最新アルバム『ニュー・ディケイド』制作について、引き続きPhewに話を聞いていく。後編では今作での新たな試みとなるギターについてや、宅録ならではというボーカル録音について語ってもらった。貴重なDAWプロジェクト画面も公開している。
Text:Satoshi Torii
インタビュー前編はこちら:
ギターの音色は身体が反映される
ー今作にはギターの音色が随所に入っていて、近年のソロ作品には無い新たな要素だと感じました。
Phew 音を重ねていくうちにギターの音が欲しくなったので録りました。ギターの音ってシンセとか、ほかの楽器では作れない音だと思っていて。音に身体が反映される、とでも言うのでしょうか。指で弦を弾く強さを直感的にコントロールするというのはギターにしかできない。私の場合はギターを弾いているというより、鳴らしているということですけどね。
ー録音はどのように行ったのでしょうか?
Phew FENDER StratocasterをLINE 6 Pod 2.0に挿して、オーディオ・インターフェースにラインでつないでいます。エフェクトは、Pod 2.0のつまみをアナログ・シンセのようにいじり回して、ここというポイントを探してかけています。何をどうかけたのかはあまり覚えていません。
ー事前にいただいた資料によると、ギターをチューニングせずに演奏したそうですね。
Phew 知らないですから。調べればすぐに分かることなんでしょうけど、それすらも面倒くさくて。弦も錆びていましたし。でも楽しかったですね。
ー「Doing Nothing」では、山本精一さんがギタリストとしてクレジットされています。
Phew 山本さんに曲のファイルを送ったら、ギターを重ねてくれました。何種類かWAVファイルを返してくれたので、その中の1つを使わせてもらっています。最後の方に出てくるノイズは、ギターのようにも聴こえますがシンセの音です。途中のリズム・ボックスはハプニングで、リズム・ボックスのKORG Mini Pops 5には触ったらリズムが開始するタッチ・バーのようなものが付いていて、間違って触ってしまい録音されたものです。絶妙なタイミングで入ったので、そのまま収録しています。
ー温かなシンセの音色に美しいギターが入ってきて、アルバムの中で唯一の光明となる曲なのかと思いましたが……。
Phew シンセのMOOG Minimoogから録音していて、そうなればいいなと思ったんですけどならなかったです(笑)。
ーPhewさんと言えばやはり声のイメージがあるのですが、宅録の場合は声のボリュームを抑えなければならないなど、不自由さを感じることも多いのではないでしょうか?
Phew 自宅で録音するとなるといろいろな制約があります。けれども思い付いたものをすぐに録音できるし、時間も気にしないでずっとできる。宅録の良さですよね。スタジオを借りるとなると、あらかじめ何をやるのかを決めて準備しないといけないし、人もたくさんかかわってきます。宅録ならではという部分が2015年の『ニューワールド』以降の作品にあるんだと思います。
ーマイクは何を使っているのですか?
Phew AKGのヘッドセット・マイク、C520です。
ー音質面などからの選択でしょうか?
Phew 音質は気に入っていないんです(笑)。本来マイクに関してはいろいろなこだわりを持っているんですが、こだわり出すとキリがないので。ただ、声の音質にこだわらないことで声が音の一部になることを学びました。歌とバック・トラックという関係性ではなくて、音に参加したいっていう気持ちです。その気持ちは昔から、バンドをやっていたころからずっと持っていました。宅録によって、より音の一部になれている感じがしています。
ー声のエフェクトはリアルタイムでかけているのですか?
Phew ミックスでエフェクトを足しました。ライブのときはABLETON Liveにプラグイン・エフェクトを何種類か立ち上げて、MIDIコントローラーをリアルタイムに操作しながらエフェクトをかけています。
アナログ盤を意識したマスタリング
ー楽曲制作でもDAWソフトはLiveですか?
Phew 制作ではAPPLE Logic Proを使っています。ミックスしてくれた長嶌さんはSTEINBERG Nuendoを使っているので、オーディオ・ファイルに書き出して渡しました。Nuendoに取り込んだら、すごく音が良くなりましたね。
ーミックスには、何か要望などを出すのでしょうか?
Phew 特に無いですが、今回は曲がある程度出来上がったときに、Logic Proでラフ・ミックスを幾つか作ってもらいました。ラフ・ミックスがあったおかげで、曲をどう発展させていくか判断できたことも多かったです。
ーマスタリングはどなたに依頼したのでしょうか?
Phew イギリスのピート・ノーマンさんです。映画『時計仕掛けのオレンジ』とか、ものすごい数のマスタリングをやっている名人ですね。2018年にザ・レインコーツのアナ・ダ・シルヴァさんとコラボレーションした『ISLAND』もマスタリングしてもらっています。今までは、特にアナログ盤で聴いたときに違和感があってマスタリングが難しいと感じていたんですけれど、素晴らしい出来上がりで大満足です。
「Snow and Pollen」DAW Projects
ー音楽を聴くときはアナログ盤ですか?
Phew アナログ盤は良いなと思いますし、好きですけど耳が疲れるので普段はあまり音楽を聴かないんです(笑)。音楽が鳴っているとどうしても集中しちゃうんですよ。四六時中、音楽を流しながら何かをやるっていうことが私はできなくて。でも集中して自分の好きなものを聴くときは、アナログ盤の音の方が良いですね。
ー確かに『ニュー・ディケイド』は流し聴きができない作品だと思います。輪郭がぼやけたような音の質感も、『ニューワールド』とはかなり変化している印象です。
Phew 実際の世の中の状況とリンクしているとは思います。何もはっきりしたことが分からないし、先の目標を立てられないし立てたくもないし。一番変わったのは、何かを作り上げようというのを考えなくなりましたね。『ニューワールド』のときはまだあったと思うんですけど、『Voice Hardcore』以降は徐々に完成度とかを考えなくなりました。
ーきっちりした作品というよりは、録音して出来上がったものを発表しているということですか?
Phew 過程ですね。プロセスが大切で、その中から生まれてきたものを発表しているということです。自分から強く何かを発信したいという気持ちは、どんどん減ってきていますね。これからもその傾向は強くなっていくと思います。
ー最近も録音はしているのでしょうか?
Phew 貯まっているものがあることはあります。でもアルバムを一枚通して聴いてもらうのはとても難しい時代だと思うし、だけど自分の中でアルバムというものをあきらめたくないって思いもあって。それはそれで置いといて、別の形で音楽を作って発表していくっていうことを何となく考えています。あとはまだなかなか難しいですが、スタジオでいろんな人と録音したいっていう気持ちもすごくありますね。
インタビュー前編では、 本作『ニュー・ディケイド』の制作経緯やPhewの曲作りについて話を伺いました。
Release
『ニュー・ディケイド』
Phew
Traffic/Mute:TRCP-294
Musician:Phew(voice、syn、g、rhythm box)、長嶌寛幸(syn、他)、山本精一(g)
Producer:Phew
Engineer:長嶌寛幸
Studio:プライベート