Chip Tanaka 〜ゲーム音楽や『ポケットモンスター』の楽曲などを手掛けたサウンド・クリエイター

Chip Tanaka 〜ゲーム音楽や『ポケットモンスター』の楽曲などを手掛けたサウンド・クリエイター

 今回登場するのは任天堂のサウンド・クリエイター/エンジニアとして『メトロイド』や『MOTHER』シリーズ、TVアニメ『ポケットモンスター』の楽曲などを手掛けた“たなかひろかず”ことChip Tanakaだ。最新のダンス・チューン・アルバム『Domani』にも触れながら、音楽の流儀を聞いてみよう。

Text:Susumu Nakagawa Photo:Chika Suzuki

Chip Tanaka【Profile】任天堂のサウンド・クリエイター/エンジニアとして数々のゲーム音楽やサウンドを制作。2001年以降はクリーチャーズの代表取締役社長を務め、同社でゲームなどの企画、開発を手掛けながら、“たなかひろかず”や“Chip Tanaka”の名義でDJやライブ活動を行っている。

 Release 

『Domani』
Chip Tanaka
(Virgin Music LAS)

タイミングのズレや不協和音も良しとして、とにかく全体のイメージを素早く構築すること

ビート・メイキングのコツ

 Chip Tanaka名義で曲を作るときに気を付けているのは、一つ一つのパートの音作りに時間をかけない、悩まないということ。各チャンネルの音量バランスと定位をしっかり整えることを大前提とし、その上でサンプル素材との相性などを見ながらさまざまなパートをどんどん重ねていくのです。微妙なタイミングのズレや不協和音も良しとして、とにかく制作を進めて曲全体のイメージを素早く構築することを重視しています。そのため、使用するソフト音源やプラグイン・エフェクトもバラバラ。手元にあるものから適当にパパッと試し、イメージ通りの音ができたら採用するという感じです。音楽制作は細かいことを考えないでやるのがポイント。曲が完成したら、あとはスピーカーやヘッドフォン、APPLE iPhone付属のイアフォンなどさまざまな環境で聴いて、気になったところをひたすらメモしていきます。最後にそれらをすべて修正したら完成となるのです。

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デスク周り。メイン・マシンはAPPLE Mac Proで、DAWはAPPLE Logic Proをインストール。モニター・スピーカーはFOSTEX NF-01Aで、オーディオI/OはUNIVERSAL AUDIO Apollo X6をセットしている。写真中央に見えるシンセはKORG Triton Proで、MIDIキーボードとして使用する

独自のサンプル素材

 もともと仕事でゲームの音源開発やサウンド・デザインを行っていたので、独自のサンプル素材をたくさん所有しています。AKAI PROFESSIONAL S900を使い始めた1986年ごろから集めていますね。ファミコンの音をサンプリングしたオリジナル・ライブラリーなどもあり、一部をドラムやパーカッション、ギター、FXに加工して使用しているんです。このことは、自分らしいサウンドを表現するのに一役買っています。

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ラックには音源モジュールのROLAND XV-5080、シンセ・モジュールのNORD Nord Rack 2などを格納。ラック上にあるのはYAMAHAのデジタル・ミキサー01V96Iだ

ドラム/ベースに使用するソフト音源

 ドラムは、サンプル素材をAPPLE Logic Pro付属のソフト・サンプラーSamplerにアサインして打ち込みます。例えばハイハットにファミコンのノイズを使ったりすることもありますね。定番と言えるソフト音源は特にありませんが、プレイヤーが演奏しているような音を表現したいときは、ドラムにXLN AUDIO Addictive Drums 2、ベースにSPECTRASONICS Trilianを使うことが多いです。両者ともリアルなサウンドが気に入っています。逆にシンセ・ベースを入れたいときは、SPECTRASONICS OmnisphereやNATIVE INSTRUMENTS Massiveで、サブベースにはベース専用ソフト音源のROB PAPEN SubBoomBassなどを立ち上げています。

上モノに使用するソフト音源

 実機のKORG M1は1988年発売で、自分の中では当時ファミコンが世の中ではやっていた時期。そのころにM1の音もよく聴いていた印象があったので、今作『Domani』ではM1の音をちょくちょく使用しています。ほかにもいろいろなソフト・シンセを使っていて、先述のOmnisphereやVENGEANCE SOUND Avenger、REVEAL SOUND Spire、LENNAR DIGITAL Sylenth1、XFER RECORDS Serum、REFX Nexus 2、ROBPAPEN Predator2などが“シンセの一軍選手”と言えますね。

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ライブで使用するというPIONEERのDJセット。ミキサーの左側にはBUCHLA Electric Music Boxがスタンバイしている

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ビンテージ・シンセのRHEEM Kee Bass

レゲエとダンス・ミュージックの打ち込み感をうまく織り交ぜたアレンジが気に入っています

お気に入りのプラグイン・エフェクト

 EQやコンプなど基本的なエフェクトは、Logic Pro付属のものとWAVES製品が中心。特にWAVESではOneKnob Seriesとトランジェント・シェイパーのSmack Attackを多用していて、シンプルな操作感が素晴らしいです。ひずみ系エフェクトならIZOTOPE Trash 2。DADA LIFE Sausage Fattenerも心地良いサチュレーション感を付加してくれます。同社のEndless Smileも大好きで、EDMで定番のビルドアップ・エフェクトをワンノブでかけられるというプラグインです。自分はEDMにこだわらず、さまざまな曲調のトラックで曲の展開が変わる前に使用しています。手軽にサイド・チェイン・コンプ・エフェクトをかけられる、NICKY ROMERO Kickstartも愛用していますね。またMCDSP FutzBoxは文句無しのローファイ・エフェクト。よく、これをかけたトラックをレイヤーしたりもします。ディレイ・プラグインのAUDIOTHING Outer Spaceは、アナログ・テープ・エコーの名機ROLAND RE-201 Space Echoのサウンドをよく再現しているので重宝していますね。

最新作『Domani』について

 今作は1〜2作目よりもポップに作り、Logic Pro上で完結させました。どの曲もお薦めですが、個人的には「Third Sunrise」が特に好き。レゲエやダブのフィーリングとダンス・ミュージックの打ち込み感をうまく織り交ぜたアレンジが気に入っています。自分の音楽的ルーツを良い感じに表現できました。ちなみにボーカルのフォルマントはCELEMONY Melodyneで調整しています。「1912」はインディー・ロックと打ち込みをブレンドした切ない楽曲。これまで割とテクノっぽいトラックが多かったのですが、今作ではギタリストに参加してもらったのが新たな試みです。

『Domani』のマスタリング

 Chip Tanaka名義のアルバムは、今回を含めていずれもKIMKEN STUDIOのキムケン(木村健太郎)さんにお願いしています。自分はレゲエやサイケが好きで、割と重心が低い音楽を好むということをキムケンさんは理解してくれているため、あまり多くを語らなくてもよいのです。意思疎通ができているエンジニアだと話が早いですね。ただ、ノート・パソコンとスピーカーで聴いたときの印象があまり変わらないようにしてほしい、というオーダーはしました。結果として、その点もばっちりに仕上がったので大満足です。

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Chip Tanakaのシンセ・コレクション

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アナログ・シンセのMOOG Minimoog Model D

良い曲を作るために大切なこと

 水道水でも冷やせば“おいしい”と感じるように、自分は音楽を大音量で聴いたら何でも“格好良い”と言ってしまうタイプ。また、自分はエンジニアのように“何Hzがどうのこうの〜”という細かい話ができる人間でもありません(笑)。ただ、自分としては“耳の良い人=良い曲を作れる人”とも思わない。なぜなら、それらは全別軸にあるからです。これを言うとエンジニアに怒られてしまいそうですが、やはり良い曲というのは“人に感動を与えられるかどうか”が大事。細かい音質についてはその次で良いと思うのです。

国内外における“音のとらえ方”の違い

 自分はアメリカやイギリスのアーティストと仕事をした経験がありますが、国内と国外では音楽に対する価値観や感じ方が全く違うと感じました。どちらが正しいという話ではないのですが、例えばロックにしても、それが生まれた背景となる歴史やカルチャー、ルーツがあった上で“音楽”がある。それを国内に取り入れても“表面だけ”になる気がします。国内では民謡や演歌、純邦楽以外は、すべて外来の音楽なので仕方ない話なのですが、一番大事な“音楽への衝動”が抜けているような印象です。日本には楽器の演奏に長けた人や優秀なエンジニアが多いので、うまく協力して世界に通用する音楽を国内から発信できたらいいなと思います。

今後の展望

 60歳のときにChip Tanakaの1作目を発表し、今回が3枚目となります。あと2枚くらいは作品を出したいです。また、ゲーム音楽やアーティストへの楽曲提供も続けたいと思います。もしかしたら、裏方の方が自分の個性をより出せるかもしれないと考えているから。

Chip Tanakaを形成する3枚

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』
ザ・ビートルズ
(ユニバーサル)

 「異なる音同士をミックスするなど、曲作りに対する発想が豊かで、チャレンジ精神や意気込みも感じます。これぞ、時代を超えて生き残る音楽の強みでしょう」

 

『メタル・ボックス』
パブリック・イメージ・リミテッド
(ユニバーサル)

 「レゲエにハマるきっかけとなった一枚。ジャー・ウォブルに魅了されました。スリッツもそうですが、レゲエに影響を受けた当時のパンク・バンドの存在も大きいです」

 

『People's Instinctive Travels and the Paths of Rhythm』
ア・トライブ・コールド・クエスト
(Jive)

 「とにかく多彩かつ自由なサンプリングで構成されたトラックが格好良い。ブレイクビーツを軸とするヒップホップやハウスへの流れが最高です」

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