スタジオの〝響きや空気感〟を大切にすること。そして〝過度な音処理を避ける〟ことが根底のテーマ
ここからは、Vaundyの初期の作品から関わりつづけているエンジニアの照内紀雄氏が登場。『replica』では35曲中、27曲のレコーディングと31曲のミックスを行っている。果たして照内氏の目線から見る『replica』は、一体どのようなものだろうか? 同作の半数以上の楽曲をレコーディングした青葉台スタジオにて、詳しい話を聞いた。
Vaundy君と試行錯誤を繰り返してきた
——照内さんは、Vaundyさんの初期の作品から携わっていると伺いました。
照内紀雄(以下、照内氏) はい。初めてレコーディングしたのは2019年ごろで、「pain」というシングル曲でした。「東京フラッシュ」よりも前の作品ですね。
——当時Vaundyさんには、どのような印象を持ちましたか?
照内 “歌、うまっ!”って思いました(笑)。当時Vaundy君は19歳でしたけど、音楽的な考え方がしっかりしているだけでなく、あらゆる所作が堂々としていて大物のオーラが漂っていましたね。確か「東京フラッシュ」のMVが100万回再生されたときに“すごいね”って言ったら、“いや全然です。1億回再生されて、初めてみんなが知っているような存在になれるんで”と言っていたのを覚えています。
——それ以来、照内さんは今日までVaundyさんのレコーディング/ミックスに関わられていますが、『replica』制作の話はいつごろからあったのですか?
照内 今年7月末に開催された『FUJI ROCK FESTIVAL ’23』のステージで、Vaundy君が“『replica』を秋に出します”って言ったときです。僕はそれをWebニュースで知りました。しかもCD2枚組だと(笑)。その時点でディスク2に収録する曲は既存曲なので大体できていたんですけど、新曲中心のディスク1は半分以上できてなくて……。とにかく、そこからマスタリングが終わった9月28日までは怒濤のスケジュールでしたね。
——Vaundyさんからは、新曲におけるレコーディング/ミックスの方向性について、何か話はありましたか?
照内 スタジオの“響き”や“空気感”を意識することと、音を“整えすぎない”ということが、割と根底のテーマとしてあったと思います。
——こういった話は、これまでもあったのでしょうか?
照内 「踊り子」辺りだから2021年の秋くらいですかね。このテーマに至るまでも、僕とVaundy君の2人で試行錯誤を繰り返してきた流れがあるので、『replica』の収録曲と一緒にその変遷を解説しますね(下の枠内参照)。
照内氏が振り返る『replica』制作スタイルの変遷
フェーズ1〜前作を引き継ぐ打ち込み主体の時期 【Disc 2】
- Audio 003
- 世界の秘密
- 融解sink
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フェーズ2〜生楽器中心の音作りに変化していく時期 【Disc 2】
- しわあわせ
- benefits
- 花占い
- Tokimeki
- 泣き地蔵
- 踊り子
↓
フェーズ3〜音数を増やしていく時期 【Disc 2】
- 裸の勇者恋風邪にのせて
- 走馬灯
- mabataki
- CHAINSAW BLOOD
※ボーカルマイクは2本をブレンドするスタイルが基本に
↓
フェーズ4〜音数を減らしてアンビエンスを中心にする時期 【Disc 2】
- 瞳惚れ
- 忘れ物
- 置き手紙
- まぶた
- そんなbitterな話
※メインのボーカルマイクはMilab VIP-50に
↓
フェーズ5〜フェーズ2〜4のハイブリット路線へ 20.のみ【Disc 2】、以降【Disc 1】
- トドメの一撃 feat. Cory Wong
- Audio 007
- ZERO
- 美電球
- カーニバル
- 1リッター分の愛をこめて
- 常熱
- Audio 006
- 宮
- 黒子
- 逆光 - replica -
- NEO JAPAN
- 呼吸のように
- 怪獣の花唄 - replica -
- Audio 008
- replica
※Vaundyが宅録した素材で完成させる曲も増えてくる
より自然でリアルなドラムの音を求めて
——まずリリース時期を軸に考えると、ディスク2の収録曲は、新曲中心のディスク1に比べて古いですよね。さらにディスク2では、各楽曲がリリースされた順番に並んでいます。
照内 はい。これらは厳密には制作した順番ではないのですが、概ね合っています。またディスク2の1曲目「Audio 003」、ディスク1の1曲目「Audio 007」、7曲目「Audio 006」、そして14曲目「Audio 008」は、Vaundy君がライブのSEとして主に打ち込みで制作しているのでここでは除外しますね。
——承知しました。
照内 最初のフェーズ1は「世界の秘密」「融解sink」辺り。ビートはVaundy君による打ち込みですし、ベースは生だけどソフトシンセを重ねたりすることもあるため、楽曲の世界観や制作手法としては、1stアルバム『strobo』の延長線上にあると思います。ここでは基本的にVaundy君が打ち込みで作ったトラックをスタジオに持ち込み、それに合わせてボーカルを録ってミックスするというプロセスで曲を完成させていました。
——次のフェーズ2は「しわあわせ」以降になりますか?
照内 そうですね。制作順としては「benefits」が先なのですが、この辺りから生楽器を取り入れはじめたんです。「しわあわせ」ではバイオリンやチェロを入れてみたり、「benefits」ではドラムにBOBOさん、ベースに有江(嘉典)さんが参加してくださったりと、スタジオミュージシャンがだんだん増えていった記憶があります。「泣き地蔵」はもともと打ち込みのビートだったんですが、生ドラムに差し替えたりもしました。僕の中での大きなターニングポイントは「benefits」ですね。
——この曲は、グランジ特有の退廃したようなバンドサウンドが印象的です。
照内 Vaundy君はこの曲以降、とても積極的に“こういう音にしたい”“ああいう音にしたい”と具体的な提案をしてくれるようになりました。それまでは、僕がミックスしたものに対して“いいですね”と返すことが多かったので、これは大きな変化だと言えます。
——具体的にはどのような提案がありましたか?
照内 例えばドラムに立てていた複数のマイクを、正面のマイク1本だけにするといったことです。理由を聞くと、従来の整理された奇麗な音ではなく、より自然でリアルなドラムの音を求めているからだということでした。「花占い」「Tokimeki」「泣き地蔵」においても、Vaundy君は“このマイクはこう立ててみたらどうですか?”とか、場合によっては自分でブースに行ってマイクの位置を動かしたりすることもありました。
——Vaundyさん自身が、マイキングに興味を持たれはじめたんですね。
照内 そうですね。ほかには「花占い」や「Tokimeki」では、Vaundy君がピアノの弦の上や内側にアルミホイルを貼って、ジャビジャビッとした響きを出そうとしたこともありましたね。
Vaundy君はもう一人のエンジニア
——フェーズ3は、「裸の勇者」から?
照内 はい。「裸の勇者」〜「CHAINSAW BLOOD」までになりますね。ここからは音の数、つまり楽器の数やフレーズの数を増やしたり、これらすべてのダブルを録ったりして厚みを出していく時期です。特に「CHAINSAW BLOOD」は一番音を詰め込んだ印象ですね。ギターで音の壁を作って、ベースもダブルを録っています。こうすることで、曲全体の密度を高めようしていました。
——ボーカルマイクについてはいかがでしょうか?
照内 「泣き地蔵」までSONY C-800Gで録っていたんですが、「踊り子」ではモコモコした音にしたいなと思ったので、リボンマイクのRCA 77-DXを試しました。ただ、Vaundy君からは“それだとちょっと古すぎるのでC-800Gも足してください”という要望があり、77-DXをメインにC-800Gをブレンドするような形で進めたんです。Vaundy君も器用なので、メインパートは77-DX寄り、コーラスパートはC-800G寄りで歌うなど、オンマイク/オフマイクをリアルタイムに自分の立ち位置でコントロールしていたのがすごいなと思いました。
——実際のテイクはいかがでしたか?
照内 もちろん素晴らしいですし、本人がそれで歌いやすいと感じていたことが何よりです。エンジニアとしては、本人が満足できる環境の方が結局良いテイクが録れると考えていますから。あと、この辺りの時期からフェーズ4に突入し、メインとなる新しいボーカルマイクを探しはじめます。スタジオにあるマイクを片っ端から試していく、ということもやりました。Vaundy君は声量が大きいので、マイクの最大音圧レベル(SPL)が高いものでないと音割れしてしまうんです。そんな中、偶然出会ったマイクがMilab VIP-50でした。
——VIP-50の魅力は何ですか?
照内 VIP-50は余計な帯域が入っていない音……割と中域に特化した音がします。特に800Hz〜1kHz辺り。だからこそ鳴らすのが難しいんですが、Vaundy君の声はもともと800Hz〜1.2kHz辺りに特徴があるので、そこがバッチリとハマったんです。声量があるので高域や低域もVIP-50でしっかりと収録でき、まさにVaundy君にぴったりのマイクだと言えます。EQ処理後のような音で録れちゃうんですよ。本人もめちゃくちゃ気に入ったようで、後日購入していました。
——VIP-50をメインマイクとして採用したのは、どの曲からなのでしょうか?
照内 フェーズ4の「まぶた」「そんなbitterな話」辺りです。この時期になると、アンビエンスマイクを多用した空間の音作りにシフトしていきます。フェーズ3とは逆で、音数を減らして生まれた分のすき間をアンビエンスマイクの音で埋めていくというアプローチです。こうすることによって、曲全体の密度を高めようと考えました。
——フェーズ5はディスク1の収録曲がほとんどですね。
照内 はい。ディスク2の「トドメの一撃 feat. Cory Wong」〜ディスク1収録曲については、フェーズ2、3、4で培った経験値やノウハウを生かした制作アプローチになっています。強いて言うなら、「美電球」「常熱」「宮」はすべてVaundy君が宅録した素材で制作されているので、この辺りからフェーズ6という新しい領域に入ってくるんでしょうね。
——ますます今後の制作が楽しみですね。
照内 そうですね。まさに『replica』には、Vaundy君と僕を中心としたレコーディングやミックスのさまざまな試みが詰め込まれていると言っても過言ではありません。彼の中で最終的な音のイメージがはっきりしていることはもちろん、それをミックスでどうこうしようというのではなく、いかに録りの時点で音作りしてしまうか、という考え方が根底にあるのだと思います。そして、それを実現するためのクリエイティブな発想と歌のスキル、両者をVaundy君は持ち合わせているからこそ可能なアプローチだと言えるでしょう。僕にとってスタジオでのVaundy君は、もはやもう一人のエンジニアという感じです。ドラムとボーカルだけでなく、ギターやベースのマイキングもできますし、音楽制作に対してすごくどん欲で、勉強熱心な方だなと思います。Vaundy君の独創的なアイディアやアプローチは、僕も学ぶところが大きいです。
照内紀雄
【Profile】青葉台スタジオ所属のエンジニア。Vaundy、ザ・リーサルウェポンズ、amazarashi、和ぬか、なとり、にしな、キタニタツヤ、大橋ちっぽけ、go!go!Vanillas、NEE、ヒプノシスマイク、マハラージャン、超ときめき♡宣伝部などを手掛ける。趣味は筋トレと野営
◎Vaundy『replica』インタビュー【前編】〜「踊り子」DAW画面を公開!アルバム制作の手法を語る
◎Vaundy『replica』インタビュー【後編】〜プライベートスタジオ初披露!「怪獣の花唄」の裏話も
Release
『replica』
Vaundy
SDR / ソニー:VVCV 6-8(完全生産限定盤/2CD)、VVCV 9-10(通常盤/2CD)
Musician:Vaundy(vo、g、ds、prog)、TK from 凛として時雨、hanna、TAIKING、生形真一、田渕ひさ子、Cory Wong(g)、マーリン・ケリー、上ちゃん、吉田一郎、有江嘉典、小杉隼太(b)、BOBO、av4ln / Kent Watari(ds)、常田俊太郎、須原杏、亀井由紀子(vln)、三品芽生、小林知弘(vla)、村岡苑子、林はるか(vc)、TAIHEI、江﨑文武(p)、安藤康平(sax)、真砂陽地(tp)、川原聖仁(tb)、武嶋聡(fl)
Producer:Vaundy
Engineer:照内紀雄、米津裕二郎、澤本哲朗、諏訪佳輔
Studio:プライベート、青葉台スタジオ、446、E-NE、SOUNDCREW、Tanta、Endhits、prime sound studio form、Studio A-tone Sound Valley、他