上位機種の高品位リバーブを受け継ぐデジタル・マルチエフェクター

T.C. ELECTRONICM350

本誌9月号にコンプ/ゲートのT.C. ELECTRONIC C300が取り上げられていたが、筆者的には同時発売になった、このデジタル・リバーブ/マルチエフェクターM350が気になっていた。そんな思いが通じたのか編集部から“M350、触ってみません?”との一報。知りたいポイントはたくさんあるが、まずレビューすべきは3万円台という価格に対する実際の効果というところか。早速チェックしてみよう。

的を絞ったパラメーターによる
直感的な操作性を実現


箱から出してまず驚く。3mm厚の頑丈なフロント・パネル。また、そこに並ぶ高級感あふれるツマミは、低価格な製品にありがちな回したときのカサカサ感が無い。そして冒頭で述べたC300と同様に、本機は処理回路がデュアル構造になっているのがミソ。つまり内部に2つの独立したエンジンを搭載しており、それらを並列/直列に接続することが可能で、一方はリバーブ専用、もう一方はディレイやコーラス、トレモロ、コンプレッサーなどを任意でアサインできる仕組みだ。出力はステレオ1系統のみだが、1つの信号に対して2つのエンジンを使えるだけでなく、2系統のモノラル入力へ個別に処理を行える“2台分のエフェクト”としても使える設計になっている(ただし出力時にステレオ・ミックスされる)。宅録では、この方が配線も煩雑にならずに済むだろう。フロント・パネルの各エンジンにはそれぞれ2つのロータリー・スイッチがあり、アサインしたいエフェクト(片方はリバーブの種類)を直接選択することが可能。可変パラメーターはリバーブ用が3つ、もう1つのエンジンでは2つのノブだけという、まるでコンパクト・エフェクター並みの潔さだが、可能な限りのコスト・ダウンをしながら、使いやすさの保持との両立がなされている。またリア・パネルにはデジタル入出力(S/P DIF、44.1/48kHz対応)を装備しているのもポイントだ。

高級機に劣らないリバーブと
高品位なAD/DAを搭載


では、まずリバーブを使ってみる。リバーブ・プログラムは全部で15種類用意されていて、“TCClassic Hall”“Vocal”“Drum”“Plate”と、すぐにイメージできる名前が付けられている。早速センド/リターン接続してボーカル・トラックに“TC Classic Hall”を選択してみる。面白いのはパラメーター・ツマミをすべて12時にした状態で選択していくと、メーカーが意図したプリセット状態になるそうで、なかなかのアイディアだと感心。そして、山場はすぐに来た。はっきり言って音質は、10万円クラスのハードウェアやプラグインと聴き比べても、遜色無いのではないだろうか。キメの細かさ、良いリバーブに共通する静かな質感、奥行き感などが十分に体験でき、とにかく説得力があるとしか言いようのない音なのだ。リバーブは15種類あるので、順番に聴いてみても名前通りの個性あるアルゴリズムがそろっていて、いずれも即戦力になるものばかり。特に“Cathedral”のような大型のプログラムは、プラグインではCPUパワーを多く消費しがちなので使うのがためらわれるが、本機ではその心配もなく気軽に使用できるので、これだけのために買ってもいいかもしれない、とさえ思ってしまった。ニヤリとしたのが“Spring Vintage”。ギター・アンプではおなじみのスプリング・リバーブをシミュレートしたものだが、しっかりと使いものになる。基本的に“TC Classic Hall”だけでも十分おつりが来そうなほどだが、アンビエンス系のプログラムを曲全体に丸がけしたときも、ドキっとするくらい良い印象に変わった。これはもしやと思い、今度はシンセを直接接続してみる。なるほど、どうやらAD/DA自体がしっかりした音なのだ。ならばとプリアンプをかませてからギターやベースなどを接続し、エフェクトをバイパスにしてADコンバーターとして使ってみると、どれも好感触で気に入った。これはぜひとも試してみることをオススメする。もう一方のマルチエフェクト・エンジンも使ってみよう。こちらも15種類あり、6種類がディレイだが、同社の名機TC2290でおなじみの“Dynamic Delay”や“Slap Back”に“Triplets”やピンポンも用意。TapボタンやMIDIクロックでのテンポ変更も可能だ。それ以外では同社ならではの味のあるコーラスやトレモロも魅力で、“Spring Vintage”と組み合わせると、もうメロメロだ。本機のように、簡単な操作で狙った効果が即座に再現できると、距離や初期反射を常に細かく設定していたのが、なんだか随分無駄な時間だったのでは?とさえ思いたくなるほどだ。さらに吉報としてAudio Units/VST対応ソフトウェア・エディターの存在(近日公開予定)もアナウンスされている。これはコンピューター上からパラメーターを操作できるようになるもので、コンピューターで作業をするときは、ハードウェアであることを意識せずに扱うことができるというもの。ただし若干残念なのは、アナログ入力からデジタル出力をする場合、44.1kHzしか選択できない点だろう。しかしもう一度書くが、このM350は真にコスト・パフォーマンスに優れたモデルだ。特に最初の1台をどうするべきか迷っているアマチュアには絶対お薦め。少なくとも投資額の5倍は働いてくれるはずだ。“価格は下がったが、質も下がったとは言わせない”という、老舗メーカーのプライドが感じられる快作だ。

▲リア・パネル。左からデュアル・エンジンのルーティングを切り替えるスイッチ、アナログ入力×2(TRSフォーン)、アナログ出力×2(TRSフォーン)、デジタル入出力(S/P DIFコアキシャル)、MIDI IN/OUT、外部ペダル入力

T.C. ELECTRONIC
M350
31,500円

SPECIFICATIONS

■周波数特性/20Hz〜20kHz(アナログ入出力)
■AD/DA変換/24ビット
■最大入力レベル/+24dBu
■対応サンプリング・レート/44.1kHz/48kHz(入力のみ)
■外形寸法/483(W)×44(H)×105.6(D)mm
■重量/1.5kg