ABLETON Pushの衝撃〜Liveの機能を内包しMPEにも対応するプロダクション・インストゥルメント

ABLETON Pushの衝撃〜Liveの機能を内包しMPEにも対応するプロダクション·インストゥルメント

ABLETONのDAWソフト、Liveのコントローラーとして生まれたPush。2015年に第2世代のPush 2がリリースされてから8年を経た2023年6月、第3世代のPushがドロップされました。最大の特徴はLiveのセッションビュー、音源、エフェクトの機能を内包するスタンドアローンの音楽制作ツールであり、楽器でもある点。その上、オーディオ・インターフェース機能も備え、もちろんLiveのコントローラーとしても利用できます。本企画では、この衝撃的とも言える画期的な製品の主要機能をたっぷり紹介していきます。

INTRODUCTION|OVERVIEW

 ここではPush 3の外観をざっと眺めてみてください。Push 2とよく似ていますが、ユーザーの方は幾つか重要な違いがあることに気がつかれると思います。“はじめまして”の方は、パッドが64個あってカラー・ディスプレイがある、くらいの認識でOKです。

●Push(プロセッサあり):258,000円
●Push(プロセッサなし):128,000円
●アップグレードキット:138,000円(“プロセッサなし”のモデルを“プロセッサあり”にアップグレードできるキット。2023年末に発売予定)

Top|MPE対応の64パッドでトラック·メイクから演奏まで

ABLETON Push トップ

ディスプレイ部:カラー・ディスプレイにはセッションビューや波形、MIDIデータ、エフェクトのパラメーターなどを表示。上下のボタンで項目を選択して、上部のエンコーダーでパラメーターを設定していく
ボリューム:メイン出力のほか、押し込むことでヘッドフォンなどほかの出力をコントロール可能
Swing and Tempoエンコーダー:スウィング値とテンポを押し込むことで切り替えられる
メトロノーム:タップでもテンポ設定可能
Capture:MIDIレコーディングしていなくても、MIDIデータを記録しているLiveのキャプチャ機能も装備
トランスポート:再生や録音など
タッチ・ストリップ:ピッチ・ベンドやオクターブ範囲の変更などに使用
パッド:MPE対応の64パッド。ドラムやシンセなどの演奏のほかクリップのコントロールに使用
ディスプレイ表示切り替え:デバイス、ミキサー、クリップ、セッションの各画面を切り替え
ジョグ・ホイール:メニューの選択や移動のほか、左右に動かしてサブメニューの表示や画面内遷移に用いる
Session D-Pad:ジョグ・ホイールと同様にメニューの選択や移動などに使用。またシーンやトラック間の移動にも用いる
Scenes & Repeat Intervals:シーンの再生やノートのリピート単位を設定
RepeatやAccentなどのノートに関するボタン、シーンやクリップのコピー、オクターブの移動やシーケンスの移動などなど、楽曲制作に必要な各種のボタンを用意

Rear|オーディオ&MIDI入出力に加えCV/GATE出力も

ABLETON Push リア

オーディオ出力1/2(TRSフォーン×2)
オーディオ入力1/2(TRSフォーン×2)
ADAT入出力(ADATオプティカル)
MIDI入出力(3.5mmTRSフォーン×2):ブレイクアウト・ケーブル経由でMIDIケーブルに接続)
USB Type-A:MIDIコントローラー/MIDIインターフェース接続用
電源:ACアダプターを接続
USB Type-C:コンピューターと接続してLiveをコントロール
ペダル入力およびCV/GATE出力1/2(TRSフォーン×2):2系統のペダル入力とブレイクアウト·ケーブルを使用した4系統のCV/GATE出力を切り替え可能
ヘッドフォン(ステレオ・フォーン)
電源スイッチ

Back|コントローラーからスタンドアローンへ

ABLETON Push バック

Push 3(スタンドアローン)は本体底面に、CPUや256GBのSSD、バッテリーなどを搭載している(矢印部分)。コントローラー・バージョン(プロセッサなし)にはこの部分がないが、2023年末発売予定のアップグレード・キットで増設可能

SPECIFICATIONS
●パッド:64個(MPE対応、XYセンサー/RGBバックライト搭載)
●プロセッサー(プロセッサありのみ):INTEL Core I3-1115G4(8GB RAM)
●バッテリー(プロセッサありのみ):リン酸鉄リチウム電池(2~2.5時間の再生が可能)
●ストレージ(プロセッサありのみ):256GB SSD
●Wi-Fi接続:プロセッサありのみ対応
●外形寸法:380(W)×29(H)×318(D)mm
●重量:3.95kg(プロセッサあり)、3.1kg(プロセッサなし)

Pushの呼称について
第3世代Pushは2種類存在する。Liveの機能を備えたスタンドアローン動作が可能なPush(プロセッサあり)と、Liveコントローラーとしてのみ動作するPush(プロセッサなし)だ。これら第3世代のPushは便宜上、“Push 3”と呼称されることも多く、本企画においてもPush 2との混同を避けるためPART 1以降はPush 3で表記し、特にプロセッサありを示すときは“スタンドアローン”、プロセッサなしの場合は“コントローラー”と記す。

PART 1|音楽制作の中心的存在として

 まずはPush 3の全体像を把握していただくべく、数ある機能の中から、特に音楽制作の視点で重要な部分をピックアップしていきます。Push 3をスタジオの中心に据えると、一体何が起こるのか?本稿を読むとワクワクが止まらなくなること請け合いです。

Text by オカモトタカシ
【Profile】ゲーム・サウンド・デザイナー/Ableton認定トレーナー。12sound代表。コンシューマー・ゲーム、オンライン・ゲームなど、さまざまなゲームのBGMや効果音の制作を手がけている。

概要からセットアップまで

 2013年発表の第1世代Push、2015年発表の第2世代となるPush 2を経て大きく進化した第3世代のPush 3は、単独で動作する“スタンドアローン”版と、ABLETON Liveのコントローラー&オーディオ・インターフェイスとして機能する“コントローラー”版の2ラインナップから選べる構成になっています。

 スタンドアローン版は上位互換機の位置づけであるため、モードを切り替えてコントローラー版と同様に使うことも可能です。またコントローラー・バージョンも、スタンドアローン・バージョンへとアップグレードするためのキットが2023年末に発売される予定となっています。本章ではスタンドアローン・バージョンのPush 3について、音楽制作マシンとしてのポテンシャルを中心に解説していきます。

 長くPushシリーズを使用して音楽制作を続けてきた筆者にとって、Push 3がスタンドアローンで動作するとアナウンスを受けたときの衝撃は、それはそれは大きなものでした。INTELプロセッサーを中核としたコンピューター・システムを丸ごと内包し、その上でLinux版Liveが走るのです。そのシステム上ではシンセ、サンプラー、エフェクター、パターン・ベースのDAWが渾然一体となっており、自身の音楽に高い没入感をもって向き合える総合環境となっています。またPush 3(スタンドアローン)にはバッテリーも搭載されています。ヘッドフォンだけつないでしまえば、どこにでも持ち出して音楽制作が可能であることも本機の魅力でしょう。

 セットアップとオーサライズは非常に現代的な手順となっています。電源投入の後、Wi-Fiのセットアップ→アップデート→オーサライズ、と進行する辺りは本当にコンピューターと同じような流れです(写真❶)。

写真❶ Push 3のセットアップはまずWi-Fiの設定から始まる。まるでコンピューターのセットアップのようだ

写真❶ Push 3のセットアップはまずWi-Fiの設定から始まる。まるでコンピューターのセットアップのようだ

 オーサライズはコンピューターやスマートフォンからWi-Fi経由でPush 3本体にアクセスする形で、この際に自分のABLETONアカウントに紐づけられます。つまり、そのアカウントに登録されているLiveのエディションや追加音源の種類に応じてPush 3のオーサライズも行われることになるのです。既にLive 11 Suiteを登録済みのユーザーはほぼすべてのシンセやエフェクトにアクセスできることになります。

 一方で“ABLETONはじめまして”のユーザーは、使用できるシンセやエフェクトが、Push 3付属のLive 11 Intro相当になります。機能が限定されることにはなりますが、新シンセのDriftをはじめ、ある程度のシンセやエフェクトは使えるので、大きな問題はないでしょう。

未来のビート・プログラミング

 ここからはPush 3(スタンドアローン)でどんなことができるのかを紹介していきましょう。まずはビート系から。

 Push 3(スタンドアローン)では、Liveと同様にMIDIトラックにDrum Rackというデバイス(Liveでは音源やエフェクトを“デバイス”と表現します)をロードすることで、ビート・プログラミングが可能なモードになります。作り込まれたプリセット・キットも豊富ですが、本体の外部入力から録音したブレイクビーツやボイス・パーカッションなどをスライスしてDrum Rackに展開し、オリジナルのドラム・キットを手早く作成する機能もあります(写真❷❸)。

写真❷ 64のパッドは全体をドラム・パッドとして使用することもできるほか、上半分の32個(赤枠)をステップ・シーケンサー、左下半分(緑枠)を16ドラム・パッド、右下半分をシーケンスの切り替えなどにも設定可能

写真❷ 64のパッドは全体をドラム・パッドとして使用することもできるほか、上半分の32個をステップ・シーケンサー、左下半分を16ドラム・パッド、右下半分をシーケンスの切り替えなどにも設定可能

写真❸ 本体右側にあるConvertボタン(赤枠)。オーディオクリップをさまざまな方法でMIDIトラックに変換できる

写真❸ 本体右側にあるConvertボタン(赤枠)。オーディオクリップをさまざまな方法でMIDIトラックに変換できる

 実際のビート・プログラミングは大きく目を引く64のパッドで行うことになります。すべてのパッドをたたいてリアルタイム録音することも、分割レイアウトによるステップ・シーケンサー・モードでグリッドにノートを置いていくことも可能です(写真❹)。特にステップ・シーケンサー・モードは64という多数のパッドを有するPush 3ならではの操作性となっていて、ステージ上でのリアルタイム・パフォーマンスにも最適です。これらがコンピューター・レスで実現できていることが、“ついにやってきた未来”だと感じています。

写真❹ Convertボタンを押すと変換先がディスプレイに表示される。Drum-MIDI(赤枠)を選べば、リズムが検知されてスライスされ、DrumRackの各パッドに展開される

写真❹ Convertボタンを押すと変換先がディスプレイに表示される。Drum-MIDI(赤枠)を選べば、リズムが検知されてスライスされ、DrumRackの各パッドに展開される

シンセサイザーの域を超えた楽器として

 Liveに搭載された音源とエフェクトも丸ごとPush 3に移植されています。Suiteであればフルスペックのサンプラー、ウェーブテーブル・シンセ、各種の物理モデリング・シンセなどがそのまま使えてしまうのです。そして、ここでも64のパッドが真価を発揮することになります。ビート・プログラミングの際にはドラム・パッドとして機能したパッドが、音源を操る際には音階が並んだノート・パッドに切り替わり、鍵盤的なインターフェースで演奏することができます(写真❺)。

写真❺ 64パッドで音階演奏する際の表示。デフォルトではCメジャー・キーのスケール音が並ぶ。もちろん、他のキーやクロマチックなレイアウトにも変更可能

写真❺ 64パッドで音階演奏する際の表示。デフォルトではCメジャー・キーのスケール音が並ぶ。もちろん、他のキーやクロマチックなレイアウトにも変更可能

 またPush 2はベロシティとアフタータッチに対応していましたが、Push 3はそれらに加えてX方向にピッチ・ベンド、Y方向にCC74がアサインされ、実に4種の演奏情報を同時に扱うことができるようになりました。さらにこれらのノートとそれに付随するデータはMIDIチャンネル2~16に自動的に割り振りと紐付けが行われるため、和音演奏した際にそれぞれのノートに対して独立した演奏表現を加えることができます。これらはMPE(MIDI Polyphonic Expression)と呼ばれる規格に沿った仕様で、内蔵プリセットのみならず、サード・パーティ製品の演奏でも威力を発揮します。

 さて、スタンドアローンのPush 3では、ABLETON純正の音源を演奏することになるのですが、特にWavetableとの相性の良さが際立っているように感じました。2018年のLive10と同時に発表されたWavetableは、ユニゾン・モードにこだわりを持った現代的なウェーブテーブル・シンセなのですが、まるで5年後のPush 3がMPEに対応することをあらかじめ想定したような設計になっています(写真❻)。

写真❻ Live Suite付属の音源のWavetable。多彩な波形を連続的に呼び出すことでユニークなサウンドを得られるシンセサイザー。MPE対応のモジュレーション・マトリクスも備えている

写真❻ Live Suite付属の音源のWavetable。多彩な波形を連続的に呼び出すことでユニークなサウンドを得られるシンセサイザー。MPE対応のモジュレーション・マトリクスも備えている

 デフォルトでは、アフタータッチでオシレーターのWarp(位相歪ひずみの一形態)、スライド(Y方向の移動)でオシレーターのウェーブテーブル読み出し位置を動かすことができるようになっています。デフォルト・パッチをパッドから演奏するだけで、サイン波から三角波まで変化しながら滑らかにひずんでいくような音色に出会えると思います。

 またパッドが自照式であることを生かしたスケール表示機能も強力です(写真❼❽)。あまり、なじみがないようなオリエンタルな音階も多数収録しており、Suite付属の物理モデリング音源とMPE対応パッドの組み合わせを用いてエキゾチックな演奏表現まで可能になっています。

写真❼ 楽曲に応じたスケールを選ぶことで、音を外すことなくパッド演奏が可能になる

写真❼ 楽曲に応じたスケールを選ぶことで、音を外すことなくパッド演奏が可能になる

写真❽ Hirajoshiのスケールをクロマチックで表示した状態。この場合、すべての音がパッドに並ぶがスケールの音だけ点灯する。スケールの音だけを表示するIn Keyレイアウトも用意されている

写真❽ Hirajoshiのスケールをクロマチックで表示した状態。この場合、すべての音がパッドに並ぶがスケールの音だけ点灯する。スケールの音だけを表示するIn Keyレイアウトも用意されている

Live譲りのミキシング・エンジン&セッションビュー

 LiveやPush 3において、ビートを組んだり、シンセでフレーズを作ったり、外部から録音したりした演奏データ類は、すべてクリップと呼ばれる箱に入れられます。この箱を各パッドに割り当て、自由に組み合わせて演奏できるモードをセッションビューと呼びます(写真❾)。

写真❾ セッションビューの表示。縦にクリップ、横にトラックが並ぶ

写真❾ セッションビューの表示。縦にクリップ、横にトラックが並ぶ

 これはライブ・パフォーマンスに最適ですが、Push 2まではコンピューターやオーディオ・インターフェースが必要でシステムの規模がやや大きくなっていました。しかし、スタンドアローンのPush 3なら、電源を投入してファイルをロードしたらそれで完了。ディスプレイやパッドにセッションビューを表示して演奏できます。バッテリー駆動を生かし、楽屋でヘッドフォン・リハをしたままステージへ、なんてことも可能です。出演者の多いイベントでも転換に焦ることなくライブに集中できるでしょう。

 また、Liveと同様に高品質なエフェクトが多数内蔵されているのみならず、ミキサーのルーティングの自由度の高さもそのまま引き継がれています。ライブ・パフォーマンスでは、外部入力に対してエフェクトをかけつつサンプリング(録音)して重ねていく、というような使い方も可能です。

 発売されてからというもの、Push 3とともに過ごしてみて、“スタンドアローンで動作する”ことと“高品質なMPEパッドを実装している”ことの相乗効果はとてつもないのでは?と感じています。ABLETONが10年以上を費やして実現させた新しい“楽器”は、実用的かつロマンにあふれたマシンに仕上がっていると言えるでしょう。

Liveのコントローラーとして

 筆者は普段、ゲーム・サウンド・クリエイターとしてゲームのBGMを作曲したり、効果音を作ったりという業務をLiveを中心に据えたシステムで行っています。Push 3をコントローラー・モードに切り替えれば(Userボタン+Shiftボタンで簡単に切り替えられます)、そのままコントローラー兼オーディオ・インターフェースとして機能するのですが、もう、その魅力というか威力というか、とにかくMPE対応の高品質パッドがすさまじく強力なので、自分の制作においてなくてはならないものになっています。特にPush 3に合わせるかのように発表されたLive付属のDriftというシンセは、まさに“指がドリフトする”表現に最大限呼応するような設計が特徴(画面❶)。音が鳴りはじめてからのピッチの揺れ、倍音の変化などがこのパッドの演奏表現にしっかり対応してくるようなプリセットが多数収録されています。

画面❶ MPE対応のプリセットを多数備えるシンセ、Drift

画面❶ MPE対応のプリセットを多数備えるシンセ、Drift

 またサード・パーティのプラグイン音源のコントロールにも大活躍してくれています。筆者はAUDIO MODELINGのSwamエンジンを利用したストリングスや管楽器の音源をよく利用するのですが、例えばSolo Strings Swam Violinではパッドのプレッシャーに“Bow Pressure”、スライドに“Vibrato”、パッド左にあるタッチ・ストリップをモジュレーションに切り替えて“Expression”をコントロールする設定で使っています(画面❷)。思い通りの演奏にはかなりの練習が必要ですが、それだけの価値はあると思います。

画面❷ AUDIO MODELING Solo Strings Swam Violin。"Bow Pressure"や"Vibrato"などのパラメーターをPush 3のMPE対応パッドのプレッシャーやスライドに割り当てて使用している

画面❷ AUDIO MODELING Solo Strings Swam Violin。"Bow Pressure"や"Vibrato"などのパラメーターをPush 3のMPE対応パッドのプレッシャーやスライドに割り当てて使用している

 このようにPush 3のコントローラー版でも、Liveユーザーにとって役立つ機能が盛りだくさんです。特にパッド演奏に興味のある方にはぜひ触っていただきたいです。

PART 2|楽器としての可能性が飛躍的に進化

 PART 1でも触れたMPE対応パッドですが、ここではさらにその可能性について掘り下げます。また、そのほかにもPush 3にはパフォーマンス・ツールとして役立つ機能が満載なので、それらもご紹介。Push 3はライブ・ステージでも中心的存在なのです。

Text by オカモトタカシ

MPEコントローラーとしてのPush

 筆者は過去に別のMPEコントローラーを使用していました。ですが、演奏難易度の高さに挫折してしまいました。ほぼ鍵盤しか演奏したことがない筆者にとっては、楽器を正確なピッチで演奏することって、とても大変なんだなと認識できた貴重な機会でもありました。

 今回、Push 3はこのピッチ問題について解決策が用意されています。それは“In Tune Location”という設定項目です(写真❶)。ここでは、“最初に指を降ろした座標を正確なピッチとするモード”と“パッドの座標通りにピッチを検出するモード”を切り替えられます。前者の設定にすれば、とりあえず思い切ってパッドを演奏してもアタック時点のピッチはきっちりとそろうので、演奏が大きく破綻することはないでしょう。後者はパッドの中央を0とするモードです。

写真❶ パッドの設定画面。In Tune LocationをFingerに設定すると、指が最初に触れた位置が正しいピッチとなり、Padに設定するとパッドの中央が正しいピッチとなる。またIn Tune Widthではピッチ・ベンドがかかり始める幅を0~20mmまでの間で設定可能。Slide Heightでは、スライドの垂直範囲を10~16mmの間で設定できる

写真❶ パッドの設定画面。In Tune LocationをFingerに設定すると、指が最初に触れた位置が正しいピッチとなり、Padに設定するとパッドの中央が正しいピッチとなる。またIn Tune Widthではピッチ・ベンドがかかり始める幅を0~20mmまでの間で設定可能。Slide Heightでは、スライドの垂直範囲を10~16mmの間で設定できる

 また、X軸とY軸のコントロール検知範囲もかなり細かく設定できます。ピッチ・ベンドでビブラートのような細かなピッチ表現をしたい場合は、In Tune Widthをギリギリまで狭くすると攻めた表現が可能になります。64のパッドというインターフェースを生かした、また考え抜かれた設定項目でそれぞれの目的に応じたカスタマイズが可能です。

フィンガー・ドラミングに新たな表現を

 Live 11 Suiteには、“Session Drums Club”と“Session Drums Studio”という2つの生ドラム系ライブラリーが付属します。大変にリアルなライブラリーなのですが、Push 3の登場に合わせてMPEキットが追加されました(写真❷)。

写真❷ MPEキットをブラウジングしている様子。MPE対応のキット名の頭には“MPE”という名前が付いているので、簡単に検索できる

写真❷ MPEキットをブラウジングしている様子。MPE対応のキット名の頭には“MPE”という名前が付いているので、簡単に検索できる

 これらのキットでは、スネアとハイハットの音色がパッドの演奏位置によって変化する、という今までになかった仕様になっています。スネアはパッドの下部をたたけば通常のヒット、そのまま指を上部に滑らせるとフラムへとナチュラルに変化します。ハイハットは同じくパッドの下部をたたけばクローズ、上部はオープンになっていて、その中間ではハーフ・オープンの音色が再生されます。サード・パーティ製のドラム・ライブラリーが、大量にハーフ・オープンのバリエーションを並べたり、モジュレーション・ホイールでハイハットのオープン具合をコントロールしたりというアプローチで進化してきたことに対するABLETONからの回答なのかなと思いました。ぜひ世のフィンガー・ドラマーの方には新しい表現の地平を切り開いていただくとともに、サード・パーティのドラム・ライブラリーにはMPE対応してほしい!と思っています。

SPITFIRE AUDIOなどとのコラボ音源に注目

 Live 11 Suite付属のブラス音源“Brass Quartet”、ストリングス音源“String Quartet“、さらに別売りのクワイア音源“Expressive Choir”は、いずれもSPITFIRE AUDIOの開発によるPack(Liveに音源やプリセットなどを追加できる追加パッケージ)で、それぞれMPE対応パッチが用意されています。アフター・タッチでダイナミクス、スライドでビブラート、あるいは音色の切り替えがアサインされています。どれもさすがSPITFIRE AUDIO、というレベルの音色クオリティで、特に劇伴系のプロダクションでは即戦力でしょう。パッドのスケール機能を組み合わせることで鍵盤の手癖からも離れることができますので、筆者は高機能なインスピレーション・ツールとしても活用しています。

 Live 11 SuiteにはAPPLIED ACOUSTICS SYSTEMSとのコラボレーション音源として、Analog、Electric、Tension、Collisionという物理モデリング音源が付属しています。これらもすべてPush 3のリリースに合わせてMPE対応のアップデートを果たしました。この中でも弦楽器の物理モデル音源であるTension、マレットなどの打楽器をシミュレーションするCollisionの2つは特に相性が良いと感じます。筆者はTensionで自作したシタール系のプラック音色でベンディングやビブラート表現を思い通りに実現できています。まだまだこれらを生かしきるプリセットが少ないことがやや残念ですが、これからの拡充を楽しみにしています。というか言い出した筆者が作る案件ですね、これ。

パフォーマンス・ツールとしてのPush

 Push 3(スタンドアローン)は、パフォーマンス・ツールとしての圧倒的なポテンシャルを持っています。何せバッテリー駆動でスタンドアローン動作するのですから、共演者が多数のライブ・イベントにおける転換時間が少ないケースでも全く焦る必要がありません。加えて、USB Type-C端子からの充電にも対応しているので、純正アダプターを忘れた場合でも、65W出力可能なアダプターと対応するUSB Type-Cケーブルさえ用意できれば何とかなるという安心感もあります。

 またPush 3は、Push 2からの大きな変更点としてディスプレイにセッションビューを表示しながらノートモードで演奏できるようになりました(写真❸)。ですから、楽曲の構成を把握しつつ、以後の展開をイメージして華麗にパッド・プレイ、なんてことも自然に行えます。

写真❸ ディスプレイではセッションビューを表示して、パッドはノートモードを表示。楽曲の展開を視覚的に把握しながらパッド演奏が行える

写真❸ ディスプレイではセッションビューを表示して、パッドはノートモードを表示。楽曲の展開を視覚的に把握しながらパッド演奏が行える

 さらに、Push 3はUSB Type-A端子でクラス・コンプライアンス対応のMIDI機器を接続できます。これによってPush 3+MIDIキーボードというセットアップをシンプルに実現可能です! Push 3(スタンドアローン)はキーボード・プレイヤー向けの音源も豊富で、Suiteユーザーであれば“Grand Piano”“Electric Keyboards”、SPITFIRE AUDIO製の“Upright Piano”と充実しています。

 例えばですが、左手はMIDIキーボードでバッキング、右手はMPEパッドでソロ・プレイという組み合わせであれば、片手でピッチ・ベンドやビブラートを表現できます。また、ステップ・シーケンサーで即興ビート・プログラミングをしながら鍵盤でインター・プレイといった攻めた演奏も十分に可能かと思います。

 さらに3.5mmTRSフォーンのMIDI端子も付いているので、Push 3本体とMIDI端子の付いたブレイクアウト・ケーブルだけを持ち込んでキーボードだけは現地調達、というキーボード・プレイヤーのライブ持ち込み音源としてのポテンシャルも十分にあるかと思います。別売りではありますが、E-INSTRUMENTS製のピアノPackシリーズがとにかくハイクオリティで、特に“Studio Grand Downtown”はバンド・サウンドの中でも、しっかり抜ける音なのでライブでも活躍してくれるでしょう。

Pushをミキサーとして活用

 Push 3にはオーディオ入力が2系統あります。ファンタム電源は供給できないためコンデンサー・マイクこそ使えないものの、幅広いインピーダンスに対応するマルチな仕様です(写真❹)。その上、Push 3(スタンドアローン)はLive譲りのエフェクトがそのまま使えて、なおかつ自由度の高いミキシング・エンジンを有しているので、エフェクターやデジタル・ミキサー的に使えてしまいます。

写真❹ 2系統のオーディオ入力は、ライン/インストゥルメント/ハイゲインに対応する

写真❹ 2系統のオーディオ入力は、ライン/インストゥルメント/ハイゲインに対応する

 実際に海外のフォーラムを見ていると、ギタリストがPush 3(スタンドアローン)をマルチエフェクターとしてどこまで使えるかという議論が活発に交わされていたりします。なぜなら、Push 3(スタンドアローン)には“Pedal(ギター・エフェクトのエミュレーター)”“Amp(SOFTUBE製アンプ・エミュレーター”“Cabinet(キャビネットのエミュレーター)”とギター向けエフェクトが一通りそろっている上に、モジュレーション系や空間系エフェクトも多数搭載されているからです。さらにリバーブのHybrid Reverbは、IRローダーとして市販のキャビネットIRまで読めてしまいますし、よく触るパラメーターはPush 3のノブにアサインしておくことも可能です。また“Looper”という重ね録りパフォーマンス用のエフェクトもありますので、ギタリスト向けの総合パフォーマンス環境として考えても全部入り仕様となってます。

 この場合、気になるのが“レイテンシーどうなの?”というところでしょう。コントローラー・モードでコンピューターと接続した場合、サンプリング・レート48kHz、バッファー・サイズ64サンプルで、入出力遅延が9ms以下に収まります(画面❶)。スタンドアローンでのレイテンシーも体感としては近しいスペックになっているように感じます。実際にギタリストにエフェクトがかかった状態で演奏と検証をしてもらったところ、バッファー・サイズは64サンプルで十分に実用との意見になりました。

画面❶ コントローラー・モードで、Liveの環境設定からレイテンシーを確認してみた。サンプリング・レートを48kHz、バッファー・サイズを64サンプルにした場合、入出力レイテンシーは8.94msと約9msに収まっている

画面❶ コントローラー・モードで、Liveの環境設定からレイテンシーを確認してみた。サンプリング・レートを48kHz、バッファー・サイズを64サンプルにした場合、入出力レイテンシーは8.94msと約9msに収まっている

 さすがに大規模なライブ会場で、というわけにはいかないかもしれませんが、自宅や小規模なスタジオで、Push 3にボーカルとギターを立ち上げての配信パフォーマンス、なんていかがでしょうか?

マシン・ライブからバンドまで

 詳しくはPART 4でも解説されていますが、オーディオ出力の5~8はCV/GATE出力として利用可能です(画面❷)。

画面❷ Push 3のオーディオ出力はch5~8がCV/GATE出力となる(Macのアプリ、Audio MIDI設定で確認した画面)

画面❷ Push 3のオーディオ出力はch5~8がCV/GATE出力となる(Macのアプリ、Audio MIDI設定で確認した画面)

 少し変わった仕様なのですが、Push 3の2系統のペダル入力端子は、CV/GATE出力に切り替えることができるのです(写真❺)。

写真❺ Push 3の設定画面でペダル端子をCV Outに切り替えることが可能

写真❺ Push 3の設定画面でペダル端子をCV Outに切り替えることが可能

 Push 3にはCV ToolsというPackが付属しており、それらをトラックにインサートすることで、ペダル端子(CV Out端子)に接続されたモジュラー・シンセなどをコントロールできるようになります。つまり、Push 3はマシン・ライブのコントロール・センターとして活用できるというわけです。

 また、Push 3の仕様で好きなところは、メイン出力とヘッドフォン出力のアサインを手軽に切り替えられるところです(写真❻)。

写真❻ メイン出力とヘッドフォン出力には、それぞれ別系統のソースをアサインすることが可能(赤枠部分)

写真❻ メイン出力とヘッドフォン出力には、それぞれ別系統のソースをアサインすることが可能(赤枠部分)

 バンドのライブにPush 3を組み込めば、メイン送りとドラマーへのクリック送りがシンプルに完結しますし、バッテリー内蔵なのでステージ・ユースのアドバンテージもあります。またADAT出力も備えているので、ADAT入力を持つデバイスを組み合わせれば多チャンネルでPAに渡すことも可能です。

 ジャンルにもよると思いますが、セッションビューによる楽曲構成のリアルタイム・コントロールは、ハマるバンドには間違いなくハマるのでパフォーマンス・ツールとしてのみならず同期マシンとしても活躍するでしょう。

PART 3|オーディオI/Oの機能をフル活用

 Push 3が音楽制作の中心となれる理由のひとつに、オーディオ・インターフェース機能を搭載したことが挙げられます。アナログ入出力に加え、ADAT入出力まで装備。合計で10イン/12アウトが可能なのです。この抱負な入出力の活用方法を紹介します。

Text by オカモトタカシ

オーディオI/Oとしての実力は?

 Push 3はスタンドローン・バージョンとコントローラー・バージョンの両方とも、オーディオ・インターフェースとして機能します。サンプリング・レートは最高96kHz対応(写真❶)、入力はアナログ2ch、ADAT8chで合計10ch。出力はアナログのメイン出力(ステレオ)、ヘッドフォン(ステレオ)、ADAT8chで合計12chとなっています(入出力ともに48kHz設定時の最大値)。実は、コンピューターからは16ch分の出力が認識されますが、ch5~8はCV Outとなっていますので、オーディオ出力としての使用は推奨されていません(PART 2の画面❷参照)。

写真❶ サンプリング・レートは44.1/48/88.2/96kHzから選択可能。同じ画面でバッファー・サイズも変更できる

写真❶ サンプリング・レートは44.1/48/88.2/96kHzから選択可能。同じ画面でバッファー・サイズも変更できる

 PART 2でも触れたレイテンシーについてもあらためて書いておきましょう。サンプリング・レート48kHzで、制作用途に実用的だと思われる256サンプルの場合は入力8.58ms、出力8.35msでした。またこれはPART 2の画面❶で記した通り、エフェクトかけ録り用途の64サンプルの場合、入力4.58ms、出力4.35msで、入出力遅延が9ms以下とかなり優秀な数値になっています。なお、Windowsマシンに接続した場合は、ASIOドライバーとMMEドライバーの同時使用が可能なマルチクライアント仕様です。

 少し変わった仕様としては、Mac、Windowsどちらに接続した場合でも、システム音声の出力先としてPush 3を指定した場合、コンピューター側の音量コントロールにPushの音量も連動するようになっています。Push側で独自に再設定することは可能ですから、慣れればなんてこともなく合理的な仕様なのですが、筆者は最初少し戸惑いました。

 肝心の音質ですが、メイン出力、ヘッドフォンともに色付けが少なくレンジの広い素直な音、という印象でした。2chあるアナログ入力もダイナミック・マイク、エレキギターなどを接続して使ってみた範囲ではしっかりと芯のある音が録音できるクオリティだと感じました。

スタジオ・セットアップ例

 Push 3のオーディオ入出力の特徴としては、ADATオプティカル端子を装備していることが挙げられます(写真❷)。もしかしたら、手持ちのオーディオ・インターフェースに実装されていても、使ったことがない人が多いかもしれませんね。市販の光デジタル・ケーブルで最大8ch分のオーディオ信号を送れる便利な規格ですのでぜひ活用していただきたいです。

写真❷ Push 3のADATオプティカル端子(左が出力、右が入力)。ADATはALESISが開発したデジタル・マルチトラック・レコーダーの製品名であり、同製品でデジタルのマルチトラック・オーディオをやりとりするためのデジタル・オーディオの規格名。24ビット/48kHzで8chを送信/受信できる

写真❷ Push 3のADATオプティカル端子(左が出力、右が入力)。ADATはALESISが開発したデジタル・マルチトラック・レコーダーの製品名であり、同製品でデジタルのマルチトラック・オーディオをやりとりするためのデジタル・オーディオの規格名。24ビット/48kHzで8chを送信/受信できる

 Push 3でコンデンサー・マイクを使いたかったり、入力数を増やしたかったり、お気に入りの音質のインターフェース経由でモニターしたい場合はADAT入出力を使用します。入出力ともにch9~16がアサインされますので、よく使うルーティングをテンプレートに保存しておくと使いやすくなるでしょう(図❶)。

図❶ ADAT入出力を活用したスタジオ・セットアップ例

図❶ ADAT入出力を活用したスタジオ・セットアップ例。アナログ出力にモニター・スピーカー、アナログ入力にはダイナミック・マイクやエレキギターなどを接続。ADAT入出力にはファンタム電源を供給可能なマイクプリを搭載したAD/DAコンバーターを接続し、コンデンサー・マイクを入力する。AD/DAコンバーターにライン入力やHi-Z入力があればシンセやベースなど、さらに多くの楽器を接続できる。またAD/DAコンバーターの出力には、もうひと組のモニター・スピーカーを接続して、2系統を切り替えてモニタリングするといったことも考えられるだろう。そのほかパラアウトしてミキサーなどでサミングするといった利用方法も考えられる

 クロック・ソースの変更は、Macの場合はAudio MIDI設定アプリから行い、Windowsでは専用のコントロール・パネルで行います。このクロック・ソースの設定はコントローラー・モードで設定したものがスタンドアローン・モードにも引き継がれます。

 ここまで見てきた通り、Push 3はオーディオ・インターフェースとしても手抜きなしの本気仕様でありつつ、Liveのセッションビューと高品質な音源やエフェクトを単機で持ち出せる、まさに全部入りのドリーム・マシンとなっています。

 まずはプロセッサなしのコントローラー・バージョンを購入しても、オーディオ・インターフェースとして利用できますし、後からスタンドアローン・バージョンにアップグレード可能なキットも発売予定です。

 さらに、将来的にはCPUやストレージなどを最新のものに交換可能な設計になっているとのこと。長く使えることを大前提に設計された、ABLETONの本気が伝わってくるハードウェアに仕上がっています。

PART 4|モジュラー・シンセとつながる

 Push 3がユニークなのは、4系統のCV/GATE出力を備えているところでしょう。これによりモジュラー・シンセなどのCV/GATE信号でコントロール可能なデバイスと組み合わせた音楽表現が可能になります。ここでは、その方法について紹介していきます。

Text by KOYAS
【Profile】電子音楽シーンで活躍するアーティスト/プロデューサー。コンピューターとハードウェアを組み合わせたライブ、イベント/レーベルの運営、ABLETON認定トレーナー等、活動は多岐にわたる。

Push 3に付属のCV Toolsを利用

 今ではモジュラー・シンセやセミモジュラー・シンセは一般的になりましたが、CV/GATE信号とDAWを組み合わるのは意外とハードルが高いもの。そこでPush 3には、こうした機器との連携を可能にするペダル端子を2系統搭載しています。デフォルト設定では、この端子にフット・スイッチを接続しますが、Push 3の設定を変えると最大4系統までのCV/GATEを出力できます。そのためには、Push 3のペダル端子(TRSフォーン)のTipとRingを二股に分岐する変換アダプターが必要です。これは楽器店などで購入可能で、モジュラー系シンセ・メーカーからも発売されています(写真❶)。また、Push 3では設定メニューに入り、Pedals & CVタブで、使用するペダル端子の出力をCV Outに変更すれば設定完了です(PART 2の写真❺参照)。

写真❶ TRSフォーンをフォーン×2に分岐させる変換アダプター(Y字ケーブル)

写真❶ TRSフォーンをフォーン×2に分岐させる変換アダプター(Y字ケーブル)

 CV/GATEをコントロールするPushのデバイスは、Push 3にバンドルされているCV Toolsを使用します。ただし、現状のソフトウェアの仕様ではCV Toolsのコントロールに制限があるので注意が必要。Push 3からCV/GATEを出力するには、CV Toolsのデバイスをロードするのではなく、用途に合わせてCV Toolsの“Push 3 Presets”カテゴリーからプリセットを選ぶ必要があります。

 この内蔵プリセットは大きく分けて次の3種類に分類できます(写真❷)。

写真❷ CV Toolsのプリセット。目的に合わせてプリセットを選ぶ

写真❷ CV Toolsのプリセット。目的に合わせてプリセットを選ぶ

❶モジュラー・シンセとPush 3のテンポ同期
❷Push 3のパッドやMIDIクリップでモジュラー・シンセを演奏
❸Pushからモジュレーション信号を出力

 それでは順を追って見ていきましょう。

正確なピッチにはキャリブレーションが必要

 は、シーケンサーなどが組み込まれたモジュラー・シンセを使用している方向けで、手軽にPush 3と連携できます。同期に使用するCV Toolsのプリセットは“Push 3 Clock Transp”で、Push 3に接続した変換アダプターの1番(Tip)がクロック、2番(Ring)が再生/停止の信号を出力します。これをモジュラー・シンセにパッチしてPush 3を再生すると、タイミングを合わせて再生を開始し、Push 3が再生を停止するとモジュラー・シンセ側も停止します。

 では、より深くモジュラー・シンセとPushを組み合わせられます。CV Toolsのプリセットは“Push 3 Gate Pitch”を選択すると、変換アダプターの1番がGATE、2番がCVを出力。これをモジュラー・シンセ側のオシレーターなどにパッチすると、モジュラー・シンセをPush 3のパッドで演奏したり、Push 3内のMIDIクリップでシーケンスできますし、Push 3からピッチ・ベンドやポルタメントもかけられます。

 ただし、CV Toolsでオシレーターをコントロールするには、広いオクターブ範囲でも正確なピッチで発音させるために、キャリブレーションという作業が必要です。この作業はPush 3だけでは行えないため、いったんコンピューター上のLiveを使用します。

 LiveのデバイスであるCV Instrumentをロードしたら、オシレーターの音声信号をPush 3のオーディオ入力に接続。CV Instrumentでは、ピッチのCVの出力先とオシレーターを受けるオーディオ入力のポートを指定します。オシレーターはC3のピッチが鳴るように調整しましょう(画面❶)。この状態でCV InstrumentのCalibrateボタンを押すと、測定と較正を開始します。無事完了したら、Live上でこのCV Instrumentをプリセットとして保存して、Push 3に転送すると、次回からはPush 3でこのプリセットを読み込むだけで使用可能になります。

画面❶ Liveでモジュラー・シンセをコントロールするためのデバイス、CV Instrument。オシレーターからC3の音声信号を入力して、Calibrateボタンをクリックし、測定と較正を行う

画面❶ Liveでモジュラー・シンセをコントロールするためのデバイス、CV Instrument。オシレーターからC3の音声信号を入力して、Calibrateボタンをクリックし、測定と較正を行う

 Push 3に搭載されたMPE対応パッドをモジュラーにも使いたい場合は、CV Toolsの“Push 3 Gate Pitch AT Slide”というプリセットもあります。ATはアフタータッチの略で、Push 3のパッドを押し込む力をCVに変換。Slideはパッド上で指をスライドさせたときの動きをCVに変換して、モジュラー・シンセの多次元コントロールを可能にします。

 ではPush 3からLFOやエンベロープ・フォロワーのモジュレーション信号を出力できます。単体で使うよりも、に組み合わせたプリセットが多いです。例えば、“Push 3 Pitch Gate Dual CV”というプリセットでは、ペダル端子1の出力からはオシレーターを鳴らすCVとGATEを送り、ペダル端子2の出力から2系統のモジュレーション信号を送れます(写真❸)。

写真❸ 筆者によるPush 3×モジュラー・シンセの演奏の様子。ペダル端子1/2を使用してペダル端子1からはCV/GATE、ペダル端子2からはモジュレーション信号を送っている(筆者撮影)

写真❸ 筆者によるPush 3×モジュラー・シンセの演奏の様子。ペダル端子1/2を使用してペダル端子1からはCV/GATE、ペダル端子2からはモジュレーション信号を送っている(筆者撮影)

 そのほか、モジュラー・シンセのオーディオ出力をPush 3のオーディオ入力に接続して、入力用のオーディオ・トラックを作成すれば、モジュラー・シンセのサウンドにPush 3の内蔵エフェクトをかけることもできます。一手間かかる部分もありますが、Push 3とモジュラー・シンセの連携はDAW環境よりも簡単で、Push 3がスタジオのハブになるという売り文句にも納得です。

PART 5|ARTIST IMPRESSION 1:角田隆太(モノンクル)

角田隆太(モノンクル)

【Profile】ソングライティング・デュオ、モノンクルのベーシスト。作編曲/作詞/ギター/Ableton Pushを担当し、多くのアーティストの作品やライブに参加。

パッドの感度が良くMPEを滑らかに演奏できる

 Pushとの出会いは、2020年頃に石若駿君が企画したリモート飲み会で、数名からPush 2がいいと聞いて購入したのが最初でした。Push 2で既にコントローラーとしての完成度は高かったですが、それから7〜8年の間に世界的にもユニークなMIDIコントローラーが出る中、Pushがハードウェアのような方向へ進化したことは意外でした。

 今では制作がかなりPushを軸にした方法になっていて、スタジオでもMIDIキーボードを使わず、すべてPushで作業します。Push 2ではワークフローの中心がパソコンだったのに対して、Push 3はPush自体がワークフローの中心になることをイメージして作られているのかなと感じます。すべてがPushで完結するので、“モニターの前だけじゃなくて、音楽はどこでも作れるよ”という思いも感じました。

 Push 3になって、特にパッドの感度がすごく良くなりましたね。MPE音源がすごく滑らかに演奏できますし、ダイナミクスや表現したかった音楽をより繊細に表現する力が強くなって、“楽器”としての本格度が上がったと思います

 MPE対応のコントローラーの中でも、キーボード型でなく8×8のパッドを持つPushでしかできない表現も多いと思います。生の弦楽器特有の、フレーズの最中やおしりに何気なくうっすらかけるビブラートや音色変化もMPEだと表現できるので、演奏しているときの感覚もより楽器に近づいたと感じますね。パッドのRGBライトの光り方も変わったので、ライブでの視認性も良くなりそうです。

実機のエフェクター操作をPush本体でできる

 今のところは、アイディア出しの一歩先ぐらいまでをスタンドアローンで行い、全体のバランスを取るような詰めの作業はパソコンの前でコントローラーモードでやるのが良いスタイルですね。旅先や移動先で少し触りたいときに、パソコンなしで作業できるのはすごく重宝しています。

 やっぱりパフォーマンスで使いやすいですね。自分がベーシストとしてシンセ・ベースを演奏するときに、今まではPushのほかにパソコンやオーディオI/Oが必須でしたが、今はPushだけでいいし、シンプルで見栄えも良くなりました。旅先でもオーディオI/Oが不要なのは本当に楽ですね。

 ベーシストとしては、ベースやギターを直接挿してチューニングするTunerデバイスが奇麗に表示されるのもうれしいですし、MIDI CCを使ってディレイ・ペダルのオン/オフの切り替えやビートの変更など、実機のエフェクター操作をPush本体でできるようになったのは大きいですね。

 これまでのPushユーザーも、パッドの表現力を求めるならPush 3へ乗り換えるのが良いと思います。後から必要だと思えばスタンドアローンにするのもアリだし、スタンドアローンのプロセッサーもどんどん進化していく可能性があって、夢のある機材だと思うので、ぜひ使ってみてください。

 FAVORITE POINT 
MPE対応パッド

MPE対応パッド

パッド間の溝が浅いので、MPE音源をスムーズに演奏できるのがいいですね。音作りのファースト・チョイスとして、Live付属のMPE対応インストゥルメントであるWavetableやDriftなどを選ぶことが多くなった気がします。

PART 5|ARTIST IMPRESSION 2:横山直弘(感覚ピエロ)

横山直弘(感覚ピエロ)

【Profile】ロック・バンド、感覚ピエロのボーカル/ギタリスト。作詞/作曲/編曲/マニピュレートを担当し、レコーディングやミキシングも手掛ける。

中低域の太さなどのディテールをしっかり見られる

 まず、Push 3はかっこいいですね。よりデザインに優れてスタイリッシュになりました。ジョグ・ホイールや追加されたボタンも含め、Liveが持つ機能にすごくアクセスしやすくなったし、各ボタンの表示はアイコンと文字が分かりやすく使い分けられていて、物としてより洗練された気がします。

 今はPush 3を母艦にしていて、オーディオI/Oとしても使っているし、MIDIキーボードはPushにつないで、ギターの録音用にはLive内でエフェクト・チェインを組んでいます。Tunerでギターのチューニングができて、ギターも歌も直接録れるので、Pushを中心に音楽制作してますね。

 ギターをつないでいろいろ試した結果、Pushは結構ご機嫌な音なんですよ。しかも、ギターを録った後からエフェクターやアンプ自体を変えられるんです。MIDI Learnでエフェクトのオン/オフをフット・ペダルに割り当てれば、簡単に足元で切り替えられるし、ほかに何もそろえずにこれだけのことができるのはめちゃくちゃ親切ですね。

 オーディオI/Oとしても気に入りました。録音設定が分かりやすく、音も好みです。中低域の太さなど、音のディテールをしっかり見られるからすごいなと。例えば、ギターのボリューム調整は、チャンネル・フェーダー、UtilityデバイスのGain、AmpデバイスのVolumeの何で調整するかで音が変わるのですが、その違いもしっかり見えるんです。

Pushがもう1人のメンバーとしてやってくれる

 パッドは感度が良くなったし、押し込んだ感じに少し余裕があって、たたいていて楽しいですね。Drum Rackはステップ入力もできるので、自分の指の動きによる弾ける弾けないというフィジカル的な制限を飛び越えて、音楽を作ることへの気持ちを削がないからすごくいいです。MPE対応のインストゥルメントは、ドローンなどの音価が長いサンプルが豊富なので、劇伴やSE系を作る方にも良さそうだと思います。

 スタジオにPushを持って行けば、ギター・アンプもインストゥルメントもサンプルもたくさん入っているので、その場でセッションやアレンジができるし、逆にいろいろな人と集まらないとできないことをPushがもう1人のメンバーとしてやってくれたりもするので、今までにないフレキシブルな表現ができると思います。MIDIキーボードはもちろん、CV出力付きだからモジュラー・シンセも動かせるし、そこからパッとトラックを切り替えてギターを録ることもできます。ADATで入出力数の拡張もできるので、サッとマイクを立てて録音して、家に持ち帰って作業できるのがいいですね。

 Push 3を遊びつくした後に、Pushなしで制作したらなんだかつまらなくて。Pushがあると、本当に楽しみながら音楽を作れるのでお薦めです。購入を迷っている人も、自分の手になじんできたら、買ってよかったと思うはずなので、その迷っている時間をPushを触る時間に充てましょう!

 FAVORITE POINT 
ギター感覚のスケール機能

ギター感覚のスケール機能

スケール機能を使って、4度配列のChromaticモードでEmスケールに設定して光るところを押していくと、Eがルート音になって、ギターの指板を弾くのと同じような感覚でいろいろな音が演奏できるんです。音楽理論の勉強にも良いですね。

PART 5|ARTIST IMPRESSION 3:ササノマリイ

ササノマリイ

【Profile】ビート・メイカー/プロデューサー/シンガー。たなか、Ichika Nitoとのバンド、Diosでは作曲/キーボーディストとして活動。

Liveで作ったセットを使って仕込みができる

 Pushはこれまで初代、Push 2と使ってきて、Liveが中に入ったPushが出ないかなとずっと思ってたんです。だから、Push 3が発表されたときは“買います”って宣言しました。

 スタンドアローンで使うのは、制作やその前段階です。Push 3は自分がLiveで作ったプリセットやラックをそのまま使ってスタンドアローンで仕込みができるのもメリットですね。説明書を読まなくても本体をパッと見て機能が分かるのもすごいです。今までは制作で使う機材が多くて持ち運びが大変だったんですけど、Push 3なら単体でもいいし、MIDI鍵盤なども直接つなげられるので何も困りません。

 大きいジョグ・ホイールを回してサンプルをプレビューしながらブラウジングできるのも最高です。ボリュームはメイン出力とヘッドフォン出力やキューなどがノブ一つで調整できて、テンポ用にも独立したノブがあるし、“ここにこれがあってほしい”というものがちゃんと付いています。ディスプレイ上の8個のノブは、重みがあって細かい調整がしやすくなりました。これだけでも乗り換える価値はあります。

 PushにはLive Introが付属しますが、持っているLiveのエディションに応じてスタンドアローンで使うときの中身もアップグレードできます。Liveの操作を覚えれば覚えるほど、Pushが便利になるという相乗効果もあるので、Push 3で初めてLiveに触れる人にも“Live Suite買いません?”とお薦めしたいです。Suiteを持っていればMax for Liveもスタンドアローンで動かせるので、何でもできちゃうんです。

すべてがLiveに最適化されたワークステーション

 Pushでは、オーディオ波形も直感的に扱えますし、音質が良いWarp機能をスタンドアローンでも使えるので、ループ素材も奇麗に同期させられます。何より付属のPackの音質がすごく高いので、Pushをその質の高い音を演奏する楽器として使うことができます。僕が“Liveじゃなきゃダメだ”と衝撃を受けたMIDIのキャプチャ機能の専用ボタンが付いたのもうれしいです。Pushはワークステーションとして、すべてがLiveに最適化されたパッケージになってますね。

 僕にとって初のMPE対応機材なのですが、1つのパッドでも、例えばハイハットならパッドを押す位置によってクローズやオープンが切り替えられるので、表現方法はかなり広がりますよね。機材を変えると作る曲の雰囲気も変わるので、その変化を楽しむのもいいと思います。パッドをたたくスキルを持った人が演奏するのもめっちゃかっこいいですよね。

 Push 3は持ってて損はないです。スタンドアローン版はバッテリー搭載なので、出先でも使えてパッドや画面の明るさを保てるのも頼もしいです。ハードウェアが好きならスタンドアローン版を買うべきですね。コントローラー版や、そのアップグレードという選択肢があるのも優しいと思います。僕も曲作りを楽しめる機能をもっと探していきたいです。

 FAVORITE POINT 
MIDIのキャプチャ機能

MIDIのキャプチャ機能

MIDIのキャプチャ機能では、録音状態になっていなくても、直前に演奏したデータをMIDIノートとして記録することができます。Push 3では写真中央の専用ボタンを押すだけで記録されるので、パッと打ち込みたいという欲求を叶えてくれます。

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