数年前に自宅で生まれた楽曲が多くの人の手によって成長し
外の世界へ羽ばたいていったと思うと感動を覚えます
名古屋を拠点とするシンガー・ソングライターの碧海祐人。ジャジーかつメロウな雰囲気のトラックに情緒的な歌声が乗る楽曲を得意とする、新進気鋭のアーティストだ。そんな彼が、9月9日にデビューEP『逃避行の窓』をリリースした。客演にはmillennium paradeへの参加など現在の音楽シーンをけん引するドラマーの一人=石若駿、エンジニアはovallやKan Sanoを手掛ける藤城真人氏を迎え、耳の早い音楽好きの間で話題を集めている。ここでは彼の制作背景や手法を知るべく、本人にインタビューを敢行した。
Text:Susumu Nakagawa
ドラムのパーツそれぞれに
マキシマイザーを挿しているんです
ー「Tragedy (intro)」では、ドラムが入った瞬間に“キックがとても太い!”と驚きました。
碧海 ありがとうございます(笑)。ドラムは「夕凪、慕情」以外、すべて生ドラムに特化したソフト音源XLN AUDIO Addictive Drums 2をSTEINBERG Cubaseに立ち上げています。この曲は僕がミックスまで行っていて、Addictive Drums 2の内蔵エフェクトはすべてオフにした状態で各チャンネルへパラアウトしているんです。各ドラム・パーツには、Cubaseに付属するEQやコンプレッサー、そしてマキシマイザーなどのプラグインをよく使っていますね。
ーキックやスネア、ハイハットなどに、それぞれマキシマイザーを挿しているのですか?
碧海 はい。僕はどのチャンネルにもマキシマイザーを挿す癖があって。恐らくこの曲のキックは、音圧が出過ぎたので後から下げていると思います。マキシマイザー・プラグインはCubaseに付属Maximizerです。個人的にはリミッターとマキシマイザーはちょっとだけ“効き具合が違う”と感じていて、より音が太くなるのはマキシマイザーの方だと思っています。なので、制作ではMaximizerを多用しているんです。
ードラムの野太さやビート感の秘密は、各パーツに挿したマキシマイザーだったのですね。ドラムのプログラミングはどのように行っていますか?
碧海 MIDIパッドのAKAI PROFESSIONAL MPD218で打ち込んでいます。フィンガー・ドラムのようにMIDIパッドをたたいて、そのあとCubaseで音作りしていくんです。そのせいか、結構余分なMIDIノートも打ち込まれていたりします。
ーそれが“ゴースト・ノート”になっている?
碧海 はい。聴いていて違和感が無いので、恐らくこれがグルーブの隠し味になっているのでしょう。音楽制作を始めたてのころは、MIDIノートをグリッドにピッタリ合わせていたのですが、今ではMPD218をフィーリングでたたいたまんまの状態を採用しています。特に「Tragedy (intro)』はビート感を強く押し出すイメージでしたので、“スネアちょっと遅いんじゃないの?”っていうくらいモタつかせてMPD218をたたいた記憶がありますね。
ー作品を全体的に見ても、ドラムはとても生々しいフィーリングが出ています。
碧海 もともと兄がドラムをやっていて、家に電子ドラムが置いてあった影響が大きいかと思います。例えばゴースト・ノートが入るタイミングや、リズムのアクセントとなる場所、そしてどうしたらグルーブが出せるのかという部分においては、小さいころから兄のドラムを積極的に聴いていた故に自然と分かることなのかもしれません。
Cubaseのフリーワープ機能で
ベースのタイミング修正をしています
ーギターとベースも、ご自身で演奏/録音されているのですね。
碧海 はい、もともとギターから始めてベースも演奏するようになりました。やはりベースとドラムの絡み合いは一番気にするところなので、制作の中では割と最初に取り掛かるパートだと思います。ただベースは全然うまくないので、Cubaseのフリーワープ機能でオーディオのタイミング修正をしていますね。Cubaseがオーディオのアタック部分を自動検出してマーカーを割り当てるので、そのマーカーを自由に動かしてグルーブが出るポイントを探っていくんです。なので、基本はドラムありきで調整することになります。
ーベースにはどのような音作りをされましたか?
碧海 意外にベースはそのままです。曲に合わせてベース用プリアンプ/DIのMXR M80 Bass D.I.+で大体の音作りをしたら、オーディオI/OのROLAND Duo-Capture EX UA-22につないで録音します。Cubaseではベースにプラグイン・エフェクトはほとんど使いませんので、基本的に録り音をそのまま使っている印象です。
ーギターに使ったプラグインやエフェクト・ペダルを教えてください。
碧海 メインは、マルチエフェクター/アンプ・シミュレーターのZOOM G3です。僕はバンド経験が無いので、コンパクト・エフェクターは全然持っていないんですよ。ひずみ系から空間系エフェクトまで、ほとんどG3に内蔵するエフェクトを使用しています。フランジャーやコーラスなどは特にそうです。Cubaseに付属のプラグイン・エフェクトも試しましたが、G3の方がよりギターに合ったエフェクトの音がする。ちなみに本作のアコギとボーカルのほとんどは、コンデンサー・マイクAUDIO-TECHNICA AT2035で録っています。一時はBLUE MICROPHONES Bluebird SLも持っていました。
単純なドラム・パターンだけど
“張り詰めた雰囲気”を表現したかった
ー「夕凪、慕情」では、ドラマーの石若駿さんが参加されていますね。
碧海 僕はもともと石若さんの大ファンで、彼は奏者としてもクリエイターとしても素晴らしい人なんです。「夕凪、慕情」の制作にあたって本人に話をしたところ興味を持っていただいたので、今回実現することができました。ドラムのアレンジに関しては、自分のこだわりがあった2カ所以外は、石若さんに自由にたたいてもらいましたね。
ーそのこだわりとは、どういったものだったのですか?
碧海 最初にドラムが入る8小節と、大サビに移る前の8小節でのドラム・パターンです。はじめに石若さんがたたいてくださったものは徐々に手数が増えていくようなアレンジだったのですが、僕はあえてそこは手数を抑えて、シンプルなビートにしてもらうようにお願いしました。僕のイメージとしては、単純なドラム・パターンだけど徐々に“圧”が強くなっていくような“張り詰めた雰囲気”を表現したかったのです。
ーそれ以外での、ドラムの印象はいかがでしたか?
碧海 “曲と歌に寄り添ってくれるドラムだな”という感じを強く受けました。石若さんらしい要素もありながら、僕が予想しなかったようなドラミングを聴けたりもしましたね。
ーご自身が思う“石若さんらしい要素”とは、どのような部分ですか?
碧海 彼のドラムを生き物に例えるとしたら、“くじら”なんです。楽曲を“海”だとすると、石若さんはそこを絶妙なスピードで泳ぎつつ、豊かな揺らぎも周囲に与えてくれる感じ。今でこそ石若さんは、米津玄師さんやmillennium paradeさんらと共演されていますが、もともとジャズ・ドラマーであったりもして、彼のドラムからはブラック・ミュージックのサウンドがしっかりと感じられるんです。レコーディングでは、彼のドラム・セットではなくスタジオ常設のドラムをたたいてもらったのですが、持ち込みじゃない場合でも、しっかり石若さんの音が出ていたんですよ。やっぱり楽器の鳴り方を熟知している方なんだなあと、レコーディングを見ていて感じました。数々のドラム・パターンの中から、一番「夕凪、慕情」にぴったりくるドラム・アレンジを付けてくださったと思います。
プリセットを鳴らすと“情景”が浮かんでくるので
Keyscapeが好きなんです
ー「夕凪、慕情」のイントロやアウトロなどでは、耳を引くようなシンセ・リードが入っていますね。
碧海 これはソフト・シンセ/サンプラーのSTEINBERG Halion Sonic SE 3です。同曲のパッド・シンセもHalion Sonic SE 3で鳴らしているんですよ。この曲を作ったのは2018年で、当時はまだ鍵盤系の音に特化したソフト音源のSPECTRASONICS Keyscapeを持っていませんでした。近年の楽曲では、Keyscapeを使う頻度が高いですね。
ー本作において、ほかにKeyscapeがメインで使われている楽曲はありますか?
碧海 「残照」です。イントロから鳴っているシンセ・コードの音がKeyscapeで、そこにCubase付属のピッチ・モジュレーション・プラグインVibratoで揺らぎを加えています。Keyscapeは、プリセットを鳴らすだけで“情景”が浮かんでくるので好きなんです。これが制作のインスピレーションになることも多く、よく音色からイメージを膨らませたりしています。
ーどの楽曲においても、キーボードやコーラスのハーモニーがと心地良いです。ボイシングなども含めて、これらは普段どのように考えているのですか?
碧海 Cubaseのコード機能を使用することが多いです。Cubaseには“コードトラック”という機能があり、目的の位置に任意のコード名を入れると、自動的にそのコードを指定の音源で鳴らしてくれるんですよ。これを利用して、作曲時はいろいろなコード進行を試しています。分数コードを作ることもできたり、ドラッグ&ドロップで簡単にMIDIノートへ変換することも可能です。またCubaseにはボイシング機能もあり、細かなボイシングを設定することもできます。僕のように、あまり鍵盤が弾けない人にはとても便利な機能ですね。Cubaseが煩わしい作業をやってくれている感じで、本当に制作がスピーディになっています。
ー本作のミックス/マスタリングは藤城真人氏が担当されていますが、何か印象的なことはありましたか?
碧海 藤城さんが、ミックスを分かりやすく教えてくれて……具体的には、キャンバスの縦軸を周波数特性に、横軸をL/Rに置き換えて、曲ごとに説明してくださいました。音像や音の定位をJポップ寄りなのか、海外寄りにするのかなどを、キャンバスに例えてイメージを共有したんです。収録曲では「残照」「Comedy??」「Atyanta」が海外寄りのミックスで、低域がしっかり出ています。「夕凪、慕情」や「秋霖」は割とJポップ寄りのミックスで、低域を控えめにして中高域を大きく見せるようなイメージなんです。
ー出来上がった2ミックスを聴いていかがでしたか?
碧海 すごく心地良かったです。すべてのパートにおいて、音の削り方が“さすがだな”と思いました。ボーカルにおいては若干高域が立って聴きやすくなっていて、“まさにこれ、自分がやりたかったこと!”みたいな気持ちに(笑)。普段、自分がミックスする上で悩んでいたことが、すべて解決されて戻ってきたような感じでしたね。
ーあらためて今、作品を振り返ってみて思うことは?
碧海 自分で言うのもなんですが、すごい作品ができたなと(笑)。最初はパッケージングまで全部一人でやろうと思っていたのですが、周りの方たちが手を貸してくれることによって、どんどん作品のレベルが上がっていくような感覚でした。自分のイメージを奏者の方と共有して、より良いものに仕上げいく状況というのは、僕としてはすごく楽しくて恵まれた環境でしたね。数年前に自宅で生まれた楽曲たちが、多くの人の手によって成長し、外の世界へ羽ばたいていったと思うと、とても感動を覚えます。今後はミックスの勉強もしたいし、アレンジも楽しいので誰かと作品作りもできれば幸いです。
Release
『逃避行の窓』
碧海祐人
ウルトラ・ヴァイヴ:VBCD-0107
- Tragedy (intro)
- 夕凪、慕情
- 残照
- 裏窓(interlude)
- Comedy??
- Atyanta
- 秋霖
Musician: 碧海祐人(vo、g、b、prog)、石若駿(ds)
Producer: 碧海祐人
Engineer: 碧海祐人、藤城真人
Studio: プライベート、他
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