秋山黄色 インタビュー【前編】〜『FIZZY POP SYNDROME』のコンセプトや使用ギターとともに宅録スタイルの制作手法を掘り下げる

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ネット上で多様な生い立ちのギターに触れ続けて確立したスタイルは
“弾けそう”と思ってもらえるリフとアンビエンスでぼかさない音像です

1996年生まれのシンガー・ソングライター、秋山黄色。2018年に発表した楽曲「やさぐれカイドー」や「猿上がりシティーポップ」がSpotifyバイラルチャート上位にランク・インし、ネット上で頭角を表した。憂鬱な心情を看破するストレートな歌詞と、それにリンクするようなシャープな響きのギター・リフ、感情をむき出しにしたライブ・パフォーマンスで世代を問わず人気を集めている。また、彼が楽曲のデモ制作を宅録で行っているのも特筆すべき点である。今回はそんな秋山に取材を敢行して、2ndアルバム『FIZZY POP SYNDROME』のコンセプトやデモ制作の方法に加え、彼が宅録のスタイルを好む理由を使用機材とともに掘り下げて行く。

Text:Mizuki Sikano

 

頭で曲の全体像をイメージしてから
DAW上に具現化させていくんです

ー『FIZZY POP SYNDROME』はユニークなタイトルですが、どういう意味なのでしょうか?

秋山 直訳だと“炭酸症候群”という意味ですが、ここにおける炭酸はお酒を割るためのものを指してます。本当は1stアルバム『From DROPOUT』のように、世間よりも自分が分かれば良いという尖った精神で取り組みたいと思っていました。俺みたいな趣味の延長線上で音楽をやってる人間が、他人を助けるみたいな高尚なことをやろうとするのは間違ってると思ってきたから。でも、2020年は特殊でやばい年だったし、俺にもできる程度の明るい音楽を届けたい気持ちになって。聴き手の不健康な感情を薄める程度なら俺にもできるかなという思いで名付けました。

 

ーそのコンセプトに従って作り始めたのですか?

秋山 俺の曲は歌詞が重いけれど、作曲の始まりは“良いギター・リフできちゃった”だったりするんですよね。

 

ー楽しく作っているのがうかがい知れます。

秋山 録音が楽しいですよね。

 

ー曲作りはギターから始めるのですか?

秋山 頭の中に曲の全体像をイメージして、それをDAW上に具現化させていくんです。アイディアが出てこないときはギター・リフを幾つも録音しては消してを繰り返します。でもそれは、ギターをとりあえず弾いて何か良いアイディアが出てこないかを試しているだけで、あくまで作曲は頭の中のイメージ通りに行うことが多いです。

 

ー秋山さんは歌も歌われますが、デモはトラックから作ることが多いのでしょうか?

秋山 大体イントロから順番に作り始めますね。頭の中のイメージは結構解像度が高くて、イントロやサビなどのパート構成や音色までイメージできています。浮かんだアイディアから録る人も居るけれど、俺がそれをやるとコンセプトから外れたものができてしまうんです。

 

ーとりあえず録り始めたりはしないと?

秋山 意識的にしないように決めたんですよね。以前に勢いで録ったギター・リフを軸にデモを作って、後で“これで良いや”って改良もせずに使っちゃったことがあって。後から、良くないことだったんじゃないかと思ったので。

 

ー『FIZZY POP SYNDROME』のどの曲も、印象的なフレーズをエレキギターが担っている印象です。

秋山 子供のころからエレキギターにあこがれを抱いてきて、今もギターが大好きなんです。俺は1996年生まれなので、ボカロを筆頭にネット上の膨大な曲で多様な生い立ちのギターに触れ続けてきました。打ち込み音楽におけるギターは時代によって鳴り方が変化してきていて、生っぽい音質になったり、単純に演奏技術が優れていったり……もう現代では一通り出切ったんじゃないかと思うんです。

 

ーそれらに触れながら、秋山さんは自分のギター・スタイルを確立していったんですね。

秋山 俺は聴き手の共通意識の中にありながらも、あまり聴かないリフを弾くことに重点を置いています。“弾けそう”と思ってもらうために、超絶技巧もしません。音もアンビエンスでぼかしたりせずにはっきりと鳴らします。影響を受けたのは、凛として時雨「Telecastic fake show」のイントロのギター・リフです。最近は1曲丸々ギターをコピーしたりしませんが、高校生のころは軽音部の友人とコピバンをやったりもしていました。

 

ー宅録はバンドと比べると孤独な作業だと思うのですが、なぜそちらのスタイルになったのでしょう?

秋山 自分で作る方が速かったからですね。宅録を始めた理由は結構、根深くて。高校生のころ友達とSkype通話をしながらゲームをするために、TASCAMのオーディオI/O、US-122を買ったんです。それにSTEINBERG Cubaseが付属していて、後から“録音できる”と知って試しました。中学生のころ買って放置していたベースを出してきて、録ったらすごくよく録れて……後から思うんですけど、この瞬間に人生のほとんどが決定したなと思います。

 

ー今でもその瞬間が脳裏に焼き付いている?

秋山 流れてきた音がCDで聴く音とほとんど変わらなかったんですよね。宅録機材が発展して、ベースが家でも奇麗に録れるってだけかもしれないけれど。そのときに“プロと同じ筋肉の挙動をすれば、プロと同じ音楽が家で作れるんだ”と思えた。っていうことは“プロの歌手になれる!”って頭の中に火花が散ったんですよ(笑)。興味のあるものに手当たり次第手を出してきた俺にも、やっと長続きしそうな趣味ができたんだと思ってうれしかったです。もし、あのときのベースの音質が悪かったら、きっと今ミュージシャンをやっていなかったと思います。

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秋山黄色のデスク周り。ディスプレイのサイドに置かれているモニター・スピーカーはFOSTEX NF-01A。その手前にはMIDIキーボードのNEKTAR TECHNOLOGY Impact LX49+とヘッドフォンのSONY MDR-CD900ST、マイクのNEUMANN TLM 102 BKをセット。左奥にはM-AUDIO Keystation 88 MK3も見える

主要なDAWを一通り試してみた結果
肌に合うのはPRESONUS Studio One

ー最初に使ったDAWはCubaseだったとのことですが、現在使用しているDAWは何でしょうか?

秋山 今はCubaseとStudio Oneをどちらも使っています。効率の良い方法を探すために、主要なDAWは一通り試してみたんです。その結果、一番肌に合うDAWはPRESONUS Studio Oneだと分かりました。俺みたいなバンドマン気質の人間には、Studio Oneの無駄を省いた操作性だったり、動作の速さが相性良いんです。

 

ーでは、CubaseとStudio Oneをどのように使い分けているのでしょうか?

秋山 どっちもバージョン・アップを重ねて機能が豊富になってきたのと俺が慣れてきたのもあって、両方同じくらい使うようになりました。単純に録音するだけのときにはStudio Oneを使う方が速いんですけど、エディットは使い慣れているCubaseで作っていた時期もあります。俺はほとんどのエフェクトでオートメーションを細かく描くので、その操作がCubaseで慣れているから別のDAWで思い通り動かせなかった時期があって。ちょっと前は、大事な曲をCubaseで作って、実験したいときはあえて使い慣れていないStudio Oneを使うようにしていました。

 

ー“実験”というのは?

秋山 『FIZZY POP SYNDROME』は“ポップス”と銘打った分、邦楽ポップスというステージの制限はあるわけで。でも、俺は聴いたことのないポップスを作りたかった。例えば最近の邦楽ポップスではジャンル・ミックスをする風潮もあって、変な表現がやりやすい時代になったと思うんです。俺は実験もするけど聴き手に変だとは思われたくない。だから、例えば「夢の礫」のサビ終わりの間奏からCメロに差し掛かるところで6/8拍子になるところがあるんです。96BPMくらいの緩いテンポ感だと普通は変拍子に気付かれますよね。でも、聴き手はテンポの変化に気を取られると、歌詞を聞きそびれたりするかもしれない。だから、俺はここでいかに“拍子が変わった”と思わせないか……っていうのを頑張るんです。

 

ー具体的にどう工夫しましたか?

秋山 拍子が変わる前後の音のバランスを調整するために楽器の引き算をします。まず間奏のピアノはがっつり切って、そのままつなげないようにする。あとは普通ならばピッタリ小節が終わるタイミングで次へ展開するけれど、その後の2Aのボーカルを前半にはみ出させるんです。次に間髪入れずにボーカルとピアノ伴奏を入れることで、自然に変化させました。そういう工夫をすれば、ポップスのフォーマットに必ずしも従う必要は無くなってくる。

 

ーそれは、普段からポップスのフォーマットで作るべきという制限が設けられている中で思い付いたのですか?

秋山 この曲が自分のこだわりを詰め込む意図で作る曲ならば、別にフォーマットを意識しなくても良かったんです。でも「夢の礫」は『映画 えんとつ町のプペル』の挿入歌なので、多少の制限はありました。結局フル尺で使われましたが当初はそれも決まっていなかったので、映画スタッフの方が“全部流した方がいい”と思うものを作りたかった。1コーラスが完成した後に、ここにしか現れないCメロを作ろうと思った理由はそれです。想像できる展開は、今回の仕事ではマイナスになることだったので。

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デスク周辺に置かれたギターとベース。左からMOSRITEのエレキギターや、赤色のTOKAI ATH-GPが並び、 TOKAI AJB97と思わしきエレキベースも見える

≫≫≫後編に続く(会員限定)

 

インタビュー後編 (会員限定)では、最新作の制作で行ったギターの録音方法や音作りに使用したプラグイン、DAWのプロジェクト・ウィンドウを見て行きます。

www.snrec.jp

 

Release

『FIZZY POP SYNDROME』
秋山黄色
(ソニー)

  1. LIE on
  2. サーチライト
  3. 月と太陽だけ
  4. アイデンティティ
  5. Bottoms call
  6. 夢の礫
  7. 宮の橋アンダーセッション
  8. ゴミステーションブルース
  9. ホットバニラ・ホットケーキ
  10. PAINKILLER

Musician:秋山黄色(vo、g、k、prog)、山崎英明(b)、城戸紘志(ds)、モチヅキヤスノリ(p)
Producer:秋山黄色、川口圭太
Engineer:井上うに、Keita Joko、田宮 空
Studio:クレジット無し