タッチ・スクリーンによる視覚的なミキシングが可能なPAミキサー

LINE6StageScape M20D
 アンプ・シミュレーターのPodシリーズや、多様なペダル・エフェクターで、多くのミュージシャンに愛用されているLINE6。それ故にギター/ベース用に特化したブランドという認識もあったが、この度StageScape M20D(以下M20D)という、同社のイメージを一掃するようなPAミキサーが発売された。ボディにフェーダーもゲインも見当たらない、この次世代のデジタル・ミキサーを早速チェックしよう。

Setupモードではスクリーン内の
仮想ステージに楽器をセットアップ


M20Dは一見するとミキサーが一体化したMTRやDAWのコントロール・サーフェスなどを思わせる外観だが、入出力端子とユーザー・インターフェースが一望できるデザインはとても扱いやすく、洗練されていると言っていいだろう。インプットの内訳は12系統のXLR/フォーン、4系統のライン入力用フォーン、加えてステレオ・ミニのAUX入力となる。アウトプットは1系統のメイン・アウト用XLR、4系統のモニター出力用XLRで、このほかにも1系統のボリューム付きヘッドフォン(フォーン)とL6 LINKデバイスを接続するXLR出力、USB、SDカード・スロットを装備する。操作子は左手に5つのモード・ボタンと、中央に7インチの大型タッチ・スクリーン、その下に12個のエンコーダー、右手に大きなマスター・ボリュームのノブとミュート・スイッチが配置されるといったシンプルな構成だ。本機は12個のエンコーダーとタッチ・スクリーンを用いた直感的なミキシング操作によって素早くサウンドを設定できるのがポイントだ。また、DSP処理によってEQやコンプレッサー、リバーブ/ディレイに加えて、ハウリングを抑えるマルチバンド・フィードバック・サプレッションを16chの入力で使用できる。またAPPLE iPadの専用アプリ"StageScape Remote"(App Storeから無料ダウンロード可能)と別売のUSB Wi-Fiアダプターを用意すれば、システム全体をステージや客席からリモート操作することもできる。それでは実際にバンドを従えながらセットアップを行ってみたい。まず本体の電源をONにするとステージ上のインプット/アウトプット/モニターなどのアサインを設定するSetupモードが自動的に立ち上がる。ここではタッチ・スクリーンにステージが映し出され、その下にはドラムのキックやスネア、ギターやベースなど、さまざまな楽器のアイコンが表示される(左写真の画面)ので、これらのアイコンをチャンネル順に指でタッチしてステージ上にドラッグしていく。アイコンにはインプット・チャンネルの番号が表示されるので、それぞれの楽器をどのインプットに接続すれば良いかが確認できる。また各表示アイコンの特性に合ったEQ/コンプの設定があらかじめ用意されるので、瞬時に導きたい音色を作れる。これらの設定はタッチ・パネルと、その下に配置される12個のエンコーダーで行うが、タッチ・パネル内の表示色とツマミの上部カラーがリンクするので、直感的かつ快適な操作が可能だ。モニター環境の設定も同様で、モニターのアイコンをパネル上のステージに4つまでセットできる。タッチ・スクリーン上でセットしてワイアリングしてみると、画面上部にチャンネルI/Oを模写したパネルが表れ、接続された端子のチャンネルと形状(XLR/フォーン)が表示される。さらにチャンネルI/Oにタッチすると本体上部の入出力画面が拡大され、ファンタム電源のON/OFFなども設定することができる。もちろんSetupモードを使わずに、本体に直接マイクを挿しても回線は認識され、XLRで接続した場合はパネル上のステージにはマイクのアイコンが、フォーン端子で接続した場合はラインと表示され、EQ/コンプはフラットの状態になる。

全chのトリムを自動調整するAuto Trim
綿密なタッチ操作ができるDeep Tweak


ワイアリングを終えてトリムの設定に入ると、本機のAuto Trimという機能が大活躍。例えばバンドに適当に演奏してもらい、Auto Trim上のStart Analysisというボタンをタッチしたら、およそ1分程度で各チャンネルの最適なトリム設定が完了してしまった。チャンネル・ストリップのエディットを行うTweakモードには、パライコ、ダイナミックEQ、フィルター、スタンダード&マルチバンド・コンプ、リミッター、ゲート、ディレイなどを搭載する。このモードにはDeep TweakとQuick Tweakという2つがあり、Quick Tweakは後述するとして、まずDeep Tweakではタッチ操作による細かいパラメーターのエディットが可能。例えば6バンドのパライコ(画面①)ならパネルに表示された6個のEQポイントをタッチ操作で思い通りに調整できる。コンプのスレッショルド/レシオのカーブをはじめ、ほぼすべてのプロセッシングでこの操作方法が可能だ。個人的にはファットな効きのコンプレッサーとSub Boostという、必要に応じて重低音をブーストできるプロセッシングが気に入った。この他に本機には4つのFXがあり、リバーブが2系統、モジュレーションが1系統、ディレイが1系統用意されている。 6EQ▲画面① 6バンドのパライコ"EQ6"の画面。各色で表示されたEQポイントを直接指でタッチしてコントロールする。背面にアナライザーが浮き出るのもポイントだ

直感で音を作れるTweak Pad
プロセッシング前のマルチ録音が可能


Quick TweakはM20Dで最も特筆すべき機能で、これは先述のDeep Tweakで行った複雑なプロセッシングをTweak Padというパッド・コントローラーで直感的に操作するだけで、音作りをしてしまおうという機能だ。例えばPunch(画面②)は実際にはコンプの調整だが、Tweak Padの端に書かれたOPENからPUNCHの方へ指を動かすと徐々にパンチが効き、PUMPの方へ動かすと跳ね上がるようなキツめのコンプ・サウンドになる。つまりは四隅にあるサウンドを表現した言葉の方向に従ってポイントを動かすと、複数のパラメーターが同時に変更され、その言葉に近いニュアンスになるという仕組みだ。またTweak Padで調節したパラメーターは、Deep Tweakの各画面に反映されるので、Tweak Padでおおまかに音を作り、Deep Tweakで追い込むことも可能。グローバルFXもTweak Padでエディットでき、リバーブなら単純にショートやロングのほかに、ルームの広さや奥行き感も容易に操作できる。フィルター・ディレイではモジュレーションを含め5種類のパラメーターを調整でき、マニアックなディレイ・サウンドも作れる。 punch▲画面② Quick TweakのPunch画面。赤いパネル部分がTweak Padで、四隅に書かれたPUNCH/PUMP/OPEN/CONTROLへポイントを動かすことで音色が変化していくもう1つの特徴として本機は録音も可能で、プロセッシング後の2ミックスと同時にプロセッシング前のマルチ録音も可能。それに加えてQuick Captureモードではプロセッシング前のサウンドを24ビット/48kHzのWAVで20秒まで本体の内蔵メモリーに録音し、ループ再生ができる。これを使ってサウンド・チェック時にドラムの各パーツを少しずつたたいてもらえば、あとはループ再生を聴きながら音を作ることもできる。本体での録音は20秒までだが、外部のメディアを使えば拡張も可能。それに加えてプロセッシング前の24ビット/48kHzのオーディオ・ファイルをUSB経由でコンピューターへ送ることもできるため、本機は18イン/2アウトのオーディオI/Oとしても機能する。最初は操作に戸惑うこともあったが、慣れると全く不便さを感じなくなった。特にTweak Padを使ったエディットの便利さは、これが近未来のインターフェースのスタンダードになるのかと思えるほどで、いずれにせよ実にLINE6らしいユニークな製品だという印象を受けた。今のところインプット数的にライブ・ハウスのFOHとして使うには少々物足りないが、低域のコントロールがとにかく扱いやすく感じたので、クラブや小規模のステージなどのPAで威力を発揮しそうなミキサーだと思った。 Line 6 Bandstation D20 ▲入出力はフロント・パネル上部に集約される。左からインプットでch1〜12がXLR/フォーン、ch13〜16がフォーン。その隣がアウトプットでモニター・アウト×4(XLR)、メイン・アウト×2(XLR)、ヘッドフォン・アウト(フォーン)の下がAUX IN(ステレオ・ミニ)で、右手のフットスイッチ・イン×2(フォーン)の下にはUSB×2、SDカード・スロット、L6 LINK(XLR)が並ぶ(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年12月号より)

 
LINE6
StageScape M20D
オープン・プライス (市場予想価格/248,000円前後)
●最大入出力/20イン、6アウト ●周波数特性/20Hz〜20kHz ●最大レベル入力/+15dBu(XLR/フォーン)、+28dBu(フォーン) ●AD/DAビット・レート/24ビット ●サンプリング・レート/48kHz ●外形寸法/406(W)×120(H)×337(D)mm▪重量/5.5kg