるテープ・ストップ・エフェクトは、Poly Gridで作られたものだそう。皆さんも、いろいろと試してみましょう!
凡百のアルペジエイターを超える“ストレンジ分散和音”
【Listen 01:31~02:15】
アルペジオをモジュレートするという発想
Bitwig StudioのArpeggiatorは、ちょっとした工夫ですぐに面白くできるMIDIエフェクトです。デモ曲の01:31~02:15辺りにArpeggiatorを活用した奇妙なアルペジオが入っています。使用したシンセはPigments 2。それではArpeggiatorへの施しを見ていきましょう⑥。
🅐Stepsでアルペジオのスピードをコントロール。各ステップの数値に従って、遅くなったり速くなったりします。
🅑StepsでArpeggiatorのグルーブをモジュレーション。ストレート、付点、3連を数値で変化させています。
🅒Arpeggiatorでは、ステップごとに音高(ピッチ)の設定が可能。
🅐のモジュレーションによって速くなる個所で、少し不穏な印象になるよう設定しています。
そのほか、Bitwig StudioのToolというデバイスを使い、2拍ごとにモノラル→ステレオ・ワイドとなるようにしてみました。また少し耳に痛いと感じたため、Bitwig StudioのEQ+にAudio Sidechainというモジュレーション・デバイスを使用し、即席のディエッサーを作ってかけています。
ノート・リピート×モジュレーションの術
Arpeggiatorの亜種としてNote EchoというMIDIエフェクトを紹介します⑦。いわゆるノート・リピーターで、MIDIノートを小刻みに繰り返して鳴らすような効果が得られます。これを使い、コンコンコン……と球が跳ねるような音で、切れ際にディレイがかかっていくようなパッチを作りました。デモ曲の01:43や01:48辺りで聴くことができます。
まずは“コン”という音のワンショットが入ったSamplerを2台用意。Instrument Selectorにアサインし、一方のパンを左、もう一方のパンを右に振り切ります。それから、前項でも登場したRound-robinモードを用いて、ノートごとにLchからの音とRchからの音が切り替わるようにします。
次にディレイ。実はNote Echoでディレイ的な効果を出しています。REPETITIONSセクションのTimeをマイナスの数値にするとコンコンコン……と音が縮まっていくような効果を簡単に得ることができます。ただし、そのままだと機械的な反復になるため、Classic LFOでTimeを揺らすことにより有機的な印象にしました。さらに、ADSRというモジュレーター・デバイスを使い、ノートを鳴らしてから徐々にディレイが深まっていくような効果も付けています。
Bitwig Studioは、触れば触るほどレベル・アップしていく感覚のあるDAWソフトです。パッチはドラッグ&ドロップでサクサク保存できますし、カード・ゲームのように友達と交換できるため、ギーク心をくすぐる楽しさがあります。試したことがない方は、ぜひトライしてみてください。
荒木正比呂
【Profile】2009年にfredricson名義でPreco Recordsよりエレクトロニカ・アルバムを発表。ポップス・バンド“レミ街”のリーダーとしても知られ、2018年にブレイクしたシンガー・ソングライター中村佳穂の楽曲制作では、作編曲~サウンド・プロデュースに深くコミット。現在は三重県の田園地帯に暮らしながら、広告音楽の制作を手掛けたり、プロデューサーやアレンジャーとして活動している
【製品情報】BITWIG Bitwig Studio 3.2
2014年に発売されたドイツ産DAW。時間軸をべースとするアレンジ画面“アレンジメントタイムライン”に加え、オーディオ/MIDIのループ再生&アンサンブルが可能な“クリップランチャー”を備える。最新のバージョン3.2では、画面上でモジュールをパッチしてオリジナルなサウンドを構築できる環境“The Grid”が追加された。
Bitwig Studio デモ版 無料配付中!
Bitwig Studioのデモ版を下記リンクからダウンロードいただけます。ぜひお試しください!
BITWIG Bitwig Studio 3.2
通常版:46,250円
クロスグレード版/エデュケーション版:31,000円
アップグレード版:19,000円
【REQUIREMENTS】
・Windows:Windows 7/8/10(すべて64ビット)
・Mac:macOS 10.13以上
・Linux:Ubuntu 17.04以降
※プラグインはVSTに対応