原曲の手法をリスペクトしながらも
自分なりの4つ打ちリミックスが作れました
異なる音楽ジャンルの3名のビート・メイカーがbanvoxの新曲「Utrecht」のリミックスに挑んだ本特集。ここでは各リミキサーに登場していただき、それぞれが制作したリミックスの解説や、ポイントについて語ってもらおう。まずはTREKKIE TRAX主宰の一人でもあり、テクノやベース・ミュージックを得意とするDJ/プロデューサーのCarpainter。彼のリミックスは、パーカッシブなビートを軸にした躍動感あふれるテクノとなっている。キックの音色と存在感に一番こだわったという部分も含めて、話を伺った。
Text:Susumu Nakagawa
banvox - Utrecht(Carpainter Remix)
ヒップホップのサンプリング的手法を
テクノで再現する作風を参考にした
まずCarpainterは、「Utrecht」を聴いてどう思ったのだろうか?
「banvoxとは昔から知り合いで、彼はヒップホップが好きだとよく言っていました。「Utrecht」を聴いて、ようやく彼が好きな音楽を形にできたんだなあと感じましたね」
オリジナルがヒップホップだったため、Carpainterは自分の得意な“4つ打ちを全面に押し出したリミックス”を制作しようと考えたという。
「ステム・データからは、今回上モノのみを使用しました。オリジナルのテンポは90BPM辺りでしたが、自分のDJプレイで使うことを考えて126BPMに、また上モノのピッチも若干上げています。今回のリミックスを作る上で参考にしたのが、イギリスの名門レーベルR&Sからよく作品を出しているローンというテクノDJ/プロデューサーの作風。ローンはヒップホップのサンプリング的手法をテクノでやっている人なのですが、彼の作風が今回のリミックスにマッチするのでは?と思ってやってみたのです」
曲全体の構成は、あえてシンプルにしてみたそう。
「イントロからじわじわ音数が増えていき、一度ブレイクを挟みまた盛り上がって終了します。02:48付近では細かくカットアップした上モノも登場しますね。実は、最初はこの部分をリミックスの基本フレーズとして展開しようと考えていたのですが、ステムの上モノ自体が複雑な音で、さらにぐちゃぐちゃになりかねないためやめました。そこで、この部分はメインで使わずにアクセントとして使うことにしたのです」
ここからCarpainterはリミックス制作の手順とともに、各パートの音作りを解説してくれた。
「まずはカットアップしたステムの上モノをループさせ、テープ・シミュレーター・プラグインのWAVESFACTORY Cassetteでアナログ的な質感に加工したんです。次にドラムですが、今回はハイハットから着手しました。なぜならこのリミックスは、ステムの上モノにキックが雑に打ち込まれた雰囲気を演出したかったからです。経験上から言うと、先にキックから作った場合、キックを中心とした小奇麗なドラムにまとまりがち。なので今回は最後にキックを入れることにして、最初はグルーブの要となるハイハットから作ろうと思ったのです」
ドラムの音色についてCarpainterは、ROLAND TR-909をイメージしたと語る。
「ハイハット/ライド・シンバルはTR-909をエミュレートしたソフト音源、D16 GROUP Drumazonを使用しています。今まで使ってきたTR-909系ソフト音源の中では、Drumazonが一番音が良いです。そして、かなり実機に近いような揺れ具合がする印象ですね。コンガ系のパーカッション/スネア/リム・ショット/クラップは、WebサービスのSpliceで購入したサンプルを用いました。今回のビートは“TR-909で行こう!”という具体的なイメージがあったので、サンプルもTR-909らしい音色を選んでいます」
ステムの上モノに入っているベースの音は
そのまま使うことにした
ここでCarpainterは、このリミックスにおいて特徴的な部分の一つでもあるハイハット/パーカッション/スネアについて、こう説明する。
「ハウスでは2拍目と4拍目にスネアやクラップを置くのがお決まりですが、自分はテクノ派なので普段から自由にハイハットやスネアを使ってグルーブを作ることが多いのです。特にハイハットはグリッドからずらして配置したり、ベロシティを細かく設定しています。今回はTR-909のハイハット感を出したかったので、ベロシティは3段階に設定して打ち込み、仕上げにダイナミクス系プラグインのNATIVE INSTRUMENTS Transient Masterでアタックを調整しました。グルーブを出す方法は、聴きながらMIDIノートやサンプルの位置を調整することがお勧めです。また空間のすき間を埋めるため、そして壮大な雰囲気を演出するために、コンガ系のパーカッションにはリバーブ・プラグインのVALHALLA DSP Valhalla VintageVerbをかけています」
キックには、ドラムに特化したソフト・サンプラーのNATIVE INSTRUMENTS Battery 4に付属するサンプルを使っていると話す。
「普段はサンプル同士をレイヤーすることもありますが、今回はキックのサンプルを1つだけ用いています。またBattery 4でキックのリリース・タイムを短くし、アタックの部分だけ若干ピッチが上がるように設定しました。ちなみに自分がBattery 4を使うのは、曲を再生しながらサンプルを次々と入れ替え、どれが一番曲に合うかを手軽に試せるから。これはとても便利で、Battery 4最大の魅力でしょう」
ステムの上モノにはベースも含まれているが、Carpainterはどう処理したのだろうか?
「最初はステムの上モノにローカット・フィルターを入れ、新しくベースを乗せてみたんです。しかしステムの上モノに入っているベースの方が音が良かったので、それをそのまま使うことにしました。なので、このリミックスでは一切こちらでベースの音源を足していないんです」
リズム隊ができた後、Carpainterはシンセとホワイト・ノイズを追加したという。
「ソフト・シンセのLENNARDIGITAL Sylenth1は、派手だけど温かい音がするので大好きなんです。近年のEDMプロデューサーが用いる印象もありますが、昔ながらのユーロ・トランスやデトロイト・テクノ系の音色も簡単に作れます。Sylenth1は音作りのしやすさナンバー・ワンですね」
自分なりにオリジナルを解釈して
リミックスすることが大事
今回のリミックスにおいて、Carpainterはキックの音色と存在感に一番こだわったと振り返る。
「トラックに小奇麗になじむキックではなく、雑に打ち込んだようなキックをイメージしていたので、キックの音色と存在感にすごくこだわりました。既にお話ししたように、キックにはBattery 4を用いて8〜9個のサンプルを試し、一番イメージに近い音色を選んでいます。硬めのキックは上モノとのコントラストが強過ぎて浮くし、柔らかめのキックは芯が無い……。そのため、ちょうど良いあんばいのキックを探す必要があったのです」
キックの存在感を出すために、Carpainterはキックをトリガーにしたサイド・チェイン・コンプを複数のパートにかけたそうだ。
「サイド・チェイン・コンプを深くかけ過ぎるとグルーブが出ませんし、反対に浅くし過ぎるとキックの存在感が無くなります。この点のバランスにもかなりこだわりました。サイド・チェイン・コンプにはABLETON Live付属のコンプレッサー・プラグインCompressor を使っていて、キック以外のTR-909系ドラム・パーツ/上モノ/シンセ/ホワイト・ノイズにそれぞれ別々の設定でかけています。例えば上モノやホワイト・ノイズにはかなり深くかけていて、キックが鳴ると上モノはほとんど聴こえません。しかし各ドラム・パーツをまとめたグループ・トラックやシンセには、ほんの少しだけサイド・チェイン・コンプをかけています。サイド・チェイン・コンプの具合をパートごとに分けることで、キックの存在感とグルーブを自在に調整できるのです」
Carpainterは、banvoxが使っていた制作手法と自身のリミックスの手法についてこう述べる。
「オリジナルの「Utrecht」は、作り込んだ上モノにドラムを打ち込むというシンプルな手法でした。今回はその手法をリスペクトしつつ、自分なりのリミックスができたと思います。音楽ジャンルは違えど、自分も同じような手法を取り入れたということです。自分はリミックスする上で、“オリジナルを自分なりに解釈して行う”ということが大事だと考えているんですよ」
続けてCarpainterは、リミックスするときのポイントを教えてくれた。
「オリジナルを聴き込んで、曲の“おいしい部分”を把握することが大切。簡単に言うと、オリジナルを好きになるということかもしれません。何回も聴き込むと、必ず曲の格好良い部分や好きな部分を見つけることができます。これが分かっていると、この曲をどうやって編曲しようかと考えた際にとてもスムーズに取り掛かることができるでしょう」
さらにCarpainterは、DJ目線からリミックスを考えることもあるという。
「オリジナルは好きだけど“クラブでは流しづらい”“自分のDJスタイルには合わない”というときがあるのですが、そんなときにこれらの問題を解決するリミックスを作ることがあります。つまり、リミックスする目的やアウトプット先を明確にしておくことも大事。自分はDJもやっているので、クラブで流すことを想定したリミックス作りをしていることが多いです。制作中もその目的を見失わないようにするとよいでしょう。ここまでいろいろと述べてきましたが、最終的には、胸を張って“好き!”と言える自分のリミックスを作ってほしいと思います」
Carpainterが掲げるリミックスの極意
─その1─
素材だけではなく制作の手法も取り入れる
─その2─
原曲を聴き込み“おいしい部分”を把握せよ
─その3─
リミックスする目的やアウトプット先を明確に!
Carpainterのお薦めリミックス“BEST3”
予想外なテンポ・チェンジや大胆なブレイクビーツのアレンジが、オリジナルの持つハードで衝動的なイメージを誇張し、とても勢いのあるリミックスになっています。
冒頭から流れるボーカル・カットアップは、一度聴いたら忘れられません。原曲のボーカルを元に再構築されたこのフレーズが、曲の顔になっています。
原曲の素材をほとんど使わずに作られたリミックス。原曲の持つ世界観や雰囲気、要素を自己解釈して作るリミックスというのも、また一つ面白いです。
Carpainter
【Profile】横浜在住のDJ/ビート・メイカー、Taimei Kawaiによるソロ・プロジェクト。ベース・ミュージックやテクノを軸とした楽曲は、世界的にも高い評価を得ている。TREKKIE TRAX発足/運営メンバーの一人でもあり、DJとしてはBoiler Roomなどにも出演経験がある。
Recent Work
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