どうすれば日本人アーティストがアメリカのメインストリームで互角に勝負できるのか。そのポイントや戦略などについて、日米の文化や考え方の違いなどを取り上げながら解説していく本コラム。今回は、今後ますます本格化するであろうSNSプロモーション時代におけるポイントやクロスプロモーションなどについてお話ししよう。
SNSの個人インフルエンサーに
お金が集まる現代
前回でも触れたように、プロモーションにおいてこれまで有利だったのは資金やコネクションをたくさん持つ“大手”音楽事務所だった。アメリカ観光などでご覧になられた方も多いと思うが、ロサンゼルスのサンセット・ブルバードやニューヨークのタイムズ・スクエア付近には大型ディスプレイが設置され、これらに広告を出すには高額な掲載料が必要だ。日本でも渋谷駅前にあるスクランブル交差点周りのディスプレイが良い例だろう。これらに限らずテレビや新聞/雑誌/電車やバス内の広告掲載料は、個人にとっては高額となる場合が多く、それは日米でも変わらない。
撮影:筆者
しかしインターネットの普及とSNSの台頭により、ここ数年間でInstagramやFacebook、Twitterなどの“いいね/フォロワー数”が多く稼げる個人アカウントにお金が集まる時代になってきた。いいね/フォロワー数はそのままアカウントの“価値”となり、企業はこぞって彼ら=インフルエンサーに宣伝効果を期待する。まさに“SNSが路上の看板をスマートフォンに変えた”といっても過言では無い。
こういったインフルエンサーに需要が集まると同時に、彼らの“発言力”も上がっている。例えばビリー・アイリッシュは今年の6月、Instagramでフォローしていたアカウントをすべてアンフォローしたことが明らかになった。さまざまな憶測が飛び交ったが、事のいきさつからすると、これは“女性に対する性的虐待への抗議”というふうに言われている。
またこのような状況の中、さまざまな企業がいいね/フォロワー数の購入サービスを行っているのも興味深い。中には、いいね/フォロワー数だけでなくコメントまでも購入できるサービスがある。しかしこれではアカウントの本当の姿が分かりづらく、ただの“数字稼ぎごっこ”になりつつあるのも時間の問題だ。
https://www.instagram.com/billieeilish/
今後はアーティストとファンの間における
“つながり”がますます大切
では、これから一体何を基準に判断すればよいのだろうか? ここアメリカでは既に“いいね/フォロワー数はもう信じられない。あまり意味が無い”という声も出ている。実際にInstagramは、2019年に“いいね”のデフォルト表示を幾つかの国において実験的に廃止した。こういった流れを踏まえて筆者は、今後はアーティスト自身の“信用”が一番大切になってくるのではないかと推測する。筆者がここで言う信用とは、アーティストの失敗や成功の過程などをあえて公開すること、すなわち“ストーリー”といった感覚に近い。
なぜなら人が映画を見て感動するのは、視聴者が主人公の失敗や成功の体験(ストーリー)に共感するからである。今後は日米に限らずどのアーティストもファンとの信頼関係をより密にするために、今まで以上にプロセスを細かく見せていくことが重要になるだろう。これからはアーティストとファンの間の“信頼関係”や“つながり”がますます大切な時代がやって来るのだ。サポートするファン側もアーティストの人間性や日常、これまでの経緯や、どんな信念を持って普段活動しているのかなどを知ることによって、より“応援したい”という気持ちが生まれるだろう。
また現在はライブ・ハウスや野外フェスでの活動が難しく、オンラインでのライブ配信が盛んだ。YouTubeの投げ銭機能やクラウド・ファンディングなどは、こういったアーティストとファンの信頼関係を作る後押しとなるのではないだろうか。一度に世界中のファンとつながってコミュニケーションができるのも、オンラインの長所だろう。
新しい可能性を生む
異業種同士のコラボレーション
近年筆者は幸運にもハリウッド俳優たちが主に集まるコミュニティの中の一つで音楽活動をさせてもらっており、年末にはコミュニティ主催のカウントダウン・パーティに招待される。会場には映画ディレクター/俳優/音楽プロデューサーなどさまざまな業界の著名人が集まり、決まって来年の抱負を発表するのだが、近年の傾向としては、“個人だけで有名になる時代は終わった。皆で助け合っていこう”というメッセージが多いように感じている。“個の時代”ではあるが“横のつながり”は大切に……つまり、一人の力では限界があるがコミュニティ内でお互いが協力することでもっと大きな力が生まれるということだ。
その言葉通り、近年アメリカでも“コラボレーション”や“クロスプロモーション”という言葉をますます聞くようになった。弊社でも数年前よりクロスプロモーションに力を入れている。例えばアメリカでのアニメ・コンベンションにおいて、ファッション・デザイナーとアーティストが手を組んだとしよう。もちろん双方の同意の元だが、ファッション・ショウにアーティストがそのブランドの服を着てゲスト・モデルとして登場する。ショウにはそのブランドとアーティストの両方のファンが集まるため、それぞれに魅力をアピールすることが可能だ。
一方では、そのアーティストに興味を持ったブランドのファンが、同コンベンションで開催されるアーティストのコンサートに足を運んでくれることも期待できる。筆者の経験では、そのコンサートの動員数は普段よりも1.2〜1.5倍に増え、新しいファンの獲得に大きくつながることが多い。同業者同士のコラボもいいが、このような異業種同士のコラボは話題を生み、新規ファン層の開拓につながるだろう。
世界的な新型コロナ・ウィルスの拡大によってテレワークが急速に広まり、仕事のやり方やビジネス・モデルがオンラインに移行しだしたのはこの数カ月であるが、点(個人)と線(横のつながり)をうまく使うことによって、今までに無かった新しい可能性を生み出すことができる。ぜひ国内だけでなく海外の情報にも目を向け、新しい変化の波をとらえてほしい。今たたける石橋は無い。新しいことへの挑戦は、たとえ失敗したとしてもストーリーとなり、多くの人々への勇気となるだろうから。
浅葉智
【Profile】ロサンゼルスを拠点に、米国内へ日本の音楽/ファッション業界などにおける優れた人材を派遣する芸能音楽事務所、FAKE STAR USAの代表。1998年からギタリストとして、愛内里菜など国内アーティストのレコーディングに携わる。2006年に渡米後、ドラマへの楽曲提供のほか、米国最大のアニメ・コンベンション“アニメ・エキスポ”や大型フェス“Bonnaroo Music and Arts Festival”などの出演、そのほか俳優/声優として幅広く活動している。
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