こんにちは。バイオリニスト/作編曲家の門脇大輔です。 僕は東京藝術大学在学時にクラシックを学びながらサポート・バイオリニストとしてのキャリアをスタートし、その後バイオリンの演奏をもっと親しみやすい音楽とともに皆さまへ届けるべく作編曲家としても活動を始めました。AVID Pro Toolsは、十数年前にMIDIにかかわる機能が強化されたのをきっかけに使用を開始しました。
最近は新型コロナの影響でリモート・ワークで音楽制作を行ったり、宅録を行うシーンも増えてきましたね。そこで今回は、Pro Toolsを使用するメリットと僕が日ごろ行っている自宅でのストリングス多重録音術をお伝えします。
部屋鳴りを抑えて録音
オン/オフマイクの両方を押さえる
僕がPro Toolsを使って一番感じているメリットは、スタジオと“セッション・ファイルでやり取りできる”ことです。これにより、宅録から納品までの作業効率が格段にアップしました。宅録環境が十分に整っているバイオリニストは現在でも一握りですが、僕はバイオリンを宅録して納品するスタイルを十数年前から行っています。最近は海外スタジオのレコーディングにも自宅からリモートで参加しました。その際には、Zoom通話でディレクションしてもらいながら、Pro Toolsからの出力をプラグインのAUDIOMOVERS ListenToを介して音を送りました。スタジオに適したDAWや宅録環境を準備すると、国境を越えてさまざまな現場に参加できるでしょう。
まずは、僕の宅録環境について紹介します。オーディオI/OはRME Fireface UCX。また、バイオリンは周りの空気も含めて音色ととらえる楽器です。そのため、オンマイクにGOLDEN AGE PROJECT GA-47/67 Extended(JE)を使い、オフマイクにはNEUMANN U89Iをセットすることで、音に高さと距離を出すよう工夫しています。U89Iは高域の角が取れてまろやかに録れるのでお気に入りです。
そして、作業部屋で録音する際には、音がコンピューター画面に反射するのを避けるために、なるべく離れた位置で録ります。録音時にはクローゼットの扉を全開にして、中に収納した衣類で部屋鳴り対策をしています。リバーブ成分は後から幾らでも足せますが、部屋鳴りは後処理が難しいです。そのため、宅録ならばなるべくドライな音で録る方がよいでしょう。
録音方法や演奏方法を変化させて
位相ズレを起こさないようにする
また、僕はソロだけではなく“ストリングス・セクションすべてを一人で担当する”といった依頼も受けています。過去に、30本(1stバイオリン×12本、2ndバイオリン×10本、ビオラ×8本)ものストリングスを一人で担当した例もありました。このように同じパートで複数のデータを用意する際には、幾つか工夫しなければならない点があります。
一つは、位相ズレで音が打ち消し合うのを防ぐことです。マイクの左右で録る位置を変えたり、奏法や弓を変えます。また、意識的に同じ演奏になるのを避けます。特に、バイオリニストの個性でもあるビブラートを制することはとても重要です!バイオリニストは自分流のビブラートが決まっていることが多く、無意識に演奏すると同じ位置から同じ幅でビブラートをするトラックが何本も生成されてしまい、位相ズレを起こします。そうならないためには、意識的にスタイルを変える必要があるのです。中にはほかとなじまない演奏も出てきますが、そこは自分の耳を信じて、合うまで演奏してみましょう。
2つ目に、グループを使います。僕は1stバイオリンのトラックならば“vn1-1”、“vn1-2”というように名付けたトラックを用意すると同時に、それらをすべてまとめた“vn1 ALL”というグループを準備します。さらにオンマイクとオフマイクを聴き分けたい場合に備えて、オンマイクとオフマイクのみをまとめたグループも用意します。曲によっては、オンマイクをメインにエッジを立たせたい場合と、オフマイクをメインに柔らかくオケとなじませたい場合などがあるのです。録音後にそういった判断を容易に行うためにも、あらかじめグループを準備すると良いでしょう。
クリックの高域をカットすることで
音漏れを録ってしまうのを回避
録音時のヘッドホン・モニターは、前に録ったトラックをうっすらと流しますが、自分の癖やテイクごとの特徴は録音後でも大体把握しているので、それらを頭の中で記憶して演奏します。片耳イヤホンでは音漏れしてしまうので、僕はオープン・エア・ヘッドホンのAKG K501を使っています。外音の自分の演奏とヘッドホンからの音がどちらもちょうど良く絶妙に聴こえてくるので気に入っていますね。モニター・レベルは低めなので、音漏れの心配もありません。また、クリックは事前にEQで700Hz〜1kHz以上の音をカットすることが多いです。これにより、クリックの音漏れをマイクが拾ってしまう事態を防ぎ、納品後のトラブルを減らすことができます。
クリップ・ゲインで音量調整を行い
一本のWAVに統合して書き出す
では最後に、録音後の納品の仕方についてお話しします。僕が録音後に気を付けているのは、全体を“聴きやすいボリューム・バランスに整える”ことです。僕の中にミックスの希望がある場合は、書き出す前に下処理としてクリップ・ゲインでの音量調整をします。control+shift+command+スクロールでも調整できます。後段では、エフェクトなどを何もかけないことの方が多いです。エンジニアの方から受け取ったセッション・ファイルに録音してそのまま戻すこともありますが、先ほどお話ししたような30本以上のオーディオ・ファイルを納品する場合は、データが大きくなるのでWAVにして送ります。option+shift+3でクリップを統合して、書き出したWAVをフォルダーにまとめて納品することが多いです。
宅録から納品までのフローを簡単にご紹介しましたが、宅録において一番気を付けなければならないのは“次の人を思いやること”だと思います。録音中でも録音後でも、このファイルを開くミックス・エンジニアがどういう気持ちになるのかを考えながら作業することが重要です。ではまた来月!
門脇大輔
【Profile】1981年生まれ、鳥取県出身。バイオリン奏者/作詞家/作編曲家として活動。東京藝術大学在学中より、バイオリンの未知なる可能性を追求すべくJポップのレコーディングやライブのほか、映画音楽、ドラマ音楽、CM音楽のレコーディングにも多数参加。演奏にとどまらず、ストリングスを効果的に使った作編曲家としても活躍している。水樹奈々、Official 髭男dism、Superfly、EXILE、BiSHなど、多くのアーティストをサポート。
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製品情報
https://www.avid.com/ja/pro-tools
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