ネット上で多様な生い立ちのギターに触れ続けて確立したスタイルは
“弾けそう”と思ってもらえるリフとアンビエンスでぼかさない音像です
1996年生まれのシンガー・ソングライター、秋山黄色。2018年に発表した楽曲「やさぐれカイドー」や「猿上がりシティーポップ」がSpotifyバイラルチャート上位にランク・インし、ネット上で頭角を表した。憂鬱な心情を看破するストレートな歌詞と、それにリンクするようなシャープな響きのギター・リフ、感情をむき出しにしたライブ・パフォーマンスで世代を問わず人気を集めている。また、彼が楽曲のデモ制作を宅録で行っているのも特筆すべき点である。インタビュー後編では、2ndアルバム『FIZZY POP SYNDROME』の制作で行ったギターの録音方法と、独自の音作りに使用したプラグインを見ていこう。
Text:Mizuki Sikano
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楽曲制作においては宅録人間
ライブではバンドマンの精神が強くなる
ーギターの録音はどのように行っているのですか?
秋山 デモではオーディオI/OのRME Fireface UCXでライン録りをして、ギターとベース用のアンプ/エフェクト・シミュレーターのPOSITIVE GRID Bias FX 2を通しています。その後はさらにWAVES CLA Guitarsなどのエフェクトを使います。WAVES GTR3の中にWAHWAHというワウの動きをシミュレートしているモジュールがあって、よく使っていますね。踏んでいる動きと踏んでいない動きを交互に、手でオートメーションを描くんです。
ーライブでは足でワウ・ペダルを踏んでますよね?
秋山 そうですね。でも俺はギターの音作りをハードウェアのエフェクターやアンプとかでなく、できる限りDAW上で作りたいんです。頭の中の音像をいったん音源で作って、それを再現するための機材を買う順番になるんですよね。
ーでは、ライブのためにペダル類を買っているのですね。
秋山 これをやるとライブでの音源の再現度は低くなるんですけどね。ライブでは音が大きければ大きいほど気持ち良いし、ひずませて迫力のある音にするから、繊細さは薄れていくんですよ。俺は楽曲制作においては宅録人間という感じだけど、ライブではバンドマンの精神が強くなるので、マインドが変わってしまうんですよね。今後はそのギャップをなるべく減らすように努力したいです。
ーでも『FIZZY POP SYNDROME』のギターとベースは、アグレッシブで迫力のあるサウンドだと思いました。
秋山 『From DROPOUT』のときはアタックや硬質な響きを優先するためにも、あまりひずませなかったんです。でも作り終わった後に、次はライブのこともあるし、もうちょっとひずませても良いかもと思って。
ーリフにはアタックも十分感じられますが、デモ段階ではどうやってひずみとのバランスを取りました?
秋山 そこは音作りよりも、リフ作りからの注意が重要だったりします。休符を多めに設けると、指の力の止めとかが関係してアタックが生まれやすいですよね。16分休符を細かく入れると、後々EQやコンプでエディットするのでは出せないアタック感が演出できます。
デモのドラムのMIDI打ち込みには
XLN AUDIO Addictive Drums 2を使う
ーそのようにしてデモを作った後は、本チャンをレコーディング・スタジオで?
秋山 はい。デモ段階で作ったプロジェクトに忠実に録っていきます。アレンジャーに川口圭太さんが参加している楽曲は、オーディオ・データをいただいて俺がアレンジを加えたりもしてから、ステム・データをレコーディング・スタジオに送って録音する流れです。ベーシストの山崎英明さん、ドラマーの城戸紘志さん、ピアニストのモチヅキヤスノリさんには、完成したステムと彼らのパートのみのパラを俺が書いた譜面と一緒に送ります。その際にDAWのグリッド上で俺が表現し切れなかったノリがあるので、言葉でやりたいことを補足することもありますね。
ーデモのドラムはMIDIで打ち込んでいる?
秋山 ドラム専用ソフト音源のXLN AUDIO Addictive Drums 2を使って打ち込んでいます。具体的にはドラム・キットのプリセットをカスタムして、スネアだけ別のソフト・シンセの音をトリガーして使ったりするんですよ。ルーム・マイクだけをオンにして、それにディストーションをかけたりもします。そういった積極的に加工したサウンドを城戸さんに送るので、当然ながら相談が必要になる。レコーディング当日にはエンジニアの方にも“ここにディストーションをかけてルーム・マイクを多めにしたい”というのを説明した上で、楽器や機材を選んでいただきます。
ードラムも積極的に加工するのですね。
秋山 ルーム・マイクの音をひずませるみたいな試みができるのは、アレンジャーの川口さんの存在も大きくて。川口さんと俺が同調していることで、周囲の了承も済し崩しに得られたりしているときが多いです。
ー自分がしたい音作りを叶えるために、周囲の説得を要するシーンがあるんですね。
秋山 もう、死ぬほどありますよ(笑)。「アイデンティティ」のギター・リフについて俺は最初、もうちょっと高速のフレーズを弾こうと考えていたんです。でも、これだとテクニック自慢みたいなドヤ感が出てくるし、この曲では一番要らないんじゃないかという話になって。だから本チャンで一発録りを試して、最終的にそれが使われるということがありました。「ゴミステーションブルース」のアウトロのコーラスはもともと予定していなくて、“ここで事件起こそう”というのをレコーディングで思い付いて録音したんです。デモにも無かったので、最初ミックス・エンジニアの(井上)うにさんにお任せしたらビット・クラッシャーみたいなのでギュリギュリって人の声がぐちゃぐちゃになってるのを“これ良いと思うよ~”って出してきてくれて。でもそれは少し過激だったので、皆の意見も聞きつつバランスを調整していきました。デモは俺の作品だけど『FIZZY POP SYNDROME』は制作チーム全員の作品なので、皆が精神的に納得しているものを作る方が良いと思うんですよね。
「アイデンティティ」PROJECT WINDOW
上から一発録りされたボーカルが1本、ドラム専用ソフト音源のXLN AUDIO Addictive Drums 2を使って打ち込まれたドラムが2本、ベースが2本並んでいる。その下にはギターが12本と、ピアノが2本、Bメロやサビで存在感を放っているシンセ類は7本続く。イントロのDJスクラッチや下降音などオーディオ・サンプルのトラックはその下に並ぶ
次回作に向けて試している音作りは
スクラッチ音をワウ・ギターに重ねて鳴らす
ー「アイデンティティ」の冒頭ではDJスクラッチ音などが聴こえますが、これはどうやって?
秋山 あれはCubaseのファイル・ブラウザーMediaBayからインポートしたやつです。この音はよく使っていますね。単純な“キュッキュ”ではなく、フレーズっぽいのが良い。スクラッチが持つグルーブが好きなので、いつかアナログ・ターンテーブルを買って録音してみたいです。次回作に向けて試しているのが、スクラッチの音をワウ・ギターにバッキングっぽく重ねてみること。“チャカポコ”鳴っているその間を縫うように“キュキュキュキュ”って鳴らして、オートメーションでパンをめちゃ振ると格好良くて。意外にもスクラッチってオケに溶け込みやすいし、良い質感作りに役立つんです。それ以外の頻繁に使うサンプルは自分で作っているライブラリーがあります。例えばクラップは、宅録に使っているマイクNEUMANN TLM 102 BKで録って加工したもの。スタジオ録音の合間に、音を録ってそのデータをもらって家で加工したりもしましたね。
ー鍵盤楽器の音源は何を使っているのですか?
秋山 ピアノはSYNTHOGY Ivory 2で、シンセはREFX Nexus 3をメインで使います。プリセットから選んで使うのですが、クリックしたときにデモ・ソングが流れるんです。自分で弾いて確認する手間が省ける上に、その音が結構格好良いのも魅力です。
ーアレンジも含めて楽曲制作には、今後もソフト音源をメインで使っていこうと考えていますか?
秋山 その予定なんですけど、最近は楽曲でMELLOTRONの音を使うのが好きで。これあまり気付かれていないのですが、実は『From DROPOUT』に収録している「モノローグ」のストリングスっぽい対旋律には、MELLOTRONの音色にエレキギターを重ねた音を使っています。なのでMELLOTRONは実機が欲しい……と考えたりしますね。
インタビュー前編では、『FIZZY POP SYNDROME』のコンセプトや宅録スタイルについて伺っています。
Release
『FIZZY POP SYNDROME』
秋山黄色
(ソニー)
- LIE on
- サーチライト
- 月と太陽だけ
- アイデンティティ
- Bottoms call
- 夢の礫
- 宮の橋アンダーセッション
- ゴミステーションブルース
- ホットバニラ・ホットケーキ
- PAINKILLER
Musician:秋山黄色(vo、g、k、prog)、山崎英明(b)、城戸紘志(ds)、モチヅキヤスノリ(p)
Producer:秋山黄色、川口圭太
Engineer:井上うに、Keita Joko、田宮 空
Studio:クレジット無し
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