活動初期に録った“勢い重視”の録音が好きな一方で
音の良い状態で聴いてほしいという思いもあったんです
シンガー・ソングライター澤部渡のソロ・プロジェクト=スカート。エモーショナルなメロディ・ラインとコードの響き、透徹したハイトーン・ボイスでエバーグリーンなポップスを提示し、独自のポジションを築いている。12月にリリースされたメジャーでの3rdアルバム『アナザー・ストーリー』は、活動初期の2010~14年に自主レーベル、カチュカ・サウンズより発表した楽曲を再録の上でパッケージする16曲入り。前作『トワイライト』から約1年半ぶりというインターバルだが、ち密さの中にも初期衝動のようなものを感じさせ、全く新しい表情を見せている。今回は澤部本人とレコーディング/ミキシング・エンジニアの葛西敏彦氏をキャッチできたので、アルバムの制作について伺った。
Text:辻太一 Photo:山本あゆみ Hair & Make:秋月庸佑 Styling:檜垣健太郎
イコライジングによる音作りを減らして
マイクのブレンドで周波数特性を作る
ー今回、旧作を再録しようと思ったのは、どういった動機からだったのでしょう?
澤部 初期の作品はエンジニアの馬場友美ちゃんに手伝ってもらいながら録音していたのですが、僕自身、音への配慮が足りなかったというか勢い重視でやっていた感じで。それはそれで気に入っているんですけど、近年の楽曲と横並びで聴かれたときに差が大き過ぎるので、レコーディングし直す機会が欲しかったんです。特にストリーミング・サービスでの配信を考えると、昔の音源をそのままアップするよりクオリティを見直してからの方が良いなと。あとはデビュー10周年だから、新曲の制作を休ませてもらおうと思って(笑)。ハワイ旅行にでも行くつもりで制作に臨みました。
葛西 実際にはマスタリングの日の朝まで根を詰めてやっていたけどね(笑)。今回、録音からミックスまで馬場ちゃんに手伝ってもらっていて、彼女と“スカートのアルバム、どうしたらいいと思う?”って話をしていたんです。それで“自分たちが新鮮に聴けること”とか“やっぱり良い曲だと再認識できること”っていうキーワードが出てきて。
ースカートの楽曲は、サポート・ミュージシャンの方々とセッションするところから生まれるのですか?
澤部 まずは僕が大枠を作って、ミュージシャンのみんなと共有するんです。自宅のAPPLE Logicで打ち込みを交えて作る場合もあれば、深夜のリハーサル・スタジオに入ってドラムや竿モノを弾いて作ったりもします。デモは作ったときの状態を楽しむものだと思うから、“この通りにしたい”というスタンスで共有することは無いんですが、うちのバンドは良い意味でみんな他人事なので(笑)、ここをこうしたらもっと良くなるよ!みたいなディスカッションはほとんどありません。だから大枠が動くこともまず無いし、僕も僕で、彼らがデモを聴いて解釈してくれているなら、基本的には口出しする必要が無いと思っているんです。
ー曲が出来上がったら、葛西さんとはどのようにして共有しているのでしょう?
澤部 バンドの状態で録った音源を聴いてもらいます。
葛西 ただ、それは僕だけのためではなく、ドラム・テックの伊藤直樹さんやミュージシャン全員で共有するためのものでもあるんです。レコーディング前に聴いて、まずはドラムの音色をどうするかというところから始めます。
ー『アナザー・ストーリー』のドラムは、スネアの音色やピッチが曲ごとに大きく違っていたりと多彩ですね。
葛西 伊藤さんは、ほかの楽器との兼ね合いとかではなく、どんな音色が曲に合うかという視点で楽器の口径や種類を選んでいる気がします。録音中でも、みんなが話をしている間でも、気が付くとサッとチューニングや楽器を変えていたりして。職人的な視点も作業中の判断の速さも素晴らしく、レコーディングにおいてとても重要な存在です。
ードラムは、どのようなマイキングで録音しましたか?
葛西 トップにはCOLES 4038のペアとNEUMANN U67もしくはU87のペアを同時に立てることが多かったです。キックに関しては低域が程良く入るAKG D12をサウンド・ホールに設置しつつ、ヘッド手前にNEUMANN U47 FETを少し離して立てました。スネアにはJOSEPHSON E22SとSENNHEISER MD 421を使うことが多く、時々サイドにROYER LABS R-121を立ててみたり。
ートップにリボン・マイクとコンデンサー・マイクのペアを同時に立てたのは、どうしてですか?
葛西 曲によって質感を変えられるようにしておきたかったからです。柔らかくしたかったら4038を使うし、シャープな方が良ければU67とかを選ぶ。ミックスの段になってみないと分からない部分もあるので2ペア用意し、さらにはいつでもブレンドできるように位相を合わせておきました。それに今回は、イコライジングを減らしたかった。さっきスカート初期の荒削りな録音の話が出ましたよね? 僕も、それはとても好きなんです。同時に『トワイライト』のような繊細な仕上がりも大好きで、その両方が合わさればいいなと思っていたので、まずは粗さや自然な感じを出すべくEQでの整理整頓を控えてみようと思って。で、そのために何をすればいいのか考えたところ、マイクの種類や本数を増やし、かつパラレル・コンプを多用して、それらのブレンドで周波数特性を作るという方法に至りました。イコライジングしてもハイカットやローカット、トーン・コントロールとしてのシェルビングを用いるくらいで、細かい処理はほとんどしていないんです。逆に、コンプの使用頻度は普段よりも上がっています。
いろいろなボーカル・マイクを試して
Upton 251に行き着いた
ー確かに、各楽器がにじんでいながらも、粒立ちは感じられるという不思議な音像になっていますね。
澤部 そうそう。「セブンスター」とかは、あれだけぐしゃっとしているのにコード感が保たれています。
葛西 一例としては、録音の際にエフェクティブな音を仕込んでおいたんです。ドラムの皮モノのマイクをSSLコンソールのバスへ送った後、まとめてUREI 1176LNに入力し、レシオ全押しでアタック感が無くなる寸前までコンプレッションしたり。それをAVID Pro Toolsに録音して、クリーンに録ったマイクに混ぜると、じわっとした質感が生まれるんです。録音済みの信号をアウトボードに入れて同じようにコンプレッションしても、元がA/D後の音だし、アウトボードの前後でD/AとA/Dを経ることになるため、望むような質感にならないことが多いです。だから、バスにまとめてコンプに突っ込むような処理は、アナログのシグナル・パスしか通っていない録音の段階で済ませるようにしていました。
ーミックスでは、どのような音作りをしましたか?
葛西 音に強さを与えるためのコンプレッションなどです。例えば、キックやスネア、ギター、鍵盤、歌などの主要な音にはCHANDLER LIMITED Zener LimiterやEMPIRICAL LABS Distressor EL8、CRANE SONG Hedd 192といったアウトボードを使っています。処理済みの信号はPro Toolsにプリントし、さらなる強さが欲しい場合にはプラグインでのパラレル処理を行いました。方法としては、チャンネルの信号をコンプやひずみにバスで送って、フェーダーでバランスを取るというものです。前作まではアウトボード主体で音作りしていましたが、今回はもう一歩、音を前に出したくて、プラグインでのパラレル処理を活用したんです。
澤部 声とかも、今回は結構ひずませていましたよね。
ーボーカル・トラックのシグナル・チェインは、どのようなものだったのでしょう?
葛西 マイクはUPTON MICROPHONES Upton 251がほとんどで、プリアンプはAVALON DESIGN M2の初期リビジョンです。初期型が良くて、高解像度できめ細かい感じではあるんですが、しっかりと“実”の詰まった音がします。
澤部 Upton 251については、僕も大好きなマイクです。いろいろな機種を試した時期があったけど、結局はこれに落ち着きました。声の乗りが良くて、録り音をプレイバックしたときにも違和感が無いんです。
葛西 M2の後段では、1176LNとTELETRONIX LA-2Aを使用しコンプレッションを加えましたが、ミックスの際にもCHANDLER LIMITED RS124で音量のバラつきをならしたり、UNIVERSAL AUDIO UAD-2のThermionic Culture VultureやSOUNDTOYS Decapitatorでひずませるなどしています。
曲が作られた背景を知ることは
ミックスにも影響を与えると思う
ーミキシングは、澤部さんと葛西さんの間で意志共有をしながら進めていったのでしょうか?
葛西 今回はミックスの前に澤部君にインタビューして、いろいろ話を聞いていたんですよ。
澤部 そうそう、曲の成り立ちについてとか。例えば「月の器」という曲は、高校時代のエピソードが元になっているんです。大好きな旧校舎が取り壊された後、移転先の新校舎の窓から給水塔が見えて、何だか良いなあと思っていたんですが、今度はその給水塔が取り壊されてしまい、こんなことってあるのかよ……と。新校舎に移ってからの唯一の利点くらいに思っていたのに、無くなってしまったことが悲しくて、その感覚を曲に込めたんです。
ーこうしたエピソードを知ることは、ミキシングに影響を与えるのですか?
葛西 個人的には影響すると思っています。バックグラウンドを知らなければ、単に音を奇麗にするだけとか、手癖で自分の好きな音にするだけになってしまうかもしれないし……。それに“ドラムを上げてください”みたいなコミュニケーションに終始すると、僕も言われたことをやるだけになってしまう。もちろん、制作の後半ではそういうやり取りになるのですが、まずは想像力を広げて可能性を検討して、大枠を練ることが大事だと思っています。背景を知ることは“目の前にある音は今はこうだけど、本当はこうなりたいのではないか?”という、音自体の鳴っている意味を考え直すことができる一つのきっかけになると思っています。
ーマスタリングを手掛けた小鐵徹さんとも、何かしらのコミュニケーションを取ったのでしょうか?
澤部 事前に何か注文することはありませんでした。マスタリングではあまり音を変えたくないんです。メロンを桐箱に入れるような工程であって、メロンを切って皿に盛ることではないと思うから。ただ、マスタリングを経ることで受け手にとっても安心感のあるものになるし、アルバム全体を通して心地良く聴けるようにもなりますよね。
葛西 全体を通しての聴こえ方については、よく話しているよね。スカートのアルバムには、アナログ・レコードのように“A面/B面”という概念があるんですよ。
澤部 フル・アルバムに関しては、アナログ・レコードをイメージして曲順を考えています。レコードの一番良い部分って、始まりと終わりが2回あるところだと思っていて。針を落として1曲目が始まって、最後の曲が終わったらB面に返してまた1曲目が始まる……というのが好きなんです。アルバムの曲順もそういう感覚で組んでいますし、さらには最後の曲が終わって再び頭から聴いたとき、感動があるようにしたいとも思っています。
ー『アナザー・ストーリー』の仕上がりについては、どのように感じていますか?
澤部 最高でしょ! アルバムが完成するたびに最高だと思うんですが、今回もめちゃくちゃ良いですね。曲数が多くて長尺だけど、なぜかすっきりと聴こえるし。そしてスタッフをはじめ、多くの方々に支えてもらいながらの制作だったので、本当に感謝しています。
Release
『アナザー・ストーリー』
スカート
ポニーキャニオン:PCCA.04982(CD+Live Blu-ray)/PCCA.04983(CD)
- ストーリー
- セブンスター
- 返信
- ともす灯 やどす灯
- 月の器
- おばけのピアノ
- 千のない
- サイダーの庭
- スウィッチ
- わるふざけ
- ゴウスツ
- さかさまとガラクタ
- すみか
- 花をもって
- 月光密造の夜
- ガール
Musician:澤部渡(vo、g)、佐久間祐太(ds)、岩崎なおみ(b)、佐藤優介(p、k)、シマダボーイ(perc)、Achico(cho)、三浦透子(cho)、村上基(tp)、久保田森(tb)、橋本剛秀(sax)
Producer:スカート
Engineer:葛西敏彦
Studio:Aobadai、Pony Canyon Yoyogi、ATLIO
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