注目の製品をピックアップし、Rock oNのショップ・スタッフとその製品を扱うメーカーや輸入代理店に話を聞くRock oN Monthly Recommend。今回はAUDIO-TECHNICAから発売された、ボーカリスト向けのダイナミック・マイク、ATS99を紹介する。AUDIO-TECHNICAの高松郁佳氏と吉成尚訓氏、メディア・インテグレーションの多田純氏から話を聞いた。
Photo:Takashi Yashima
ATS99
ボーカリスト向けのダイナミック・マイクATS99。高磁力マグネットとステップアップ・トランスにより、高感度で量感のある中低域サウンドを実現したとのこと。指向性はハイパー・カーディオイドで側面の音を拾いにくい。アルミ削り出しボティにより、高耐性でありながら軽量で持ちやすい作りになっている。
●AUDIO-TECHNICAと言えば、ヘッドフォンやイアフォンのイメージがあります。あらためてブランドの特徴を教えていただけますか?
高松 弊社の製品は大きく3種類に分けることができます。1つ目は、ヘッドフォンやアクセサリー類などの民生品です。これが大きな割合を占めているので、一般的な弊社のイメージとしてはこの部分が一番強いかと思います。2つ目は、マイクAT2020のように楽器店などに置いていただいているライブや配信用の製品。そして3つ目は、カラオケや会議システム向けの業務用製品です。弊社で扱っている製品は、多岐にわたってラインナップされています。
●その中で今回紹介するのは、ボーカル向けのダイナミック・マイクATS99です。開発に至った経緯を教えて下さい。
吉成 ボーカル・マイクだと、弊社にはほかにAEシリーズや ATMシリーズがあるのですが、今年創業60周年を迎えるにあたり、新たなコンセプトのマイクを開発したいという話になったんです。コロナ禍の影響で配信のライブが増えるなど、マイクの使い方の幅が広がっていたこともあって、ちょうどそこのニーズに合うマイクを生み出したいという方向性で開発されました。ATS99は、これからの時代にも合うマイクになっているんです。
●おっしゃる通り、リアルのライブだけでなく、配信やレコーディングにも使えるという点が大きな特徴ですね。
吉成 さまざまなアーティストや、PAエンジニア、レコーディング・エンジニアの方を対象に、約5年かけてヒアリングを行いました。その中で、“ライブ、配信、自宅でのレコーディングなどを、一つのマイクでできないか”という声が多くあったんです。マイクにもコンデンサーやダイナミックなど、いろいろな形式があると思うのですが、ATS99はダイナミック・マイクでありながら、コンデンサー・マイクのような繊細さを収音できるようになっています。また、さまざまな用途に使えるということだけでなく、男性にも女性にも、誰にでも合うスタンダードなマイクを目指しました。
●誰がどんな用途に使っても合うマイクということですね。やはり開発には相当な苦労があったのでしょうか?
吉成 そうですね。僕は開発当時、いろいろなフェスの会場やライブ・ハウスで、歌にこだわりのあるアーティストの方々について回っていました。実際のライブの現場で、ボーカルのチューニングのやり方や、デジタル・ミキサーでEQをどうかけているのか、ボーカルの方がどのようなパフォーマンスをするのかなど、細かいところを全部記録しました。腕にケーブルを巻き付けて歌う人もいれば、スタンドから急に外して歌う人、ステージで走り回ってスタンドに立ててあるマイクに帰ってくる人などがいて、そういう場面でマイクに音がちゃんと入っていないことも多くて。ダイナミック・マイクは、顔から横にずらすと音が消えるし、遠ざけるとハウるし、握りこむとこもってしまい、扱いづらいものも多いんです。ATS99は、顔を近づけたり握りこんだりしても音がこもらないように、ハイパー・カーディオイドにしています。PAエンジニア の方などに何度もヒアリングをしながら、希望する性能や要望を引き出して取り入れていくことで、ATS99が完成しました。テスト・サンプルを幾つも作って、さまざまなライブ会場に持って行き、スピーカーやミキサーとの相性も何度も検証しましたね。
●ライブ会場で試すことを重視されていたのですね。
吉成 ライブ会場で使えないなら、ライブ配信にも使えないんですよ。レコーディングに関しては、コロナ禍を経て、最近は自宅で行う方も増えていて。ライブの現場にいるとアーティストから“ライブで使ったマイクをそのまま家で使えないの?”って聞かれることも多いんです。本当に高音質なものを録りたいならビンテージのマイクを使えばいいと思うんですけど、ATS99はそこにぶつけたんじゃなくて、もっと現代のポップ・カルチャーに向けたものなんですよ。自宅で録音するってなったら、階段を降りてくるときに鳴るミシミシ音や、冷蔵庫の音などのノイズが気になるじゃないですか。そういう点を考慮して、ノイズを拾いにくいダイナミック・マイクという形式を採用しつつ、同時に繊細さも収音できるようにしているんです。
●自宅で配信やレコーディングをされる方が増えているというのは、Rock oNの店舗でも感じますか?
多田 自分で録音して編集してYouTubeに動画を上げるという方は元々多かったのですが、最近はAPPLE iPhoneから配信したいという方も多いです。ATS99はそういった方にもお薦めできるマイクだなという印象ですね。
●ダイナミック・マイクでコンデンサー・マイクのような繊細さを収音するために、どんな技術が使われているのでしょうか?
吉成 ステップアップ・トランスですね。一般的なダイナミック・マイクには出せない感度を実現できるんです。トランスは安価なものから高級なものまで技術開発部と一緒にいろいろ試しました。例えば、中高域辺りの帯域が伸びてしまうと、モニターするときに舌がうわずって疲れてしまうんです。そういうところもすごく悩みだったので、トランスを選ぶ上で、モニターしたときの声がきちんと自分の声になるようにするというのも着目したポイントでした。
多田 モニターする音は素直にいいなと思える音で、どちらかというと硬い印象でした。中域よりちょっと上に特徴があるのですが、音の硬さとあいまって抜けが良く、すごくバランスがいいです。恐らくライブ・ハウスなどの過酷な環境でも団子にならずに聴こえる音質だと思いました。これを実現できるのは、ほかのメーカーだともうワンランク上の機種になりますね。僕は歌を歌わないので、ゲームのマイクとして使ってみたのですが、普段あまり音楽を聴かない人からも“音が大きい”とか、“奇麗になった”という反応をもらいました。ハイパー・カーディオイドでも、頭の後ろくらいまでは拾ってくれるので、少しずれただけで音が無くなったり、こもったりすることもないので使いやすかったです。
●重さや持ちやすさについてはいかがでしたか?
多田 軽めに作られているんだろうなと思って持ち上げてみたら、想像していたよりも軽くなくて。でも、口まで持っていったときの重心のバランスの良さに感動しました。ヘッドのグリル部分が軽い分、スタンドから取ってきたり戻したりするときに反動がなくピタって止まるのがすごく気持ちよかったんです。何か工夫をされたんですか?
吉成 マイク・グリップのデザインは5パターン作っていて、ボーカリストだけではなく、弊社の社員にも試してもらい、最終的に選ばれたものになっています。あとは、ケーブルを付けたときの重さも考えて作っているんですよ。重いケーブルを使うと、マイクを移動させたときに体が持って行かれてしまうこともあるので、そういう重いケーブルを使ったときにもしっくりくるような重量感を意識しています。
●アーティストだけでなく、AUDIO-TECHNICAの社員の方にも試してもらったのですね。
吉成 マイクの重さやバランスに関しては感覚なので、さまざまな部署の社員に試した上での意見をもらいました 。
●そういう意味では、ビギナーの方でも扱いやすいマイクということなのでしょうか?
吉成 そうなんですよ。プロのアーティストの中には、マイクの細かい技術的なことについてすごく詳しいわけではない人もいて、その点については、アマチュアの方とそこまで差がないことも多いんです。海外では、マイ・マイクを持っている人も多いのですが、日本だと現場にあるものを使っているという方が多いと思うので、アマチュアからプロフェッショナルな方までが使えるマイクが、日本にこそ必要になってくると思ったんです。
●最後にATS99をどんな方にお薦めしたいかを教えて下さい。
吉成 歌が好きな全国民ですね。アマチュアもプロも関係なく、歌が好きでもっと自分の声を誰かに伝えたいと思っている人全員に、このマイクを使ってもらいたいです。
多田 最初の一本としても良いと思いますし、既に何かしらのマイクを持っている方がマイ・マイクとして購入するのもお勧めできます。これを買っちゃうと、次どうしたいっていうのがあんまり出てこなくて、ステップアップ先が見つからないんじゃないかなと思いますね。このマイクで十分満足できてしまうんです。
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