名機をベースにDAWとの連動を考慮した8バス仕様のコンソール

TOFT AUDIO DESIGNSATB Trident Series Mixer

TOFT AUDIO DESIGNSから発表されたATB Trident Series Mixer(以下、ATB)は、マルコム・トフト氏が1970年代に設計したTRIDENT AUDIOのコンソールをベースにした16ch/8バス仕様のコンソール(24/32chモデルは受注生産)。各chにマイク/ライン入力、インライン・モニター入力、4バンドEQ、インサート、6系統のAUXセンド、ダイレクト出力を備えたインライン・タイプで、8系統のサブグループとマスター・セクションを備えています。

DAWと組み合わせて使用することで
アナログ・ミックスの利点を付加できる


まず、ATBはどのような使い方ができるかを紹介していきます。ミキサーの基本構造はMACKIE.の8バスのモデルなどとほぼ同じでPAや従来のMTRとの組み合わせでは全く問題なく使用できます。各chにダイレクト・アウトがあるので録音時のプリアンプとしてもch数だけ使用できます。しかし、何と言っても現在のレコーディングではコンピューター・ベースのDAWとの組み合わせが一番注目されるでしょう。その場合、コンピューター内でもミックスを完結できる現代において決め手となるのは“音質”そのもの。というわけでDIGIDESIGN Pro Tools内で作った2ミックスをライン入力からフェーダーに立ち上げてみると、お世辞抜きで驚くほどいい感じの音がします。まさに有名なコンソールや機材を通したときに得られる“お、いいね”という感じです。程良くにじんで温かみが加えられ、音が少し前に出る感じと言えば分かっていただけるでしょうか。同じミックスを幾つかの楽器別に分けてフェーダーに立ち上げてミックスをしても、やはりアナログ・ミックスならではの奥行き感などをしっかり演出できます。いわゆるミックス・バッファーとしての使用例ですが、もちろんコンソールなのでEQやフェーダーを使った補正もできて便利です。プロのエンジニアでもDAWと組み合わせて使いたいという人も多いでしょう。もう一つ、DAWとの組み合わせで便利なのは、コンソールに立ち上げることでアナログEQ/コンプなどが使いやすくなること。DAWにも直接インサートできますが、その都度DA/ADコンバートするのはあまり良いことだとは思えませんし、アウトボードを少しドライブさせて質感を得るときなど、その後デジタルに戻すときに適正レベルなのかが常に心配です。そういったときに16chでバスが付いているコンソールがあるとすごく便利です。もちろん活用することで音が劣化してしまうと元も子もありませんが、ATBは音楽的な質感も付加してくれるので、まさに打ってつけと言えます。

回線数の多い録音にも重宝する
ソリッドなサウンドのマイクプリ


続いては各機能を順に説明します。各chモジュールを見ていくと、一番上が入力セクションです。ゲイン・ツマミの横に並ぶ4つのスイッチはファンタム電源、チャンネル/モニター・パス入力切り替え、マイク/ライン入力切り替え、位相反転です。ゲイン・レンジはマイクが+10〜+60dB、ラインが−15〜+25dBで、Hi-Z入力はありません。続いて、プリアンプの音質チェック。試しに手元のMILLENNIA HV-3D、AMEK System 9098 Dual Mic Ampと比較しつつアコギを録音したのですが、コストを考えるとATBの音質は極めて優秀。アタックがクリアで低域がすっきりした印象です。ソロで聴いたときは先述の2機種に比べてさすがに多少の物足りなさを感じますが、はっきり聴こえるキャラクターなのでミックスの中では逆に使いやすいこともあります。残念ながら今回は試せませんでしたが、ソリッドなキャラクターはドラムによく合うと思われます。実際に使う際もボーカル録音などでは基本的に単体のプリアンプを使用し、コンソールのプリアンプが必要になるのはドラム録音など回線の多い録音時。ドラムに使えるならほかの楽器に単体機をまわすといったやり繰りも可能なので、そう考えると十分にプロも使用できるレベルだと思います。

各チャンネルに用意された
4バンドEQと6系統のAUXセンド


入力部の下にあるEQは4バンド仕様。HIが8/12kHz選択のシェルビング、HI MIDが1〜15kHzのピーク、LO MIDが100Hz〜1.5kHzのピーク、LOが120/80Hz選択のシェルビングです。ゲインはすべて−15〜+15dBで、80Hzのハイパス・フィルターも付いています。EQの音質ですが、かなり音が変化する印象です。ブースト時などはかなり“ジョリッ”とした質感になります。これは完全に好みの世界ですが、個人的にはこれくらいプラグインとの違いがあった方が使用価値があると思います。特にHIを少し上げたときのニュアンスはプラグインEQではなかなか出せないもので、打ち込みの音色にもうちょっとアナログの質感を付けたいといった場合などでかなり活躍してくれるでしょう。EQセクションの下にはAUXセンドがあります。AUXセンドは6系統あり、切り替え式ではないので1chにつき6系統のAUXセンドが同時に使用可能です。AUX1がプリフェーダーのみで、AUX2〜6はスイッチでプリ/ポスト・フェーダーの切り替えができます。AUXセンドの下は各chのモニター・パスのセクション。通常、各chのモニター入力にパッチされている信号をコントロールしますが、先述の入力切り替えでライン入力の信号をこちらにルーティングし、モニター入力の信号をフェーダーにルーティングすることも可能です。モニター・レベルはツマミで調整するタイプで、その下にモニター・パス用のPANがあります。さらにAUX5/6とEQをモニター・パスで使用するためのスイッチのほか、PANとSOLO、MUTEスイッチを用意。SOLOはステレオのアフター・フェーダー・リッスン(AFL)ですが、マニュアルによればボードを開けて内部のスイッチを操作すればプリフェーダー・リッスンへ変更可能とのこと。ライブPAなどの用途にも対応できます。最後はフェーダーとルーティング・スイッチ。フェーダーを通った信号はマスターと8系統のサブグループにルーティングできます。サブグループを使用することで、例えば録音時にあらかじめミックスしてレコーダーへ出力したり、ミックス時にドラムのミックスにコンプをインサートするといった使い方ができます。なお、サブグループもステレオで、マスター送りと同じくPANが適用されます。

多彩なルーティングを可能にする
サブグループ/マスター・セクション


次にサブグループ・セクションを見ていきます。やや複雑ですが、いろんなことができるようになっています。まず、各chのグループ出力は8本のフェーダーを通ってサブマスター出力として出力可能。それとは別にレコーダーの出力をモニター・リターンとして8ch分(ステレオ×4系統)を立ち上げられ、レコーダーからの入力の選択をTAPEスイッチで行います。こうすることでダビング時などにDAW内である程度バランスをとってモニター・リターンに戻し、簡単にモニター・ミックスを作れるのです。このため、サブグループおよびモニター・リターンをマスターにルーティングするためのモニター・レベルとモニターPANがあり、AUX5/6にもルーティング可能。要するに極力DAWとの間で配線を固定したまま多用なルーティングができるのです。ただ、この辺は各人で工夫しながら自分のシステムに合わせていくことが必要でしょう。さらにマスター・セクションです。まず、サブグループ・セクションの上部に6系統のAUXマスターと8系統のFXリターンがあります。右端は2trマスターで、CDやDATなどの2trマシンが2台接続できます。また、スピーカー・アウトが2系統あり、スイッチで切り替え可能。ヘッドフォン端子と専用のボリューム・ツマミも搭載しています。あとはVUメーターとMONOボタンを搭載しており、レベルや位相のチェックもしっかりできます。また、トークバックも用意されています。最後に、使用されているパーツについて。個性的な色合いのツマミはしっかりした大きいタイプの物が使われており、操作感も良好。逆にフェーダーの触る部分などは少々安っぽい気もしましたが、音質の良い物を優れたコスト・パフォーマンスで提供しようという姿勢が感じられて好感が持てます。電源が独立ユニット(写真①)なことや、グランド回りに特に気を遣って設計されているなど、いかにもツボを押さえている感じがします。また、チャンネルごとに個別で取り外してメインテナンスができるそうなので重宝するでしょう。まだまだ突っ込み足りない部分はありますが、とにかく一にも二にも音質が売りだと言えます。プライベート・スタジオのメイン・コンソールとしてはもちろん、プロのエンジニアがコンピューター・ベースのミックス時に組み合わせて使用するのにもオススメできると思います。

▲写真① 2Uサイズの専用のパワー・サプライ。115Vもしくは230Vに対応し、リア・パネルにはヒート・シンクを搭載



▲リア・パネル。右が各chの入力部で、ライン入力(TRSフォーン)、モニター入力(TSフォーン)、インサート(TSフォーン)、ダイレクト出力(TSフォーン)、マイク入力(XLR)が16ch分用意されている。左がマスター/サブマスター/AUXバス用セクションで、マスター出力(TRSフォーン)×1系統、マスター・インサート(TSフォーン)×1系統、2trリターン(TRSフォーン)×1系統、スピーカー出力(TSフォーン)×1系統、ステレオFXリターン(TRSフォーン)×8系統、モニター・リターン(TRSフォーン)×8系統、サブグループ・インサート(TSフォーン)×8系統、サブマスター出力(TRSフォーン)×8系統、AUXマスター出力(TRSフォーン)×6系統。なお、その下には専用パワー・サプライのコネクターとデジタル・オプション(後日発売予定)用のブランク・パネルがある

TOFT AUDIO DESIGNS
ATB Trident Series Mixer
オープン・プライス(市場予想価格/600,000円前後:16chモデル)

SPECIFICATIONS

■周波数特性/マイク:20Hz〜40kHz(±1dB)、ライン:20Hz〜30kHz(±0.5dB)
■入力インピーダンス/マイク:>1.2kΩ(バランス)、ライン:>10kΩ(バランス)
■出力インピーダンス/<100Ω
■最大入力レベル/+20dB(マイク)、+22dB(ライン)
■クロストーク/−70dB@1kHz、−60dB@15kHz
■全高調波歪率/マイク:<0.03% T.H.D(−50dBu:入力、+4dBu:出力)、ライン:<0.02% T.H.D(+4dBu:入力、+4dBu:出力)
■外形寸法/785(W)×595(D)×150(H) mm
■重量/約22.5kg