よくこんなにキャッチーでいい感じのビートが集まったなって
CreativeDrugStore『Wisteria』のミックスを手掛けたのは、ヒップホップの名盤を数多く手掛けるエンジニアのD.O.I.だ。ここでは、彼の拠点とするDaimonion Recordingsでミックスの手法を尋ねるインタビューを敢行。後半では、「180」で使用されたプラグイン類の画像とともに、収録曲のミックステクニックを解説していく。
◎CreativeDrugStore インタビュー【前編】〜四者四様のラップで築き上げる『Wisteria』
◎CreativeDrugStore インタビュー【後編】〜週2で集結したBIMのスタジオ初公開!
良い時代のヒップホップの質感がどの曲にもある
──各メンバーのソロ作品も手掛けるD.O.I.さんから見て、CreativeDrugStoreは日本のヒップホップの中でどのような立ち位置だと考えますか?
D.O.I. メンバーそれぞれの立ち位置はかなり振り幅あると思うんですけど、なぜか独特の統一感があって唯一無二のオリジナリティだと思いました。
──ミックスはどういった方法でやり取りされましたか?
D.O.I. 今回は立ち会い確認がなかったので、こちらで一度仕上げたものにリクエストをもらって反映する流れでした。曲のプロデューサーごとに方向性を判断して進めました。
──アルバムの半数以上がRascalさんのトラックですね。
D.O.I. Rascalのトラックはパラデータでも7~8trくらいしかないくらいのシンプルさで、中でも「Yo, My Ladies」はキックとベースとサンプルで計3trしかなくてびっくりしました。でも、Rascalが作ったデモの2ミックスは、質感がすごく良いんです。良い時代のヒップホップの質感がどの曲にも絶対ありますね。野太さがずっとあるというか、いい感じで少しひずんで飽和感もあります。あとすみ分けのバランスがすごく良いですね。ベースがすごく出てるところはベースを邪魔しないとか、サンプルが太かったらほかを少し抑えるとか。
──そこから、どのような処理を行ったのですか?
D.O.I. その質感を踏襲して、ボーカルが入ってもトラックの印象が変わらないように、ボーカルと当たる部分を少し広げたり削ったりする作業がメインでした。あとは、例えばブーンバップ的な「Nah」では、デモの2ミックスでベースがひずんだ感じだったので、パラデータではもう少し奇麗な質感だったんですけど、TONE PROJECTS KELVIN TONESHAPERで少しひずみを出しました。
──VaVaさんのプロデュース曲はどんな印象ですか?
D.O.I. VaVa君の曲は少しトリッキーです。ローエンドが足りないと思って足すと“これは逆になくていいんです”という感じだったり、ジャンルが全く違うリファレンスが出てきたり、常識にとらわれちゃいけないというか。
──例えば「180」だとどのように?
D.O.I. この曲はめちゃくちゃベースとか足したんですよ。最初VaVa君からもらったのはベースがないトラックで、ロー成分はサンプルやドラムループから賄ってほしいと言われたのですが、元がかなりロー成分の少ないサンプルで、フィルターなどを駆使してローエンドとキックを足したんです。
──具体的にはどんな手順で作ったのですか?
D.O.I. ドラムループをfabfilter Pro-Q 3で低域だけにしてからコンプで整えて、それをWAVES LOAIRにセンドで送ってローエンドを増強しました。さらに、この曲は単発のキックがなかったので、低域補強用のキックを足すために、まずドラムループを複製してPro-Q 3で低域だけにした後コンプでならし、UNIVERSAL AUDIO Little Labs vogで低域のみを強調してキック成分だけを抽出しました。そのキックをトリガーにして、STEVEN SLATE AUDIO TRIGGER 2で低域が豊富なキックを追加しました。ただ、それでもほかの曲と並べるとロー感が足りず、結局VaVa君がベースを足して。
──ベーストラックの処理はどのように行ったのですか?
D.O.I. ベースも単体のものはなくサンプルに含まれていた成分だけだったので、PLUGIN BOUTIQUE Scaler EQで中低域を上げました。これが面白いプラグインで、指定したスケールに合う周波数帯域だけ上げてくれるんです。あとベー スの音階を感じる中高域の部分が少し弱かったので、wavesfactory SPECTREで倍音成分を付加しました。
──「Retire」はまた毛色が違うVaVaさんのトラックですね。
D.O.I. この曲はジャンル的にはレイジビーツで、それを踏襲するなら過剰な飽和感を出すんですけど、VaVa君の曲なら少しずらしたことをするのも良さそうかなと思ったのと、ほかの曲とのバランスも考えて、一般的なレイジビーツほど飽和させず、キックをちゃんと出すような処理をしました。
ドライな質感の曲でも2、3個はリバーブをかける
──MC4名の声のキャラクターの違いはどのように感じますか? それぞれの処理に違いはあるものなのでしょうか?
D.O.I. in-d君の声はめちゃくちゃ太いんですけど、VaVa君の声は倍音成分が強いんです。どちらも音としては大きいと判断されるんですが、どちらかをフォーカスするともう一方が小さく感じたりするので、両方がうまく真ん中辺りに行くように、in-d君は少しローカットして、VaVa君は少し低域を足したり倍音を下げたりしました。JUBEE君の声は4人の中では真ん中辺りにいる感じで、すごくシンプルで扱いやすいです。BIM君のラップはトラック数が多いんですよ。高音パートと低音パートが同時進行することが多くて、しかもそれが通常のメイン、ハモみたいな立ち位置でないので、どちらをリードとして認識すればよいか正解を探りました。
──4人のラップの質感をそろえる調整はどのように?
D.O.I. 曲に一番フィットしていそうな誰かのラップをまずEQで整えて、それに準じてほかのラップもEQとコンプでひたすら合わせます。その下処理の後にバスでもひずみを付けたりするので、それで質感は合いますね。
──ひずみの質感を合わせるためのプラグインはどのようなものを使うんですか?
D.O.I. 以前Kポップのデータを受け取った際に使われていたJST Joel Wanasek Bus Glue Vocalsが良くて。倍音がすごく付加されてビリビリする感じなんです。個人的に1個で思いきり変えるより何個か少しずつ足していくのが好きで、fabfilter Saturn 2と組み合わせて2段階でひずませています。その方が破綻しにくくて奇麗にひずむんです。
──『Wisteria』の収録曲をライブで拝見した際、鳴りの良さに感動したのですが、ヘッドホンからライブ会場まで多様な環境で聴かれることに対応するための方法はありますか?
D.O.I. 確かにライブ会場で奇麗に鳴るとおっしゃってくれる方が多いのですが、それは大きいスピーカーを使って大きい音でミックスしているからかなと思いますね。大は小を兼ねるので、大きい音でミックスしたものは小さい音で再生しても伸びやかさが失われていない気がします。あとは、ヘッドホンで、左右が独立した状態で聴かれたときにおかしいところはないか、過剰に何かやりすぎていないか、パンニングが異常に開きすぎていないかなどを確認します。少しほかの曲を聴いた後にパッと聴いて第一印象などもよくチェックしています。
──ストリングスが派手な動きをする「Taste Test」は、ともすれば高域が耳に痛くなりそうなものですが、迫力を感じさせつつ耳に痛くない音でとても気持ち良い音像ですね。
D.O.I. ストリングスはダイナミクスがあるので、大きい音にしたときに痛いところが目立たないように気を付けて処理しています。ダイナミクスを抑えつつ、ダイナミックEQと普通のEQで邪魔している帯域がないか精査するんです。その際、せっかくの迫力がなくならないようにダイナミクスのつぶしすぎには気をつけています。コンプをかけてすごく聴きやすくなったと思っても、何回もバイパスして聴いてみて、ダイナミクスの動きで盛り上がっていたものがなくなっていないかなど、失われたものがないかを疑います。
──そこへさらにラップをうまく乗せるためのコツは?
D.O.I. なるべくそれぞれをソロで聴かないようにして、ラップが入った状態でEQをいじってダブっているところを探します。一番時間がかかるのは“すみ分け”の作業です。楽器ごとの帯域や楽器とボーカルの帯域もそうですし、リバーブが変な巻き込まれ方をしていたらそれも解消します。あとは、1人ずつがちょっとずつ違う奥行きでいろいろな所にいるような感じにしたいときは、ほぼ気づかないような、0.3sくらいのすごく短いリバーブをかけます。
──そのわずかなリバーブの有無で変わるんですね。
D.O.I. ドライな質感の曲ってほぼリバーブをかけていないと思われがちなんですけど、アメリカのヒップホップとかを聴いても実は結構リバーブはかかっているんです。そこを踏襲して2、3個はかけるようにしています。ドライすぎると逆にカラッとしないというか、ちょっといなたさが出ちゃいますね。デモっぽくなるというか。リバーブが少しあるとしっかりしたものに聴こえるんです。今回はBricasti Design M7やVALHALLA DSP Valhalla VintageVerbなどを使いました。
──あらためて、『Wisteria』はどのような作品でしたか?
D.O.I. よくこんなにキャッチーでいい感じのビートが集まったなって。ピート選びのセンスが抜群にいいですね。全曲とも本当に素晴らしいなと思いました。
「180」のミックステクニックをプラグイン画面とともに解説!
ここでは、収録曲「180」を題材にD.O.I.のミックステクニックを紹介。ボーカルやビートの音作りの技法をひもといていこう。
ボーカルトラックで統一感のあるひずみ感を作る
まずはD.O.I.がボーカルトラックに行う処理に注目。ボーカルバスでの処理方法を中心に、順を追って紹介していく。
1. ボーカルトラックをコンプ&EQで“下処理”
各ボーカルトラックはバース、フックなど展開ごとにバスでまとめる。各チャンネルにはEQx2→コンプx2→マルチバンドコンプ→Plugin Alliance Brainworx bx_console SSL 4000 Eなどをインサートし、細かく処理して基礎を作る。展開ごとにバスで分けることで無駄なオートメーションを書かずに場面転換ができるという。
2. ボーカルバスでひずみや倍音の“味付け”
❶ディエッサー的処理で痛いところをカット
↓
❷EQで最終的な音の方向性を固める
↓
❸2段階でひずみを付加
3. センドで質感を“ちょい足し”
2 で作ったバスにさらに“質感ちょい足し”をするためのAUXトラックを用意。倍音を付加するWAVES APHEX VINTAGE AURAL EXCITER、過剰なコンプ/EQ、マキシマイザーなど4つほど用意している。それぞれのAUXトラックのボリュームで質感や距離感を調整する。
ループサンプルを元にして低域を作る
続いて、ドラムループのロー感を増強する方法を紹介。「180」では当初ベーストラックがなく、ロー感の少ないドラムループのみがビートとして用いられていた。D.O.I.はこの素材を使って、ローエンドの増強とキックの追加を行った。ここではローエンドの増強方法を紹介する。
1. EQで低域のみに
2. コンプでならす
3. ロー成分をさらに付加
サンプルやベースのEQ処理
「180」では先述のドラムループのほか、ギター/ベース/エレピ/ドラムなどのさまざまな楽器が混ざったメインのサンプル素材、ベース単体があり、それぞれに対して D.O.I.が使用したEQプラグインを紹介しよう。
指定したスケールに合わせた帯域を処理
音階を感じられるように倍音を付加
◎CreativeDrugStore インタビュー【前編】〜四者四様のラップで築き上げる『Wisteria』
◎CreativeDrugStore インタビュー【後編】〜週2で集結したBIMのスタジオ初公開!
Release
『Wisteria』
CreativeDrugStore
SUMMIT:SMMT-225
Musician:BIM(rap)、in-d(rap)、VaVa(rap)、JUBEE(rap)、doooo(DJ)
Producer:Rascal、DJ MAYAKU、VaVa、JUBEE、doooo、Lou Xtwo
Engineer:D.O.I.
Studio:プライベート、Daimonion