高谷史郎が語る坂本龍一との制作 〜『LIFE』『async』、そして”設置音楽”と『TIME』

高谷史郎が語る坂本龍一との制作

「思いつきだけどね」と書かれたE-Mailが送られてきても、坂本さんの中ではすごく考えられている

 2023年3月28日に坂本龍一さんが他界されて、1年を迎えた。この追悼企画では、ソロ作品を中心に坂本さんと共作したミュージシャンやクリエイター、制作を支えたエンジニアやプログラマー、総計21名の皆様にインタビューを行い、坂本さんとの共同作業を語っていただいた。

 京都を拠点に活躍するアートコレクティブ=DUMB TYPEの中心人物であり、個人としても優れた映像/舞台作品を作り続ける高谷史郎。21世紀に入ってから坂本が音楽からアートに越境していくに際し、非常に重要なコラボレーターとなった高谷に、坂本との作品制作について尋ねてみることにしよう。

トライだけだと面白くない。実験的でやり逃げみたいなのは嫌だ

——高谷さんが最初に坂本さんにお会いになったのはいつ頃でしょうか?

高谷 1990年の『BEAUTY』ツアーで坂本さんが大阪のフェスティバルホール公演に来られたとき、浅田(彰)さんに紹介していただいたのが最初です。

——坂本さんはDUMB TYPEをご存じだったのですか?

高谷 はい。メンバーの古橋(悌二)が坂本さんや中谷(芙二子)さんが審査員をやられていたビデオアート・コンペティションに出品していて、それでDUMB TYPEのことも知ってました。その後『S/N』を上演した際も見に来てくれました。

——高谷さんが実際に坂本さんと一緒にお仕事をするようになったのは?

高谷 古橋が亡くなった後、1997年にDUMB TYPEは『OR』という作品を作ってツアーをしたんですけど、オーストリアのメディアアート・フェスティバル『アルス・エレクトロニカ』でも上演したんです。坂本さんも岩井俊雄さんとの『Music Plays Images × Images Play Music』というパフォーマンスをやるために来られていて、そのときに「1999年にオペラをやるんだけど、映像をやってくれない?」と頼まれました。

——『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』というタイトルで大阪城ホールと日本武道館で上演された作品ですね。オペラと呼ばれていたものの『LIFE』はマルチメディアパフォーマンス的な作品で、舞台でたくさんの映像が映し出されました。20世紀を代表する人物……チャーチルやオッペンハイマーによる歴史的な演説のアーカイブのほか、ローリー・アンダーソンやピナ・バウシュのインタビュー映像もありました。それらの映像は高谷さんが撮影されたものだったのでしょうか?

高谷 そうですね、ピナの映像は、彼女が京都に来たときに僕が撮影しました。もちろん、全部の映像を僕が撮影したわけではなく、例えばイギリスでの撮影は、イギリスの友人に頼んだりもしました。

——撮影された素材や、過去の映像を編集するにあたって、坂本さんからはどういうディレクションがあったのでしょう?

高谷 ディレクションという意味ではほとんどなく……というのも、最初にどんな映像を使うかをリストアップする時点で、浅田さんをはじめとする『LIFE』の主要メンバーでミーティングをしていたので、編集についてはある程度任されていたんです。坂本さんってあまり細かいことは言わないんですよ。言わないと分からないことだったら言っても分からないと思ってらした。そういうのってセンスじゃないですか……任せて、できたものが気に入らなかったら、その人を選んだ自分のミスだって思ってらしたんじゃないですかね。

——その辺りははっきりされていたのですね。

高谷 あと「トライっていうのはすごく重要だけど、トライだけだと面白くない」ということもよくおっしゃってました。結果としていいものができてないなら、それはやらない方がいいんだと。そういう意味では厳しかったですね。「実験的でやり逃げみたいなのは嫌だ」ってよく言われました。坂本さんは結構直感的なところがあって、この方向性はダメだなと思ったらスパっとやめて、こっちにしましょうっていうのを的確に指示してくるイメージ。「思いつきだけどね」と書かれたE-Mailが送られてくることがよくありましたけど、坂本さんの中ではすごく考えられているっていうか、いい加減なことを提案されたことはないです。その辺が天才というか、僕たちとは違う密度で考えていた方なんだと思います。

坂本さんはずっと“時間って何なんだろう?”と考えていた

——オペラ『LIFE』の上演から8年後の2007年、高谷さんは坂本さんと山口情報芸術センター(YCAM)でそのインスタレーション版……『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』と題した作品を制作されました。

高谷 はい。オペラ『LIFE』は東京と大阪の2カ所の公演だけで終わったので、そのときの素材をもとにCD-ROMを作ろうという話があったんです。でも、僕としては今ひとつピンと来なくて……パソコンのモニターの中で見るものではないんじゃないかと。あと、CD-ROMみたいなものにすると、見られなくなることがあるじゃないですか。実際、昔たくさん作られたCD-ROM作品って今では再生できないですよね。それでインスタレーションだったら展示ごとに自分たちが関われるので、いいんじゃないかなと。

2007 年5月号より、『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』のレポート。坂本と高谷による、 リニアな時間軸とは異なる表現の追求が、ここから始まったことがうかがえるインタビュー

2007年5月号より、『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』のレポート。坂本と高谷による、 リニアな時間軸とは異なる表現の追求が、ここから始まったことがうかがえるインタビュー

——坂本さんにとっては初めての大がかりなインスタレーション作品になったわけですが、当時の坂本さんはどう捉えていらっしゃったのでしょうか?

高谷 新たな音楽の聴き方を提示できるのを面白いと思われていましたね。それまで坂本さんがやっていた音楽は始まりがあって終わりがある……当たり前ですけど時間軸に縛られたものでした。そこから離れたものを作りたいというのが一つの目標だったと思うんです。それって昔、大森荘蔵さんと対談された『音を視る、時を聴く』(1982年)という本の中でもおっしゃっていたことで、坂本さんはずっと“時間って何なんだろう?”と考えていたんだと思います。なのでインスタレーションのような始まりもなく、終わりもない、多層的な時間軸で作品を作れるようになったのはとても大きなことだったと思います。

——インスタレーション作品に通じるものとして、高谷さんと坂本さんは『庭園シリーズ』という京都のお寺でパフォーマンス的なライブをされましたよね。

高谷 2005年に法然院、2007年には大徳寺でやりました。坂本さんは大きな会場で何千人、何万人を前にPAを仕込んでコンサートをするのとは対極的に、少人数にきっちりと聴いてもらうことで、人間とコミュニケーションするシステムを実験したかったんだと思います。

2007年9月号より。庭園シリーズvol.2 laptop[実験]ライブ:sound x intallationのレポート

2007年9月号より。庭園シリーズvol.2 laptop[実験]ライブ:sound x intallationのレポート

——それでお寺という場所/空間を選ばれたのですね。

高谷 はい。法然院も大徳寺もお寺の庭を前にしながらのパフォーマンスで、法然院のときは坂本さんと僕とがそれぞれ用意した音源と映像を流すというものでしたが、大徳寺のときは『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』を作った後ということもあり、もっとインスタレーション的なものになりました。僕は映像を用意するのではなく、モーターを仕込んだ鏡を庭に設置してさまざまな景色を映し取り、坂本さんは環境音のような音を再生する……実際に風がそよいで庭の木々が鳴る音や、外のクルマの音とかが坂本さんの出す音と混ざって、聴こえているのがスピーカーから出ている音なのか実際の環境音なのか、分からなくなりましたね。

——環境音というか非楽音的な音は、坂本さんが2017年にリリースしたアルバム『async』で多く使用されていることになりました。そのためかアルバムリリースに合わせたコンサートは行われず、『設置音楽展』と題した展示を高谷さんと一緒にワタリウム美術館で開催し、その後NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]でも『設置音楽2 IS YOUR TIME』という展示を行い、いずれも『async』の曲をマルチチャンネルで再生するのがメインとなっていました。

高谷 両方ともマルチチャンネル再生をしていますが、内容としては全く違うインスタレーションですね。『設置音楽展』(『async-drowning』)はその後『async surround』としてBlu-rayで発売されたように5.1chのフォーマットに則ったものですが、『設置音楽2 IS YOUR TIME』は14本のスピーカーを使い、チャンネルベースというよりは『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』のときのように、それぞれのスピーカーが独立した音を出すようにしています。スピーカーはほとんどがmusikelectronic geithainのものだったんですが、坂本さんがネットオークションで落札したBRAUN製の古いラジオも加え、そこから時折声が再生されるようにしてありました。というのも、坂本さんにとって声がスピーカーから出るのは必然性が無く、ラジオから聴こえてくるのだったら不思議ではないという感覚なんです。どこから何の音が聴こえてくるかということをすごく気にされていました。

——『設置音楽2 IS YOUR TIME』では、ミュージシャンが会場中を巡りながら演奏するというパフォーマンスも行われていましたが、それらもあえてPAで拡声せず、それぞれの楽器の立ち位置から音が聴こえてきました。

高谷 はい。2013年にYCAMで坂本さんと『water state 1』というインスタレーションを制作したとき、笙奏者の宮田まゆみさんとスペシャルコンサートをしたんです。そのコンサートで宮田さんが笙を演奏しながら会場を移動していったことがあって、それを見た坂本さんがとても感動されていました。音源が移動していくっていうことが面白いと思ったんでしょうね。音源の移動をスピーカーでやる場合、ファントムセンターのような音像定位方法になりますけど、そういうバーチャルなやり方ではなく、スピーカー一つ一つにそれぞれの楽器が対応していることをやりたくなったんだと思います。

やるべきことをやる時間に使わないといけない。坂本さんはそれを実践されたような気がする

——3月から坂本さんが高谷さんと制作した最後のシアターピース『TIME』が日本で上演されます。坂本さんの著書『僕はあと何回、満月を見るだろう』(2023年)に「パフォーマンスとインスタレーションが境目無く存在するような舞台芸術」として準備したと書かれ、2021年にオランダで初演されました。その初演の反省点として「本当は作品の中身や長さが、毎日即興的に変わっていくものを構想していた」とも書かれています。今回の公演は即興性が盛り込まれるのですか?

高谷 日本公演のときに坂本さんが元気になられていたら、こうしましょうという話はしていました。坂本さんがランダムネスを生成する装置として……不確定要素というか……。けれども、坂本さんがいない今となっては、そのような即興性を盛り込むことは難しいです。ただ、『TIME』に出演するダンサーの田中泯さんや笙の宮田まゆみさんと話していると、パフォーマンスって毎回同じではない、違うんです。宮田さんからすると上演前から音楽は鳴っていて、終わってもまだ続いている。泯さんもお客さんの前に出る前から踊っている。お客さんはその中の一部だけを見ているということなんです。そういう意味で日本上演する『TIME』は初演のオランダの再演ではなく、お客さんと共有するドキュメンタリーなんです。そのとき起こっていることに対応しながら、どんどん変化していくもの。人はそれぞれが見たいものしか見ていない……舞台にしろ何にしろですけどね。生きている以上、自分の中に無いものは見えないし、聴こえない。人は時間というものをこういうものだと思って見ているから、そういうものに見えるけれど、それは人間の脳の特質でそうなっているだけで本当は時間は無い……一直線の時間というものは無いととらえた方がいいというか、そうやって捉え直してみると生きているっていうことも面白いと思いますし、やらないといけないことも明確になってくるような気がするんです。一定の時間があってそれを潰していくだけの人生じゃなくて、やるべきことをやる時間に使わないといけない。坂本さんはそれを実践されたような気がするんですよね。

——そのように坂本さんとはいろいろな現場を共にされた高谷さんにとって、一番好きな坂本さんの作品は何でしょうか?

高谷 うーん、どれも好きなんですけど『async』か『12』かな。『12』は、先日『Tangent』というパフォーマンスを制作したのですが、その舞台で『12』に収録されている曲を結構使わせてもらっているんですけど、やっぱりすごく坂本さんらしい音の出方……ほかの人には本当に作れないなと思いますね。それでも、あえて1枚を選ぶとしたら、やっぱり『async』ですね。すごく聴き込んでいて思い入れも深い。アートワークを頼んでもらったっていうこともありますし、ワタリウム美術館で『設置音楽展』をやったり、最近では『AMBIENT KYOTO 2023』で『async - immersion』という展示もやりました。ニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーでの『async』コンサートの映像を担当したり、シンガポールでは僕のパフォーマンス『ST/LL』のセットで翌日に坂本さんがコンサートをしたこともありました。『ST/LL』のセットを使った『async』のコンサート版を香港や台湾で上演しようと計画していたのですが、COVID-19と病気の再発で実現できなかったのが本当に残念ですね。

【高谷史郎】1963年生まれ。大学在学よりDUMB TYPEの活動に参加。さまざまなメディアを用いたパフォーマンスやインスタレーション作品の制作に携わる。1998年からDUMB TYPEの活動と並行して個人の制作活動を開始。今年2月には新作パフォーマンス『Tangent』をロームシアター京都で上演した。坂本とは『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』の映像演出、『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』(2007年)をはじめとするインスタレーション『async』(2017年)のアートワーク制作など共作多数。3月〜4月には坂本と制作したシアターピース『TIME』の日本初演が東京と京都で控えている

【特集】坂本龍一~創作の横顔

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