2018年にリリースされた2ndアルバム『AINOU』で、耳が早い音楽ファンばかりか、瞬く間に多くのリスナーの支持を得た中村佳穂。聴き心地が良くも“引っ掛かり”のある声音とソウル・ミュージックさえ連想させる情感、そして実験的な香りも漂うサウンド・プロダクションに音楽好きが熱中した。その『AINOU』に続く3rd『NIA』は、無二の芸術性をより研磨したような仕上がり。中村本人へのインタビュー、共同プロデューサーの荒木正比呂と西田修大への取材を通してアルバム制作の手法に迫りたい。
Text:Tsuji. Taichi
『AINOU』は2枚組のイメージだった
ー『NIA』は、前作『AINOU』をより洗練させたような、精緻な仕上がりだと感じます。
中村 『AINOU』は、構想段階の2016年ごろに2枚組をイメージしていました。“電子音メインのサウンド”と“フィジカル重視のサウンド”の2枚組をシンガー・ソングライター的な立ち位置の私が発表すれば、類を見ない特別なアーティストになれるのでは?と思いました。『AINOU』は、一枚でその両方を兼ね備えたエネルギーのある作品になりましたが、自分の中では“対”になっているイメージだったので、引き続きサウンド・プロダクションをお手伝いいただいていた荒木正比呂さん、そして西田修大さんにも参加していただき、次作もお手伝いをお願いできますかと連絡しました。構想中に考えていた、もう一つの“フィジカル重視”というのは『NIA』の制作始めに念頭には置いていましたが、コロナ禍で共同制作者のお二人と直接会える時間に制限がある中で、気付けば“お互いが面と向かって楽器を演奏し合わずとも、発信力のあるもの”という方向にシフトしていった気がします。同時に“強く、明るく、カラッとした”というイメージも出てきたように思います。
ーなぜ、そういったイメージが生まれたのですか?
中村 コロナ禍で自分のライブ動画を100秒ほどにカットし、文字情報無しでSNSに上げて周囲の反応を探っていた時期があるのですが、『NIA』に収録することにもなる「アイミル」が発表前にもかかわらず約4千リツイート、2万いいねされて、反響を得るという経験が大きかったです。明るいエネルギー、そして歌の力を感じました。
ー「アイミル」の前に「LINDY」「q」「Rukakan Town」という3つのシングル曲をリリースしていますよね。これらを『NIA』に収録しなかったのは、なぜでしょう?
中村 特に深い理由は無く、中村佳穂チーム×馬喰町バンドで合作してみたいという企画で、この作品たちを考えていました。3曲で一つとして完成しているように感じています。
ー『NIA』の制作において、影響を受けたアーティストや作品があれば教えてください。
中村 ボウ・ディアコ、メリチェイ・ネッデルマン、リアン・ラ・ハヴァス、タイラー・ザ・クリエイター、レミ・ウルフ、サンダーキャットの音楽。曲単位ではランカ・リー=中島愛「星間飛行」です。『UNDERTALE』というゲームからも影響を受けました。
“ゲーム”の感覚で言葉をメロディにぶつける
ー『NIA』の収録曲は、アレンジの面白さもさることながら、やはり中村さんのボーカルが最も強く響いてきます。歌のメロディは、どのような方法で作ったのですか?
中村 なるべく深く考えずに、“良さそう”と思うメロディを適当に作ったトラックの上で歌い、幾つかのパターンを用意して、それを荒木さん、西田さんに歌の意図はあまり気にせず、パズルのように組み換えてもらう作業を繰り返すことが多かったです。ちなみに、今回は制作中に“ながら聴き”というのをよくしていました。料理をしながら、洗濯物を干しながら……作りかけの曲を心半分で聴いていても、ふと流れてくるメロディに美しさを感じるかどうか、俯瞰的に見るようにしていました。その濾過(ろか)のような作業を通して残ったものを“残るメロディ”として採用していました。
ー普段から呼吸するように歌を作り続けているのか、作品発表などの目標に向けて作るのか、どちらでしょう?
中村 邂逅(かいこう)し、自分の中で“気付き”があるときは、よく曲のかけらが生まれている気がします。ボイスメモや走り書きをなるべく残すように心掛けています。そういう意味では毎日歌のことばかり考えているし、アルバムのタイミングでそのかけらたちをグッと再加熱して、まとめている感覚もあります。
ー歌詞については、詞の持つイメージとアレンジに合った言葉選びを両立させるのが、至難の業なのではないかと想像します。何か方法や秘けつはありますか?
中村 ただただ突っ伏して悩んでいます! 記憶とメロディの照合、曲がどういう方向に行きたがっているか、最後に時代性も加味して……と考えつつ。でも、あまり悩み過ぎると堅苦しいワードになってしまうので、大抵は“ゲーム”のように言葉をお題のメロディに延々とぶつけていく作業から始めています。知っている言葉から、現存しない言葉も含めて延々と書き出しては辞書やネットで検索していく。今まではその繰り返しでしたが、今作には長い道のりを経て形になった曲が多く、ずっと小さく部屋でうなっていました。
ー作詞の技術的な面で、最も重要視しているのは?
中村 それぞれの曲のフレーズ、行間、タイミングごとになるべく母音をそろえて、まとまりが出るようにしています。
BITWIGは短時間での曲構築にも向く印象
ーアレンジに参加することもあったのでしょうか?
中村 基本的には荒木さん、西田さんの実作業のそばでリクエストさせていただくことの方が多かったです。荒木さんの歌のディレクションに対して、数テイクその場で歌い、それを軸にサウンド・メイキングしてもらい……という形で、最終的なボーカルを録音する前に何度か歌いながら進めていくことが多かったです。
ー歌録りでは、どのようなことに気を配りますか?
中村 自分の声をドライにして、大きく返しています。声が近くに感じられるマイクを好んで選んでいる気がしますが、声を重ねる作業だと、ハイの部分などが聴こえ過ぎないものの方が沼にハマらないような気がして、マイクを変えてもらうこともあります。また、重ねて録音するときはパンを使わず、すべての声を真ん中にして歌っています。
ーご自身の声がエフェクトで加工されたり、生ドラムを電子音に差し替えたりするような音作りについて、思うところはありますか?
中村 『AINOU』を制作していた時点では、レコーディングで実際に演奏しないものに達成感が薄く感じられて、制作中も違和感があったのですが、“マスタリングがゴール”ととらえられるようになった部分があるので、イーブンな選択肢になりました。ですが、生演奏特有の推進力というものをさらにハイブリッドさせることができればいいのにな、と思うことはよくあります。実際に「voice memo #2」という曲は、パソコンでピッチ・シフトさせた自分の声を、あえて自ら再現するという形で歌いました。
ー共同制作者の荒木さんはBITWIG Bitwig Studioマスターですが、『NIA』の制作もBitwig Studioで?
中村 はい。ソフトの見た目も、プラグインが開かれている全体の様子もキュートなので、おもちゃやエフェクターのように感じられて良いなと思っています。ループ・ステーションのように、1つのフレーズから発展させて、曲をゲームのように短時間で構築していくのに適したソフトなのではないかと。ワンフレーズを強力に作り込みたいときにも向いている気がしています。
ーミックスやマスタリングといった音響面に対しては、どのような部分を聴いてジャッジしているのですか?
中村 油絵のバランスを取る作業と似ていて、一聴したときに違和感を覚える部分を変えてもらうことが多いです。
ーほかに無いアーティスト性を感じさせる『NIA』ですが、仕上がりについてはいかがでしょう?
中村 作詞と歌唱には今までに無い葛藤がありましたが、共同制作者のお二人の“粘り切る”ディレクションのおかげで、宝石のような練り上げられた作品になったなと思います。貴重な経験と、かけがけの無い作品ができてホッとしています。聴いてくださる方も、ぜひ長くいろんな場所で聴いて読み解いてほしいなと思います。
ー既に次への構想もあったりするのでしょうか?
中村 今のところは具体的にはありませんが、もう少し身体的なアルバムもいいなと思っています!
インタビュー後編に続く(会員限定)
インタビュー後編(会員限定)では、 『NIA』の共同プロデューサーである荒木正比呂と西田修大にアルバム制作の手法を伺います。
Release
『NIA』
中村佳穂
SPACE SHOWER MUSIC:DDCB-14078(通常盤)
Musician:中村佳穂(vo、p)、荒木正比呂(syn、prog)、西田修大(g、mandolin、b、prog)、君島大空(g)、越智俊介(b)、石若駿(ds)、伊吹文裕(ds)、宮川剛(ds)、宮川純(org)、林田順平(vc)、伊藤彩(vln)、須原杏(vln)、大嶋世菜(vln)、名倉主(vln)、大辻ひろの(viola)、角谷奈緒子(viola)、高杉健人(contrabass)、池田若菜(fl)、高井天音(tb)、佐瀬悠輔(tp)、李 泰成(vo、cho)、ermhoi(cho)、北川昌寛(cho)、ピアノ男(cho)、下村よう子(cho)、にしもとひろこ(cho)、イガキアキコ(cho)
Producer:中村佳穂、西田修大、荒木正比呂
Engineer:奥田泰次、荒木正比呂、西田修大
Studio:Higashi-Azabu(MSR)、Tanta、DUTCHMAMA、W/M basement、FREEDOM STUDIO INFINITY