PEARL CENTER〜各曲に通底するアイコニックな音色が欲しくて 80'sのテイストを取り入れているんです

f:id:rittor_snrec:20200527105456j:plain
 

ブルーアイド・ソウルを今の東京の若者が解釈/再構築したような音楽……PEARL CENTERの楽曲のイメージだ。国内のインディーR&Bシーンで異彩を放って見えるのは、彼らの音楽がヒップでスタイリッシュというだけでなく、歌謡曲やJポップにも通じる独特の叙情性を内包しているからだろう。元PAELLASのMATTON(vo/写真手前左)とmsd.(g/同奥右)、YOUR ROMANCEで活動していたinui(vo、g/同手前右)、ビート・メイカーとしても定評のあるTiMT(ds、prog/同奥左)の4人から成り、結成されたのは2018年の夏。2019年にEP『near dawn』でデビューを果たし、今年の4月には6曲入りのアルバム『Humor』をリリースした。バンド・サウンドのフィールとエレクトロニックな質感を併せ持つ本作は、どのように制作されたのか? サウンド・プロデュースの中心人物であるTiMTに話を聞いた。

Text:Tsuji, Taichi

 

アルバムのサウンドは
大半を“トラック”として制作

 

ーPEARL CENTERの音楽は、昨今のインディーR&Bの流れにありつつも1980年代後半~90年代初頭のサウンド、例えばプリファブ・スプラウトなどを思わせます。

TiMT まさにプリファブ・スプラウトはリファレンスというか、影響を受けている音楽の一つです。ボーカルのMATTONは自分たちの音楽性を“プリファブ+SMAP”と言っているくらいで(笑)。個人的には当初、ブラッド・オレンジとかフランク・オーシャンのようなインディーR&Bを目指すのかなと思っていたんですが、やっていくうちに“日本のポップスを消化しつつ海外の新しい音をミックスする”みたいな方向性に変わって。もちろん、インディーR&Bと呼ばれる音楽は大好きでよく聴くんですけど、みんな昔のものも好きだし、その中で“80's”というのが共通点としてあったんです。だから意図的にプリファブっぽい音色を使ってみたり、あとは自分たちの楽曲に通底するアイコニックな音があれば良いなと思い80'sのテイストを取り入れています。

f:id:rittor_snrec:20200527112247j:plain

「時は」のボイス・シンセなどに使われているARTURIA CMI V。プリファブ・スプラウト「アペタイト」のイントロを思わせる音色


ーTiMTさんはカナダのローファイ・ヒップホップ・レーベルInner Ocean Recordsなどからソロ作をリリースしているので、海外志向なのかと思っていたのですが、PEARL CENTERの楽曲は日本語詞ですね。

TiMT まずは国内のシーンにアプローチしたいんです。それに、竹内まりやさんの「プラスティック・ラヴ」があれだけ海外でも評価されているのを見ると、むしろ日本語であったり、日本的な音楽の要素が無いものは海外の人にも引っ掛からないんじゃないかと思っています。作詞をしているMATTONやinuiとしても、詞と歌の美しさを追求するには母国語が一番良いでしょうし。ちなみに僕が以前、海外のレーベルからリリースしていたのは、国内に自分の曲を扱ってくれそうなところが見当たらなかったからなんです。だから海外志向というよりは、ほかに選択肢が無かった。OILWORKSやorigami PRODUCTIONSといった国内レーベルは作品のプロダクションが非常にしっかりとしているので、当時の自分を含むもう少しローファイでラフな質感を志向するビート・メイカーたちは、どちらかと言うと海外のインディー・レーベルとの相性が良かったみたいです。


ーヒップホップを作ってきたTiMTさんがPEARL CENTERのトラックに携わっている、という作風のギャップが興味深いです。作法が随分と異なるのでは?
TiMT そうですね。ヒップホップはサンプリング主体で制作していたので、ちゃんとコード進行を組み上げて、シンセや竿モノを入れてという“作編曲”の経験には乏しかったと思います。ただ中学からギターをやっていて、Mime(編注:TiMTがPEARL CENTER以前から在籍しているバンド)では少し作曲をしたこともあったから、何とかなるかなと。


ー曲作りは、どのように行っているのでしょう?
TiMT 今回は、基本的には僕が自宅でトラックを組み上げました。なので、歌以外のほとんどを僕が演奏したり、打ち込んだりしている。曲作りの流れは大きく分けて2パターンあって、まずは“歌+簡単なコード”のような、かなりラフなデモをMATTONやinuiからもらい、コードを付け直してトラックを組むやり方。もう1つは、トラックを先に作ってから歌メロを乗せてもらうパターンです。例えば「Humor」とかは後者ですね。

f:id:rittor_snrec:20200527110749j:plain

TiMTのホーム・スタジオ。APPLE Logic Proを使用しており、iMacの両脇にはパワード・モニターのFLUID AUDIO F5がスタンバイ。マルチ奏者らしくギターやベースも所有し、中でも愛用はFENDER John Mayer StratocasterとMARTINのアコースティック・ギターD35だという

f:id:rittor_snrec:20200527111209j:plain

オーディオI/OはROLAND Rubix44で、その上にモニター・ヘッドフォンのBEYERDYNAMIC DT250を置く

f:id:rittor_snrec:20200527111315j:plain

ARTURIA KeyLab 49のコントローラーはMIDI鍵盤として活用


ーその「Humor」は、ドラムのサウンドが生のようにも打ち込みのようにも聴こえます。

TiMT そこは狙った部分です。メインの音はSpliceで集めたサンプルなのですが、以前big turtle STUDIOSで生ドラムのワンショットを録音したことがあって、それをうっすらと混ぜている。生音には独特の余韻みたいなものがあるじゃないですか? それを生かすようにレイヤーして“バンド・サウンドっぽくもあるけど、まあ打ち込みだよね”というバランスに落とし込みました。

f:id:rittor_snrec:20200527111142j:plain

ヒップホップのビート・メイクからPEARL CENTERのトラック制作まで、ドラムの打ち込みに欠かせないというNATIVE INSTRUMENTS Maschine Mikro MK2


ーイントロのシンセ・リードも特徴的な音ですね。

TiMT あれはシンセじゃなくてギターなんですよ。前に張り付いたような音だから、そう聴こえるのかな。個人的に結構よくやる手なんですが、まずはリードをオクターブ上下で弾いて、ノーエフェクトでライン録音するんです。それらにAPPLE LogicのClip Distortionを挿して、空間系エフェクトやコーラスをかけてから一緒に鳴らす。ポイントはClip Distortionで、アンプ・シミュレーターでひずませるよりも打ち込みになじみやすいんです。ギタリストの方ならシミュレーターにこだわるのかもしれませんし、僕も凝っていた時期があるんですけど、いかんせんトラックから浮いてしまいがちなので、あえてClip Distortionを使っています。


ー歌録りもホーム・スタジオで?

TiMT 自宅で録ることもあったんですが、結局はbig turtleやSOUND STUDIO NOAHで録音したものに差し替えました。「Humor」や「Roller Coaster」「さよならなら聞きたくないよ」の3曲はbig turtleで、そのほかはNOAH。コンデンサー・マイクのNEUMANN TLM103を借りて録りました。これらをトラックのパラデータとともにエンジニアの方々へ渡し、ミックスしてもらったんです。

f:id:rittor_snrec:20200527111059j:plain

ホーム・スタジオでの歌入れはASTON MICROPHONES Aston Originで行うそう

エンジニア・ミックスの力量は
ボーカル処理に最も顕著だった

 

ーエンジニアは、どなただったのでしょう?

TiMT 小森雅仁さんに「Humor」「オーナメント」「時は」をお願いして、ほかの3曲をbig turtleのyasu2000さんにミックスしていただきました。yasuさんとは別の機会に何度もご一緒したことがあって、オーガニックかつブラック・ミュージック的な質感作りが得意というイメージです。一方、小森さんの持ち味はシャープにしつつガッと前に出すような音作りだと思うので、それが今回の楽曲に合っていました。最初にミックスしてもらった「Humor」が、すごく良かったんですよ。もう自分のラフ・ミックスとは圧倒的な違いで……(笑)。一番は“歌の処理”ですね。


ーかなり精巧に音作りされていた?

TiMT はい。例えばAメロ。MATTONがメインでinuiがハーモニーを歌っているんですが、ハーモニーの方をがっつりひずませて奥で鳴っているように聴かせることで、コントラストが生まれているんです。しかも違和感が全く無い。歌に対してこういう処理をするという発想は、僕にはありませんでした。なじませないことによってツイン・ボーカル感みたいなものが出ているし、コーラスをなじませるか否かという解釈の難しい部分を汲み取りつつミックスしてもらえました。


ー一流のエンジニアならではの洞察と技術ですね。

TiMT 本当に。トラック・メイカーって、トラック制作の段階で音色の作り込みまでやるものだから、そこに長けた人は多いと思うんですが、歌の処理については経験が浅く、難しい場合もあるんじゃないかと。かく言う僕も助けてほしい部分だったし、小森さんにやってもらったことで曲そのもののグレードが上がったと感じています。ボーカルって、やっぱり支配力の高いパートなので。

 

キャパシティ・オーバーを防ぐには
“優先順位”が大事だと痛感した

 

ートラックに関しては、どのようなアップデートが?

TiMT 僕がミックスをすると、どうしても詰め込み気味というか全部を聴かせようとしてしまうのですが、小森さんの音作りは“優先順位の付け方”が素晴らしいと思うんです。歌が入ってきたときに、残されたスペースの中でほかをどう聴かせるかという判断ですね。例えばサックスを立たせたければ、同時に鳴っているエレピを下げないことには限界があったりもする。そういう部分を一つ一つ尋ねてくださって、何を立たせて何を削るか、という整理をしてもらいました。

f:id:rittor_snrec:20200527111554j:plain

「オーナメント」の80’sスタイルのエレピは、ARTURIA DX7 Vで鳴らしている。TiMTが語る“アイコニックな音色”の一つだ


ーその順位付けも手伝って、音が前に出てくるミックスになったのかもしれません。特に「Humor」は周波数レンジをたっぷりと、偏りなく使ったような音像です。

TiMT 小森さんのミックスには、かなり高い帯域まで思い切り伸びている瞬間があったりします。ああいうUSのポップ・ミュージックのようなミックスができるエンジニアって、今の日本ではまれだと思うんです。一方yasuさんは、僕の作った音をドレスアップするというより、ナチュラルにリッチにしてくださる感じ。元の音のおいしい部分が持ち上がって厚みが増す印象です。“前に出すところは出す”みたいなメリハリがあるのは、ダイナミック・レンジを広めに取って抑揚を残しているからではないでしょうか。今回は、マスタリングもyasuさんにお願いしました。


ーお話を聞いていると、2人のエンジニアの音作りまで楽しめる作品だと思います。

TiMT はい。本当にそれぞれの方向性が表れているので。


ーアルバムの発売とほぼ同タイミングで公開されたライブ動画を見て、ライブ・アレンジをスタジオ・ワークと比較しつつ聴くというのも面白いと思います。

TiMT RALLEY LABEL代表の近越(文紀)さんから“ライブはライブ、音源は音源というふうに分けて考えた方が、それぞれでトガったことができるし、ライブを意識した音源にしなくてもよくなる”と助言をもらったんです。バンドにトラック・メイカーが居るというスタイルを生かすことにもなるので、ことライブ・アレンジは以前から結構変わりましたね。RALLEY LABELには、本当にいろいろな面をサポートしてもらっているので感謝しかありません。ただ、今年度はライブをできない可能性も覚悟しているので、音源リリースに注力する方向へ意識を変えて新曲を制作中です。具体的な内容はこれからアナウンスすることになりますが、そう遠くない時期に発表できると思います。

 

youtu.be

 

Humor - EP

Humor - EP

  • PEARL CENTER
  • ロック
  • ¥1375

 

 『Humor』
PEARL CENTER
RALLYE LABEL/SPACE SHOWER MUSIC:DDCR-7109

1. さよならなら聞きたくないよ
2. Humor
3. オーナメント
4. crush
5. 時は
6. Roller Coaster

 

Musicians:MATTON(vo)、inui(vo、g)、msd.(g)、TiMT(ds、prog、g、b、syn)、河原太朗 a.k.a TENDRE(b)、安藤康平 a.k.a MELRAW(sax)
Producer:PEARL CENTER
Engineers:小森雅仁、yasu2000、TiMT
Studios:big turtle、SOUND STUDIO NOAH、プライベート

 

 

 

www.snrec.jp

www.snrec.jp