ついにシネマ・スクリーンを発注! 〜【第22回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 連載ももうすぐ2年になろうとしています。スタジオは相変わらずブラッシュアップを続け、止まっていたサウンド・スクリーンの設置も動き出しました。完成しないと連載が終われないので、近況報告をしようと思います。

M1 Mac+Logic ProでApple Musicのバイノーラルを再現する

 Apple Silicon搭載のMac&macOS Monterey+Logic Pro 10.7.3が、Apple Rendererに対応しました。Apple Musicの空間オーディオはDolby Atmos Rendererとは違うバイノーラル処理を行っています。今までそのサウンドはミックス終了後、Dolby Atmos RendererでMP4(EC-3)を作成し、それをiOSデバイスの“ファイル”アプリに入れないと聴けませんでした。つまり、一度Dolby Atmos Rendererに録音しないと、どんな音でリスナーの耳に届くか分からない状況下で作業するので、とても効率が悪かったのです。Logic Proがリアルタイム変換できるようアップデートしたので、スタジオのシステムへ組み込むことにしました。

APPLE Logic Pro 10.7.3のDolby Atmosプラグイン(Renderer)では、Apple Rendererでのバイノーラル・モニタリングが可能に。ただし、Apple Silicon機+macOS Monterey(12.3以降)が必要となる。筆者はバイノーラル・レンダリングのみに使用

 一番簡単なのはAUDINATE DVS(Dante Virtual Soundcard)を使ったDante接続でしょう。Logic Proの利点は入力と出力でオーディオI/Oを変えられること。入力をDVSにして出力をAirPods Max/Proにもできます。非圧縮のWAVでAVID Pro Tools|MTRXに戻し、ヘッドフォン・アンプへ送るというルーティングが正解なのですが、Bluetoothの帯域幅でAirPods Maxなどを再生した方が、配信されている音に近いと個人的には思いました。音が一度途切れたり、レイテンシーが大きいのが難点ですが、3月半ばにようやくDVSがApple Siliconに対応したことにより、一気にシステム構築のハードルが下がった気がします。僕もこのタイミングをずっと待っていて、M1のMacMiniを購入しました。

 そして何よりの恩恵は、高価なAVアンプとApple TVが無くてもApple Musicの空間オーディオの7.1.4chをスピーカーから聴くことができるようになったことです。これも同じくM1 Mac&macOS Montereyのみの特権で、Audio MIDI設定のスピーカー構成に“7.1.4アトモスサラウンド”が追加されました。今までの出力は5.1.2chや7.1chの8ch縛りでしたが、そこが解放されました。

Audio MIDI設定のスピーカー構成に“7.1.4アトモスサラウンド”が登場。Apple Silicon機+macOS Monterey(12.3以降)という条件はあるものの、12ch出力のオーディオ・インターフェース+スピーカー+アンプがあれば、Dolby Atmosのスピーカー再生が可能となる

 これで、12ch出力のオーディオ・インターフェースとスピーカー(+アンプ)があれば、誰でもスピーカーでDolby Atmosを楽しむことができます。じゃあHDMIからも出せるんじゃない?と思いますが、これだとPCMの8ch出力になります。先月書いた、コーデックやビットレート出力などの知識を深めていけば、なぜこうなるかもおのずと理解できてくるので、とても面白いです。

 さらにNetflixやDisney+のDolby Atmos音声もMacから出せるんじゃないか?と思いますが、これらのサービスはWebブラウザーからの再生なので、そこは2chです、ご注意ください。もしやと思い、アプリで動くTIDALも検証しましたが、こちらもステレオ音声のみ。でも近い将来空間オーディオが気軽にスピーカーから出せるようになりそうですね。期待しています。

 実は知り合いから9.1.6chも出力できた!という報告があったのですが、僕の方では確認できず、今後も検証していこうと思います。

国産サウンド・スクリーンEASTONE/KIKUCHI E8K-KEをオーダー

 次にずっと止まっていたスクリーン設置と映像周りの整理です。Official髭男dismやいきものがかり、ミュージカル『モーツァルト!』や『僕らのミニコンサート』など、Blu-rayでのDolby Atmosミックス、あるいは映画の劇伴の仕事により良く対応するために、やはり視覚情報はとても大事だと長年思っています。レコーディング・スタジオでは、どうしても小さい画面を見ながら、音の調整をやりがちですが、ミックスのサイズ感も画面のサイズからの影響を受けると思っています。

 また、サウンド・スクリーンという、映画館に採用されている音を透過するスクリーンでの中高域の変化を体感したいという思いも相まって、絶対にやり遂げたい工事でした。

 一番有名なサウンド・スクリーン・メーカーはアメリカはロサンゼルスにあるSTEWART。サウンド・スクリーンには音を透過するための細かい穴が空いているのですが、STEWARTでは10c㎡に穴径約0.5mmで約3,200個のマイクロパーフォ(ホーム・シアター向け)、10c㎡に穴径約1mmで約600個のシネパーフォ(映画館向け)などがあります。少しイメージが湧くでしょうか?

 しかし、STEWARTのスクリーンはめちゃくちゃ高価だったので、日本のEASTONE(大阪)とKIKUCHI(東京)が共同開発し、NHKなどにも導入実績があるE8K-KEを試すことに。THX認証も取得しているので安心です。それでも結構な金額ですが……。

EASTONE/KIKUCHIのサウンド・スクリーンE8K-KEをテスト。繊維を編み上げた構造で音の透過を実現しているため、後ろの液晶テレビが透けて見えるのが分かる

 この工事をするために紆余曲折があり、10カ月近く止まっていましたが、ある方に出会ったおかげで、なんとか先月スタートを切れました。やはり人との出会いは大切です。

 天気予報とにらめっこし、いざ快晴の日に100インチのスクリーンをスタジオへ持ってきてもらい、サイズ感と音色変化をチェック。10カ月前に既に購入してあったEPSON EH-TW8400Wの映写距離を確認し、結果、映画館と同様にL/C/Rのスピーカーが隠れるサイズの90インチを発注することにしました。サウンド・スクリーンは受注生産なのでここから2カ月かかるそうですが、映った映像をみた瞬間、とても感動しました。もっと早くガムシャラに行動しておくべきだったと、とても後悔しました。

360 Reality Audio用のボトム・スピーカーを金具で固定予定。角度は28°となる。スクリーンはL/C/Rの3本が隠れる90インチ・サイズを発注した

 最後に、360 Reality Audioに対応すべく、ボトム・スピーカーを本格設置するための金具を製作依頼。サブウーファーが4発になったことと、スクリーンが来るタイミングでスピーカー・レイアウトを見直し、LssとRssを105°に変更しようと思います。本当は100°が良いのですが、その場合L/C/Rの設置距離が1,800mmを切ってしまうので、ぎりぎりの位置にすることにしました。今からとても楽しみな工事です。

 

古賀健一

古賀健一

【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano