Studio One付属ツールだけで充実の音作り〜Dolby AtmosミックスTips|解説:當麻拓美

付属ツールだけで充実の音作り Dolby AtmosミックスTips|解説:當麻拓美

 南青山の山麓丸スタジオでエンジニアとして活動している當麻拓美です。PreSonus Studio Oneがバージョン6.6に進化し、Apple Musicの空間オーディオ・モニタリングに対応しましたね。ほかにもアップデートが盛りだくさんで、ますます注目です。さて、今回もStudio One Professionalに統合されているDolby Atmos制作ツールと使い方を紹介。NeonDropの楽曲「Shawty」をStudio One+ヘッドホン・モニターのみでDolby Atmosミックス化してみたので、その工程から発見したことを書いていきます。

Surround Pannerで後ろに配置する際はDirectionの値を“180”に書き換える

 Studio OneにはDolby Atmosミックス用のパンナーとして、Surround PannerとObject Pannerの2種類が備わっています。Surround Pannerから見ていきましょう。

Surround PannerのDirection(黄枠)を180.0°に設定し、ステレオ・トラックをリア側に移したところ。見ての通りL/Rが反転するため、Lのアイコンを左側にドラッグするなどして反転を解消すると、元のL/Rの関係性のままリア側に定位させることができる

Surround PannerのDirection(黄枠)を180.0°に設定し、ステレオ・トラックをリア側に移したところ。見ての通りL/Rが反転するため、Lのアイコンを左側にドラッグするなどして反転を解消すると、元のL/Rの関係性のままリア側に定位させることができる

 これはベッド(チャンネルにひも付く音)の定位を設定するためのもので、基本的にはデフォルトのPanビュー上で音のアイコンを動かし、水平および垂直の任意のポジションに配置します。注意したいのは、ステレオ・トラックをリア側に定位させたいとき。アイコンをドラッグしてリア側に移そうとしても、レフト/ライト・サラウンドのところで止まってしまうのです。そこで、Directionの欄に“180”という数値を書き込んでみましょう。すると音のアイコンがリア側に移り、自由に動かせるようになります。ただしL/Rが反転するので、両者の関係を維持したままリア側に定位させたければ、アイコンを動かしてLのほうが左側に、Rのほうが右側に来るようにします。

 リア側の定位は、例えばウィスパー・ボイスに有効です。レフト/ライト・サラウンドに配置すると、耳元でささやかれているような聴感にできますが、ソースによっては音がダイレクトすぎるように聴こえるかもしれません。そうした場合、少しだけリア側に動かせば、耳の後ろでくすぐったいような感じを出すことができます。

 Surround Pannerの画面右上には“Balance”と書かれた部分があり、クリックするとBalanceビューに切り替わります。

Surround PannerのBalanceビュー。Panビューで定位させた音をアイコン(青い丸)一つで水平方向に動かせる。定位の微調整はもちろん、大胆な再配置も可能だ

Surround PannerのBalanceビュー。Panビューで定位させた音をアイコン(青い丸)一つで水平方向に動かせる。定位の微調整はもちろん、大胆な再配置も可能だ

 ここでは、Panビューで設定した定位を元に、水平方向のポジションを再調整することが可能。ステレオ・トラックの場合はLchとRchの結合を維持した状態で動かせます。ギターのような楽器トラックに有用と思われ、定位を微調整したいときにも、特定の方向から突発的に鳴らしたいときにも、アイコン1つで直感的に扱える便利さです。

 ミキサー・チャンネルの▼マークを押すとメニューが出現し、Object Pannerにワンクリックで切り替えられます。

Object Pannerは、画面上部のグラフィックで水平方向、下部のグラフィックで垂直方向のオブジェクト配置を指定するツール

Object Pannerは、画面上部のグラフィックで水平方向、下部のグラフィックで垂直方向のオブジェクト配置を指定するツール

 Object Pannerはオブジェクト(位置情報を持つ音)の定位を設定するためのもので、音のアイコンをドラッグすれば、リア側を含む全方向に動かすことができます。画面上部のグラフィックで水平方向、下部のグラフィックでは垂直方向のポジションを設定可能。高いところに定位させると、上部のグラフィックがズーム・アウトします。サラウンドの360°をぐるぐる回すような動きを作る際は、X軸とY軸にパン・オートメーションを書く必要があるため、ちょっと根気が要るかもしれません。が、何しろ直感的に扱えるパンナーなので、まずは自由に音の配置を楽しんでみましょう。

“後ろに音がある感じ”を強めるコツ Open AIR2をキックにうまくかける方法

 続いては、Studio Oneに標準搭載されているマルチチャンネル対応の空間系エフェクトを見ていきます。まずは、8台のディレイを1台にまとめたSurround Delayから。

Surround Delay。8台のディレイを内包し、それぞれでフィードバックやディレイ成分の定位を設定することができる

Surround Delay。8台のディレイを内包し、それぞれでフィードバックやディレイ成分の定位を設定することができる

 題材曲ではシンセ・スタブに使用し、ディレイ成分がセンターからLch、レフト・サラウンド、レフト・リア・サラウンド……というふうに移動しつつ、徐々に上方へも向かっていく動きを作ってみました。8台の各ディレイ成分をフィードバックのように聴かせているため、Feedbackの値はいずれも0.0%。高さを設定するパラメーターElevationは、段階的に数値を上げています。“後ろに音がある”という感じを強めたければ、高いところに定位させるのがポイントです。

 この“リア上方に定位している感じ”は、7.1.2chのマルチスピーカー環境よりも、ヘッドホンでのバイノーラル・モニタリングのほうが捉えやすいかもしれません。先述のような音の動きは、バイノーラル・モニタリングだとよく分かると思うので、ヘッドホンでのDolby Atmosミックスは発想を豊かにしてくれるでしょう。Surround Delayもクリエイティビティを触発する仕上がりですし、使い込んでいくうちに、どんどんアイディアが出てきそうです。

 マルチチャンネル対応のIRリバーブ、Open AIR2も出色です。

Studio One 6.5 Professionalから新しく提供されているIRライブラリー“3D IR”のAssembly Roomを読み込んだOpen AIR2。画面内に絵が現れ、IRの響きや効果がイメージしやすい仕様だ

Studio One 6.5 Professionalから新しく提供されているIRライブラリー“3D IR”のAssembly Roomを読み込んだOpen AIR2。画面内に絵が現れ、IRの響きや効果がイメージしやすい仕様だ

 題材曲のキックにかけてみたら、名前の通りオープンな響きにすることができました。設定のポイントは“スピーカーバイパス”の画面で“低周波”をバイパスしたこと。

Open AIR2のスピーカーバイパス画面。マルチスピーカーのうち、リバーブ成分を送らないスピーカーを指定することができる

Open AIR2のスピーカーバイパス画面。マルチスピーカーのうち、リバーブ成分を送らないスピーカーを指定することができる

 これによりLFE(サブウーファー用のチャンネル)にリバーブ成分が送られなくなるため、ローエンドに不要な膨らみが出ません。スピーカーバイパス画面は幾つかの使い方が想定され、例えばトップ系のチャンネルのみを生かした状態でドラムにかけると、音の存在感を保ちつつ上に抜けていく響きにできそう。やはりクリエイティブに使えるプラグインなので、クリエイターの方々にも試していただきたいです。

ラウドネス値を常にチェックできる仕様 納品ファイルの書き出しまで可能

 ミキサーの右端を見てみると、レンダラーと書かれたセクションがあり、その上部にはラウドネス・メーターが備わっています。

ミキサーの右端にはDolby Atmosにまつわるパラメーターやメーター類がまとめられている。上部にはラウドネス・メーターが装備され、ラウドネス・レベルやラウドネス・レンジ、トゥルー・ピークなどを数値で監視しつつ、メータリングのグラフィックもチェック可能

ミキサーの右端にはDolby Atmosにまつわるパラメーターやメーター類がまとめられている。上部にはラウドネス・メーターが装備され、ラウドネス・レベルやラウドネス・レンジ、トゥルー・ピークなどを数値で監視しつつ、メータリングのグラフィックもチェック可能

 Dolby Atmosの音楽ミックスのラウドネス値は−18LKFS以下と規定されており、それに合わせていくにはミックスの最中からラウドネス値を確認しておく必要があります。だからこそ、常に見える場所にラウドネス・メーターがあるのは非常に便利。しかもStudio OneではDolby Atmosのマスター・ファイルADM BWFを書き出せるので、まさに制作から納品までを完結させることができます。

Dolby Atmosミックスの書き出し画面。書き出しの範囲指定は2ミックスと同じ要領だ。また、左下部でダウン・ミックスの同時エクスポートも選択できる

Dolby Atmosミックスの書き出し画面。書き出しの範囲指定は2ミックスと同じ要領だ。また、左下部でダウン・ミックスの同時エクスポートも選択できる

 個人的な印象としては、作曲家やトラック・メイカーの方々がDolby Atmosミックスを行うのにバッチリの環境。本当に手軽に触れるのが何よりベストですし、煩雑なセッティングもありませんから、導入のハードルが低いと思います。ご関心をお持ちであれば、ぜひ一度トライしてみてください。

 全2回という短期連載でしたが、最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

 

當麻拓美

【Profile】ホールやライブ会場の立体音響の収音設計から、楽曲のミックス&マスタリングまで幅広く手掛ける。背面特性に優れたイマーシブ・ミックスを得意とし、楽曲の表現力を高めることを大切にしている。第29回日本プロ音楽録音賞Immersive部門ミキシング・エンジニア最優秀賞を受賞。これまでにBE:FIRST、SKY-HI、ちゃんみな、川谷絵音、JO1、ØMI、AAAMYYY、私立恵比寿中学校、長谷川白紙らの作品に携わってきた。

【Recent work】

當麻拓美
『魅力的人間』
NeonDrop

 

 

 

PreSonus Studio One

PreSonus Studio One

LINE UP
Studio One 6 Professional日本語版:52,800円前後|Studio One 6 Professionalクロスグレード日本語版:39,600円前後|Studio One 6 Artist日本語版:13,200円前後
※いずれもダウンロード版
※オープン・プライス(記載は市場予想価格)

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14以降(64ビット版)、INTEL Core I3プロセッサーもしくはApple Silicon(M1/M2/M3チップ)
▪Windows 10(64ビット版)、INTEL Core I3プロセッサーもしくはAMD A10プロセッサー以上
▪共通:4GB RAM(8GB以上推奨)、40GBのハードドライブ・スペース、インターネット接続(インストールとアクティベーションに必要)、1,366×768pix以上の解像度のディスプレイ(高DPIを推奨)、タッチ操作にはマルチタッチに対応したディスプレイが必要

製品情報

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