バックチェリー『ヘルバウンド』、ハイエイタス・カイヨーテ『Mood Valiant』 〜マスタリング・エンジニア小泉由香's ディスク・レビュー

 第一線で活躍するエンジニアに毎月お薦めの新作を語ってもらう本コーナー。小泉由香氏の今月のセレクトは、バックチェリー『ヘルバウンド』、ハイエイタス・カイヨーテ『Mood Valiant』です。

音の抜けと体温のある演奏感を同時に味わわせてくれる

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バックチェリー『ヘルバウンド』(ソニー)

 バックチェリーが2年ぶり9枚目の作品をリリースしました。プロデューサー/ミックス・エンジニアには、エアロスミスなどを手掛けたことで有名なマーティ・フレデリクセンを起用(息子のエヴァンも録音とミックスに参加しているようです)。全体的に少し大きめなドラム・バランスですが、音色が生々しくてカッコいいので気になりません。すべての楽器が芯のある胴体を持った音像で、セパレーション良く振り分けられています。アナログ感あふれる太い音質が、音の抜けと体温のあるグッと来る演奏感を同時に味わわせてくれます。それでいて、とてもキャッチーな王道のLAロックですから、これからの季節に初めて聴く人も楽しめると思いますよ。

 

セルフ・プロデュース/ミックスで手作りの触り心地がする作品

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ハイエイタス・カイヨーテ『Mood Valiant』(ビート)

 6年ぶりに発表されたハイエイタス・カイヨーテの今作はBrainfeederに移籍後初のリリースです。セルフ・プロデュース/セルフ・ミックスで制作され、手作りの触り心地がする作品に仕上がっています。特徴としては低音部分を支えるトラックがとにかく野太く、その上にパキッとしたストレートな歌が乗って、上モノの楽器とともに曲の世界を作っているところ。どの楽曲にも、リズムをつかさどる低音のパンチ部分の下に、ムワッとした音圧で来るスライム的なローエンドがいます。ローエンドがお好きな方は注意して聴いてみましょう(笑)。ただそれだけでなく、唯一のバラード曲ではピアノと弦のオーケストレーションでしっとり聴かせるのがニクいです。オーガニックで程良い湿度のある2枚です。

 

小泉由香

【Profile】マスタリング・スタジオ、オレンジ主宰。音楽愛に裏付けられた丁寧な仕事で信頼が厚い、日本を代表するマスタリング・エンジニア