1987年にメジャー・デビューして以来、メンバー・チェンジをすることなく日本のロック・シーンの第一線で活躍し続けるバンド、BUCK-TICK。不動の人気を誇る彼らは、後続のバンドにも大きな影響を与えている。そんな彼らが33度目のデビュー記念日である9月21日に、22枚目のオリジナル・アルバム『ABRACADABRA』をリリース。今回は同バンドのギタリストでありサウンドの根幹を担う今井寿(写真左から2人目)と、長年彼らのレコーディングやミックスに携わるエンジニアの比留間整氏を迎え、今作の制作についてのインタビューを行った。
Text:Susumu Nakagawa
ギター中心のバンド・サウンドとは
逆のところに行きたいなというのはありました
ー最新アルバム『ABRACADABRA』は、いつごろから制作されていたのでしょうか?
今井 本作のリード・シングル「MOONLIGHT ESCAPE」は2019年から取り掛かっていて、『ABRACADABRA』のレコーディングは今年の2月からスタートしました。ただ自粛期間中はレコーディングも完全にストップしており、解除後にまた進めていったという感じです。デモ自体は割と早めに出来上がっていたと思います。
ー今作の音楽的なコンセプトなどはありましたか?
今井 最初はエレクトロニックなテイストを取り入れたバンド・サウンドを目指していたのですが、自粛解除後からは流れに任せて進めていきました。“これからどうなるんだろう”と自分でも制作過程を楽しみながら進められた気がします。
ー普段曲を作る際は、どういったところからインスピレーションを得られていますか?
今井 家では普段アンビエント・ミュージックや洋楽のエレクトロ・ミュージックを流しているので、それらから自然とインスパイアされているんだと思います。
ーDAWは何を使われているのですか?
今井 結構長いことAPPLE Logic Proを使っています。スピーカーはYAMAHA NS-10Mで、オーディオ・インターフェースはMOTU UltraLiteです。『ONE LIFE,ONE DEATH』(2000年)というアルバムのときからLogicを使い出したので、デスク周りのセットアップも当時のセッティングから基本的には変わっていません。また、僕の場合はプライベート環境で制作する方が集中して作業に取り組めます。むしろ、少し細かいところまでこだわり過ぎていた記憶がありますね。反対にレコーディング・スタジオだとリラックスし過ぎてしまって、ちょっと気が抜けることがあります(笑)。
ー冒頭でもお答えいただいたように、本作はバンド・サウンドを軸としたエレクトロニックなアレンジが印象的です。
今井 ギター中心のバンド・サウンドとは逆のところにいきたいなという狙いは、最初の時点からありました。とりあえず浮かんだアイディアはどんどん試して、トライ&エラーを繰り返して進めていったんです。
ー「ケセラセラ エレジー」や「URAHARA-JUKU」などは、とてもベースが野太い印象です。
比留間 最初から低域はちょっと太めにしたいなと思っていました。レコーディング期間が始まる前に今井君の家で飲みながら話をしているとき、何となくそんな方向性が良いんだろうなと思ったんです。強く意識はしていませんでしたが、結果的にそういったサウンドになったのでしょう。
ービート感の強いドラムは、どのようにして作っているのですか?
今井 デモの時点でのドラムは、昔から使っているリズム・マシンROLAND R-8が中心です。でもそれはドラマーのためのフレーズ確認みたいな意味で入れています。ビート感の強いドラムの作り方は、曲によってさまざま。生ドラムと電子ドラムをパーツごとに複雑にミックスしたドラムの曲もあるし、逆に生ドラム主体のすっきりとした曲もあります。基本的に打ち込みのドラムを混ぜているので、そうなるのだと思いますね。
比留間 ミックス的な視点から、混ぜやすいドラムの音を探していくような作業もあります。例えばあるドラム・ループを聴いたときに、そのループ自体の特徴がどこにあるのかを見つけるんです。グルーブもそうだけど、ドラムの音色だったりもします。そのループが持つ“個性”を見極めるというニュアンスです。そして、“ここは強調した方がよい、ここは削った方がよい”などと余計な音を削ぎ落としていき、最終的に生ドラムと混ぜたときに統一感が出るように調整していきます。ドラム全体のダイナミクスについても同じで、あまりベタっとし過ぎないように“飛び出すべきところはより飛び出させてあげる”といったミックスを、FABFILTER Pro-Q3のダイナミックEQやSaturnサチュレーションで施しています。
BUCK-TICKの場合
“デモはあくまでデモ”という考え方です
ー「URAHARA-JUKU」のボーカルやギターには、ところどころにスタッター・エフェクトが使われていますね。
今井 これは、ミックス時にいろいろ試しながら出てきたアイディアです。
比留間 スタッターは、IZOTOPEのStutter Editというプラグインを使用しています。普段あまり使わないのですが、この曲に関してはちょっと試してみたところ、うまくはまったのです。
ー曲中には、ギター・ノイズのようなサウンドが差し込まれていますね。
今井 そうです。デモの段階である程度のアレンジまでは仕上げています。ただスタジオに入って録り直しをしていると、やっぱり質感がなんとなくデモと違うので、さらにそこからアレンジやエフェクトなどを変えてみようかな、という流れになっていくのです。今回の制作でも、割とこのような部分はいっぱい出てきました。特にベースのリフは繰り返しがすごく多かったりするのですが、こういったところで“ちょっとここ変えてみようか”と提案したり、その場の思い付きで変更していくことがあったりしましたね。
ーデモと完成した楽曲を聴き比べたときに、今作で一番変化が大きかったのはどの曲でしたか?
今井 割と全部ですね(笑)。
比留間 言い方は変ですけど、今どきのアーティストやバンドマンって、デモを“これでいいんじゃない?”っていうくらいしっかり作って、レコーディングではその通りに弾き直すパターンが多いと思うんです。だけど、BUCK-TICKの場合は根本的にそういうのがほぼゼロ。“予定は未定、“デモはあくまでデモ”という考え方です。
今井 その日その日でどんどん変わっていく感じですね。
一曲が完成するまでの過程における
“変化の面白み”がすごくあるバンド
ー「SOPHIA DREAM」では、無機質かつひずんだようなスネアがとても印象的だったのですが、これはどのような処理をされているのですか?
比留間 ひずんだように聴こえるスネアは、生のスネアのローチューニングだったんじゃないかな。割とスナッピーの余韻を強調しました。あとノイズ系のパーカッション素材も重ねていますが、どちらかというとミックスでサチュレーションを使うので、その効果も大きいかもしれません。サチュレーション・プラグインには、Saturn、IZOTOPE Ozoneの中にあるExciter、SOUNDTOYS Decapitator、Devil-Loc Deluxe、Little Radiator、SOFTUBE Harmonics、HEAVYOCITY Punishのサチュレーションです。
ーこの曲の間奏やアウトロでは、ディレイがかったギターの音がピッチ・シフトしていくような、興味深いな音が入っていますね。
今井 これはギター・エフェクターで作りました。こういう飛び道具系のエフェクターばっかり出しているメーカーのものです。僕はこういった変わったサウンドが好きで、気になったらいつも取り寄せているんですよ。この曲は、どちらかというとこういった不思議なギターとクラフトワークみたいなサウンドを混ぜたようなイメージです。
ー「Villain」では、イントロで流れるリズミカルなシンセのフレーズが耳を引きます。
今井 これはデモのときに打ち込んでいた普通のパーカッション系シンセに、Logic Pro付属のリング・モジュレーション系プラグインRing Shifterを使って加工したんです。シンセ自体は特に変わった音が出ているわけでは無く、Ring Shifterの効果でそうなっているんだと思います。とても耳を引くサウンドなので、気に入っています。
ー打ち込みでは、Logic Pro付属のソフト・シンセやプラグインを多用することが多いのですか?
今井 はい。Logic Pro付属のソフト・シンセでしか出せない音があるんです。
比留間 作業過程でたびたびあるんですが、今井君が自宅で作ってきた音をスタジオに持ってきて、それをもう一回作り直しても同じにならないんですよ。だから、それは“これでいいんだから、このまま使おう”って。
ー「Villain」のアウトロでは、ボーカル・シャウトがピッチ・ダウンする処理が耳を引きました。
比留間 ボーカルには、徐々にピッチ・ダウンしながらローパス・フィルターがかかっていく処理を施しています。これは、僕がミックス時に思い付きでやったんです。今井君は昔から寛容なので(笑)、僕が提案して曲がガラッと変わっても、聴いてみて良ければ採用してくれます。こういうことは結構ありますね。このようにミックス段階でもでかなり変わる曲も多いです。BUCK-TICKは、曲が完成するまでの過程における“変化の面白み”がすごくあるバンドなんですよ。
打ち込みサウンドの中に生のノイズがあると
うまく中和されて楽曲が有機的になる
ー「舞夢マイム」では、カズーのような音色のギターが特徴的ですね。
今井 あれはギターにビット・クラッシャーをかけて作りました。このパートは録り直さずに、録音からエフェクトまで全部デモの音をそのままを本チャンに使っています。やっぱりデモで一度気に入った音は、録り直しだとなかなかそれを越えられないことが多いんです。録り直すと、どうしてもちゃんとしちゃうというか普通っぽくなっちゃって、デモで鳴っているような雰囲気とか勢いみたいなものが再現できないんですよね。ミスタッチで偶然出たノイズとかを分析して再現してやってみても、なかなか同じようになサウンドにならないことがあったりします。
ー確かにそういった計算してない音は、再現性が難しいですよね。
今井 リコールできないサウンドもあった方が面白いというか。今は何でもコンピューターでできちゃう時代なので、むしろそういった音が大切だと思うんです。アルバム全体的を通しても、割と打ち込み系のサウンドが入っているので、その中にこういった再現できない生のノイズがあると、うまく中和されて楽曲が有機的になるんですよ。
コンデンサー・マイクのSOYUZ 017 FETは
これまで聴いたことがないサウンドだった
ーレコーディングを振り返ってみて、どのようなところが印象深いですか?
比留間 ドラムのレコーディングでは、全部同じマイキングはではなく曲によって結構変えているんです。今回に限っては、全体的にデッドな感じに録ることが多かったですね。アンビエンスにリボン・マイクのRCA Type 44BXを立てておいて、あとで使えそうだったら採用することもありました。
ーボーカルに使ったマイクは?
比留間 コンデンサー・マイクのSOYUZ 017 FET。前回のアルバム『No.0』(2018年)から使っています。あっちゃん(櫻井敦司)の声にとても合っているんです。一度試しに使ってみたときに、ほかのマイクと比べて全然音が違ったんですよ。これまでに聴いたことがないようなサウンドだったので、これいいな!って。周りのスタッフにも好評で、ボーカルがリアルでとても鮮明に聴こえます。
ー今回『ABRACADABRA』は、アナログ・レコード/カセット・テープ/CD/ハイレゾ/ストリーミング配信と、たくさんのフォーマットでリリースされていますね。
今井 もともとアナログ・レコードは出そうと考えていました。カセット・テープは近年人気だし、個人的にも面白いかなと思ったんです。
ー最終的にマスターは何種類になったのですか?
比留間 32ビット/48kHzでバウンスして、それからCD用にFLAIRの内田(孝弘)君にマスタリングをお願いしました。カセット・テープ用にはCD用のマスターをそのまま出していて、ハイレゾとストリーミング配信用には、このCD用マスタリング・データを土台に調整してもらっています。レコード用は、名匠の小鐵徹さんにマスタリングをお願いしましたので、全部で4種類です。
ー今井さんは藤井麻輝さんとSCHAFTとしても活動されていますが、音楽的な部分で彼から影響を受けたところはありますか?
今井 藤井君のやり方にはすごく影響を受けていますね。デモと全然違う曲に仕上げていく自由さや、どんどんアイディアを試していくところが面白いと感じます。レコーディングの前日にいきなりアレンジが変わったりとかもしょっちゅうで、その自由さがすごいなと。そして、そういうところは僕も共感できるところだったりもします。
ー現在こういう状況ですが、今後BUCK-TICKとしての音楽活動はどのようにお考えですか?
今井 ライブのストリーミング配信も意識しています。音楽活動のやり方もちょっとずつ変わってくるのかなと。できるだけフレキシブルな状態で居たいなと思いますね。
出てきたアイディアはどんどん試して
トライ&エラーを繰り返しながらて進めていきました
ー 今井寿
Release
『ABRACADABRA』
BUCK-TICK
ビクター:VICL-70244
- PEACE
- ケセラセラ エレジー
- URAHARA-JUKU
- SOPHIA DREAM
- 月の砂漠
- Villain
- 凍える Crystal CUBE ver.
- 舞夢マイム
- ダンス天国
- 獣たちの夜 YOW-ROW ver.
- 堕天使 YOW-ROW ver.
- MOONLIGHT ESCAPE
- ユリイカ
- 忘却
Musician: 櫻井敦司(vo)、今井寿(g、prog)、星野英彦(g)、樋口豊(b)、ヤガミ・トール(ds)、他
Producer: BUCK-TICK、田中淳一
Engineer: 比留間整
Studio: ビクター、サウンド・ダリ、サウンド・クルー