スタジオと絡めてカルチャー面でも
良い場所として整備できたらいいですね(後藤正文)
ドラマーの屋敷豪太とASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文。意外な組み合わせとも思えるこの二人の共通点は、蔵を改装して音楽制作やレコーディングを行う“蔵スタジオ”だ。京都府綾部市に位置する屋敷の蔵スタジオと、静岡県藤枝市に後藤らが中心となって建設中の滞在型音楽制作スタジオMUSIC inn Fujieda。2拠点の蔵スタジオをめぐる異色の対談をぜひお楽しみいただきたい。
ガレージをコントロール・ルームに
── 後藤さんが静岡県藤枝市に蔵を改装したスタジオを建てられると聞いてサンレコも取材したいと思っていたところ、屋敷さんからこの対談を提案いただきました。
屋敷 面白いご縁で、くるりの岸田繁君から、後藤さんが僕の蔵のスタジオを見たがっていると聞いて。僕も後藤さんのスタジオを見たいし、せっかくなら対談したいと思って、サンレコも以前に綾部にある僕のスタジオを取材してくれたから、電話してみたらタイミングが良かったんです。
後藤 僕らもその記事を見たのがきっかけで豪太さんが蔵をスタジオにしてるらしいから見学したいねって盛り上がって、岸田君につないでいただきました。
──MUSIC inn Fujiedaは、蔵をジャッキアップした中にスタジオを造って、また蔵でふたをするような構造と聞きました。音響特性は、蔵自体よりも中のスタジオに左右されるものですか?
後藤 反射についてはその通りです。最終的には蔵と石膏ボードで止める感じなので土壁で遮音されますね。なるべく床材や梁(はり)はそのまま使おうとしています。縦の梁は絶縁する段階で隠れちゃうんですけど、横の梁は構造的に取り外せるので、一度外して絶縁したスタジオの中に戻します。漆喰(しっくい)も使って、見た目も蔵に近づける予定です。豪太さんのスタジオは雰囲気もすごく良くて参考になりました。
──豪太さんのスタジオを見学されて、どのような部分を参考にしましたか?
後藤 デザインとか、どういう響きになるかとか、遮音なしで音がどれくらい漏れるかは聞きたかったし、天井が高いところでのドラムの響きもいいなと思って。豪太さんのスタジオは中2階が開放されていていいですよね。僕らも最初は中2階にコントロール・ルームがある想定でしたけど、ライブ・ルームが狭くなる上に、コントロール・ルームに振動が伝わらないように絶縁しないといけないから工事が難しくて。それでコントロール・ルームは隣のガレージに出すことにしました。そしたらライブ・ルームの面積が広がって20㎡くらいにできたし、メイン・ブースのほかに1.6㎡と2.1㎡の小さいブースを作れることになって、合計3ブースになりました。ロック・バンドの一発録りは対応できそうです。
屋敷 ガレージがコントロール・ルームになったのはすごく良いと思う。うちはスタジオの中でミックスまでやっているからドラムをたたきながら音作りなんて無理で、1回録ってから聴いて、微調整してもう一回やったりする感じ。
──エンジニアの谷川充博さんが豪太さんのスタジオで録るときはどうやって音作りをされているのですか?
屋敷 谷川さんは何回も僕の作品を録ってくれてるから大体のことは分かってくれていますね。UNIVERSAL AUDIO Lunaで設定を保存してあるから、いろんなマイクを据え置きで立てておいて、曲に合わせて使うマイクを決めることもできます。あと、僕がうちの蔵で使って良かったのが、マイクを梁からつるすアタッチメント。床からスタンドを立ててばかりだと足元が大変になるからね。要らなかったら上げておけばいいし、便利です。ドラムは真上に立てるのと天井の近くに立てるので距離も跳ね返りも違うからそれも面白い。
── 蔵ならではのマイキングですね。
後藤 物理的に天井が高いといろいろな音作りができますよね。
屋敷 蔵は上が台形的な形だから乱射感もちょうどいい。土壁はコンクリートと違ってそこまで響きが硬くないから痛くならなくて、残響も早く少なくなるイメージです。多分ドラム・セットを組んで音を出して初めて分かることもあるし、やってみないと分からないところがあると思うけど、四隅の角辺りはちょっと音を抑えたくなるんじゃないかな。うちはハイハットとかシンバルの高音部分が割と散る感じがしたので、そこだけ吸音したら収まりました。そういうのやってるとすぐ1日経っちゃう(笑)。
©光嶋裕介建築設計事務所
マナー・ハウスと蔵は環境が近い
──MUSIC inn Fujiedaでの音を出してのチューニングはこれからですか?
後藤 そうですね。豪太さんがおっしゃったように建物ができてみないと分からないので、完成してから音の反射に対処していこうと。パネルやカーテンを使うといいんじゃないかって話はしていますね。今は蔵を持ち上げて、基礎が打たれたところです。豪太さんに来ていただいたときは基礎がブースの形になっていてスタジオの雰囲気が分かるねって話していました。まだ内装は話し合い中ですが、素材がいろいろあったほうが反射が面白いんじゃないかということで、奥の面は漆喰になる予定です。
──どういうルーム・アコースティックにしたいというイメージはありますか?
後藤 せっかくウッディだから柔らかい響きだったらうれしいなと思います。あとは天井が高いので、インディーの子たちにもアンビエンス・マイクを立てて録ったリバーブを使うと響きが変わることを味わってほしい。インディーの現場は天井が低いことが多いので、デッドに録って後からプラグインでコンボリューション・リバーブを足すしかなかったりする。例えばドラマーなら、ちゃんと自分のたたいた音がするっていうことを感じてほしいですよね。
屋敷 あの感動は本当にそういうところでたたいてみないと分からないもんね。のびのびとできるから楽曲の作り方も変わるかもしれない。
後藤 デッドな音作りだと打音しか聴こえないけど、空間が広いと跳ね返りの音が広がってライブな音になるから、それを味わってほしいです。シンバルも天井が低いところでたたくとバシャバシャしますから。
──豪太さんのスタジオのように天井高があるとバシャバシャした音にならない?
屋敷 ならないですね。僕は、レッド・ツェッペリンがマナー・ハウスの入口にドラム・セットを組んで録った話を聞いて、綾部の蔵でスタジオを造ろうと思ったんです。マナー・ハウスは玄関に入ると天井高が5〜6mあって、らせん階段で上がると2階にも部屋があるみたいな建物だから、階段とかも影響して良い感じで乱反射する。天井の高さも面積もそれとほぼ同じ感じだから、ちょうどいいかなと思ってやったらそういう音も作れました。
──豪太さんや後藤さんの蔵スタジオのリバーブのプリセットが欲しいですね。
後藤 AUDIO EASE Altiverb用のIRデータは録ってありますよ。蔵をスタジオに改修する前の、壁を取る前の音も残しているので蔵リバーブができます。豪太さんのところも必要なら測りに行きますよ。
屋敷 どんなふうになるか興味がありますね。
蔵の音はベースとかがふくよかな感じで
バスドラを踏んでもなじみ具合がいいんです(屋敷豪太)
Dante接続も視野に
──MUSIC inn Fujiedaでは、コントロール・ルームとライブ・ルームはどうやって接続するのですか?
後藤 Dante接続できるようにLANケーブルもはわせるし、アナログ・ケーブルも通してデジタル/アナログの両方使えるようにする予定です。エンジニアの古賀健一君は、将来すべてDanteなどに移行する可能性があるから、それを見越して通せるようにしておくって言ってました。
──音響機器は後藤さんのスタジオから持ち込んで行く予定ですか?
後藤 コンソールは、16インのAPI 1608を入れます。僕が500モジュールのマイクプリの312を4ch買い足しているので、最低20chは用意できるかな。あとは、例えばエンジニアから使っていない機材を預かることも考えています。預けてくれたら電気を通すので、こちらで使わせてください、何かあったらこちらでメインテナンスします、ということにして機材が借りられたらと思っています。
──バンド・レコーディングする空間にアウトボードは必要ですもんね。
後藤 特にインディーの子たちが1608みたいな機材でレコーディングできるのがいいかなって。あとはどうやってスタジオ代を安くするか。サポーター会員を増やして支えてくれる人たちを増やせるとスタジオ代が安くできるはずなので、それを話し合っています。モニターはATC 25A Pro MK2を買ったんですよ。めっちゃ高いので半泣きになりながら買いました。でも、いろいろなマスタリング・スタジオで使われているだけありますね。
その場所だけでできる独特な音
──MUSIC inn Fujiedaはもともとお茶の蔵ですよね?
後藤 はい、明治時代に建てられたお茶の蔵です。解体してみて初めて分かることがたくさんあって、例えばこの辺が壊れてるとか、この時代まで受け継ぐ中でどこかで片側の壁が焼けていたりとか。
── 豪太さんのスタジオは?
屋敷 うちは農家の蔵で、明治時代かその少し前にできた感じです。京都のライブ・ハウスの磔磔は確か大正時代にできた蔵だよね。
──蔵の音というとあのイメージですね。
屋敷 いわゆるコンクリート的な硬い感じじゃなく、特にベースとかがふくよかな感じで、バスドラを踏んでもなじみ具合がいいんですよね。
──ほかの場所では出せないオリジナルの響きですよね。
屋敷 僕が聴いて育った1960〜70年代のスタックスだったりモータウンだったり、ジャマイカのスタジオ・ワンもだけど、そこだけでできる独特な音があったから、僕としてはそういうのを作り込みたくて。
──屋敷さんから見てMUSIC inn Fujiedaはいかがでしょうか?
屋敷 僕が最高だなと思ったのは、泊まれるから合宿もできること。バンドはそういう時期があっていいと思うし、それを経験しているかどうかで違いますからね。
後藤 若い頃は僕らも山中湖とか行ったりしましたね。ビデオ見たりしながら一晩中音楽の話とかするのは大きいです。隣のビルの3階にある3LDKに、泊まる部屋が3室ぐらい用意できそうなので、バンドの宿泊に使えるかなと。
── 土蔵スタジオ以外はどういう構成になっているのですか?
後藤 スタジオの横に通路を挟んでコントロール・ルームのあるガレージがあります。リビングは改装してコミュニティ・スペースにして、ワークショップ部分には静岡の友達の書店が移転してきてくれて、レコードと本の店になる予定です。ここで録ったものをそこで売って、インストア・ライブもできるみたいな。2階のゲスト・ハウスはレコーディングに来た人だけでなく、ツアー中のバンドマンなどが泊まれるようにもしたいなと。藤枝観光を通して東海道の宿場町復活につながればとも思っていて。
©光嶋裕介建築設計事務所
──アクセスも比較的良さそうですし、いろんなバンドが使って藤枝サウンドみたいになるといみたいになるといいですね。
後藤 藤枝駅からは車で10分で、近くのお寺や倉庫で弾き語りライブができたり、野外音楽堂もあります。商店街の楽器屋にはリペアしてくれる職人までいるんです。今後スタジオと絡めてカルチャー面でも良い場所として整備できたらいいですね。静岡の街中からは車で20〜30分で新東名のインターが近いです。ツアーとかで東京から名古屋に抜けるときに“静岡長いな”って思う辺りに藤枝があるので(笑)、ガス抜きに寄ってもらえたら。YAMAHA、KAWAI、ROLANDとか楽器メーカーも多いので、連携して静岡の中部が盛り上がればいいなと思っています。