オリヴィア・ロドリゴ【後編】〜「ドライバーズ・ライセンス」のPro Toolsセッション&使用プラグインからミックス技を徹底解剖

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全米・全英1位を記録したデビュー曲
「ドライバーズ・ライセンス」のウォームなサウンドに迫る【後編】

2021年1月、デビュー曲「ドライバーズ・ライセンス」が全米・全英チャートで初登場1位、史上最速で5億回再生を突破するなど数々の記録を打ち立てたオリヴィア・ロドリゴ。6月2日にはデビュー・アルバム『サワー』の国内盤がリリースされ、その動向が今最も注目されている18歳と言えるだろう。ミックスを手掛けたのはミッチ・マッカーシー氏。世界中で話題となるヒットを生み出したのは、アナログ・サウンドへの愛情と、直感を元にしたシンプルなミキシングによるものだった。「ドライバーズ・ライセンス」のセッション・ファイルやプラグイン画面などと併せてご覧いただこう。

Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko

 

ミッチ・マッカーシー氏へのインタビュー前編はこちら

 

最初の直感が良いミックスを作る
コンセプトはシンプル・イズ・ベスト

 こうしてセッションを整理し、すべての準備が整うとようやく本番のミックス作業に移る。

 

 「1曲のミックスには数時間から数日かかりますね。ただし最初の数時間にこそ神が宿ると信じているので、まずはとにかく急いで仕上げることを意識します。まずミックスを形にして、それからしばらく作業を続け、数日たって最初のミックスを聴いたときに“これで良いじゃん!”となった経験が何度もあります。ずっと同じミックスに向かっていると頭が今のサウンドに慣れてしまい、変えようとするあまり全体を壊す危険性があるんです。良いミックスを作る上で最初の直感がキー・ポイント。新鮮な状態の耳で聴いてもらうためにミックス・エンジニアが起用されるのもよくあることです」

 

 最初の直感が正しいことも多いというマッカーシー氏。ミックスの手順はどうしているのだろうか。

 

 「ミックスを始めるときには必ずドラムとパーカッションから始めて、それからベースを足し、それからほかの楽器、そして最後にボーカルに行きます。ボーカルのスペースが常に確保されるように気をつけながら進め、ボーカルが最も聴こえるように気を付けていますね。それと僕は“少ないほど良い”という考えを持っていて、これはつまり大量のプラグインを使わないということを意味しています。もちろん曲によってはそうじゃないこともありますがね。テンプレートには大量のパラレル・コンプのトラックを用意していますし、もともと使われていたプラグインをいじることもありますが、既に良いサウンドなら何もしないことも多いです。何もしないのがベストだというタイミングを適切に判断するのも大事な仕事。可能な限りシンプルなのが僕にとってベストなんです」

 

 曲作り、アレンジ、プロダクション、それにミックスとあらゆる面で「ドライバーズ・ライセンス」はシンプル・イズ・ベストのコンセプトを体現していると言えるだろう。今作はよりトラディショナルなポップスへの回帰として歓迎されているようだ。最近の流行を完全に無視した4分2秒という長さに加え、昔懐かしいミドル8(ブリッジ部)すら挿入されているのだ。

 

 「ドライバーズ・ライセンス」はそのプロダクションのシンプルさもよく語られる。72BPMというテンポはバラードの類になるが、ミニマルなアレンジから与えられた呼び名は“ベッドルーム・ポップ”。ピアノを中心にハンド・クラップが左右に配置され、シンセのうねるようなサウンドで曲が展開される。2番のサビになると4つ打ちのキックが入ってくるが、プロダクションらしいプロダクションが初めて姿を表すのはなんとミドル8。その後は再度シンプルな構成に回帰し、ボーカルとピアノのみという構成で曲は終わる。「ドライバーズ・ライセンス」の実際のセッション画面を確認しながらマッカーシー氏は一部始終を語ってくれた。

 

 「曲が届いたときには既に良いサウンドだったので、この状態を崩さないことも重要な仕事の一つです。ダン(ダニエル・ニグロ氏)はさらに10~20%程度エモーショナルな要素をサウンドに付け加えてほしいと言っていました。曲の舵取りはしてほしくなさそうでしたね。これもこの曲がプラグインの使用という点でミニマルな構成になっている理由です」

 

「ドライバーズ・ライセンス」Pro Tools セッション

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マッカーシー氏のセッションは64trからなり、今どきのスタンダードからすればミニマルでシンプルと言えるだろう。セッションの上部近くにある赤色のトラックが氏の用意したグループAUXトラックで、内訳はAll Lead、All BGV、All Drums、All Synth、さらにこれらに加えてDrumsがもう1trある(赤枠)。セッション上で使われているプラグインは比較的少ない

 

 プラグインを使用する大部分はボーカルに対してのものになったという。ミックスの方向性についてはこう語る。

 

 「曲を最初に聴いたとき、息遣いとサウンドのダイナミックさがより必要だと感じました。それに加えて、よくあるブライトなポップ・ソングみたいに顔前に迫るようなサウンドにしないことも重要だなと。ポイントはダイナミクスとウォームなサウンドでしたね。ダンも僕と同じく2000年代にバンドをやっていたので、アナログの世界、つまりダイナミックなサウンドと温かさがすべてという世界の出身と言えます。2人共、このことにとても神経を巡らせていました。曲の構成としては曲中で最もビッグなミドル8に向けて盛り上がっていく形になっています。上から順番に作業を進めて行くやり方、つまり一番重要なパートからスタートするやり方が好きで、今回はミドル8がそれに該当しました。パーカッシブなパートから先に手を付けるので、ミドル8のドラムとパーカッションからまず始めたんです」

 

ピアノは不要なローエンドをカットして
Lo-Fiでビンテージな雰囲気にした

 ではミックスの過程を見ていこう。まずはドラムから。

 

 「ダンの作ったトラックは既に素晴らしいサウンドであまり処理の必要が無かったのですが、幾つかのトラックでは僕のデフォルトEQと言っていいDMG AUDIO Equilibrium を使っています。ブーストするのはあまり好きではないので、カット方向で使用しました。クラップの1つではSOUNDTOYS Decapitatorを使って少し暗くし、よりしっかりしたサウンドと少しだけ汚れた感じを出しています。スティックにはSOUNDTOYS EchoBoyで動きを演出しましたが、これはごくわずかしかかかっていません。クラップのパンニングはダンが処理したものをそのまま使っています。これが曲全体のムードと動きを作り出しているんです。それ以外のドラムとパーカッションのミックスについてはレベル調整が基本ですね」

 

 これらはすべてミドル8に向けてビルドアップするためとのことだ。そうしてすべてのトラックをAll DrumsというAUXトラックにまとめている。

 

 「All DrumsのトラックにはSLATE DIGITAL VMRを使っていますが、これはウォームさを少しだけ足すためです。加えて、これらのバスのレベルはオートメーションで操作しているものの、これは先に述べた通り2-Bus+への出力レベルを制御するためでもあります。グループ・トラックでよりもそれぞれのトラックでオートメーションを描く方が好みですね」

 

 ドラム以外の楽器についても、オリジナルのサウンドを尊重し、大きな処理はしていないという。

 

 「特に重要なのはJuno Subというトラックに使ったWAVES Renaissance Compressor。キックからのサイド・チェイン入力で動かしています。ミドル8のローエンドが何かおかしな感じだったので、激しめのサイド・チェイン・コンプを用いて対処しています。そのほかではJuno Bassというトラックとストリングスに使ったEquilibrium、ピアノに使ったUNIVERSAL AUDIO Dangerous Bax EQとAVID Lo-Fiくらいですかね。ピアノはダンのスタジオでレコーディングされた生ピアノで、少々ダーク過ぎたのでEQで存在感を少しだけ足してやり、それから不要なローエンドをカットしました。Lo-Fiはエアリーなハイエンドを少し弱めてウォームかつよりビンテージな雰囲気を足しつつ、ひずみを付加して太さを強調しました」

 

 各トラックで使用したプラグインは以上。4つあるベースはすべてAll BassというAUXトラックでまとめ、シンセの幾つかはKeysというAUXトラックでいったんまとめた後、ほかのシンセと合わせてAll Synthというトラックに最終的にまとめている。KeysのAUXトラックと併せてKeys Pというパラレル処理のトラックもあり、そこにはUNIVERSAL AUDIO LA-2AとPLUGIN ALLIANCE Maag Audio EQ4を使用。Keys Pにはフェーダー・オートメーションが描いてあり、曲中のセクションによって足す量を変えているとのことだ。

 

オートメーションを描き
サビはよりビッグに平メロはよりパーソナルに

 セッションのさらに下部を見ていくとボーカル用の7つのエフェクト用AUXトラックが用意されている。SOUNDTOYS MicroShiftが使用されたDoublerというトラック、そしてParallel VoxというUNIVERSAL AUDIO EL-8 Distressorが使われたトラック、さらにHall/Plate/ChorusというそれぞれVALHALLA DSP Valhalla VintageVerbが使用されているトラックがあり、さらに1/4と1/8と名付けられたディレイ・トラックがある。使用されているのはEchoBoyだ。ボーカル・トラックの一番手はロドリゴによるリード・ボーカルで、これがセッション中で唯一多量のプラグインが使用されたトラックになる。合計で6つのプラグインが使用されていて、それぞれEquilibrium、WAVES CLA-76、MCDSP MC404、FABFILTER Pro-DS、OEKSOUND Soothe2、Valhalla VintageVerbとなっている。また、先述のエフェクト用AUXトラックのうち6trへセンドされているという。加えてEquilibriumのみ使用されているミドル8のリード・ボーカルと、バッキング・ボーカルが7tr、そのうちの幾つかにはMC404が使われている。すべてのバッキング・ボーカルはセッション上部のBG Voxトラックにまとめられた。

 

 「このシグナル・チェインは僕がボーカルでよく使うパターンです。Equilibriumは100Hz以下をカットしつつ350Hz辺りと1kHz辺りをカットしています。それからレシオが4:1、中程度のアタックと超スローなリリースにセットしたCLA-76でコンプレッション。ボーカルにはマルチバンド・コンプを多用するんですが、ここ数年はずっとMC404を使っています。僕の持っているプラグインの中でも特に気に入っている製品ですよ。ダイナミックなシンガーのパフォーマンスに対して素晴らしいコントロールを発揮してくれて、さらに中高域の耳障りなサウンドの対処もしてくれます。ディエッサーのチョイスはPro-DSです。これに続くSoothe2と合わせて気になる耳障りなレゾナンスを消し去ってくれます」

 

 このトラックをParallel Voxというトラックに送り、必要な個所でボディやプレゼンスを補強しているとのことだ。

 

 「MicroShiftを使ったDoublerトラックもオートメーションを描いていて、サビではよりビッグに、平メロではよりパーソナルな雰囲気になるようにコントロールしています。ディレイやリバーブはダンがほとんど完ぺきな状態にしていてくれたので設定を少しだけ調整するくらいでした。リード・ボーカルとボーカルのAUXトラックはすべてAll Leadトラックに送ってまとめ、そこでVMRを使用しています」

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リード・ボーカルに使用したDMG AUDIO Equilibrium。「FABFILTER Pro-Q3と双璧を成すEQ」と語る

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WAVES CLA-76。歌い手によって、WAVES Renaissance VoxやUNIVERSAL AUDIO 1176を使い分けているという

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ボーカルに多用するというマルチバンド・コンプのMCDSP MC404。マッカーシー氏所有プラグインの中でも特にお気に入りで、自作のプリセットを用意し、それを歌い手に応じて調整して使っている

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OEKSOUND Soothe2はディエッサーのFABFILTER Pro-DSの後に使用。ローカット、ハイカット処理に加え2.5kHzを3dB持ち上げている

M/S処理で楽曲をエモーショナルに
最低限の処理に抑えたマスター

 最後にマスターでの処理について語ってもらった。

 

 「グループAUXトラックからSymphony I/Oを経由して2-Bus+でステレオにサミング、ここではDANGEROUS MUSIC Bax EQを使いました。36Hzと28kHzをフィルターしていて、全体をとても引き締まったサウンドにしてくれます。そこからDANGEROUS MUSIC Convert-AD+を経由してPro Toolsに戻し、そこで5つのプラグインを使用しました。マスター・トラックで使用したのは順番にPLUGIN ALLIANCE Shadow Hills Mastering Compressor Class A、Maag Audio EQ4、UNIVERSAL AUDIO Precision K-Stereo、SONNOX Oxford Inflator、IZOTOPE Ozone 9 Maximizerです」

 

 曲全体をコンプレッションされた感じにしないためShadow Hills Mastering Compressor Class Aを最小限のセッティングで使用。オプティカル・モードで0.5~1dBのリダクションに収めている。サイド・チェインのオプションも使い、ローエンドが引っかかりすぎるのを防いだ。また、中域がほんの少しだけブーミーに感じたため、Maag Audio EQ4で超低域を少しカットしつつ160Hz辺りを1dBだけカット。コンプを使用した後の低域を引き締める効果もあるという。

 

 「M/S処理ができるPrecision K-Stereoも好きですね。サイドを1dB程持ち上げることでスペースと広がりを足しています。2.5~3dBくらい持ち上げることもあります。Precision K-Stereoの後のOxford Inflatorは音量稼ぎ目的で、最終的にOzone 9でリファレンスのボリュームまで持ち上げます」

 

 このミックスで見事金星を挙げたマッカーシー氏。この成功が何度となく続いていくのを見るのも、そう遠くないだろう。

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マスターに使用しているPLUGIN ALLIANCE Shadow Hills Mastering Compressor Class A。セッティングは最小限にしている

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PLUGIN ALLIANCE Maag Audio EQ4は、マスター・トラックで超低域と160Hzの1dBカットに使用。Keys PというAUXトラックのパラレル処理でも使用している

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UNIVERSAL AUDIO Precision K-Stereo。「例えばサイドをBメロで1dB、サビでは2dB持ち上げ、その後のAメロで0.5dB下げる。M/S処理でオートメーションを描けば、曲全体に広がりとエモーションが加えられますよ」とマッカーシー氏

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ミックスの音量感の調整に使用しているSONNOX Oxford Inflator。この後にIZOTOPE Ozone 9 Maximizerで最終調整を行う

 

インタビュー前編では、「ドライバーズ・ライセンス」を世界的なヒットに導いたミックス・エンジニアのマッカーシー氏がアナログへの愛を語ります。

 

Release

『サワー』
オリヴィア・ロドリゴ
ユニバーサル:UICF-9070

  1. ブルータル
  2. トレイター
  3. ドライバーズ・ライセンス
  4. 1ステップ・フォワード、3ステップス・バック
  5. デジャヴ
  6. グッド・フォー・ユー
  7. イナフ・フォー・ユー
  8. ハピアー
  9. ジェラシー、ジェラシー
  10. フェイヴァリット・クライム
  11. ホープ・ユーアー・オーケー

Musician:オリヴィア・ロドリゴ(vo、p)、ダニエル・ニグロ(prog、p、k、g、b、ds、vo)、ライアン・リンヴィル(prog、g、b、k、sax、fl)、アレクサンダー23(prog、g、b、vo)、ジャム・シティ(prog、syn)、他
Producer:ダニエル・ニグロ、オリヴィア・ロドリゴ、アレクサンダー23
Engineer:ミッチ・マッカーシー、ダニエル・ニグロ、他