
ベクター画像の採用で表示が滑らかに
ミキサーはマルチタッチ操作にも対応
FL Studioの最初のバージョンがリリースされたのは1997年。当初は非常にシンプルなステップ・シーケンサーであった。名前も今とは異なりFruity Loopsと呼ばれ、その“F”と“L”にちなんで、2003年のVer.4からFL Studioと改名されることとなった。FL Studioはその後何度もバージョン・アップを重ね、オーディオ・データの扱いに対応したり、標準搭載のソフト音源やエフェクトを強化。こうしてステップ・シーケンサーから始まったソフトは、いつしか音楽制作を総合的に行えるDAWへと進化し、現在では世界中から支持を得ている。
今回のバージョン・アップで最も大きく変わった点は、何と言ってもユーザー・インターフェースだろう(メイン画面)。過去のバージョン・アップでは、ユーザー・インターフェースに関してはほとんど変わることがなかったが、FL Studio 12では誰が見ても分かるくらい大幅にアップデートされている。雰囲気も変わり、画面上の線なども滑らかで奇麗に見える。これは、グラフィックが旧バージョンで採用されていたビットマップ画像からベクター画像へと、全面的に変更されたからだ。
ビットマップ画像とは、ピクセルが集合した点描画のような画像のこと。BMPやGIFなどがこれにあたり、拡大していくとピクセルが見え始め、モザイクのようにギザギザに表示されてしまう。これに対してベクター画像は直線や曲線のデータで描かれたもので、拡大しても滑らかな線で表示される。FL Studio 12のユーザー・インターフェースは、どんなサイズ/解像度のモニター・ディスプレイでも等しく奇麗に表示させることが可能。4Kはもちろん今後台頭するであろう8Kのディスプレイなどでいっぱいに広げた際も、絵が崩れることはないだろう。
ディスプレイに関する話題として、FL Studio 12ではミキサーをマルチタッチで操作できるようになった。スマートフォンと同様に指先で画面に触れることで、マウスよりもフィジカルに作業できるのが魅力だ。また、指でも細かい操作が行えるよう拡大可能となっており、“大きくしても奇麗なままで表示される”というベクター画像の利点がここでも生きている。こうしたユーザー・インターフェースの変更には、今後の音楽制作の環境変化を想定し、それに対応できる受け皿を今から用意しておこうという意志が感じられる。
ワンクリックで行き来できる
ステップ・シーケンサーとピアノロール
操作性が向上し、効率がアップする変更点も多いと感じる。幾つかある中で、特に目を引いたものを見ていこう。
FL StudioにはMIDIのパターンを入力するためのツールが2種類用意されている。一つはチャンネルに標準装備のステップ・シーケンサーで、ドラム・パターンなどの入力に適している(画面①)。

もう一つはピアノロールで、ノートごとのピッチやベロシティ、デュレーションなどを細かく設定できるため、メロディなどの入力に便利だ。そしてこれら2つのデバイスにも、バージョン・アップでの変更が見られる。ステップ・シーケンサー右肩のアイコンをクリックすると、打ち込んだパターンをピアノロールに展開できるようになったのだ(画面②)。

これによりステップ・シーケンサーとピアノロールがうまく連動していると感じられ、使い勝手が向上した印象。また以前はステップ・シーケンサー上部にピッチとベロシティを設定する欄があったのだが、それらが無くなったことで、ピアノロール側で設定するよう統一されたわけだ。
さて、FL Studioには“パターン”と“ソング”という概念がある。パターンは文字通り、ステップ・シーケンサーやピアノロールで作ったパターンで、それをプレイリストと呼ばれる時間軸の画面に並べることでソング、つまり曲として構成する仕組みだ(画面③)。

以前はトランスポート部の再生ボタンに“PAT”と“SONG”の2つのチェック・ボックスがあり、前者を選ぶと任意のパターンを、後者を選択するとソングの再生が可能だった。しかしFL Studio 12ではこのチェック・ボックスも無くなっている。代わりに装備されたのが、矢印の回転しているアイコンだ(画面④)。

これをクリックして点灯させるとパターン再生、消灯させるとソング再生のモードに切り替わる。さらにステップ・シーケンサー上部のスピーカー・アイコンをクリックするとパターン、プレイリスト上部のスピーカー・アイコンをクリックするとソングが再生されるようになっている。
パターンやソングをWAVやMP3などにエクスポートする前は、設定画面で“Pattern”と“Full song”のどちらを書き出すか選べるようになった。FL Studio 11までは、ソングを書き出したいときに再生ボタン横のチェックが“PAT”になっていると、誤ってパターンをエクスポートしてしまっていた。こうしたうっかりミスも減るだろう。
加算合成エンジンのシンセHarmless
グリッチ・エフェクトのGross Beat
ミキサーもかなり大きな変化を遂げている。再生中の波形を縦に表示してチャンネルの下から上へと流れていくよう設定できたり、チャンネルからチャンネルへのルーティングがパッチ・ケーブルのようなグラフィックで表示できるなど、視覚的にも分かりやすくなっているのだ(画面⑤)。

またツマミやフェーダーを右クリック>“set”を選ぶと、各操作子が拡大表示され細かいセッティングが行えるようになった。拡大表示のさせ方は“Knob”“Horizontal fader”“Vertical fader”の3種類から選ぶことが可能(画面⑥)。

なおこれはミキサー部に限ったことではなく、FL Studio 12のすべての操作子で有効だ。
さて、FL Studio12 Signature Bundleには、これまで別売されてきたIMAGE-LINEのプラグインが標準搭載されているので幾つか紹介しておこう。まずHarmlessは、加算合成エンジンを採用しつつもフィルターで減算合成的に音作りするというユニークなシンセ(画面⑦)。

ノブやスライダーが主体の分かりやすいインターフェースを持ち、厚みのあるパッドや太いシンセ・ベースなどを直感的な操作で作ることができる。
エフェクトも面白いものが用意されており、リアルタイムにピッチのコントロールが行えるPitcherなどが出色(画面⑧)。

ピアノロールや外部キーボードからMIDIノートを送り込むことができ、そのピッチに寄せて補正することも可能だ。ピッチに関するツールとしては、Newtoneも見逃せない(画面⑨)。

これは入力したオーディオのピッチやタイミングをノート単位でエディットできるエディターだ。フォルマントの調整や波形のスライス、タイム・ストレッチなどにも対応しており、本格的なオーディオ編集が行える。Gross Beatは、入力したサウンドにスクラッチやゲート、グリッチなどの効果を与えられるエフェクト(画面⑩)。

試しにボーカルを通してみたが、ターンテーブルでスクラッチを行ったようなサウンドを歌声で作ることができて、非常に楽しめた。ここで紹介したもの以外にも面白いものが標準搭載されており、FL Studioだけで十分に音楽制作を完結できそうなのも魅力だ。
さらにFL Studioと言えば、多くの商用DAWと異なり“生涯アップデート権”(Lifetime Free Updates)という、一度購入すれば生涯無料でバージョン・アップできる権利が付いてくることでも知られている。今回のようなバージョン・アップを今後も無料で楽しめるというのは、非常にありがたい話だと思う。
これまでWindows版しかなかったFL Studioだが、現在Mac版の開発も進行している。引き続き非常に楽しみなDAWだ。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2015年10月号より)