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セイント・ヴィンセント【後編】〜「Pay Your Way in Pain」のミックスをPro Toolsセッション画面とともに解説

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セイント・ヴィンセントの6枚目となるアルバム『Daddy's Home』。ここからはシアン・リオーダン氏のミックス・テクニックを、収録曲「Pay Your Way in Pain」のセッション画面とともに見ていこう。

Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko

レポート前編はこちら:

それぞれのパートが担う帯域を意識して低域を作る

 リオーダン氏の「Pay Your Way in Pain」のミックス・セッションは81trから成っているが、これ以外にもあらかじめステムとしてまとめられたトラックや使用されなかったトラックが数十トラック分はあるという。まずはドラムとベースの音作りに関して解説してもらった。

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「Pay Your Way in Pain」のドラム・トラック。青色のドラムが3セット分DRUM SUB、DRUM PARALLELを経てDRUM MASTERにまとめられる形で配置されている。その下の茶色のトラックはパーカッションだ

 「Kit 1が右側にパンされているのが分かると思います。もともと右に完全に振り切られていたものを少しだけ戻しました。クラークやアントノフの非常にワイルドな意図と、それを一貫した雰囲気に戻そうとする私の意図の戦いの跡がこれですね。すべてのドラムはDRUM SUBにまとめています。普段DRUM SUBでは何も処理をしないことが多いのですが、今回のドラムは非常にダイナミックでパンチがあったのでWAVES Puigchild 660/670を使ってトランジェントを少しだけ落ち着かせました。このコンプは私好みの微妙なひずみも足してくれます。DRUM PARALLELバスにはEMPIRICAL LABS Arousorを使っています。リダクション・メーターが張り付くようなかけ方をして薄くミックスに混ぜることで、ビッグでファットなサウンドを得ることができます。これら2本のドラム・バスはDRUM MASTERにまとめましたが、コンプを使い過ぎてトランジェントがつぶれてしまったような気がしていました。なのでFABFILTER Pro-Q3のダイナミックEQ機能をブースト方向に使って少しトランジェント感を戻すことにしました。Pro-Q3は非常にパワフルなプラグインですよ。それにFABFILTERやIZOTOPEといったメーカーが新しいツールやGUIを開発してくれるのもありがたいです。毎日10時間はコンピューターの前で過ごしますからね、新しいツールには興味津々ですよ! ライン・レベルのサウンドを得るためにDRUM MASTERにはWAVES Puigtec EQP-1Aも使ってあります。さらにAVID Lo-Fiも使いほんのわずかなひずみも足しました」

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DRUM PARALLELバスにかけらコンプレッサーEMPIRICAL LABS Arousor

 続いてベースについて解説してくれた。

 

 「アントノフが演奏したベースが2本ありますが、片方はパンされたディレイ用のトラックです。それに加えてメインのシンセ・リフのMother Bassというトラックがありますね。大変だったのはこれらのベースそれぞれにスペースを与えつつ、最終的にそれらがローエンドに溶け込んで紛れてしまわないようにすることでした。ローエンドをヘビーに持ち上げる役割はシンセ・ベースに任せることにしたので、ベース・ギターにはAVID EQ3を使ってアグレッシブなフィルターを施すことにしました。それからこれら2本のトラックはbass subバスに送り、そこでFABFILTER Pro-Q3を使って200Hz以下と10kHz以上をカットしました。ドラマーとして個人的には超低音バリバリのキックが好きなのですが、この曲のキックは70~80Hz辺りが強調されたコツコツしたサウンドでした。これもシンセ・ベースに超低域を任せることにした理由です」

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「Pay Your Way in Pain」のベース・トラック。上の2つの赤いトラックはジャック・アントノフが演奏したエレキベース。Mother Bassはイントロのリフを演奏したシンセ・ベース

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イントロのシンセ・ベースに使用したアンプ・シミュレーターのAVID SansAmp PSA-1

リード・ボーカルはハイエンドとひずみの管理がポイント

 ボーカルと、キーボードやギターなどの中域の楽器についても解説してもらった。

 

 「キーボードとギターについてはローエンドの管理、フィルター、不要な周波数のカット、そして全体をまとめつつ時折発生したレベルの突出を抑えるためのコンプ処理を行なっています。ときにはコーラスやフェイザーといったエフェクトの調整も行いました。ボーカル以外の楽器類はMUSIC SUBで、ボーカル類はVOCAL SUBにまとめ、そこからすべてをMIXバスでまとめています。ボーカルと楽器類には別々のトータル・コンプをかける方が私は好きです。この曲のセッションを受け取ったときに、マスター・バスにSOUNDTOYS Tremolatorが使われていたので、それを楽器類とボーカルにそれぞれ分割して別個に調整できるようにしました。さらにVOCAL SUBにはSLATE DIGITAL Virtual Buss CompressorのFG-MUとUNIVERSAL AUDIO UADのManley Variable MU Limiter Compressorを使用してハイエンドとハイミッドを抑えています。それに加えてFABFILTER Pro-Q3のダイナミックEQで2kHz近辺をコントロールしていますね」

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「Pay Your Way in Pain」のボーカル・トラック。赤と水色のトラックに、アニー・クラークのリード・ボーカルが録音されている。最下部のトラックは叫び声を収録

 

 リオーダン氏は、アニー・クラークのリード・ボーカルへ行った処理についてより詳しく解説してくれた。

 

 「クラークのボーカルにおける重要な処理はAC LDバスで行っています。ここではFABFILTER Pro-MBを使い中域を抑え、それからWAVES CLA-76で全体的なコンプをかけ、WAVES API 550Aを使ってハイエンドを足しました。それから耳障りなサウンドをOEKSOUND Sootheを使って抑え、それからFABFILTER Pro-Q3でハイエンドを管理しています。また、V Mono 351とV Mono SAという2本のパラレル・ディストーションに加えてV RoomというエフェクトAuxへのセンドも使用しています。V Mono SAにはAVID SansAmp PSA-1を、V Mono 351にはSOUNDTOYS DecapitatorをAMPEX 351のモデリングであるAモードで使用しました。どちらのプラグインもかなりアグレッシブなセッティングにしています。これらのひずみによって3.5kHzと7.5kHz辺りに耳障りな響きが出てきてしまったので、それらをあらかじめカットしておくために使用したのが上記のFABFILTER Pro-Q3です。V Roomには私が一番好きなルーム・リバーブ、EVENTIDE SP2016 Reverbを使っています。自然なハイエンドが特徴の非常に音楽的なリバーブです」

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V Mono SAトラックにインサートされたアンプ・シミュレーターAVID SansAmp PSA-1

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V Mono 351トラックにインサートされたサチュレーションSOUNDTOYS Decapitator。AMPEX 351のモデリングであるAモードで使用している

 リード・ボーカルに重ねられたそのほかのボーカルは、よりブレッシーなサウンドにしたと言う。

 

 「EVENTIDE H910をペアで使っていますが、これはよりステレオ感を増すためのものです。EVENTIDEのプラグインは素晴らしいですよ。H910は非常に音楽的にステレオ感を広げてくれます。これらのトラックはミックス中で目立つわけではありませんが、隠し味のように全体のサウンドをワイルドにしてくれています。ch58は叫び声を収録したもので、ここではちょっと違った処理を施してより眼前に迫るようなサウンドにしています。このトラックにもH910を使用して同じようなステレオ効果を出しました。それに加えてSOUNDTOYS Phase Mistressを使いフェイザー風のエフェクトも足しています」

マスター・トラックにテープ・マシンで温かみを付加する

 ここでセッション上部にあるマスター・セクションに戻ろう。ボーカル以外の楽器類をまとめたMUSIC SUBのプラグインや、マスタリングに使用するというプラグイン類について、リオーダン氏は話を進めてくれた。

 

 「MUSIC SUBのSOUNDTOYS TremolatorとPhase Mistress、Little Radiatorを楽器全体にかけるというのは、アントノフとクラークのクリエイティブなアイディアからきたものです。少しだけ設定をいじるか、もしくは全く触らずにそのまま残してあります。ハイエンドとローエンドそれぞれを持ち上げるFABFILTER Pro-MBを使い、その後のAPI 2500は私のテンプレートから持ってきたバス・コンプです。そのほかにはFABFILTER Pro-Q3とWAVES Puigtec EQP-1Aを使いました」

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ボーカル以外の楽器類をまとめたMUSIC SUB。SOUNDTOYS TremolatorのDepthのオートメーションが描かれている

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楽器類がまとまっているMUSIC BUSにかけられたトレモロ、SOUNDTOYS Tremolator

 MIXバスにあるアクティブなプラグインはそれぞれSLATE DIGITAL Virtual Tape Machine、IZOTOPE Ozone、FABFILTER Pro-L2になる。

 

 「Virtual Tape Machineは特に好きなプラグインの一つです。エリック・ヴァレンタインの下で働いていたときは、テープ・マシンが非常に重要な機材でした。そのときに彼と私が見付けたのがこのプラグインです。ローエンドの膨らみ方やミッドの柔らかさが一番実際のテープ・マシンに近いと感じました。ひずみとかそういった類のものではありません」

 

 リオーダン氏がミックスをする際は、リリースされるときに近い音量感でモニターすることを習慣にしているそうだ。

 

 「数年前からやっているのですが、ミックスの初期段階から全体のラウドネスを−11~12LUFSにまで上げることにしています。こうすることで最終的にリリースされた後のレベル感でモニターすることができますからね。マスタリング後にローエンドがどういう感じになるか把握できるので、その辺りの判断をする大きな助けになりますし、マスタリング後のサウンドにびっくりすることもありません。だから常にミックス・バスにはリミッターを使うことにしていて、特にOzoneのMaximizerは良いですね。WAVES L2のように優しくレベルを持ち上げてくれます」

 

 クリエイティブなアイディアが詰まった『Daddy's Home』のミックスを見事にやりとげたシアン・リオーダン氏。今後の活躍にも注目していきたい。

 

レポート前編では、 リオーダン氏にミックスの極意や、『Daddy's Home』の制作について話を聞きました。

Release

『Daddy’s Home』
セイント・ヴィンセント
ヴァージン・ミュージック:UICB-10004

Musician:アニー・クラーク(vo、g、syn他)、ジャック・アントノフ(ds、b、g他)、トーマス・バートレット(p、org)、エヴァン・スミス(sax、fl他)、シアン・リオーダン(ds)、リン・フィッドモント(cho)、ケニア・ハサウェイ(cho)他
Producer:アニー・クラーク、ジャック・アントノフ
Engineer:シアン・リオーダン、ローラ・シスク他
Studio:プライベート、カシータ・レコーディング、他

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