ここ最近、女性シンガーの新譜に興味を引かれることが多い。まずは、ロンドン在住のナイジェリア系シンガーでハープ奏者のダヴィーナ・アデオスン・ブライトが、ニックネームの“muva”(飛ぶを意味する)から取ったムーヴァ・オブ・アースの名義でリリースしたデビュー作『align with Nature's Intelligence』から取り上げたい。アフロ・フューチャリスティックなジャズやソウルを土台にした演奏も魅力的だが、声にとても引き寄せられるものがあった。アリス・コルトレーン、サン・ラー、ドン・チェリーからの影響を挙げ、フリー・ジャズ的な展開を途中で見せる中でも、彼女の声は際立っている。大学でジャズ・ボーカルを専攻したムーヴァは、ティーンエイジャーの頃からエイミー・ワインハウスを好み、オープン・マイクや音楽学校のオーディションでは彼女の曲を歌ってきたという。
『align with Nature's Intelligence』muva of Earth(ビート/Brownswood Recordings)
DJ/プロデューサーのジャイルス・ピーターソン主催のレーベルからリリースされたムーヴァ・オブ・アースの最新作
『High』muva of Earth(ビート/Brownswood Recordings)
人間関係の破綻からインスパイアされたというムーヴァの2022年作。陶酔的なハーモニーと幽玄なボーカルが味わえる
ムーヴァは、西アフリカのヨルバランドをルーツに持ち、ヨルバ族のレガシーを継承する自らの音楽をアフロ・スピリチュアル・ミュージックと表現する。『align with Nature's Intelligence』には、UKジャズを牽引(けんいん)するサンズ・オブ・ケメットや、ココロコ、アンジェリーク・キジョー、ホレス・アンディーなどの現場に関わった、ムーヴァと同じナイジェリア系のドラマー、エドワード・ワキリ・ヒックが参加している。ジャズ・ミュージシャンが演奏する厚みのあるサウンドがベースとなっても、いわゆるスピリチュアル・ジャズのスタイルをなぞるのではなく、彼女なりの文脈でそしゃくしている音楽であることが伺える。以前、本連載で紹介した(※1)シカゴのミュージシャン、作曲家でアクティビストでもあるデイモン・ロックス率いるブラック・モニュメント・アンサンブルのロンドン公演にも参加して、ムーヴァは大きな影響を受けたという。このアンサンブルには、作曲家/マルチ奏者のエンジェル・バット・ダヴィドも参加しているが、彼女のジャズとブラック・ミュージックの包括的な表現は、ムーヴァに通ずるものがある。
(※1)https://www.snrec.jp/entry/column/tciy137
ロックスやダヴィドは、シカゴにおけるAACMやサン・ラーの活動やAfriCOBRAのようなアート運動を継承するように、美術館や教会から刑務所まで、さまざまな場所と人に積極的にコミットしてきた。そして、ムーヴァにもアクティビストという側面がある。ファイン・アートを学んだコンセプチュアル/ビジュアル・アーティストでもある彼女は、音楽やアートを通して、アフリカン・コミュニティの教育を促進する組織を共同設立した。彼女は“ジャズ・シンガーであることは間違いない”と断言するが、バックボーンは複雑で興味深く、それが音楽性にも表れている。
5年ぶりとなるセカンド・アルバム『falling or flying』をリリースしたばかりのジョルジャ・スミスも、シルキーな歌声を持った実に魅力的なシンガーだ。トム・ミッシュをはじめ多くのプロデューサーが関わったデビュー・アルバム『Lost & Found』でマーキュリー賞やグラミー賞にノミネートされて一躍注目を集めた彼女は、既に大きな成功を収めている。ドレイクとの共演をはじめ、さまざまなアーティストの作品にフィーチャーされ、ファッション・ショーのランウェイも歩いた。間違いなくポップ・スターとしての将来を期待されたが、ロンドンの喧騒(けんそう)を避けて、故郷であるウェスト・ミッドランズのウォルソールで活動を再スタートした。
『falling or flying』Jorja Smith(FAMM)
UKのR&Bシンガー、ジョルジャ・スミスの最新作。中盤のエモーショナルな展開が癖になる「Little Things」を含む全16曲
人と話すことが嫌いでインタビューも撮影も苦手であることを、スミスはアリシア・キーズとの対談記事(※2)で素直に吐露している。キーズは『falling or flying』での歌声を絶賛し、それがどこから生まれたのか尋ねると、スミスは淡々とこう答える。
「エイミー・ワインハウスが大好きで、いつもエイミーやダミアン・マーリー、ナズを聴いていた。歌っていると、何も考えなくても自然と言葉が思い浮かんだ。あなたもそうでしょ? 自分の声がどこから出てくるのかは説明できない」
(※2)https://i-d.vice.com/ja/article/g5yv74/jorja-smith-alicia-keys-falling-or-flying-interview-cover
このどこかひょうひょうとしたスタンスは、“自分の批評は自分でする”と言い放ち、他者の安易な定義付けを拒絶する姿勢を見せるキーズとは対照的だ。『Lost & Found』によってカテゴライズされたジャジーなR&B、ネオ・ソウルという枠をすり抜けるように、『falling or flying』は実験的で多彩なサウンドだ。インディー・ポップからUKガラージやダウンテンポまであり、ストリングス・アンサンブルもフィーチャーされるが、雑多な印象はない。そして、等身大の表現に徹しようとしている。プロダクションの一つ一つが繊細で手が込んでいて、温かみがある。ジャマイカ出身のシンガーの父を持つ彼女は、レゲエやスカから、ヒップホップ、R&B、ジャズ、インディー・ロック、パンクまで、あらゆるジャンルを聴き、幼い頃から曲作りを始めた。才能のあるシンガーだが、彼女が興味深いのは、自身が媒介となって、淡々とさまざまな音楽スタイルを乗りこなしていることだ。
フィンランドに古くから伝わるチターの一種である撥弦(はつげん)楽器カンテレを演奏し、歌うシニッカ・ランゲランの『Wind And Sun』も、魅せられるアルバムだった。ノルウェー人の父とフィンランド人の母を持つ彼女は、トランペッターのマティアス・アイクやドラマーのトーマス・ストレーネンら、ノルウェーのジャズ・シーンを代表するミュージシャンたちとこのアルバムを作り上げた。透明感のある彼女の歌は、これまでフィンランドの叙事詩カレワラなどのルーン・ソングや呪文詠唱を取り上げてきたが、今作ではノルウェーの劇作家ヨン・フォッセの現代詩を全編に渡って歌っている。演奏はジャズに拘泥してはいないが、トラッドや即興に振り切ってもいない。その絶妙な案配のサウンドと歌とのコンビネーションがとても良い。歌が浮かび上がってくるような演奏という意味では、ムーヴァと共通するところもある。ECMらしいモノトーンのジャケットがイメージを限定するかもしれないが、カンテレがボサノバのコードを奏で、サックスがペンタトニック・スケールで民謡的なフレーズを吹く曲もあり、さり気なくまか不思議な展開が潜んでいるのが面白い。
『Wind And Sun』Sinikka Langeland(ユニバーサル/ECM)
カンテレ奏者、シニッカ・ランゲランの2年ぶりの新作。レコーディングはオスロのレインボー・スタジオで行われた
ランゲランは自分の音楽を“フィンランドの森のアリス・コルトレーンのような、超ヒップな音楽”と称しているが、これは伝統を保持しようとしている音楽ではなく、バックの演奏も含めて現代的な音楽として聴かれるべきだろう。曲はすべてランゲランがカンテレで作曲している。彼女が弾くコンサート・カンテレは39弦もある大きなもので、5オクターブ半の広い音域を持つ。しかも、バイオリンの弓を使った演奏もすることで、現代的なアンサンブルの中で似たような響きをもたらすハープとは異なるコントラストを生み出している。カンテレの演奏と歌を通して、彼女はトラッドをもっと個人的な音楽として再生しようとしている。だから、彼女の歌はポップスのカテゴリーにはなくても、それらとの隔たりを感じさせないのだ。
原 雅明
【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』