函館競馬場|音響設備ファイル【Vol.72】

函館競馬場|音響設備ファイル【Vol.72】

北海道にある函館競馬場では、2022年5月に放送設備の全面改修を敢行。PANASONICの業務用音響機器ブランド、RAMSA製品が中心となったシステムの導入はいかにして行われたのか。日本中央競馬会、JRAファシリティーズ、PANASONIC担当者への取材を元に改修のプロセスをレポートする。

中央競馬6場の経験を生かした改善提案

 日本で最も歴史の長い競馬場である函館競馬場。リゾート感をコンセプトとした2010年設立の現スタンドは、海が見える眺望の良さも相まって開放感がある作りになっている。まずはその特色を日本中央競馬会の甲斐一光氏に尋ねた。

 「函館競馬場では毎年6〜7月の12日間、競馬が開催されます。加えて5〜8月には最大700頭近くの馬が滞在して調教を行うのも特徴です。開催期間外は場外馬券場となりトークショーなどのイベントも行われますが、開催中しか使用しない放送設備も多く、適正な運用を行うことが課題でした」

 続けて、放送設備の全面改修に至った経緯をこう語る。

 「競馬開催において放送設備は非常に重要で、音が流せないと開催自体が中止になってしまいます。2010年には最新のデジタル・ネットワーク・オーディオを導入し、その良さも多々あったのですが、音が急に流れなくなることもあり、改修や一部アナログ化を重ねて冗長化を図ってきました。なので今回は安定して放送を継続できるシステムを目指し、音声と制御を含めた全面的なアナログ化を行いました。また、適正な運用を行うことを目的とし、複雑な設定なくかつ柔軟な運用が可能なよう操作部、表示部を検討しました」

 PANASONICの音響設備が中央競馬に導入されるのは函館が6例目。パナソニック コネクトの小林一弘氏は、東京、中山、阪神、京都、新潟での経験を生かした改善提案を話す。

 「競馬場のお客様はレースが始まると馬場に集まり、終わると馬券の検討のためにパドックに移動して、また馬場へと移動するので、座って音楽を聴くホールやライブ・ハウスとは運用が違います。そこで、我々が持つ競馬場に合わせたノウハウを生かして、スピーカーの追加や放送エリアの細分化により、混雑度に合わせた柔軟な運用を簡便に行えるよう、操作部、表示部をご提案しました。6場で横の連携ができると、情報共有や不具合が起きた場合の是正も行えます」

 続いて、提案から導入の流れを、競馬場の設備保守を行うJRAファシリティーズの青木渡氏に尋ねた。

 「改修が決まった段階でPANASONICさんに現地調査をしていただき、音が足りない場所の説明を受けた上で、現地でスピーカーを持ち込んだテストをしつつ、取り付け位置や方法を確認しながら進めました。競馬場の特徴を知った上で提案いただいているので、函館独自のポイントをお伝えするだけで全体の形ができてありがたかったです」

左から、パナソニック コネクトの渡邊一央氏、小林一弘氏、JRAファシリティーズの青木渡氏、日本中央競馬会の甲斐一光氏、パナソニック コネクトの若松真生氏

左から、パナソニック コネクトの渡邊一央氏、小林一弘氏、JRAファシリティーズの青木渡氏、日本中央競馬会の甲斐一光氏、パナソニック コネクトの若松真生氏

混信に強い1.9GHz帯ワイアレス・システム

 改修の注目点の一つは、デジタル・ミキサーRAMSA WR-DX350×5台の導入だ。実況放送室のメイン・コンソールと予備機、場内イベント用に組まれた3台の可動式ワゴンにそれぞれ設置。5台分の設定が保存されていて、故障時にはリコールするだけで別の場所の代替機としてもすぐに使える。

 ミキサーの設定を手掛けたのはパナソニック コネクトの若松真生氏。若松氏は設定の際に重視した点をこう話す。

 「できるだけアナログライクに、16本のフェーダーでレイヤーを切り替えずに操作できることを主眼に置きました。WR-DX350はカスタム・レイヤーを自由に組めますし、階層があまり深くなく、専属オペレーターがいなくても使いやすいように開発されたので、函館競馬場にもマッチすると思います」

 実際の運用を想定し、L/Rのスピーカーや2台のCDプレーヤーなどをそれぞれ1本のフェーダーに集約。操作しないチャンネルは、裏のレイヤーに収めるような工夫を施した。

函館競馬場の放送設備の中枢となる実況放送室。デスク右下にはメイン・コンソールのRAMSA WR-DX350が設置されている。その左には専用設計の制御卓が埋め込まれ、放送設備の運用状況は右のディスプレイに表示。冬に氷点下になってもコンピューターが起動できるよう、内部にヒーターを入れているという

函館競馬場の放送設備の中枢となる実況放送室。デスク右下にはメイン・コンソールのRAMSA WR-DX350が設置されている。その左には専用設計の制御卓が埋め込まれ、放送設備の運用状況は右のディスプレイに表示。冬に氷点下になってもコンピューターが起動できるよう、内部にヒーターを入れているという

函館競馬場ではWR-DX350を5台導入。実況放送室、ハナマエ、パドック、ウイナーズサークルで使用するほか、予備機も用意されている

函館競馬場ではWR-DX350を5台導入。実況放送室、ハナマエ、パドック、ウイナーズサークルで使用するほか、予備機も用意されている

物理ボタンやフェーダーでコントロールを行う専用設計の制御卓。本線/予備/非常ラインという3系統で構成されたシステムの切り替えや、函館独自の調教モード、馬あり/馬なしの開催モード、レース別のファンファーレなどがすべて別のボタンで用意されている

物理ボタンやフェーダーでコントロールを行う専用設計の制御卓。本線/予備/非常ラインという3系統で構成されたシステムの切り替えや、函館独自の調教モード、馬あり/馬なしの開催モード、レース別のファンファーレなどがすべて別のボタンで用意されている

アナログのメーターで入出力を視覚的に確認できることで、適正な音量調整が可能となる

アナログのメーターで入出力を視覚的に確認できることで、適正な音量調整が可能となる

ファンファーレ演奏のための発走地点別の映像切り替えに使用するビデオ・スイッチャーPANASONIC AW-RP60

ファンファーレ演奏のための発走地点別の映像切り替えに使用するビデオ・スイッチャーPANASONIC AW-RP60

入力/出力(主系)/出力(従系)/スピーカー出力という4系統分のモニター用にWS-M10-Kを天吊りで3台設置

入力/出力(主系)/出力(従系)/スピーカー出力という4系統分のモニター用にWS-M10-Kを天吊りで3台設置

 加えて、WR-DX350はAPPLE iPad用アプリ“RAMSA Mixer 2”による遠隔操作や監視に対応。青木氏は、少ない人員でこなさなければならない業務での活用を期待する。

 「函館競馬場では設備保守に携わる人員が少なく、イベントに割ける人数が限られる中で、ミキサーの状態が遠隔で見られるのは安心感があります。例えば、電話で操作の指示をする場合に“左から3番目のフェーダーを操作して”と言えば技術の習熟を問わず伝わるので、指示もしやすいです」

WR-DX350のコントロール用アプリRAMSA Mixer 2は、APPLE iPadで制御やほかのミキサーの音量監視などが可能

WR-DX350のコントロール用アプリRAMSA Mixer 2は、APPLE iPadで制御やほかのミキサーの音量監視などが可能

 WR-DX350を含むワゴン内は、電源制御ユニットのRAMSA WU-L61やパワー・アンプWP-DM912、ワイアレス受信機のPANASONIC WX-SR204A/WR-SR202A、CDプレーヤーなどを集約。3台のワゴンはそれぞれ、表彰式を行うスタンド前方の“ウイナーズサークル”、出走前に馬が周回する“パドック”、スタンドとコースの間の“ハナマエ”での使用が想定されている。この可動式のシステムにより、雨天時は表彰式を屋根の下で行うなど、柔軟な設営ができるという。

 併せて混信に強いという1.9GHz帯のワイアレス・システムを活用。先述のワイアレス受信機のほか、ワイアレス・マイクPANASONIC  WX-ST210を16本、ワイアレス・アンテナWX-SA250Aを8台導入した。この利点をパナソニック コネクトの渡邊一央氏が語る。

 「WX-ST210はペアリングすれば自動でチャンネル割り当てがされるので、飛び込みがほぼありませんし、受信機を増やせば最大16本同時使用が可能です。単三電池でも使えますし、ワゴン内に充電器も用意しています。アンテナは常設のほか、複数台を併用することでより安定して使えます」

場内には、イベントで使用するための機材を集約した機材ワゴンを3セット用意。最上段にデジタル・ミキサーRAMSA WR-DX350、下段には電源制御ユニットのWU-L61やワイアレス受信機のWX-SR204A、パワー・アンプWP-DM912、CDプレーヤーなどがラックされている

場内には、イベントで使用するための機材を集約した機材ワゴンを3セット用意。最上段にデジタル・ミキサーRAMSA WR-DX350、下段には電源制御ユニットのWU-L61やワイアレス受信機のWX-SR204A、パワー・アンプWP-DM912、CDプレーヤーなどがラックされている

1.9GHz帯のワイアレス・マイクPANASONIC WX-ST210。このほか、司会用には別途ワイアード・マイクのWM-SD120を使用する

1.9GHz帯のワイアレス・マイクPANASONIC WX-ST210。このほか、司会用には別途ワイアード・マイクのWM-SD120を使用する

ワイアレス・アンテナWX-SA250Aを可動用と固定用で用意。カメラマン/関係者の入り具合に合わせ柔軟に運用し、電波強度の安定化を図る

ワイアレス・アンテナWX-SA250Aを可動用と固定用で用意。カメラマン/関係者の入り具合に合わせ柔軟に運用し、電波強度の安定化を図る

パドック

ハナマエ

パドック(写真上)や、ハナマエ(同下)でイベントを行う場合のセットアップ例。2ウェイ・スピーカーのWS-AR080×2とWS-AR200、機材ワゴン、ワイアレス・システムを都度設置する

ウイナーズサークルと客席間にモニター・スピーカーRAMSA WS-LB301を設置。晴天時の表彰式などに使用

ウイナーズサークルと客席間にモニター・スピーカーRAMSA WS-LB301を設置。晴天時の表彰式などに使用

 以前はワイアレスの運用に不安を感じていたという青木氏だが、現在はその安定性や視認性の高さを評価する。

 「電波強度は安定していて、人が多くなる重賞競走の表彰式でも途切れなく運営できました。受信機では常に電波強度が表示されるので、音が出ない原因がマイクのスイッチ、電波、フェーダーのどこにあるか分かりますし、電池残量が可視化されるのも助かります」

 函館競馬場の放送設備の中枢である実況放送室では、WR-DX350のほか、専用の制御盤で場内のエリア別に放送のオン/オフを行う。「馬がいる時間帯といない時間帯に分けて運用モードを設定し、後者を中心にエリア分けをした」という小林氏。中でも函館独自の“調教モード”では、調教中のエリアに音を出さずにほかのエリアを点検できるよう、ボタン一つで馬がいるエリアの放送をすべてオフに。開門までの短時間で効率的に点検でき、業務改善につながった。

DSP内蔵アンプでスピーカーの種類別にEQ補正

 スピーカーの改修では“馬場に音を出してはいけない”という競馬場の原則を守りつつ、既設のスピーカーも音が最大限聴こえるよう再調整された。スピーカーを新設したのは、スタンド内“雲の広場”や2〜4階の観覧席。吹き抜けになっている雲の広場は調整が難しかったという小林氏。

 「高さがある部分では空間の中央の音が足りなかったので、コーン型スピーカーWS-M10T-Wを5台設置しました」

雲の広場
WS-M10T-W
馬券の券売機などがあるスタンド内“雲の広場”。ここを通って来場者がパドックと馬場を行き来するため、トランス内蔵のコーン型スピーカーWS-M10T-Wを5台導入。音量不足を改善した

 続けて、2、3階のスタンド席の改修についても伺おう。

 「海側は潮風で痛まないように重耐塩のものを、とのご要望をいただいて、スタンド席には全天候型スピーカーのWS-LB301を採用しています。2階スタンド席の天井スピーカーには、メインテナンスも考慮して、パネルのみの交換も可能なWS5801を導入しました。3階スタンド席には、以前は10.8m間隔の柱1本に対しスピーカーが1台で、柱と柱の間の席は音量が足りていませんでした。天井は布張りのため、既設のメイン・スピーカー以外に増設もできないので、各柱にWS-LB301を2台、左右に振って取り付けました」

 スタンド席を中心に新設されたWS-LB301を青木氏は「屋外ではっきり聴こえるようになった」と評価。続けて「実況は、競馬を見ながら曖昧に聴いていても分かることが大事なので、歓声がある中でもしっかり聴こえるWS-LB301は、ちょうど良いスピーカーだと思います」と話した。

2階スタンド席

WS-5801
WS-LB301
2階スタンド席には天井スピーカーWS-5801(写真左)とWS-LB301(同右)を併用。海からの潮風による塩害を防ぐため、重耐塩の全天候型スピーカーを採用している

3階スタンド席からの風景。馬場奥に海が広がる景観の良さだが、同時に潮風による塩害も機材選定の上で考慮する必要がある。写真左上、天井のメッシュ部分にはメイン・スピーカーを収納

3階スタンド席からの風景。馬場奥に海が広がる景観の良さだが、同時に潮風による塩害も機材選定の上で考慮する必要がある。写真左上、天井のメッシュ部分にはメイン・スピーカーを収納
3階スタンド席
WS-LB301
3階スタンド席は、天井が布張りのためスピーカーの増設が難しく、左右に角度を付けてWS-LB301を設置。柱の間の音が抜けているエリアをカバーした

 次はパドックに注目。小林氏によると「1〜3階にわたる大空間なので既設の構造を利用しつつ、音圧の大きいRAMSA WS-LB311を2発入れ、全体的に音圧を向上させた」という。これを甲斐氏は「従来、パドックに実況を流すことはなかったのですが、お客様が入場口とコースを行き来する導線であることから、馬がいないときは実況を流すようにして、お客様への放送サービスを向上できました」と高評価した。

 また、「お客様だけでなく、スタッフも業務エリアで実況を聴いている」という青木氏。その内情はこうだ。

 「スタッフはトラブルが起きたり発走が遅れたりしていないか、常に実況を聴きながら動いているんです。ほかの業務も行う中でちょうど良いあんばいで業務エリアにも流さなければいけないのは競馬場の難しいところかなと思います」

パドック

パドック用のメイン・スピーカーは全天候型のWS-LB311を2台採用。ディスプレイ左上と、建物右上の両端に設置。元の設備を生かし、建物内部から開く扉の内側に取り付けている(写真右)
リモート・カメラのAW-HE70SK9(写真右)を使い、パドックから馬場へ馬が移動するのに合わせて入場曲を流す
屋根の上(写真左)と天吊り(同右)で設置しているWS-LB301は屋上の観客に向けたものだ

 それに続き、渡邊氏は「DSP内蔵のアンプだから成せる技でもありますが」と業務エリアの音作りを解説してくれた。

 「各系統、スピーカーの種類別にEQを変えているんです。天井スピーカーは取り付け場所によって全く音が変わるので、非常放送/実況放送兼用の業務エリアの天井スピーカーにもお客様エリア同様にEQをかけています。例えば、キンキンする高音や、階段で音が跳ねて暴れてしまう部分を抑えるなど、DSP内蔵のパワー・アンプWP-DM912で適正化してお客様エリアの音に近づけました」

放送実況室に隣接するアンプ室には、RAMSAのDSP内蔵パワー・アンプWP-DM912を12基導入。エリアごとにEQなどを一括調整している

放送実況室に隣接するアンプ室には、RAMSAのDSP内蔵パワー・アンプWP-DM912を12基導入。エリアごとにEQなどを一括調整している

 最後に、導入後初となる本場開催を終えた所感を尋ねた。

 「運用を行う保守員の方が“これなら大丈夫そう”と言っていて、大きなトラブルも無く開催できましたし、ほかの人に渡しても分かりやすいシステムと思えました。他場の情報を共有いただけるのもありがたいです」と青木氏。

 3月の着任直後に運用した甲斐氏もほっとした様子だ。

 「PANASONICさんはこれまでに全国各地の競馬場へ機器を導入されていたので、他場と操作性が統一されていることから安心して運用できましたし、どの職員が来ても確実に運用できるシステムだと思いました。機器動作が安定しているので、不安を感じず運用に集中することができました。来場者への効果だけでなく、私たち運用者にとっても使いやすい放送システムを導入できたと思います」

函館競馬場/音響機器情報

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