中島ノブユキが語る坂本龍一との制作 〜『八重の桜』、そして大きく影響を受けた『CASA』

中島ノブユキが語る坂本龍一との制作

『八重の桜』ではメインテーマに込められているものを、劇伴部分にきちんと反映をしてほしいとリクエストされました

 2023年3月28日に坂本龍一さんが他界されて、1年を迎えた。この追悼企画では、ソロ作品を中心に坂本さんと共作したミュージシャンやクリエイター、制作を支えたエンジニアやプログラマー、総計21名の皆様にインタビューを行い、坂本さんとの共同作業を語っていただいた。

 作曲家/ピアニストの中島ノブユキは、ジェーン・バーキンとの共演を機にパリに拠点を移し、クラシック/ポピュラーのジャンルにとらわれないシームレスな活動を続けている。小学生時代から坂本を師と仰いでいたという中島から見た坂本龍一の音楽の神髄を語っていただくことにしょう。

坂本さんのデモはベタ打ちでも、旋律の組み合わせでもう音楽ができていた

——中島さんが坂本龍一という存在を知ったのはいつ頃のことでしょうか?

中島 小学生のときですね。姉がYMOを聴いていたので知った感じです。存在を知って以降は自分にとって音楽の師……もちろん直接師事したわけじゃなく一方的なものですが。

——当時から将来は音楽家になろうと思っていらした?

中島 家が音楽教室をやっていたこともあって、音楽は日常の中にありました。父親が演歌の作曲をやっていて、演歌を作るには演歌だけ聴いてちゃダメなんだみたいなことをよく言っていて、いろんな音楽を聴いていました。だから将来は音楽家にという意識はあったかもしれないですね。

——英才教育を受けているような家庭環境だったと。

中島 英才教育というほどではなく、まあピアノとオルガンを習う程度でした。ただ、当時テレビで放送していたテレビシリーズで有名な「コンバット・マーチ」って曲があるじゃないですか。小学生のときにあれを耳コピしてピアノで弾いてるのを父親が見て本格的に音楽をやらせてみようということになったのかもしれません。それと、当時はYMOの皆さんが雑誌やラジオで、ご自身が若い頃に聴いていた音楽を紹介されていることが多く、世の中にはいろんな音楽があるんだなと実感していました。

——そこで紹介されていた音楽では、どんなものに影響を?

中島 一番衝撃を受けたのが、坂本さんがNHK-FMの『サウンドストリート』でかけたジョアン・ジルベルトの「エスターテ」。『AMOROSO(イマージュの部屋)』というアルバムに収録されている曲で、オーケストレーションをクラウス・オガーマンが担当しているんですけど、坂本さんがその編曲の美しさを讃え、「正座して聴いています」みたいなことを話していたのを記憶してます。その美しさにびっくりしてエアチェックしたテープをひたすら聴き返しました。ギターと声だけでも成立しているのですが、その声とギターの居場所が確保されるようにオーケストラ編曲が完全に計算されているのです。

——オーケストレーションの魅力に坂本さんが気づかせてくれたのですね?

中島 まさにそうですね。それ以前は、編曲というと単に音を埋めるためのものだと思っていたのが、実は音楽の中で作詞や作曲と同様に占めている割合が高い……オーケストレーションとは空間と時間を司るものなのだということに気づかされました。

——実際に中島さんが坂本さんと初めて会ったのは、2013年に放映されたNHKの大河ドラマ『八重の桜』の制作のときでしょうか?

中島 それ以前に坂本美雨さんのコンサートや楽曲制作でアレンジを担当したことがありますから……もしかしたら存在は知ってくれていたかもしれません。でも、直接のやり取りという意味では『八重の桜』が最初です。

——『八重の桜』はメインテーマを坂本さんが作曲され、それ以外の劇伴を中島さんが担当されていますが、どういう劇伴にするか、坂本さんからのオーダーはあったのでしょうか?

中島 そうですね、もちろんありましたが、リクエストと言ってもこうやってほしい、ああやってほしいという細かなリクエストではなく、「メインテーマに込められているものを劇伴部分にきちんと反映をしてほしい」というものでした。坂本さんが作曲したメインテーマの中には3つの要素があったんです。1つは八重という女性の人物像、もう1つは八重の生きた時代、そして最後の1つは八重の動き……しずしずと歩くときの絹ずれの音というか、八重が生きているということを音型化したもの。その3つの要素がメロディとしてメインテーマの中に入っているので、それらを元にして劇伴で運用してほしいというのが坂本さんのリクエストだったんです。

——全体の設計図が坂本さんの中にあったのですね。

中島 はい、そういうリクエストをいただいたので、僕自身のメロディ、つまり劇伴部分を作るときも、坂本さんのメインテーマがその対旋律として聴こえてきたり、さりげなく緩やかに引用したりと見え隠れするような形で作曲を進めました。これはオペラの“ライトモチーフ”という技法ですが、大河ドラマのような大規模な作品で僕自身実践してみたかったことでした。

——坂本さんが作曲されたメインテーマはNHK交響楽団が演奏し、番組で使われました。中島さんにはオーケストラ録音が終わった形でメインテーマが渡されたのですか?

中島 いや、オーケストラがレコーディングする前のデモの段階のときに聴かせてもらいました。そのデモはオーケストラ音源できっちりシミュレーションしているものではなくて、たぶん楽譜作成ソフトの付属音源で鳴らしたものでした。弦に抑揚はないし、パーカッションも平坦。データとしてはいわゆるベタ打ちでした。にもかかわらず、旋律の組み合わせで、もう音楽が出来上がっている……主旋律だけが聴こえてきて後はその他ではなく、いろんなメロディの組み合わせが偶発的に響きを生み出して音楽の流れを作っているという構造が、ベタ打ちのシンセの音であったにもかかわらず既に聴こえてきたんですね。この時点でこれだけ豊かなら、本物のオーケストラで演奏すればとてつもないものになりますよね。実際、メインテーマのオーケストラ録音に立ち会わせていただいたんですが、さすが!という音でした。この体験があったので、それ以来僕も編曲段階ではシミュレーション音源を使うことはやめ、GM音源で打ち込んでいます(笑)。

NHK大河ドラマ『八重の桜』(2013年)の劇伴録音時、NHK509スタジオでピアノの録音に臨む中島。509スタジオは『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』の収録でも使われた部屋だ

NHK大河ドラマ『八重の桜』(2013年)の劇伴録音時、NHK509スタジオでピアノの録音に臨む中島。509スタジオは『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』の収録でも使われた部屋だ

NHK 506スタジオでの『八重の桜』オーケストラ録音のセットアップ

NHK 506スタジオでの『八重の桜』オーケストラ録音のセットアップ

『CODA』を聴いて『戦場のメリークリスマス』がここまで感情的に奏でられるんだと驚いた

——しかし、小さなころにあこがれ、編曲の素晴らしさに気づかせてくれた人が作ったメインテーマを編曲するというのは、相当緊張する作業だったのではないですか?

中島 緊張はなかったです。坂本さんってあまり緊張させない方じゃないですか。何て言うか大きな真っ白なキャンバスを与えられたような気持ちの中で仕事をさせてもらえました。楽しい、豊かな時間でしたね。

——『八重の桜』の劇伴を作るとき、スコアの段階で坂本さんに提出してチェックしてもらったのでしょうか?

中島 チェックということはなかったですが、ありがたいことに「これいいね」って言っていただいた曲もあったり……それが全く坂本さんのメロディを使ってない曲だった(笑)。すごくフラットな方なんですよね。「これはアンリ・デュティユーの影響?」「図星です」というようなやり取りもありました(笑)。

——それにしても絹ずれを音型にしてメインテーマを作るという作曲家はなかなかいないですよね。

中島 ええ、いないと思います。やっぱり映画やドラマの音楽は感情をかきたてる方に向かうじゃないですか。でも、音楽によって感情をかきたてるのって、ある意味簡単なことだと思うんです。坂本さんは登場人物の小さなエレメントの組み合わせとか堆積したものが音に結晶していけばいい、ということを考えていたんじゃないかなと僕は解釈しました。

——坂本さんが最初に手掛けられた映画音楽である『戦場のメリークリスマス』は、今あらためて聴くと割と感情主導な気がします。それが後年の『レヴェナント:蘇えりし者』になると、音楽なのか効果音なのか、もしくはロケーションサウンドなのか区別がつかないようなものになっていきますよね。

中島 確かにそういう部分もあるかもしれないですけど、僕は『戦場のメリークリスマス』も『レヴェナント:蘇えりし者』も、抽象性の高さという点で地続きのものだと思っています。そもそも『戦場のメリークリスマス』はシンセサイザーで作られた音楽だというのが大きいと思うんですけど、音の一つ一つがすごく抽象的。ガムランも本物のガムランでやってるわけじゃない。すごく抑制された音の要素によって組み上げられているように聴こえていました。『戦場のメリークリスマス』の曲を坂本さんがピアノで演奏した『CODA』(1983年)というアルバムがありますよね?あれを聴いたとき、あんなに抽象的だった『戦場のメリークリスマス』が、ここまで感情的に奏でられるんだということに、逆にびっくりした記憶はあります。

——ピアノという伝統的な楽器で奏でられることにより、音色ではなく旋律や和声が見えてきた?

中島 はい、旋律の流れや内在していた情感が見えてきました。そして、ハーモニーもただぶら下がっているのではなく、あの『戦場のメリークリスマス』のような抽象的な音楽ですら、旋律が多層的に重なっていくことでハーモニーが生まれていくような構造になっていたことに気づかされましたね。多分、坂本さんは最初期から旋律というものをくっきり描かなくても響きの推移によって音楽は成立するんだっていう、ドビュッシーに象徴されるようなフランス印象派の音楽の作り方に親和性を感じていたんだと思います。しかし、それと同時に坂本さんのすごいところは並外れたメロディメイカーでもあったことですよね。『シェルタリング・スカイ』のメインテーマのようにメロディの強さが際立っている作品も数多いですし、そういった強いメロディだからこそ、映画の中でどのように変奏されようがその音楽の強さは失われないのだと思います。

『CASA』がなければ僕の1stアルバム『エテパルマ』は生まれてなかったと言っていい

——中島さんにとって一番好きな坂本さんの作品は?

中島 大好きな作品がたくさんあるので悩みますが、僕にとって重要だったという意味ではMorelenbaum2/Sakamotoの『CASA』(2001年)です。というのも、僕の1stアルバム『エテパルマ ~夏の印象~』はこの『CASA』がなければ生まれなかったと言っていいので。

——『CASA』はアントニオ・カルロス・ジョビンの曲をピアノ、チェロ、歌によるアンサンブルで演奏した作品ですよね?

中島 はい、そうです。ただ、単にボサノバをカバーしたアルバムではないと感じています。当時、『CASA』の販促用に小冊子が配布されていて、そこに坂本さんが各曲ごとの解説を書かれていました。“室内楽的な要素が強い曲です”とか“ドビュッシーの前奏曲の中の1曲をちょっと取り入れています”とか、あるいは“メロディだけを取り出したらシューマンの歌曲のようで……“とか。僕はそれを読んだときに、このアルバムはボサノバ楽曲のアルバムなんだけど、坂本さんはそれをドビュッシーとかと結びつけ、室内楽的……クラシック音楽のフォーマットの中で再構築しているんだということが分かったんです。そして、このアルバムを聴き込んでいたとき、イーストワークスというレーベルのディレクターだった高見(一樹)さんが、アントニオ・カルロス・ジョビンの『トム・カンタ・ヴィニシウス』というアルバムを何の前触れもなく僕に送ってきた。ヴィニシウス・ヂ・モライスっていうボサノバの作詞家として有名な人が、実はいい曲もたくさん書いていて、それをジョビンが取り上げているアルバムなんですけど、編成がピアノ、チェロ、そして歌とギターという『CASA』の編成とほぼ一緒。ものすごく室内学的な響きで、非常に構築された音楽だったんです。今でこそチェンバーミュージックとかネオクラシカルと名付けられ、室内楽的な響きはそんなに特別なものではなくなりましたが、当時、全く顧みられなかった室内楽という音楽ジャンルを『CASA』と『トム・カンタ・ヴィニシウス』は再構築/再提示していた。そのことにすごく衝撃を受け、僕は最初のソロアルバムとなる『エテパルマ ~夏の印象~』を作ることにしたんです。

——そういう意味では、現在の中島さんの音楽にある、クラシックと現代の音楽をつなぐよう視点を与えてくれたと?

中島 おっしゃる通りです。だから小学生のころから師であり、道標であり続けたんです。その後もいろいろ導いてもらいました。東日本大震災がきっかけで僕はジェーン・バーキンと一緒に活動するようになり、ワールドツアーもやっていたんですけど、坂本さんがそのことに目をとめてくださり、被災地支援プロジェクト“kizunaworld.org”のためにジェーンと一緒に曲を作ってほしいという話をいただきました。ジェーンも日本に対する気持ちと愛情がすごく深かったので、そのお誘いを受け止め、避難所にいた少女との出会いをモチーフにした歌詞をジェーンが書き、僕が作曲し、「une petite fille」という曲が出来上がりました。坂本さんは何かの事象があったとき、それが継続的に……それこそ川の流れじゃないですけど流れを止めずに、ちゃんと次につないでいくという気持ちを絶えず持たれていた方なんだなとあらためて感じました。

 

【中島ノブユキ】1969年生まれの作曲家/ピアニスト。ソロアーティストとして2006年の『エテパルマ ~夏の印象~』を皮切りに、『メランコリア』(2010年)、『散りゆく花』(2015年)などを発表。映像音楽としては坂本龍一とコラボレーションをしたNHK大河ドラマ『八重の桜』(2013年)のほか、映画『人間失格』(2010年)、『悼む人』(2015年)などを手掛ける。2017年よりパリを拠点に活動。2011年からジェーン・バーキンのピアニスト/音楽監督を務める。2024年はシャルル・アズナブール生誕100年を記念するオーケストラ作品「AZNAVOUR 100 ANS」を発表。『エテパルマ ~夏の印象~』のアナログ再発も話題に

【特集】坂本龍一~創作の横顔

【関連記事】