ヒャダインが語る「Maria Club」リミックス〜TM NETWORK TRIBUTE

ヒャダイン&TM

時空のゆがみを表現しようと考えリミックスにしました

1987年にオリジナル・アルバム『Self Control』の一曲としてリリースされ、その後、1989年に『DRESS』でリプロダクションされた「Maria Club(百億の夜とクレオパトラの孤独)」。ヒャダインは2024年の今、どのような視点と方法でリミックスに取り組んだのだろう? 90's的なサウンドでありながらモダンなテイストを有する仕上がりは、多面的なコンセプト、そしてDJ KOOのラップやオールドのシンセ、近年のAIをミックスしたプロダクションに由来する。

TM NETWORK

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“Wow wow wow”がリミックスのきっかけに

——TM NETWORKとの出会いは、いつ頃でしょう?

ヒャダイン 「Get Wild」はアニメ『シティーハンター』で知っていたんですけど、僕が音楽に興味を持ちはじめた13歳くらいのころは、trfのようなTKプロデュース・サウンドが流行し出したときで、同時期にTMNが終了宣言をしてベスト盤が3枚リリースされたんです。そこが入り口で、TM NETWORKを後追いで好きになっていきました。

——「Maria Club(百億の夜とクレオパトラの孤独)」を担当することになった経緯を教えてください。

ヒャダイン 曲は自由に選んでよかったんですけど、レコード会社からオファーをいただいた時点で既に幾つかのカバー曲が決まっていたので、“それら以外で”と言われました。決定済みの参加アーティストの方々を知ったとき、普通に戦っても勝負できないなと思ったんです……自分のファイト・スタイルとして。僕はこの音楽業界で、奇妙奇天烈な方法で生き延びてきた自負があるので、今回もどんな手を使おうかと考え、まずはTM NETWORKの曲をざっとたくさん聴いたんですね。その中で「Maria Club」の“Wow wow wow”というフレーズにインパクトを受けて、この曲に決めました。

「Maria Club(百億の夜とクレオパトラの孤独)」の原曲は『Self Control』(1987年)に収録

——制作にあたっては、どのような構想を?

ヒャダイン 僕が一番通ってきたのは1990年代のTKサウンドなので、1987年リリースの「Maria Club」を、まず90's的なサウンドに持っていこうと思いました。でもそれだけだと懐古主義になってしまうため、今、クラブ界隈で再注目されているジャージー・クラブのサウンドを取り入れて、時空のゆがみを表現したリミックスにしようと考えたんです。そして、1990年代のTKサウンドで“Wow wow”と言えばtrf「survival dAnce ~no no cry more~」なので、DJ KOOさんにお声がけしました。メインのボーカリストも自由に選んでよかったのですが、なかなか決めることができなかったので、原曲の歌を使って“リミックス”という形にしようと。それで、レコード会社からマルチトラックを取り寄せたんですけど、なぜかボーカルが入っていなくて。なので『DRESS』に収録された「Maria Club」の2ミックスから、AIツールのOMNISALE LALAL.AIで歌を抽出して使ったんです。

——原曲とはテンポが大きく異なるリミックスとなっていますが、歌のテンポ合わせはどのように?

ヒャダイン 20BPMくらい上げています。原曲のテンポがキリのいい数字ではなかったせいか、正確に判断できなかったので、まず自分なりに“このテンポにしよう”という数値を決めて、数小節単位で丁寧にタイム・ストレッチをかけていきました。それでも微妙にずれてくるので、微調整を繰り返して仕上げましたね。

——テンポを20BPMも上げるとなると、タイム・ストレッチによる音質の劣化が気になりませんでしたか?

ヒャダイン 最近のタイム・ストレッチのクオリティはすごく向上しているので、気にはなりませんでした。リミックスというのもありましたし。使ったのはSTEINBERG Cubaseのタイム・ストレッチ機能です。Cubaseはボーカル周りの処理が優秀で、VariAudioという機能でピッチなども簡単にいじれるため、重宝してますね。また、サビの一部ではタイム・ストレッチ感が目立つのを避けるために、VariAudioとCELEMONY Melodyneを併用して、ちょっとケロらせた感じにしたんです。

——良いアクセントになっていると感じます。

ヒャダイン 最近の手法でもないんですけど、まんま90'sではないよということで、結構狙ってがっつりやりました。

Cubase内蔵のVariAudioとCELEMONY Melodyne

宇都宮のボーカルをあえてケロらせるために、Cubase内蔵のVariAudioとCELEMONY Melodyneを使用。1990年代のオマージュにとどまらず、現代のテイストも感じさせるのに効果を発揮している

ラップの作詞にChatGPTを活用

——90'sのTKサウンドという点で、意識したことは?

ヒャダイン 要所で聴こえる“フォー”というボイス・サンプルはYAMAHA EOS B700の実機のプリセットを使っているんです。恐らくtrfの「EZ DO DANCE」で使われていた音だと思うんですけどね。ピアノもEOS B700のプリセットから作っています。ソフト音源でも似たような音は出せるんですが、ああいうピアノは1990年代のTKサウンドを象徴するような音なので、あえて実機を使ったほうが面白いんじゃないかと。個人的なこだわりなんですけど(笑)。

YAMAHA EOS B700

ヒャダイン所有のYAMAHA EOS B700。当時のサウンドを取り入れるために“フォー”というボイスやピアノのプリセット音を今回のリミックスでも使用した

——ドラムの音源には、何を使っているのでしょう?

ヒャダイン Spliceから、最新のジャージー・クラブのドラム・サンプルを選び、並べて構築しました。

——1990年代の機材のサウンドと最新のサンプルを組み合わせるのは、大変だったのでは?

ヒャダイン なじみは良かったですよ。あと、原曲のイントロやBメロで出てくる1980年代のシンセ・シーケンスをマルチから引っ張ってきて使っているので、いろんな年代の音が混在しているんです。でも、それが逆に音に立体感を与えて良かったと思っていますね。

——DJ KOOさんのラップは、どのように作っていったのでしょうか?

ヒャダイン 僕は、もともとDJ KOOさんのラップの大ファンなんです。KOOさんのラップは基本的に英詞なので、今回のリミックスにもリスペクトを込めて英詞のラップを入れようと思い、原曲の日本語詞をChatGPTに読み込ませて“英語のラップのリリックに直してください”と指示したんですよ。それからTM NETWORKへのリスペクトを込めつつ、出力されたリリックをエディットして、さらにtrfの符割りをオマージュしたラップを加えました。その結果、構造的に複雑な仕上がりになったと思います。

——確かにtrfをほうふつさせる部分がありますね。

ヒャダイン KOOさんのラップをレコーディングさせてもらったとき、声の倍音成分がものすごくワイド・レンジで、僕もエンジニアの方もびっくりしたんです。その声音を最大限に生かすべく、制作済みだったトラックのバランスを再調整して、完成に持っていきました。アディショナルな工程でしたが、うれしい誤算でしたね。

——工夫を凝らしたアレンジに複雑なラップが乗って、興味深いリミックスに仕上がっていると感じます。

ヒャダイン もしかしたら、敬虔(けいけん)なTM NETWORKファンからは怒られてしまうかもしれませんね(笑)。あと、このリミックスの“Wow wow wow”の部分には、かつて小室さんが歌った“Wow wow wow”をレイヤーして使っているんです。さらに下ハモも入れたくて、それは僕が3度下で歌っています。意図的にデチューンをかけて、小室さんの声に似せました。僕、小室さんのコーラスが大好きなので、そこもリスペクトを込めて、こだわった部分ですね。

 

TM NETWORK TRIBUTE ALBUM -40th CELEBRATION-
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