結成25周年を迎えた”アジカン“ことASIAN KUNG-FU GENERATIONがシングル『エンパシー』をリリース。映画『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールド ヒーローズ ミッション』の主題歌/挿入歌として制作された本作の収録曲について、共同プロデュースを行った下村亮介に楽曲制作を振り返ってもらった。インタビュー後編では、制作で使用したソフト音源やプラグイン・エフェクトについて、詳しく紹介していこう。
Text:Yusuke Imai Photo:Takashi Yashima
インタビュー前編はこちら:
Pro-Q3のアナライザーを見ながらPassive EQでキャラを生かした処理を
ーピアノやシンセも使われていますね。
下村 最初にデモ・トラックを聴いた印象って後々にまで残ってしまうものですし、アレンジの段階ではコードをギターで弾かずにあえてピアノで入れていたんですが、“そのピアノが良い”ということで採用になりました。ピアノはKeyscapeがメインですが、NATIVE INSTRUMENTS Noireもレイヤーしています。デモでのシンセ・ブラスはNATIVE INSTRUMENTS Retro Machines MK2でした。Retro Machines MK2は使いやすくて大好きなんです。アナログ・シンセのような見た目で、いわゆる80's的な音が簡単に出せます。
ーシンセの音作りはゼロから行うことが多い?
下村 プリセットから始めることもありますが、やっぱりアナログ・シンセを使ってきた人間としては、プリセットよりも最初から作った方が自分の音に愛着も持てるんです。ツマミもエフェクトもたくさんあるので、同じプラグインだとしても違う音になるはずですし、なるべく自分で作るようにしています。
ーKomplete内の音源を活用されていますが、明確なテーマや目的があればPlay SeriesやExpansionsからチョイスすることもありますか?
下村 ありますね。「エンパシー」ではPlay SeriesのCloud Supplyを使っています。Play Seriesを使い始めたのは去年からで、実際に使ってみるとすごくよくできていて驚きました。2つのサウンド・ソースを調節できたり、リバーブやディレイでの音作りもあらかじめされているのでサウンドの全体像が想像しやすいです。例えばAUXトラックに空間系を立ち上げてセンドでかけるとなると、“かけた後のサウンド”が想像しにくいこともありますので。デフォルトで空間系も含めて音作りがされていると、“じゃあここからこうしよう”というふうに足し算や引き算を考えやすいです。
ー音作りではプラグイン・エフェクトも活用しますか?
下村 はい。特にNATIVE INSTRUMENTS Replika XTは頻繁に使います。あとは、同じくNATIVE INSTRUMENTSのReverb Classics、Premium Tube Series内のPassive EQなどですね。このPassive EQはアナライザーなどは無いし、癖のある周波数ポイントの設定になっていますが、使い過ぎて慣れてしまいました(笑)。エンジニアの古賀(健一)君からはFABFILTER Pro-Q3をお勧めされたんですが、そのPro-Q3のアナライザーを見つつ、最終的にはPassive EQを使ってその癖を生かしたり、L/Rで分けて処理をしたりしています。シェルビングを使うことが多いですね。コンプレッサーではNATIVE INSTRUMENTS VC 2Aをファースト・チョイスすることが多いです。VC 76もよく使います。
ー実機エミュレート系のプラグインを主に使うのですね。
下村 今は使い方の修行中なんです。エミュレート系プラグインって、エンジニアはその実機がどういうキャラクターなのかというのを理解して使っているじゃないですか。こういう音にしたいからこのEQ、コンプを使うとか。僕はそういう実機を使ってこなかったから、ノリで使っていたり、著名なエンジニアが使っているという理由で採用していたわけですが、それはやっぱり良くないなと思っているんです。ちゃんとその元を知った上で、SOFTUBEなのかNATIVE INSTRUMENTSなのかPLUGIN ALLIANCEなのかを考えるというところまで行かないと、そのプラグインのキャラも生かせていないんだなと、古賀君との作業の中であらためて理解しました。
Session Strings Pro 2をノイズに加工。録音したストリングスとレイヤーした
ー挿入歌の「フラワーズ」では、ストリングスなど、バンド・サウンド以外の楽器を大きくフィーチャーしていますね。
下村 「エンパシー」では、アジカンらしさも保ちながら、いかに新しくサウンドさせるかというチャレンジで試行錯誤したので、デモ・トラックを受け取ったときは“ちょっと頑張ってやってみます”という感じだったんです。対して「フラワーズ」は、映画の挿入歌として使われる楽曲と決まっていたので、ゴッチさんが制作中の絵やアフレコに触れ、内容を把握した上でアニメにしっかり寄り添いながらも、ゴッチさんらしい時代性やメッセージを込めた楽曲をデモ・トラックの時点で表現していました。僕の得意なタイプの楽曲だったということもあり、“これはいけます!”とファースト・タッチから2日くらいで大まかなアレンジは作ることができました。“このアレンジは気に入ってもらえる!”という自信がありましたね。
ー音源はどういったものを使いましたか?
下村 大体は最終的に生楽器に差し替えていますが、アレンジの段階ではNATIVE INSTRUMENTS Session Strings Pro 2やSession Guitarist Picked Acousticなどを使い、ビートはMaschine Jamで組みました。アジカンとかかわり始めたのが2012年で、なんとなく2010年以降の海外のバンドのテイストも忍ばせたいなという思いもあり、アジカンのメンバーのルーツとなる音楽のことも考えながらアレンジをしていきましたね。
ー本チャンまで使ったソフトウェア音源もありますか?
下村 Session Strings Pro 2の音をかなり加工してノイズやテクスチャー的なサウンドにしたものを混ぜています。あとはピアノのアルペジオですね。スタジオ録音もできたのでSTEINWAYのフルコンで録ることもできましたが、そんなに押し付けがましく前には出さないように、かつ、これはこのソフトでしか出せないというキャラクターもあり、Noireを使ってみました。金属音やスティックで擦ったようないわゆるプリペアド・ピアノのような音や、ハンマーやストリング・ノイズ、ピアニストの呼吸や動作の音も入ってくれている音源です。ドラムではButch Vig Drumsのキックがレイヤーされています。
ーミックスで古賀さんにリクエストしたことは?
下村 ドラムのサウンドの方向性くらいですね。全部説明するよりも、古賀君の解釈も反映させてほしいという気持ちもあったので。結果的に僕と相反する方向になるということは無かったですね。マスタリングはスターリング・サウンドのランディ・メリル氏にお願いしています。各サブスクリプションのラウドネス・ノーマライゼーションに順応できるよう幾つかのバージョンを作ってもらいました。
ー最終的なマスターを聴いてみていかがでしたか?
下村 揺るぎないASIAN KUNG-FU GENERATIONらしさもあるけど、しっかりと今に更新された楽曲とサウンドで、 “2021年のアジカン”と胸を張ってもらえるものになったと思います。ここ数年、ひずんだギターがドカンと鳴る格好良いロック・バンドは多くはないような気がしますし、日本のポップ・ミュージックでもトラックやシンセサイザーの音を聴けば海外のビート・ミュージックの影響がはっきりと分かる昨今ではありますが、そんな中でも“ロック・バンドってやっぱりかっこいいな”と国や世代や性別を問わず、リスナーに感じさせてほしい存在が僕にとってアジカンなんです。ちゃんとそこにたどり着けた楽曲たちだと思っています。
Pick UP!
NATIVE INSTRUMENTS Noire
下村愛用のピアノ音源Noireは、ピアニスト/作曲家のニルス・フラームのグランド・ピアノをサンプリングした製品。ベルリンのスタジオ、ファンクハウスのSaal 3にて収録が行われている。通常のグランド・ピアノとフェルト・プリペアド・ピアノの2種類が用意されており、レゾナンスやオーバートーンの調整、パーティクル・エンジンを使ったリズムやハーモニックな要素の自動生成が可能だ。ペダルを踏む音や奏者の動きで発せられる音など、ノイズのパターンを多く含むのも特徴。下村は「ピアノ音源としての質感がとても優れていて、かつノイズだけの音源としても優秀だと思います。意図しない音の動きも演出可能です」と語る。
インタビュー前編では、 制作~ライブで活用している機材セットアップや、初となるアジカンとの共同制作の流れについて話を聞きました。
Release
『エンパシー』
ASIAN KUNG-FU GENERATION KSCL-3308(通常盤)、KSCL-3306~3307(初回生産限定盤)
(キューン)
Musician:後藤正文(vo、g)、喜多建介(g、vo)、山田貴洋(b、vo)、伊地知潔(ds)、下村亮介(syn、prog)
Producer:下村亮介、ASIAN KUNG-FU GENERATION
Engineer:中村研一、古賀健一
Studio:LANDMARK、Xylomania、Cold Brain