昨年行われた『第73回 NHK 紅白歌合戦』に初出演し 、「怪獣の花唄」 「おもかげ (produced by Vaundy)」 の2曲を披露して話題となった23歳のマルチアーティスト、Vaundy。作詞/作編曲を自身でこなし、菅田将暉「惑う糸」では初のミュージックビデオの監督も務めるなど多忙な日々を送っている。そんな彼が約3年半ぶりとなる2ndアルバム 『replica』を11月15日にリリースした。CD2枚組、全35曲入りの今作は、Vaundy自身がマイキングして収録した“空気”が詰め込まれているという。
ディスク1は新曲メインでディスク2は過去曲
——アルバムタイトルを『replica』にした背景は?
Vaundy 実はこのアルバムって卒業制作なんですよ。それでCDケースも作っていて、オリジナルは鉄とガラス風プラスチックを用いた素材でできているんです。本当はガラスにしようと思っていたんですけどね。曲の重みを実際の重さで表現したくて。今作のCDケースはそのCDケースのレプリカになっていて、それもあってアルバムタイトルに“replica”って付けました。
——CDケースのデザインは、何からインスピレーションを得たのでしょうか?
Vaundy MDなどから着想を得ています。CDを購入するなら家に飾ったときにかっこいいと感じるものにしたいなって。それで“これなら僕も欲しい”と思うものをCAD(設計ソフト)でデザインしたんです。去年の8〜9月くらいから取りかかり、完成に至るまで何パターンも作りました。僕はCDはグッズの一つだと考えていて、これが今のCDのあり方だと思うんです。
——今回はCD2枚組となっていますね。
Vaundy ここ3年半くらいに制作した曲を入れています。ディスク1は新曲がメインで、ディスク2はおまけのような感じで過去の配信曲を中心に収録しているんです。
——ディスク2の曲順はリリース順になっているため、Vaundyさんの音楽性の変遷を理解しやすくなっています。
Vaundy 映画『スター・ウォーズ』のエピソード4から見るみたいな感じですよね。『replica』はディスク2→ディスク1の順番で聴いた方がより歴史が分かるかと思います。
——インタールード「Audio 003」を除いたディスク2の2〜4曲目までは、どちらかというと打ち込み寄りの楽曲です。
Vaundy そうですね。これらは1stアルバム『strobo』の延長線上にある楽曲です。「benefits」辺りからマイクやマイキングに興味を持つようになりました。というか、かっこいい音を作るためにはマイク選びやマイキングが必要不可欠だったんですよ。
——グランジ風バンドサウンドの「benefits」は、ボーカル以外のパートをSOUNDCREW STUDIOで録音されていますね。
Vaundy そのときのミックスで、どうしても理想の音にならないことがあって、どうしたら解決するかを考えたんです。そこで分かったのが“最初から理想の音で録ればいいんだ”ということ。そこからマイクにこだわったり、マイキングを実験していくようになりました。
——しっかりと音作りをしてから録音するということですね。
Vaundy はい。かなり試行錯誤しました。あとは録り直しの問題もあります。デモから録り直していく時点で理想と違うものになってしまうのは当たり前で、そのような差異をどう解消するかは、まだまだ実験の途中です。
自分でマイクを立てて録っている
——今作ではエンジニアの照内紀雄氏が、ほとんどの楽曲の録音/ミックスを担当されています。
Vaundy 照内(紀雄)さんには、かなり協力してもらいました。僕は毎回違うことを言うから、いろいろと大変だったと思います(笑)。ただ、当たり前の範囲だと考えていましたし、これくらいはこだわって当然だろうと思っていっています。だって、一応作者は僕ですから。
——資料を見ると、レコーディングスタジオは青葉台スタジオの使用率が高いですね。
Vaundy 最初はいろいろなスタジオを転々としていましたが、途中から青葉台スタジオで録るようになりました。録音環境が固定されている方がスタジオの音響特性を把握しやすいので、マイキングの効率も上がるんです。あと、現場の空気やスタッフとのコミュニケーションがスムーズかどうかも大きいですね。僕はスピード感をとても大事にしています。マイク選びに関しては“このマイクは適切でない”と思ったらすぐに次から次へといろんなマイクを試していくんですが、そんなときでも青葉台スタジオのスタッフさんたちは柔軟に対応してくれるんです。
——スタッフの方々のフットワークの軽さも大切だと。
Vaundy そうですね。また照内さんがやりやすい場所であるというのも、青葉台スタジオをメインで使用した理由の一つでもあります。ちなみに最近は、家のスタジオで録ることも多いです。
——今作では「美電球」「常熱」「宮」が、ボーカル含め全パートをVaundyさんのスタジオで録音されていますね。
Vaundy はい。結構いい音がするんです。例えばロック系のサウンドは、レコーディングスタジオでしっかりと録った方がいいと思いますが、今回のアルバムでミニマルな編成の楽曲は、僕のスタジオでレコーディングしていきました。ドラムセットやギターアンプを置いていて、自分でマイクを立てて録っています。
ベースは2つのサウンドをレイヤリング
——「NEO JAPAN」については、いかがですか?
Vaundy その曲はイギリスに滞在していたときの自宅スタジオで録音しているんです。Apple Mac Studioだけ日本から持っていって、2カ月くらい滞在していたんですよ。ギターは現地で購入しました。一つは1960年代もののエレキ。お手頃な価格だったんです。あとはアメリカのギターブランド、D’Angelicoのエレキですね。これらは「NEO JAPAN」でも用いました。
——昨今の円安の状況を考えると、海外でのギター購入はお得ですね。
Vaundy そうですね。イギリスに行って感じたのは、安価な価格帯のギターでもめちゃくちゃ弾きやすいものが多いということでした。何でだろうって考えた結果、気候の違いもあるかもしれませんが、おそらく楽器屋さんのメインテナンスが行きとどいているからだと思うんです。加えて、どの楽器屋さんも、そのメインテナンススキルが高いんですよ。
——「NEO JAPAN」の冒頭には、レコードノイズのような音が挿入されています。
Vaundy 本来、このノイズは存在しなかったのですが、アルバム全体をつなげて一本の内容にしたいと考え、あとから挿入することにしました。
——ノイズの音源には何を用いましたか?
Vaundy WAVESのテープシミュレーション/サチュレーションプラグイン、J37 Tapeです。アビイロード・スタジオにあるテープマシンSTUDER J37をシミュレートしたものですね。僕はプラグインバンドルのWAVES Horizonを購入しているので、基本的にはWAVESのプラグインを使用しています。最近は、AI系のプラグインも使っていますね。
——そのAIプラグインの名前は?
Vaundy リバーブプラグインのsonible smart:reverbです。AIがサウンドを分析し、最も適切なリバーブを自動生成してくれるんですけど、結構いいリバーブになります。さらに付け加えると、BABY AUDIO.のプラグインはすごくいいです。マジで良いからあまり教えたくないくらい(笑)。
——そこをなんとかお願いします(笑)。
Vaundy BABY AUDIO.の中でもテープエミュレーションのTAIPと、リバーブ/ディレイプラグインのSPACED OUTは最強です。これらがあれば僕のイメージする音を、ほぼ再現できます。特にTAIPはベースとの相性が良く、「NEO JAPAN」でもベースに使っています。
——「NEO JAPAN」のベースは生演奏のようでありながら、打ち込みのような音質も持っています。
Vaundy このベースは打ち込みで、TOONTRACK EZ BASSとxfer records SERUMのシンセベースをレイヤーしています。こうすることで生ベースの質感とシンセベースが持つ低域を併せもったサウンドを作ることができるんです。これらを混ぜ合わせるときに、先ほどのTAIPをインサートしています。TAIPの画面左下にあるGLUEの値を上げていくと、両者がとてもいい感じにくっついてくれるんですよ。
——TAIPはレイヤーしたベースにも有用なんですね。
Vaundy GLUEを用いると低域はコンプがかかった感じになりますが、聴きたい帯域はしっかり鳴らしてくれるので気に入っています。生ベースが登場する曲でもレイヤーテクニックをよく使っていて、例えばピッチ感を担う帯域は生ベース、低域はソフトシンセというふうに使い分けています。このとき、生ベースは3〜4弦やハイポジションで弾くことが多いですね。補足ですが、僕は“はっぴいえんど”が好きなのですが、あの時代、ベースは3〜4弦で弾いていることが多いんです。だからベースのメロディがめちゃくちゃ前に出ていて、なおかつ低域は自然な量感になっているんですよ。
——ベースに関して言うと、ディスク1とディスク2では定位や存在感が違うように感じます。
Vaundy そもそも曲の作り方が全然違いますからね。ディスク2におけるベースは中域の存在感をメインにしています。一方のディスク1ではローエンドを意識していて、定位もセンターど真ん中をイメージしているんです。だからディスク1は縦のレンジがディスク2より広く感じると思います。
——「NEO JAPAN」のドラムも打ち込みですか?
Vaundy そうです。僕はデモにおけるドラムの打ち込みでは、今は絶対にTOONTRACK SUPERIOR DRUMMERを選びます。理由は音がリアルだからです。でもディスク2の2曲目「世界の秘密」から9曲目「踊り子」辺りまでは、ドラムにxln audio ADDICTIVE DRUMS、ベースアンプにはCUBASE付属のプラグイン、vst bass ampが活躍しました。
——「NEO JAPAN」はキーが半音上がったり下がったりして面白いです。
Vaundy この曲は、僕なりのBUDDHA BRAND「人間発電所」を作りたいと思ってできたものです。キーを半音上げたり下げたりしてるだけなんですけど。メロディをきちんと扱えていれば、転調しても転調したことをリスナーに気付かれないように聴かせられるんです。それは転調する前と後で共通する“妥協音”を作ってあげることで実現できます。
——ラップにおいても、声色が微妙に変化していますね。
Vaundy はい。ただ、転調前に高め/低めの声色のフレーズを挟むことで、変化した印象を和らげるといった工夫もしています。またラップの場合は妥協音に近いところでラップすることで、同じような効果が得られるんです。
どの部分も印象的なメロディになるように
——「踊り子」は生演奏の曲に聴こえるのですが、どのパートが打ち込みになるのでしょうか?
Vaundy ベースとギター以外は全部打ち込みです。キーボードにはSPECTRASONICS KEYSCAPEを使用しています。ドラムに使用したADDICTIVE DRUMSのような、変わった音との相性が良いからです。
——音質的な相性というのがソフト音源同士であるんですね。
Vaundy あります。どれも良い音なんですけど、組み合わせ次第ではどちらかがチープに聴こえたりすることがあるんです。余談ですが「踊り子」は、それまで打ち込み感の強かったサウンドを初めて脱却できた曲なんです。
——前作『strobo』の延長線上にあったサウンドから、次のVaundyサウンドが確立された瞬間ということですね。
Vaundy 僕、インディポップバンドのメン・アイ・トラストが大好きなんですけど、「踊り子」を作るきっかけは彼らのような曲を作ってみたいなと思ったことでした。今度は全部生音で「踊り子」のような曲を作ってみたいなと考えています。
——「踊り子」のAメロとサビのメロディを聴きくらべると、Aメロの方が高いノートを多用していることが分かります。それでも各セクションが、それぞれの役割をしっかりと果たしているのが素晴らしいなと思いました。
Vaundy サビの方がAメロよりも低いノートを使っていますね。それでもサビらしく成立しているのは、このメロディに力があるから。日本のポップスってジャズから派生した音楽が多いので、コード進行が複雑なんです。それはそれでいいんですけど、コード進行が同じになったときに、みんな似たような旋律を作ってしまいがちなんですよ。一方、海外ではループミュージックが基本なので、同じコード進行の中でいかにメロディを発展させていくか……つまりメロディ力が鍛えられている人たちが多いんです。
——確かに全部ではないですが、Jポップはループよりも、コードで展開していく曲が多いです。
Vaundy 同じコード進行をループさせて、メロディで展開を作っていく練習をもっとした方がいいんじゃないかって感じてます。
——「踊り子」は、基本的に同じコード進行がループしています。
Vaundy 僕はどのセクションでもサビになるように意識してメロディを作っているんです。全部がサビ。こうすることで、曲全体のメロディ力が高くなるんですよ。
——どのセクションにおいても、Vaundyさんのメロディはサビになり得るポテンシャルを秘めていると。
Vaundy そういうことです。ただAメロでは音数を減らしているので、Aメロっぽく聴こえるというだけなんですよ。
◎Vaundy『replica』インタビュー【後編】〜プライベートスタジオ初披露!「怪獣の花唄」の裏話も
◎Vaundy『replica』を手掛けたエンジニア照内紀雄が語るレコーディング秘話
Release
『replica』
Vaundy
SDR / ソニー:VVCV 6-8(完全生産限定盤/2CD)、VVCV 9-10(通常盤/2CD)
Musician:Vaundy(vo、g、ds、prog)、TK from 凛として時雨、hanna、TAIKING、生形真一、田渕ひさ子、Cory Wong(g)、マーリン・ケリー、上ちゃん、吉田一郎、有江嘉典、小杉隼太(b)、BOBO、av4ln / Kent Watari(ds)、常田俊太郎、須原杏、亀井由紀子(vln)、三品芽生、小林知弘(vla)、村岡苑子、林はるか(vc)、TAIHEI、江﨑文武(p)、安藤康平(sax)、真砂陽地(tp)、川原聖仁(tb)、武嶋聡(fl)
Producer:Vaundy
Engineer:照内紀雄、米津裕二郎、澤本哲朗、諏訪佳輔
Studio:プライベート、青葉台スタジオ、446、E-NE、SOUNDCREW、Tanta、Endhits、prime sound studio form、Studio A-tone Sound Valley、他