ハードウェアを走らせながら、変化を加えて録っていく
その結果、作為的でない自然な曲展開が生まれるんです
1988年にシカゴ・ハウスのオリジネーター、故フランキー・ナックルズから才能を認められ、現在も世界的に活躍しているプロデューサー/DJのSatoshi Tomiie(富家哲)。ディープ・ハウスを軸としながら、さまざまなアプローチを実践してきた彼の近作は、ダブ・テクノを導入した12インチ・バイナル2枚組アルバム『Magic Hour』。そして、同作の世界を完結させる12インチ『Magic Hour Disk #3(Including DJ HONESTY Remixes)』だ。いずれも極限まで音数を絞ったようなサウンドで、一つ一つの音が刻一刻と動きを変えていく様は、まるで生き物を見ているかのよう。ミニマルでありながら、聴き手の関心を引きつづける。去る2月には拠点のニューヨークから帰国し、『Magic Hour』でフィーチャーしたKuniyuki Takahashiと共に、渋谷WOMBにてライブ・パフォーマンスを披露。モジュラー・シンセから繰り出される富家の音は、バイナルの内容に通じる生き生きとしたものであった。昨今は、曲作りもハードウェアをメインに行っているという。本人に取材し、『Magic Hour』を通してプロダクションの手法に迫ってみた。
ハードでの曲作りはタイミングの正確さが命
──なぜハードウェアで制作するのですか?
富家 ソフト・シンセだと全然、音楽を作れないので。複数のパラメーターを同時に、少しずつ変えていくようなことがやりにくいし、音を作るのにすごく時間がかかる。だからプリセットをひたすら聴く感じになって、曲作りが進まなかったんです。『Magic Hour』を聴いてくれた人から“こんなミニマルな音楽、ソフトだけでできないのか?”って言われたとしますよね。もし『Magic Hour』が既にあって、それを再現するなら“結果のトレース”なのでソフトだけでもできるのかもしれませんが、まっさらな状態から作り出そうとしたときに、ハードウェアでないと実現できなかったと思うんです。
──現在は、モジュラー・シンセがメインでしょうか?
富家 モジュラーもオーソドックスなシンセも使います。モジュラーの利点は、パッチングでフレーズを生成させることで、自分の手癖じゃない感じを出せるところ。近年のライブや『Magic Hour』でやっているような、ジェネレイティブな作曲法に向くと思います。他方、もう少しオーガニックなハウス・ミュージックでは、楽器演奏のような人間のタッチが重要かと思うので、モジュラーで作るのは不可能ではないものの、個人的にはやっぱり昔からある機材でやるほうが良いかなと感じています。
──制作の際、テンポ・マスターには何を使いますか?
富家 オーディオの同期信号です。例えば、MIDI機器を同期させる場合は、EXPERT SLEEPERSのプラグインSilent Wayでオーディオの同期信号を生成し、オーディオI/OのRME Fireface 802からEXPERT SLEEPERSのES-40に送出して、拡張モジュールのESX-8MDなどでMIDI信号に変換して使います。Macから出力されるMIDIクロックは、タイミングが正確ではないようなんです。例えば125BPMでも、実は125.001とか124.999とかに調整しながら出しているみたいで。その点、オーディオの同期信号では、インターナル・クロックさえしっかりとしていればソリッドなタイミングを得られる。土台がふにゃふにゃしていると何を乗せても良い音にならないけれど、タイミングがバッチリの強固な土台があれば、上でブレが生じてもグルーブが出るんです。
Cirklonは最もソリッドなMIDIシーケンサー
──オーディオの同期信号を用いるのは、ハードウェアを多用するからなのですか?
富家 そうでしょうね。DAW完結なら気にしなくてもいいと思うんですが、外へMIDI信号を出すときに問題が生じるので。あと、SEQUENTIAL Pro-OneやROLAND SH-101などはCVしか受けないから、そういうものは基本的にCVで同期させています。改造で追加されたMIDIよりも、開発の段階から採用されている規格のほうが安定している気がするし、MIDIのものはMIDI、CVのものはCVで使います。
──オーディオから変換されてできたMIDI信号は、何らかのシーケンサーに入力するのでしょうか?
富家 はい。マスターのMIDIシーケンサーとして使っているSEQUENTIX Cirklonに入力します。恐らく、今の世の中にあるMIDIシーケンサーで、タイミングが最もソリッドなものの一つです。機能も充実していて、例えば2小節のパターンであっても、発音の確率をコントロールすることで常に変化しているように聴かせることができます。
──短いループを再生しながら、パラメーターを動かして曲にしていくのが、近年の富家さんのやり方ですか?
富家 そうですね。ツマミをいじったり、音がリアルタイムに変化するような仕組みをモジュラーで作っておいたり。そうやって準備してから演奏して、10分ほどABLETON Liveに録音するんです。Liveメインで作っていた頃は、4小節なり2小節なりのループを作ってから、アレンジメントビュー上で膨らませていくようなやり方でした。でも、それが結構なストレスで……。ループを作ったときはノリノリで気持ち良いんですけど、小節数を増やしていったら密度が薄くなって間延びする感覚がありました。最初に作った2小節を延々と続けられればよいのですが、それだと曲にならないので、ここにこういうのを入れたらいいかな?みたいな発想でフレーズを足してみて、うまくいかなかったら変えて……ってやっているうちに、元のアイディアとかけ離れたものになる。そういうことが結構あったんです。一方、ハードウェアは走らせながら録っていくので、2小節のループであってもリアルタイムにいじることで、わざとらしくない自然な展開が生まれる。これってつまり、演奏しながら曲を作るってことなんです。DAWで後から構成を作る苦痛じゃなくて、楽しみながら作れる。一気に録って、もうそれでほぼ終わりです。ただ、録り音を聴いて追加すべき要素が見つかれば、ダビングすることもあります。例えば「YOU ARE HERE」のベースは、MOOG Minim oog Voyager Performer Editionを使って後から入れたものなんです。
Big Sixでモノ音像にわずかな“にじみ“を
──ベースと言えば「PHASE SPACE」や「MEDITATION IN AN EMERGENCY」のサブベースもかっこ良いですね。
富家 多分、フィルターを発振させて作ったサイン波だと思います。シーケンスはモジュラーで組んでいたはずですが、手で演奏したいときにはROLAND SH-2のサイン波をよく使います。ダブ・ベース的な用途に最適なんですよ。
──サイン波にも良し悪しがあるのですね。
富家 どれも純粋なサイン波じゃないと思うので。ちょっと倍音が含まれているんじゃないかな。
──「PHASE~」と「MEDITATION~」に関しては、シンセ・スタブの音色も抜群だと思います。
富家 「PHASE~」のスタブは、ROLAND MKS-70で作っています。最初のレコードを作ったときから愛用している音源モジュールで、デジタルともアナログともつかない、何とも言えない音が好き。MKS-80のほうが良い音のはずなんですが、僕はハウスをやっているせいか、ちょっと貧乏っぽい音(笑)……“RAWな音”が好きなんですよ。Jupiter-8にしても、所有してはいるけれど、パッドとかを鳴らすと“うーん、奇麗すぎて合わないな”って思うし。
──空間系エフェクトもオールドのハードウェアで?
富家 KORGのディレイSDD-2000が好きで、「PHASE~」に使っていると思います。SDD-2000の出力をMUTRONICSのフィルターMutatorに通しフィードバック・ループを作って、演奏っぽく鳴らしている。フィードバックするたびに音が汚れていく感じです。ほかには、真空管スプリング・リバーブのFISHER SpaceExpanderやEMPRESS EFFECTS Reverbなども気に入っています。ダブ・エフェクトって、プラグインでやるのが難しいんですよ。いわば演奏行為なので、ユーザー・インターフェースの使い勝手だけでなく、レイテンシーが問題になりますからね。
──ミックスは、どのような環境で行っていますか?
富家 大体はイン・ザ・ボックスで済ませて、最後に1回だけアナログに出します。最近はSOLID STATE LOGICのミキサーBig Sixでサミングすることが多い。4モノラル+4ステレオなので、キックやベースといった中央定位のソースをモノラル・チャンネルに立ち上げて、ステレオ・ソースはステレオ・チャンネルに入力します。アナログのアンバランスさみたいなものが加わって、モノラルの音でも完全にド真ん中な感じでなくなるのが良いなと。ただ、僕はフロア向けの音楽について、そんなにステレオ感を重視しないんです。左右に広がりを持たせるのは、制作中は気持ち良いんですけど、クラブでの鳴りを考えるとモノラル寄りのほうが映えると思うので、大きく広げずに真ん中へ集まるように作る。そうすると、民生機のスピーカーで聴かれるときに、妙なキャンセレーションが起こらないのも良いんです。
──『Magic Hour』しかり、長いキャリアの中で、常に以前とは違うスタイルを追求している姿勢に脱帽です。
富家 例えば、マイルス・デイビスが偉大なのは、同じことを二度とやらなかったところだと思います。昔を懐かしんでやっているとか一切ないし、常に前進するというか、新しいことに挑戦していく姿勢に大きく影響を受けました。僕はたまに“1990年代の曲の2020年代バージョンを作ってほしい”みたいなことを言われるんですが、そのたびに“一回やったんだから違うものをやりたい”って思うんです。もちろん、そう言ってくださる方の気持ちはよく分かるんですけど、希望に沿ったところで僕の気持ちが入っていかない。作品も演奏も、気持ちが入ってこそ、聴いている人を楽しませることができると思うんですよね。
Release
『Magic Hour』
Satoshi Tomiie
(Abstract Architecture)
※2×12インチ。収録曲のAA①「MA GIC HOUR」は各種ストリーミング・サービスでも展開
Musician:Satoshi Tomiie(prog)、Kuniyu ki Takahashi(perc)
Producer & Engineer:Satoshi Tomiie
Studio:プライベート
『Magic Hour Disk #3(Including DJ HONESTY Remixes)』
Satoshi Tomiie
(Abstract Architecture)
※12インチ。収録曲のE①「Wave Dub(Original)」は各種ストリーミング・サービスでも展開
Musician:Satoshi Tomiie(prog)、DJ HONESTY(prog)
Producer:Satoshi Tomiie
Engineer:Satoshi Tomiie、DJ HONESTY
Studio:プライベート
※両作とも、マスタリングとカッティングはベルリンManmade MasteringのMike Grinser
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