福山雅治 インタビュー【後編】〜最新作『AKIRA』が秘めるサウンドスケープ

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シンガー・ソングライターとして2020年にデビュー30周年を迎えた福山雅治。俳優や写真家といった顔も持ち、八面六臂(ろっぴ)の活躍を見せる彼だが、音楽活動においても作詞曲のみならずアレンジやセルフ・レコーディングまでこなし、まさに実力派と呼ぶにふさわしい存在だ。その福山が12月にリリースした6年8カ月ぶりのオリジナル・アルバム『AKIRA』は、自身が17歳のときに逝去した父親の名を冠する作品。表題曲「AKIRA」が生まれ、アルバム全体を貫くテーマになったというが、本誌としてはサウンドの面にも注目したい。そこにはロックやトラップ、ラテン・ミュージックなどを昇華した多彩なビート・パターン、そして50Hz以下まで伸びる豊かなローエンドが繰り広げられているのだ。さらに福山自身もビート・メイクにコミットしたそうで、これは話を聞かないわけにはいかない。都内に構えたプライベート・スタジオを訪れ、プロダクションについて尋ねてみると、世界の音楽トレンドまで見据えた濃密なトークが展開されることとなった。その一部始終をお伝えしよう。

Text:辻太一 Photo:板橋淳一(except*) Hair & Make:原田忠(SHISEIDO)

 

インタビュー前編はこちら

 

ギター・サウンドを基本にしながら
低音楽器をいかに分離させて鳴らすか

福山さんがDAWベースのサウンド・メイクにこれだけ積極的だったとは、驚きです。

福山 音楽的なルーツは1960~80年代のロックにありますし、レッド・ツェッペリンにしてもフランク・ザッパにしても、はたまたピンク・フロイドなんかも、演奏力があって初めて複雑なアレンジが成立していました。ところが近年のレコーディング現場では、プレイヤーの演奏力よりも編集力が問われるようになっています。また、ヒップホップが登場して以降のDJカルチャーでは、フロアを沸かせるために、生演奏で録音された名盤やその演奏者たちの渾身のプレイを無慈悲なまでに切り刻んだり、テンポさえも変えてコラージュしてきたわけです。

 

例えばジェームス・ブラウンの楽曲をカットアップし、打ち込みのビートに合わせて鳴らすような手法ですよね。

福山 そう。“スタジオで録音されたスーパー生演奏の極み”みたいなものを目指していたのが往年のレコーディング現場だったとしたら、ヒップホップやDJカルチャーの台頭により、エディット・ベースのサウンド・メイクが生演奏と並走することになりました。その近代の音楽史において、僕はどちらも良いところがあって好きなんですね。生演奏にはこだわりたいし、エディットで実験的なこともやってみたいと思い続けてきました。だからこそ2000年代以降、まずはプリプロで全楽器を自ら演奏し編集するしかない、となっていったんですね。

 

『AKIRA』にも投影されているマインドですね。ビートとギターの見事な共存も、本作の聴きどころだと感じます。

福山 ビートを追求していったときに、キックの重心を下げないとギターのスペースが狭まってしまうことに気付いたんです。で、重心を下げても強く聴こえる音ってなると、おのずとEDMやヒップホップのサンプルに行き着く。やっぱり自分はギターの人間なので、ギター・サウンドを基本にしながら低音をどれだけ離して、分離させて鳴らすかというのは長年の課題だったんです。

 

ギターと同じような周波数帯域……つまり中域にはボーカルも入るわけですから、ビートの印象を強めるためにも周波数レンジをフルに活用する必要があったのですね。

福山 歌の帯域は持って生まれた自分の声帯に準じているので、声という楽器の音色は初めからある程度決められています。その歌声の帯域と近いところにギターの帯域があると、ミックスのときに音の空間を消費してしまう。そうなると、空いている空間を探していくしかないんですよね。キックとベースを抜け良く聴かせるためには、どんな音色で、どの定位で鳴らせばよいのか設定していく必要があります。ブラスやストリングスといった楽器群の帯域についても同様で、それらもギターとかぶってくる場合があります。特に、ひずませたギター・サウンドのレンジは意外と広いので、それなりに面積を取られます。でも最近は、ロックを新たに解釈して自分の音楽に取り入れているジュース・ワールドのようなアーティストも居ますよね。残念ながら亡くなってしまいましたが……。ちょっと前までは、ギターの音って世界の音楽チャートに名を連ねる楽曲ではほとんど聴こえてこなかった。世界のトレンドとして、そういうタイミングだったと解釈しています。ダンス・ミュージックは今やポップスの主流ですし、ビートの強さでフェスやダンス・フロアを沸かせようとすると、ギター・サウンドの帯域が少し邪魔になっていたのかもしれません。昨今のダンス・ミュージックでは、キックやベース、ハイハット、クラップもしくはフィンガー・スナップといったエレクトロニックな音があって、それ以外の空いた帯域に何を入れるのか?という考え方で作られているように感じています。だからかコード感が希薄な楽曲も多くなっていますが、そういう音楽に負けない“ロック・ミュージックに軸足を置いた最新型のサウンド”というものを今作『AKIRA』では追求してみようと思いました。

 

最近のガラージ・ハウスなどと聴き比べても、音像が大きく感じられる理由が分かりました。ちなみに、ボーカルとギターのすみ分けはどのように?

福山 ガット・ギターやバンジョーを使うことで、自分の歌の帯域をかわせるようになったと感じています。ボーカルを立たせるイコライジングをするときは、2kHzや6kHz、8kHz辺りにアプローチするんですが、その辺を持ち上げていくとアコースティック・ギター(編注:いわゆるフォーク・ギター)のおいしい帯域に近付いていく。つまり、アコギの良さと声のツヤの帯域が相殺されがちでした。でもガット・ギターは僕の声の帯域とかぶらないし、バンジョーはもっと高音域にあるので、こちらも同様にかぶらない。EQに頼り過ぎず、楽器を変えることで解決される場合もあるわけですね。とは言え、表題曲「AKIRA」ではMARTINのD-45を使っていますが。ビンテージ・アコースティック・ギターの名機と数千円で手に入るモダンなサンプルが同居しているという“2020年の音作り”が成立したことに、僕の中ではすごくカタルシスがあるんです。ま、その辺りは自己満足の部分ですが(笑)。

 

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「サウンド込みで楽曲の完成形をイメージするようになった
そのすべてを自分の手で形にしようと思ったんです」

 

ボーカル録りのためにブースを新設
U87AI+1073のセットをメイン使用

ボーカル録りはどのようにして行ったのでしょう?

福山 いつも使っていたレコーディング・スタジオが新型コロナ・ウィルスで営業自粛を余儀無くされたので、このままだといつ録音できるか分からないと思い、仕事場にブースを作ったんです。今回は、そこで歌入れをしました。マイクに関しては普段、NEUMANNの80周年記念モデルTLM67をメイン使用しているんですけど、今回はU87AIを使っています。ミックスを手掛けてくれたのはエンジニアの山田ノブマサさんなんですが、コロナ前のレコーディング期間は彼がビンテージのU87で僕の歌を録ってくれていたんです。後段の機材に関しては、マイクプリのNEVE 1073、コンプのUREI 1176LN、オーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Apollo X8という組み合わせが、僕の歌声をU87AIで録る際にマッチしている気がしますね。マイクプリはPUEBLO AUDIOのものも使い、歌録りしながら1073と比べて楽曲にフィットする方をその時々で選んでいきました。

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『AKIRA』のボーカル録りに使われたコンデンサー・マイク、NEUMANN U87AI。ミックス/マスタリングを手掛けたエンジニア、山田ノブマサ氏と制作を共にするときは本機を選ぶことにしているという。「心音」のクルーナー唱法とも好相性だったそう

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プライベート・スタジオに常設のコンデンサー・マイク。NEUMANN TLM67(写真左)はメイン・マイクとして使用することも。AKG C451B(同中央)やC314(同右)はギター録りなどに使われている

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ラックの中身は、上からUNIVERSAL AUDIO Apollo X8(オーディオI/O)、UREI 1176LN(コンプレッサー)×2、FRACTAL AUDIO SYSTEMS Axe-FX II(ギター用プリアンプ/アンプ・シミュレーター/マルチエフェクター)、NEVE 1073(マイク・プリアンプ/EQ)×2。天板に載っているのはUMBRELLA COMPANY HP-Adapter(ヘッドフォン・アンプ)

PUEBLO AUDIOのマイクプリは、どのようなキャラクターのサウンドなのですか?

福山 すごく奇麗です。雑味が無くて、楽器そのものの良さをみずみずしく表現してくれる。1073のサウンドはキャラクターが強いのでメイン・ボーカルに使って、ハーモニーにはPUEBLO AUDIOというパターンもありました。

 

録音時のモニタリングには何を用いたのでしょう?

福山 FITEARのインイア・モニターです。歌とアコギの録音に関しては、イアモニの導入はとても革新的でした。なぜかと言うとクリックが漏れないから。密閉型のヘッドフォンでも音が漏れる場合があるので、弾き語りの曲などでは録り音へのかぶりにどうしても神経質になってしまっていました。それで、もともとステージで使っていたFITEARをレコーディングにも使用してみたところ、長年ストレスに感じていたクリック漏れが解消されたんです。音質については、やや特殊な音ですね。歌っているときには頭蓋骨が共鳴しているので、それが鼓膜に伝わってモニター音に干渉して聴こえることがあるんです。コンプのかけ具合など、モニター音をどう作るかによって解決していますけど。もちろん慣れもあるかと思います。

ステージとボーカル録りの両方に活躍しているFITEARのインイア・モニター。福山の耳型から設計されており、ジャスト・フィットすることからクリック漏れの心配が無く重宝しているという

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「ダンス・ミュージックが持つ音の強さにも負けない
〝ロックを軸とした新しい音像〟を追求しているんです」

 

ミックスとマスタリングを何度も行き来して
音作りを吟味

ミックスについては、エンジニアの山田さんにどのようなリクエストをしたのでしょうか?

福山 ボーカルを際立たせたいというのはもちろんだったんですが、今回はやっぱりドラムとベースの聴こえ方がポイントでした。完成までに6年8カ月もかかっているので、その間に僕の考え方も徐々に変化してきたし、世界の音楽トレンドも大きく変化した。2020年的なサウンドがどうかを意識しつつ、相当細かく作り込んでいただきました。もしかしたら山田さんをうんざりさせてしまったかもしれません……(笑)。ミックスだけでも10回前後はやり取りしていましたから。山田さんには、この場を借りてあらためてお礼を伝えさせてください。

 

山田さんの主宰するamp'box Recording studioは湘南にあるので、都内からだと、コロナ禍でなくともリモートでのコミュニケーションがメインになりそうですね。

福山 そうなんです。山田さんはマスタリングも手掛けるエンジニアなので、いったんマスタリングまでしてもらって、イメージと違うと思ったらミックスに戻って修正してもらい、またマスタリングしてもらう……というやり取りを重ねました。最近はステム・データを素材にマスタリングしてくれるスタジオもありますが、山田さんにお願いして良かったです。もちろんデモ音源やプリプロ作業のレコーディングを担当してくれた田宮君にも大感謝です。2人の素晴らしいエンジニアのおかげで僕の思い描いていたサウンドが表現できました。

 

仕上がりについては、どのように感じていますか?

福山 すごく気に入っています。ビートをはじめ、それぞれの楽器が思い描いていた通りに鳴ってくれています。プライベート・スタジオを設けたことによって、ダンス・ミュージックの素材と自分の音楽との融合も諦めずに追求できたので“うまく行っているな”という手応えが制作の段階からありました。

 

最後に2021年の抱負を聞かせてください。

福山 『AKIRA』を表現する全国ツアー開催を目指しています。時期については、現状はっきりとしたことが言えないのですが、医療体制を含めツアーが行える状態になること、そしてファンの方々と会場で心置きなく今作を楽しめる環境が出来上がることを祈っています。

 

Engineers' Comment 〜山田ノブマサ

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音圧と声の存在感の両立を目指しました

 今作『AKIRA』の楽曲には当初、生のドラムとベースでリズム隊を構成するものもありましたが、アレンジが進むにつれてキックとスネアが打ち込みに変更されたり、シンセ・ベースが付加されるなど、アップデートを繰り返して完成に至っています。そのことが福山さんの考える“今”のビートの感じを出しているのではないでしょうか。キックやベースにはハードウェア・コンプのALTEC 436CやプラグインのWAVES H-Comp、L3を併用し、音圧の高さは感じられるけれど歌の邪魔にならないような処理を心掛けました。

 

 ボーカルには今回、かなりドライに近いサウンドが求められました。福山さんの真骨頂である色気のある歌声の存在感を大切にしつつ音作りしましたが、ドライなボーカルは特に激しいオケとのつながりが難しく、その辺りの処理が大変でした。楽曲によって異なるものの、大体はディエッサーを通した後、UREI 1176LNとAPI 550A、ELYSIA Nvelopeで芯を作り、SSL X-EQなどを使って音質を微調整しています。

 

 福山さんのようなビッグ・アーティストの音楽は、iTunesなどで海外アーティストと同一ラインに並ぶこととなるため、マスタリングの第一義は音圧を上げることにあると思います。しかし楽曲によっては音圧を上げるだけでなく、その曲の方向性に合ったサウンド作りが求められます。アルバム全体の方向性を統一するという点では、録音からミックスまで一緒にやってきた私が一番の理解者だと考え、マスタリングに臨みました。マスタリングはPRESONUS Studio Oneで行いましたが、ミックスとは違うポイントを聴いて作業しています。両者を行き来するときには別人格として作業しなければなりませんが、1人でどちらもこなす場合には、ある意味それが重要なことだと思います。

 

 『AKIRA』の楽曲は、福山さんをはじめ、かかわったすべての人たちが情熱を込めて作っています。歌詞の世界観や楽曲ごとのサウンドの面白みを、ただリスナーとして楽しんでいただけたらと思います。

 

Engineers' Comment 〜田宮空

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福山さんは他に類を見ないほど“ストイック”

 私が初めて福山さんとご一緒させてもらったのはMIXER'S LABに入社して1年目のころで、当時はアシアシ(アシスタント見習い)としてでした。アシスタントになってからも継続的にお仕事をさせていただき、福山さんの好みや作業しやすい環境が分かるようになって、やがてプリプロなどにエンジニアとして呼んでもらうようになりました。

 

 福山さんは他に類を見ないほど“ストイック”です。制作中の曲のラフ・ミックスを必ず持ち帰り、ブラッシュ・アップを重ね、曲がほぼ出来上がった後でもテンポやキーを見直すなど、さまざまな可能性を探ります。歌についても同様で、レコーディングには何日もかけてニュアンスや歌詞を練っていくのです。個人的にも、その“声”の録り方はこだわった部分ですし、山田ノブマサさんとも相談しながらコンプやEQのかけ方を追求したり、一曲の中でセクションごとにマイクプリを使い分けるなどしました。

 

 こだわりと言えば、今回はドラム・サウンドに生音とサンプル(打ち込み)を共存させていて、両者のすみ分けにも注力しています。音作りに用いたのは、ノイズ・リダクションのためのIZOTOPE RX8やEQのFABFILTER Pro-Q3。後者はダイナミックEQが出色で、Q幅を思い切り狭めて使用すると、オケ中で目立つかぶりをピンポイントかつ大幅に減らすことができます。生ドラムのかぶりは、このダイナミックEQでカットしている場合が多いですね。ただ、生ドラムはサンプルの硬質な音に押される場合もあり、薄くサンプルをレイヤーして前に出るようにしたり、強力なコンプやサチュレーションをかけたり、はたまたビット・レートを下げたりと、いろいろな工夫をしてバランスを取りました。

 

 『AKIRA』は、時間をかけてこだわり抜かれた渾身の一作です。試行錯誤を重ねた末に完成した詞とメロディが現代的なトラックと融合し、新しいサウンドを提示しています。そして、福山さんの持ち味である甘い歌声を生かした山田ノブマサさんのミックスにもぜひ注目していただきたいです。

 

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Release

Akira

Akira

  • 福山 雅治
  • J-Pop
  • ¥2648

『AKIRA』
福山雅治
ユニバーサル:POCS-20021(通常盤)

  1. AKIRA
  2. 暗闇の中で飛べ
  3. 革命
  4. Popstar
  5. 漂流せよ
  6. トモエ学園
  7. 失敗学
  8. 甲子園
  9. ボーッ
  10. 心音
  11. 幸せのサラダ
  12. 1461日
  13. 聖域
  14. いってらっしゃい
  15. 零 –ZERO–
  16. 始まりがまた始まってゆく
  17. 彼方で

Musician:福山雅治(vo、g、banjo、b、p、k)、井上鑑(k、p、accord)、高水健司(b)、鈴木“バカボン”正之(b)、山木秀夫(ds)、三沢またろう(perc)、金原千恵子(vln)、マレー“金子”飛鳥(vln)、吉田篤貴(viola)、笠原あやの(vc)、三宅進(vc)、増本麻理(vc)、中村潤(vc)、古川展生(vc)、山本裕康(vc)、江口心一(vc)、黒木岩寿(contrabass)、多井智紀(vc、whistling)、西村浩二(tp)、エリック・ミヤシロ(tp)、菅坡雅彦(tp)、横山均(tp)、辻本憲一(tp)、村田陽一(tb、tuba)、鳥塚心輔(tb)、奥村晃(tb)、山口隼士(tb)、山本拓夫(sax)、竹野昌邦(sax)、吉田治(sax)、佐藤潔(tuba)、上間善之(horn)、鈴木優(horn)、黒田由樹(fl)、三枝朝子(fl)、庄司知史(oboe)、渡邊一毅(clarinet)、ボブ・ザング(clarinet)、大下和人(clarinet)、Tak Miyazawa(other)、島田 尚(other)、他
Producer:福山雅治
Engineer:山田ノブマサ、田宮空
Studio:Sony Music Studios Tokyo、LABrecorders、amp’box Recording、プライベート

 

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