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ミックスのポイントは周波数帯域をイメージすること|解説:町屋

ミックスのポイントは周波数帯域をイメージすること|解説:町屋

 皆様こんにちは、和楽器バンドの町屋です。連載も早いもので今月で最終回となります。AVID Pro Toolsを使用した僕なりの作曲、編曲法を軸にこれまで展開してきましたが、今回はミックスを中心とした話をしていこうと思います。

打楽器は音程を把握して録音

 この連載で紹介してきた工程を経て、歌やギターなどのレコーディングを行い、インストゥルメントトラックをすべてオーディオ化したら、ミックス作業に入ります。

すべてのパートがオーディオ化された状態のセッション・ファイル(一部)。上段から箏のトップ、ボトム、オフ・マイク、三味線のオン・マイク2トラックとオフ・マイク、尺八のオン・マイク2トラックとオフ・マイク、ベースのアンプとライン、スラップ、そして和太鼓のミックスとドラムのミックスが並んでいる

すべてのパートがオーディオ化された状態のセッション・ファイル(一部)。上段から箏のトップ、ボトム、オフ・マイク、三味線のオン・マイク2トラックとオフ・マイク、尺八のオン・マイク2トラックとオフ・マイク、ベースのアンプとライン、スラップ、そして和太鼓のミックスとドラムのミックスが並んでいる

 僕がミックス時に大事にしているのは、その場でスピーカーから鳴っているすべてのトラックの周波数帯域の分布図を頭の中に描くこと、そして想定していた段取りや周波数帯域の分布図と実際に収音された音との差異がどの程度なのかを見極めることです。“どう聴かせたいか?”という部分に関しては、編曲の初期段階で決めてしまうので、基本的には設計図と完成図の差異の調整がミックスの作業になります。

 普段の生活の中でさまざまな音楽が耳に飛び込んできますが、ミックスで前述のような習慣がついているため、仕事/プライベート問わず、音楽を聴くということは僕にとって頭の中の周波数帯域分布図を強制的にイメージさせられるということでもあります。言い換えるならば、日常的にさまざまな楽曲を聴くということは、より一層自らの学びを深める行為であるとも言えます。

 さて実際のミックスですが、まずは打楽器から考えていきます。前提として、ほぼすべての打楽器は自分の頭の中で音程として捉えてレコーディングしています。キック、スネア、タム、シンバル、それぞれが楽曲のトーナリティに対して何度の音程でアプローチしているのかを意識して録音しているのです。これにより余計な倍音を減らすことができる=後処理を減らすことができるので、ミックスにおける音質変化を最小限に抑えることができます。

ドラムをまとめたバスにインサートしたコンプレッサーのAVID BF76(上)と EQ3 7-Band(下)。これ以外の処理としては、タムに軽くゲートをかけているくらいで、ほとんど録りっぱなしの状態

ドラムをまとめたバスにインサートしたコンプレッサーのAVID BF76(上)と EQ3 7-Band(下)。これ以外の処理としては、タムに軽くゲートをかけているくらいで、ほとんど録りっぱなしの状態

 打楽器の音程を把握するには耳を慣らすことがすべてだと思います。最初はスネア一発だけの音をループ再生して、そのスネアの余韻から音程を探ることから始めると、やがてすべての打楽器の音程を素早く聴き取れるようになりますし、違和感にも気づきやすくなるでしょう。

ベースは和楽器とのすみ分けを重視

 次にベースですが、これは高域と低域のピークとなるポイントをどこに作るかがとても重要です。普通のバンド編成ではそこまで気にしなくてもよい場面でも、和楽器バンドの場合はシビアになります。和楽器バンドは楽器数が多く、かつ和楽器の周波数レンジが中域を中心に割と埋まっている状態ですので、最初に考えることは2つです。

箏、三味線、尺八のトラックをWAVESのスペクトラム・アナライザー、Paz Analyzerで表示した画面。中域に音が集まっていることがわかる

箏、三味線、尺八のトラックをWAVESのスペクトラム・アナライザー、Paz Analyzerで表示した画面。中域に音が集まっていることがわかる

 一つは和楽器を前に出すべき曲であるかどうか。そして、もう一つはいわゆるバンド・サウンドを全面に打ち出すべき曲かどうか。どちらにするかでベースのピーク・ポイントも変わってきます。

 例えば、FENDER Jazz Bassをピック弾きして、強いアタックのときはひずませるようなセッティングだったとしましょう。このときは高域のピークが和楽器のピークにかぶりがちなので、和楽器を食いすぎない程度にベースの高音を調整すると、いわゆるバンド・サウンドに仕上がります。

アタック感を残したバンド・サウンド系ベースの音作り。コンプはアタックを遅めに設定し、サステインの音量を抑えている。EQは50Hz辺りを1dB、4kHz辺りを3.2dBブーストしつつ、500Hz辺りはなだらかにカット

アタック感を残したバンド・サウンド系ベースの音作り。コンプはアタックを遅めに設定し、サステインの音量を抑えている。EQは50Hz辺りを1dB、4kHz辺りを3.2dBブーストしつつ、500Hz辺りはなだらかにカット

 逆にアタックではなく、ベースの旋律を中心にすべての楽器を聴かせたい場合は高域のピークを思いきり下げて、300〜400Hzにピークを持っていきます。またほとんど聴こえてこないような高域とサブベース的な低域もある程度カットします。うっすらとでも鳴っている帯域を抑えると、ほかの楽器とのマスキングも起こりづらいですし、クリアに聴こえます。

ベースをメロディアスに聴こえさせたい場合のコンプとEQ。コンプはアタックを最速にして音量の変化を抑えている。EQは300〜400Hzにピークがくるように高域と低域をカット

ベースをメロディアスに聴こえさせたい場合のコンプとEQ。コンプはアタックを最速にして音量の変化を抑えている。EQは300〜400Hzにピークがくるように高域と低域をカット

 ミックスが終わったら、次は僕の大好きなマスタリングです。さまざまな人に教えてほしいとよく言われる割に、とても教えづらい作業です。実は連載初回から幾つか話をしてきた中で一貫していることがあります。それは“イメージと段取り”です。イメージ→設計→段取り→作業→振り返り、というのが基本的なフローだということ。マスタリングにおいても例に漏れず、最初からどのような音質でどの程度音量を入れるかも想定済みです。

マスタリングはあくまでミックス・ダウンの原型を崩さずに精度を高めるのが目的なので、筆者の場合はコンプで持ち上げるのは極力避けている。そこで主な処理としてはEQとステレオ・イメージャーで音質を調整し、最終段のリミッターで音圧を調整する

マスタリングはあくまでミックス・ダウンの原型を崩さずに精度を高めるのが目的なので、筆者の場合はコンプで持ち上げるのは極力避けている。そこで主な処理としてはEQとステレオ・イメージャーで音質を調整し、最終段のリミッターで音圧を調整する

マスタリングで使用しているステレオ・イメージャーのAIR Stereo Width。中高域を中心に広げている

マスタリングで使用しているステレオ・イメージャーのAIR Stereo Width。中高域を中心に広げている

マスタリングに使うリミッターはAVID Maxim。平均で6dBほど、ピークで7dBくらい音量が上がるように調整していく

マスタリングに使うリミッターはAVID Maxim。平均で6dBほど、ピークで7dBくらい音量が上がるように調整していく

 マスタリングも時代によってはやり廃りがありますし、音楽は基本、好みの問題でもあるので、そこまでこだわらない方もいらっしゃいます。僕も自分がなぜマスタリングがこんなにも好きなのかが分からなかったのですが、今この原稿を書きながら分かりました。曲を作るときに最初にイメージしたものを仕上げられる作業だから、きっと好きなんですね。

あとがきに代えて“表現しながら生きていく”ということ

 昨年、和楽器バンドとして『ボカロ三昧2』をリリースした際に、サンレコの2022年10月号にてエンジニアの熊本義典さんと共にインタビューを受け、その後、この連載のお話をいただいたときは飛び上がって喜ぶ気持ちを抑えて、内心ガッツポーズ! 専門誌が大好きなんです(レコーディング・ドキュメンタリーも大好きです)。

 それはさておき、昨年40歳を迎えたことを機に、折りにふれ考えていることがあります。それは、表現をするということはとても健全なのではないかということ。昔は音楽をやっているというと少し道から外れた人という世間のイメージが強かったように思いますが、昨今はテクノロジーの発達もあり、かなり一般化してきたと感じます。仕事、食事、身体、生活、娯楽、嗜好(しこう)品など、ほかにもあるかもしれませんが、“誰かが誰かである”という“パーソナリティ”は、これらの組み合わせで成り立っていると考えています。僕は完全に芸術分野特化タイプなので“娯楽”にカテゴライズされると思いますが、何かで自身を強く表現していなければアイデンティティを保てません。同じように、“あなたがあなたである”ことを上記の組み合わせで成立させているそのライフ・スタイルこそが、あなたの表現であると僕は捉えています。

 きっとこの先も世界中で音楽が鳴り響いていくでしょうし、表現という手段のその先にある目的が自分自身であれ他人であれ、表現しながら生きていくということは僕の、そしてあなたの人生をより豊かなものにしてくれることでしょう。

 全4回にわたってお届けしてきましたが、ここでいったんお別れです。ありがとうございました!

 それではまたどこかの路で。

いまだ人生道半ば、折り返し地点より

町屋

 

町屋

【Profile】9月13日生まれ、北海道出身。幼少期よりギターをはじめ、インディーズでバンド活動を行う傍ら、ギタリストとして投稿した動画サイトでは圧倒的な人気を誇り、さまざまなアーティストのツアーやセッションに参加するなど多方面で活躍。アーティストへの楽曲提供も行う。和楽器バンドではギタリストとしてのみならず、数多くの楽曲で作詞作曲を手掛け、サウンド・プロデュースやアレンジ・ディレクション、サイド・ボーカルも務める。ステージ上で見せるギターの超絶プレイも人気が高い。

【Recent work】

『ボカロ三昧2』
和楽器バンド
(ユニバーサル)

 

AVID Pro Tools

AVID Pro Tools

LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:12,870円|Pro Tools Studio:38,830円|Pro Tools Ultimate:77,880円
(Artist、Studio、Ultimateはいずれも年間サブスクリプション価格)
※既存のPro Tools永続版ユーザーは年間更新プランでPro Tools Studioとして継続して新機能の利用が可能
※既存のPro Tools|Ultimate永続版ユーザーは、その後も年間更新プランでPro Tools Ultimate搭載の機能を継続して利用可能

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)

製品情報

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